第四十二話 剛太郎、初めての献血
献血に訪れた剛太郎。昔話が始まる。
第四十二話 剛太郎、初めての献血
その男の名は、岩田剛太郎。
高校3年生18歳、ゴツいのは名前だけではなく、見た目もゴツい。身長185cm体重135kg、柔道部主将、屈強な体。目つきも鋭く、強面、かなりゴツい男。
見た目に反して、この男、気は優しく、あまり怒らない。
頭も良く、県下でトップクラスの進学校(一高)に通う。文武両道の男。
ただ、彼には、人に言えない秘密があったのです。
翌日の一高、放課後である。祥子と剛太郎が一緒に下校していた。
剛太郎「商店街に、献血ルームが出来たんだ。祥子ちゃん、知ってる?」
祥子「献血ルーム?献血って18歳から出来るんだっけ。」
剛太郎「そう、18歳から出来る。副主将の内田が言ってたんだ。全献血じゃなくて、成分献血だと一時間くらいかかるらしい。」
祥子「一時間も?一時間なにするの?」
剛太郎「ベッドで映画が見れるらしい。あと、ハンバーガーのタダ券が貰えるらしい。」
祥子「そっちか。」
剛太郎「まあ、タダで映画見られて、タダ券も貰えるんだ。今から行ってみない?」
祥子「1時間だと、映画は半分しか見られないね。」
剛太郎「だから、二回目に続きを見に行くらしい。」
祥子「わたしは、パスだよ。だって、注射だよね。怖いもん。」
剛太郎「僕は全然平気かな。耳の内出血の血抜きで、注射は慣れっこだから。」
祥子「柔道の人は、みんなそんな耳になるもんね。」
剛太郎「寝技で、耳が押しつぶされて、耳の中の毛細血管が破けて血がたまるんだ。柔道、アマレス、相撲、ラグビーのフォワードとかがなりやすい。」
祥子「その血を抜くのね。」
剛太郎「うん。血を抜いて、氷で冷やして固める。やらない人はやらないけどね。」
祥子「剛太郎君は、やってるんだ。」
剛太郎「やらないと、余計に痛むからね。あ、雑誌や漫画もあるみたいだから、祥子ちゃんは、それで時間つぶしたら?」
祥子「うん、そうする。」
祥子と剛太郎が、商店街の献血ルームを目指す。
商店街の献血ルームに到着した、剛太郎と祥子。
剛太郎「ここだね。」
祥子「入ろうか。」
二人、ルームへ入っていく。
受付の看護師に、献血の為の記入事項を書き、ベッドへと案内される剛太郎。祥子はベッドの横で、パイプ椅子に座る。早速、成分献血が始まる。成分献血は、血液の成分である、赤血球、白血球、血しょう、血小板の内、血しょうのみを献血する方法である。そのほかの成分は、また、本人に戻ってくる。故に、1時間かかるのである。
看護師「じゃ、ベッドに横になってください。見るからに強そうね、強い血液の献血ありがとうございます。」
剛太郎「いえ、ハンバーガーのタダ券が目的です。」
看護師「まあまあ、それでも献血に来てくれる人は少ないから、ありがとうございます。」
若い看護師が、献血用の針の付いた管を持ってくる。
若い看護師「今から、始めます。」
看護師「じゃ、お願いね。」
若い看護師「はい。」
祥子「若い看護師さんですね。」
若い看護師「今年、看護学校を卒業しました。」
剛太郎「じゃあ、お願いします。」
若い看護師が、献血の準備をする。機材に管を通す前に、剛太郎の腕に針を刺してしまい、勢いよく血液が流れ出す。慌てて管を機材へと差し込もうとする若い看護師。しかし、間に合わず、剛太郎の靴に血液がかかってしまう。
若い看護師「あ、すみません。今、拭きますから。」
管を機材に差し込み、急ぎガーゼで剛太郎の靴の血液を拭き取ろうとする。
剛太郎「あ、大丈夫ですよ。」
祥子「元々、汚れてるから、気にならないよね。剛太郎君。」
剛太郎「うん、ほんと、大丈夫ですよ。」
若い看護婦「これ、落ちないかもしれません。本当に申し訳ないです。」
そこへ、ドクターがやってくる。
ドクター「管を機材に通す前に、針を刺したみたいだね。若い人は勢いがあるから、先に機材へ付けとかないと、間に合わないこともあるから、注意してね。」
若い看護師「すみません。」
剛太郎「靴は、ほんとに大丈夫ですから。そんな高い靴じゃないですから。」
若い看護師「でも、世界には、靴も買えない人も居ますから・・・。」
ドクター「そうだね。」
剛太郎「いえいえ、縁起がいいから靴はこのままにします。」
