続・英雄職なんてもう嫌だ
いらっしゃいませ、今宵はどのような愚痴をお聞きになりますか?
こことは違う世界の、とあるバー。
かつては魔王が世界を脅かしていたその世界だが、「英雄職」という誉れ高き職業についている三人の活躍によって世界は平和を取り戻した。
中でも獅子奮迅の活躍を見せ一番の功績を残したと言われているのが「勇者」と呼ばれる英雄職についている女性だ。そしてその勇者を支えたのが「賢者」と「神官」という英雄職についている二人の女性だった。
度々このバーに訪れる三人の活躍によって世界は悠久の平和を享受していたが、どうやら三人に関しては、いや、勇者はまだ戦い続けているらしい。
カランコロン……
どうやら、件の三人が来たようです。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ガンッ!!
「なんで誰も寄ってこないのよおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「………荒れてるっすねぇー」
「いつもの事じゃない」
世界を救った英雄の一人、勇者は今夜も嘆いていた。酒の入ったグラスをカウンターテーブルに叩きつけて涙ぐみながら叫んだ。
「だってさぁ~………魔王も倒して、世界も平和になって、これでようやく一人の女性として生き直せると思うじゃん! なんで神格化してんの私!?」
「そりゃそうっすよ。勇者さん一番功績残したじゃないっすか、それに魔王にとどめ刺したのも勇者さんだし」
「そうだけどさぁ………なんか尊敬の対象になってるしさぁ……やんなっちゃう……」
「仕方ないわよ、私たちって元々そういう存在だったじゃない。マスター、同じのをもう一杯頂戴」
「かしこまりました」
マスターは神官のリクエスト通り飲んでいたものと同じものを作り始め、その間にも勇者のボヤキは止まらず賢者が苦笑いをしながら「まぁまぁ」と慰めていた。勇者はグラスの酒を一気に飲み干し神官と同じものをマスターに頼んだ。
「ていうか二人はなんでそんなに余裕なのよ。あんたらだって崇められてるじゃない。なんなの? 悟りでも開いたの二人して」
「そんなわけないじゃないっすか。うちらは………まぁ……その………ねぇ神官さん」
「そうね、私たちはもうあれだもんね賢者ちゃん」
「えっ………もしかしてあんたら………………嘘よね、私の考えがあってたら物凄い嫌なんだけど!?」
賢者と神官の二人のもったいぶった言い方に対して何か良からぬ不安と予想を立てた勇者、テーブルの上にはマスターが作ってくれた酒の入ったグラスが氷の溶ける「カラン」という音を反響させた。
そして二人は勇者の心を打ち砕くかのように、銀色に輝く指輪をはめた左手を見せた。
「うちらその………」
「婚約、しました」
そして勇者は石化した。
グラスの中の氷が、また一つ、溶けて「カラン」と鳴った。
「おめでとうございます、お二人とも」
「ありがとうっす、マスター」
「それでしたら今日はお金を頂戴いたしません、私からのお祝いということで、好きなだけ飲んでいってください」
「あら。じゃあマスターの言葉に甘えちゃおうかしら?」
「ええ、勿論です」
氷がすべて溶けて、グラスの中が水っぽくなってもまだ、勇者は石化状態から復活しないでいた。
「あのー……勇者さーん? もしもーし、聞こえてるっすかー……?」
「えいっ!」
「はっ!! 私は今まで何を!?」
「なんで記憶飛んでるんすか!?」
現在、三人の並び順は左から神官・勇者・賢者の順番に並んで座っている。
勇者の左隣に座る神官が勇者の頭を小突くと勇者は石化状態から復活し意識を取り戻したがその代償として数分間の記憶が曖昧になっていた。そして賢者はその状態の勇者にツッコミを入れマスターは渋い声で「ははは」と控えめに笑った。
「ごめんごめん、ちょっとその……驚き過ぎたわ………心臓止まるかと思った」
「もう一度言った方がいいかしら?」
「頼むからそれだけは勘弁して!」
