波乱の予感
恋愛はタイミングだ、と。
そんなの信じてなんていなかったけど、
あの人に出逢ったとき、どうして今なんだろうと悔やんで仕方なかった。
貴晴を手離せないくせに、あの人に恋していたわたしは、いまでも呪いにかかったように、
胸が重たい。
3年前の秋。
さむくて、ニットが必要だねと貴晴と笑い合うささやかな幸せ。
「弥生、愛してるよ」
何の脈絡もない、この人の愛の言葉は、わたしの胸を安心させてくれる。
「わたしもよ。」
キュッと繋がれた手に力が込められる。
そのときだった。
「貴晴さん!?」
男性にしてはすこし高めの、歌なんて歌えばきっときれいなんだろうな、という声が聞こえた。
貴晴は え?と驚いたように振り返る。
「貴晴さんですよね?覚えてますか?」
そこには人懐っこそうな笑顔を浮かべた男性がいた。
背はそんなに高くなくて、今時の服装に 明るい朱色のマフラーがよく似合ってた。
背の高い貴晴をすこし見上げるようにして、うれしそうに握手を求めるその人は、きっと誰からも愛されてきたのだろう。
「あ、雅也くん?」
ふだん人の顔を覚えない貴晴も思い出したようで、いつもの、目尻に皺をくしゃっとさせた笑みを浮かべた。
「そうです!お久しぶりです!1年ぶりですか!」
「そうだなあ、よく覚えてたね!」
「こんな男前、忘れませんよ!」
恥ずかしげもない褒め言葉に、貴晴はいつものごとく ははっと笑う。
貴晴の容姿は、誰が見ても男前だなと思うもので、背は高くてすらりとして、鼻筋が通っていて 短く切ってセットされた黒髪に もみ上げと繋がったあごひげが 艶やかだ。
「あ、彼女さんですか?」
わたしに気付いた彼は、その笑顔をこちらにも向けた。
もともと愛嬌のいいわたしは にこにこと頭を下げる。
「綺麗な方ですねー!さすがだなぁ」
「いつも貴晴がお世話になってます。」
貴晴の独占欲が目に見える。
その長い腕をわたしの華奢な肩を抱く。
「こちらこそ!デートですか?貴晴さん、これ俺の連絡先なんでまた連絡ください!」
そう言って手慣れたようにポケットからくしゃっとしたメモ紙とペンを取り出して 番号を書いて貴晴に渡すと、ニコニコと去っていった。
「知り合い?」
「仕事で参加したセミナーで仲良くなったんだ。意欲が高いし、人懐っこくていいやつ。」
好きになるなよ、と 冗談なのかそうじゃないのか分からないトーンと笑顔でまたわたしの肩を強く抱く。
そんなわけ、ないのに。
―――そんなわけ、なかったのに。