祥子「縁起がいい?」
ドクター「なぜ、縁起がいいのかね。」
剛太郎「僕、来年、受験生なので、縁起がいいんです。」
祥子「あ、そういうことか。」
怪訝な顔の若い看護師。
若い看護師「どうしてですか?」
剛太郎「だって、落ちないんでしょ。」
ドクター「なるほど。一本取られたね。」
祥子「彼は、柔道選手ですから。」
心配していたドクターも裏へ戻っていった。
若い看護師「ありがとうございます。」
剛太郎の機転の利いた対応に、悲しい顔の若い看護師に、笑顔が戻った。
若い看護師「映画は何がいいですか?」
若い看護師が剛太郎に聞く。
剛太郎「いえ、今日は大丈夫です。」
若い看護師「そうですか、じゃ、また、終わった頃に来ますね。」
そう言って、他のベッドの様子を見に行く若い看護師。
祥子「剛太郎君、何するの?」
剛太郎「昨日の昔話の続き。」
祥子「他の昔話?」
剛太郎「うん。塾の話でもするかな。祥子ちゃんにもっと、僕を知って欲しいから。」
祥子「じゃあ聞くね、塾へはいつから行ってたの?」
剛太郎「小学校5年生からかな。大学行くなら、勉強しなきゃって。」
祥子「わたしは、中学の3年間だけだったわね。」
剛太郎「うん。僕もそれから、中3まで行ったね。」
祥子「どんな塾に行ったの?」
剛太郎「あ、小4の頃に個人経営の塾にちょっと行ったんだった。でも。競争心とかないから、大手の学習塾に小5から行ったんだ。その塾は入るときに試験があってね。毎月、その試験を全員が受けてクラスを決めてたんだ。」
祥子「試験は出来た?」
剛太郎「大体解けたくらいかな。あ、でもその時ね、前の席に、僕を馬鹿馬鹿って卑下するやつがいたんだ。初対面でだよ。なんで言われるのか分からなかったけど、そいつ、トップのクラスだったから、僕が頭悪そうに見えたのかな。」
祥子「クラスは、何処に入ったの?」
剛太郎「トップ、ミドル、アンダーの3クラスだった。僕はトップクラスに入れた。その代わり、一人ミドルクラスに落ちた。」
祥子「もしかして、その子だったりして。」
剛太郎「ご名答。よく分かったね。その僕を馬鹿馬鹿って言ってたやつが落ちた。天罰だって、その時思った。そいつは、そのまま、辞めていったみたいだった。」
祥子「ずっと、その塾に?」
剛太郎「いや、小6までだった。トップクラスで、こんなに頭のいいやつがいるんだって、分かったし、僕もそこまでついていけなくなったのもあるかな。中1は、もう少しこぢんまりしたところにした。でも、自分がもの足らず、中2の時に、また、塾を変えた。もう少し、規模の大きいところにした。そこでも入学の際に試験があった。」
祥子「そこでも、トップクラス?」
剛太郎「うん。そこも、三段階のクラスがあった。トップに何とか滑り込んだ。あ、その塾はね、服装が学校の制服って決まってたんだ。それを僕知らなくて、入塾試験の時、一人私服で行っちゃって。一人浮きまくってたよ。」
祥子「ぽつーんって感じね。」
剛太郎「でも、その塾から、一高へは、10人くらい来てるかな。落ちたのは2人だけだった。生徒会長の田中、ラグビー部の大藪、ハンド部の長野、卓球部の川上とか一緒だったよ。」
祥子「そうなんだ。」
剛太郎「他の市にも教室が3つあってね、隣の市の教室で合同授業もあった。そこで、四ヶ所さんとあってたらしい。」
祥子「えっ、真由美と?」
剛太郎「そう、同じクラスになるなんて思ってなかったな。ただ、僕の方は、全然分からなかった。四ヶ所さんは、すぐに分かったらしい。」
祥子「剛太郎君、目立つもんね。」
剛太郎「塾は楽しかったな。雨の日も風の日も、一日も休まず行ったな。」
祥子「塾はどんな勉強だったの?」
剛太郎「それが、塾の方針だと思うんだけど、学校の教科書をそのまま使うんだ。学校で習う前に、塾でやる。だから、学校では復習みたいな感じ。」
祥子「塾の勉強が予習なのね。」
剛太郎「そう、塾の勉強のために、その予習をするから、3回勉強する感じだよ。予習は復習の3倍の労力使うからね。復習しても、実際に自分で始めからやってないから、解き方忘れちゃうもんね。予習こそが一番大事って分かった。」
祥子「塾で独自の本とか使わないのね。わたしの塾は、塾独自のものだったな。」