ここぞとばかりに勇者に意地悪をする神官は勇者のその本気の頼みを見ると「うふふ」とミステリアスな笑みを浮かべてグラスの酒を一口飲んだ。
「いいなぁー二人とも! 相手は誰なの? 馴れ初めは? どこで会ったの?」
「質問が多いっすねー」
「いいじゃない、減るもんじゃないでしょ! で、どうなの?」
「うちはその……小さい時からの幼馴染が居まして、魔王討伐から数週間くらい経った頃に久しぶりに会って告白されましてそれから付き合いまして……」
「王道パターンかよー! くっそー! はいじゃあ次!」
「私は、よく教会に足を運んでくださる方と。元々魔王討伐の前からパートナーとして共に戦ってきましたから付き合いも長いですし」
つらつらと二人が馴れ初め話を始めてしばらくすると勇者はわなわなと震えだして「うわあああああああああああああ!!!」と叫びながらバーを飛び出していった。
「な、なんすか……急に」
「耐えられなかったんじゃないの? 私たちの幸せオーラみたいなのに」
「はぁ……どこいったんすかねー」
「きっとあそこよ」
「心当たりあるんすか?」
「ええ、きっと―――――――に向かってるはずよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――――っていうことがあったんですよお嬢様ああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
「分かったから! 分かったからいい加減泣き止みなさいっての!」
「だってぇぇぇぇ!!!」
「ああほら、鼻水出てるから!」
勇者が超速ダッシュで向かったのは誉れ高き王族たちが住まう城、そこの中でも厳重な警備に守られている現王女の部屋へと勇者は着ていた。
「大丈夫ですわよ焦らなくても、きっと時期が来るわ」
「時期っていつ来るんですかあああぁぁぁぁ!!」
「……さ、さぁ?」
「うぇぇぇ…………もう王女様が私と結婚してくださいよー………」
「なっ!? なななななななな何をいいいいい言ってるんですの!! お、女同士で結婚だなんてそんな……! ま、まぁ私たちもまだ二十代ですし!? 別にあなたの事は嫌いじゃないですから………って! 何を言っているのですか私はっ!!」
「王女様ぁぁぁぁ……!!」
王女は、たまらず、この場から、逃げた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「っていうことがあったんですのよお父様! どう思います!? 別に、私も勇者の事は嫌いじゃないですし……でも酔った状態でいきなりっていうのもあれですし……」
「ははは、娘よ。展開が急すぎてお父さんはついて行けてないぞ?」
王女は父親である国王のもとにエスケープしていた、国王はいきなりの娘の発言に笑顔で笑いながらもその実何にも理解できていなかった。
「あーつまり、勇者は出会いがないことに嘆いていたと」
「そうなんですの、それであんなこと言われたものだから私困ってしまって」
そして王女は国王に対して上目遣いで照れながらこう質問した。
「お、お父様……」
「なんだい?」
「も、もしですよ!? もし、そのー、わ、私が勇者とその、け……けけけけ結婚することになったら……どう、します?」
国王は、その場から、逃げ出した!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「っていうことがあってな、マスター」
「それはそれは、大変でしたね国王様」
「………なぜ国王がここにいるんすか」
「私に聞かれてもね」
国王は、賢者と神官が飲んでいるバーにエスケープしてマスターに相談をしていた。
「別に娘ももう大人だから自由にさせたいとは思っているんだが、勇者とというのを急に聞かされても困るって話だよ……」
「ですが、愛しい娘さんの事なのでしょう? ならば親の役目とは、自分の子供を信じて送り出してやることではないでしょうか」
「今聞きました? 今度は何やらかしたんですかあの人は」
「あらあら、困った子ね」
まだ店にいた賢者と神官はいきなり自分の国の国王が涙目になりながら入店してきたのに黙って釘付けになり賢者は神官よりも面白いリアクションを取っていた。
二人は一つ席を開けて座った国王の話を聞き、一体勇者は何をやらかしたんだと妄想を膨らませていたが神官は「あらあら」とまるで初めからこうなるだろうと分かっていたかのようにあっさりとしていた。
と、そこへ。
「お父様!! どうして逃げるんですか、他ならぬ娘の相談だというのに!」
「王女様ー!! どうして逃げるんですか~!」
「……来ちゃったっすね」
「そうねー」
そこへ王女と勇者が来店、というより駆け込んできたという方が正しいのだろう。二人はドアを勢いよく開けて王女は国王に、勇者は王女に後ろから抱き着いた。
賢者はグラスに口を付けながらぼやくように、かつ嘆くようにそう言い、神官は始めからお見通しだったと思わせる口ぶりだった。
「ははは、これはまた賑やかになりましたな」
それでもマスターは心底嬉しそうにしており誰も何も言っていないにもかかわらず、王女と勇者の二人の前にグラスを置いた。
「もう今日はとことんまで飲むわよー!!!」
それからマスターを含め計六人のどんちゃん騒ぎは小さなバーに似つかわしくない騒がしさをもたらし、その夜は最も賑やかで楽しい夜だったと後に勇者は語った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後、賢者と神官は大勢の人たちに祝われて盛大な結婚式を挙げた。
その時の二人はいつになく輝いており、普段冷静沈着な神官も満面の笑みを浮かべ、賢者は太陽など比べ物にならないほど眩しい笑顔を振りまいた。
そして勇者はというと――――――
「マスター、同じのおかわり!」
「私も!」
「かしこまりました、少々お待ちください」
ここは、いつものバー。勇者と王女は揃って同じものを頼み同じものをもう一杯貰った。
「上機嫌っすね、二人とも」
「そりゃあそうよ賢者ちゃん、なんたって二人は……ねぇ?」
「それもそうっすね」
隣に座る賢者と神官、二人の視線の先には、
王女と勇者、それぞれの左手の薬指にはめられている銀色の指輪だった。
賢者と神官が盛大に結婚式を挙げたその数週間後、王女と勇者は国を挙げての結婚式を挙げた。
多くの国民が驚きと祝福とで騒然となる中、ただ一人、神官だけはこのことを予測していたようで賢者がそのことについて問うと「私は神職ですからね」とふわりと微笑むだけで詳しいことは教えてくれなかった。
賢者がもう一度問うと今度は「内緒です」と人差し指を立てて口にあてウィンクをした。
その数年後、英雄職………いや『元』英雄職の賢者と神官は無事にそれぞれ子供を授かり何不自由なく穏やかに日々を過ごしたという。
母親となり今までのようにバーに顔を出す機会が減りはしたものの二人とも旦那に恵まれたのかちょいちょい来店するくらいは出来ているようだ。
どうやらどちらの旦那も子育てには熱心なようで、二人は助かっているとグラス片手にお互いの家庭事情を話しながらそれでも楽しそうに酒を酌み交わしている。
勿論そこには賢者と神官の二人の他に勇者もいるのだが、どうやら二人とは様子が違う。
勇者はグラスをテーブルに「ガンっ!!」と置いて肩をわなわなさせながらこう叫んだ。
「子供欲しいよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
いい人が見つかり、結婚を果たしてもなお、勇者の悩みの種はなくならないらしい。
「またっすか」
「またねー」
賢者と神官の二人はそんな勇者をどこか嬉しそうに眺めていた。
その後、勇者が性別を一時的に変える都合のいい魔法で王女との間に子供を授かることが出来、王女がこのバーの常連の酔っ払いとなったのはまた別のお話。
英雄職の三人と新たに王女が加わりさらに賑やかになった、妻子持ちのマスターが経営するバー。
四人と一人の楽し気な声は、平和な夜の空へと響き渡った。
それでは、またいつか。