剛太郎「中学の時は、朝8時に学校でしょ。夕方4時から6時まで部活。そのあと、7時から9時まで塾だった。10時までの時もあったよ。それから帰るから、家に着くのは11時前だったね。」
祥子「きついね。学校の授業で居眠りしなかった?」
剛太郎「たまにあったよ。数学の授業で、居眠りしちゃって、先生にいきなり指されて、黒板の問題解いてみろって言われた。」
祥子「で、解いちゃうのね。」
剛太郎「塾でやってたからね。それに、学校じゃ教えない早い解き方で解いちゃったから、先生の方がビックリしてたな。それからは、居眠りしてても起こされなくなったね。」
祥子「しょうがないか。部活もきつかったんだよね。」
剛太郎「いや、テレビゲームやり過ぎてたのもあるかな。」
祥子「ゲームかい。」
剛太郎「ロールプレイングゲームが好きで、休みの日に12時間耐久ゲームとかしてたよ。」
祥子「まあ、ゲームに熱中する年頃だもんね。」
剛太郎「コントローラーもったまま寝てて、母さんにあきれられたね。」
祥子「なんで、ロールプレイングゲームなの?」
剛太郎「シューティングやアクションと違って、謎解きがあるからね。そこに、ハマってた。あと、レベルアップや装備を変えることで強くなって行くとこも魅力だったよ。」
祥子「今は?」
剛太郎「今は、スマホでたまにゲームするくらいかな。いくらゲームで強くなっても、自分が実際に強くなるわけじゃないから。今は、柔道かな。」
祥子「勉強は?」
剛太郎「一高のトップレベルの学力を見せつけられると、自分はこんなもんかなって自覚してる。英語、古文、生物、日本史は好きだけど、数学、現代文、世界史、化学はダメだね。」
祥子「中学の時は、数学得意って言ってなかった?」
剛太郎「中学の数学と高校の数学は、ちょっと違うね。公式覚えて解くってのは一緒だけど、高校数学じゃ、そこにひらめきが必要。じゃなかったら、解き方を丸暗記しないといけない。」
祥子「そうね。わたしも数学は苦手だな。」
剛太郎「元々、女性は男性よりも空間把握能力が低いらしい。幾何学だよ。あと地図とか。」
祥子「図形とか、確かに苦手だな。四角を切ってそこの面積を求めよとか、展開図とかでしょ。そういえば、地図も苦手だね。」
剛太郎「現代文は苦手だな。こないだのテスト問題で、筆者の考えを述べよって書かれてて、締め切りって書いて、先生に大笑いされたかな。」
祥子「剛太郎君らしいね。筆者の心情まで読み取ったんだ。」
剛太郎「そうそう。代わりに女性は、論理的思考能力が男性よりもあるらしい。」
祥子「計算高いってこと?」
剛太郎「女性の方が、感情に流されにくい。リアリストってことじゃないかな。」
祥子「実際は、男の人の方がロマンチストなのかな。」
そこへ、若い看護師が戻ってきた。
若い看護師「はい、終わりましたよ。お疲れ様でした。受付で献血手帳受け取ってくださいね。もちろん、ハンバーガー券もありますから。」
剛太郎「話し込んじゃったね。」
祥子「一時間経っちゃったね。」
若い看護師が、剛太郎の腕の献血針を外し、止血テープを貼る。
剛太郎「じゃ、行こうか。」
祥子「行きましょう。」
剛太郎と祥子が受付へと向かう。
受付の女性「はい、こちらが献血手帳です。血液型はB型みたいですね。あと、ハンバーガーの券が二枚です。」
剛太郎「えっ、一枚じゃないんですか?」
受付の女性「いえ、ドクターから二枚渡すように言われましたから、どうぞ。」
祥子「靴のお詫びかな。」
剛太郎「そんな、いいのに。」
祥子「武士は、好意は甘んじて受けましょう。」
剛太郎「そうだね。」
祥子「2個くらい食べられるでしょ。」
剛太郎「うん。ハンバーガー100円の時、7個は食べたかな。」
祥子「7個も?」
剛太郎「田中は10個食べてた。でも、5個目から、味に飽きてしまった。」
祥子「飲み物で、流し込むの?」
剛太郎「ジュース買うお金なくて、その時は水貰ったな。」
祥子「じゃあ、今日もお水にする?」
剛太郎「いや、今日は、ジュースにしよう。水はもういいよ。券が2枚あるから、祥子ちゃんの分もあるしね。」
祥子「奢ってくれるの?剛太郎君の血の代償、喜んで頂きます。」
ハンバーガーショップへ急ぐ、祥子と剛太郎であった。
第四十三話に続く。
第四十三話に続く。第四十三話も書きます。