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 ──それから、十年の歳月が流れてゆきました。

 ムサシくんは満月の夜のお別れ以来、マリリンちゃんには出会っていません。マリリンちゃんはあのあと、無事に元気な犬の赤ちゃんを七匹も産みましたが、お産のあとに悪い病気にかかって死んでしまったのです。ムサシくんはその話をカールから聞いた時、ダークが小屋の影でこっそり泣いているのを見ましたが、自分は泣きませんでした。ムサシくんにはマリリンちゃんが死んだということが、とても信じられなかったのです。

 やがて、マリリンちゃんの子供たちのココとナナとララとモモが佐藤家にやってきました(残りの三匹は小林さんの家に引きとられました)。そしてまたムサシくんとダークの犬小屋の前へ遊びにくるようになりましたが、それも束の間のことでした。

 四匹は佐藤家の引っ越しに伴い、それぞればらばらにどこかへもらわれてゆきました──ココもナナもララもモモも泣いていましたが、ダークとムサシくんは、お母さんのマリリンちゃんがどんなに美しくて素晴らしい、立派なレディーであったかということを、四匹にはよく言って聞かせてありましたので、そのことがせめてもの報いだったと、お互いに慰めの言葉をよくかけあったりしたものでした。

 この十年の間に、ダークとムサシくんは、それこそたくさんのお別れを経験してきました。

 カールは、御主人さまの経営していた会社が倒産したのち、野良犬生活を送っていましたが、やがて保健所に捕まってしまい、そこで死んだということです。この時カールと行動をともにしていたカリンとコリンは、カールがおとりになってくれたおかげで助かりましたが、この町にこれ以上いるのは危険だ、というカールの最後の忠告に従い、他の野良犬たちに縄張りをゆずると、兄弟で旅にでてゆきました。

 スパニエルコッカ―のジャーヴィスは、ガールフレンドのジェニファーと結婚して、たくさんの子宝に恵まれましたが、壮年期を過ぎた頃にガンになり、ジェニファー一匹を残してこの世を去りました(たくさんいた子供たちはみな、それぞれどこかの家にもらわれていったのです)。

 ヨークシャーテリアのランカスターは、散歩中のある時、御主人さまがふと目を離したすきに誘拐されたという、近所の犬たちのもっぱらの噂でした。(飼い主の近藤さんの話によると、犬泥棒にあったということらしいのですが)。

 その他、ゴールデンリトリバーのリバーや、コリー犬のロッキー、ブルドックのサム、シーズ―犬のレイナちゃんやチワワのマチコちゃんなどなど、ご近所の犬たちはみな、病気にかかったり交通事故にあったり、行方不明になったり、老衰したり……といったような、おのおのの理由で、ダークとムサシくんの犬小屋の前へと遊びにこなくなりました。

 ダークとムサシくんは互いに内心そのことを『さびしいな』と思っていましたが、二匹とも、決して口にだしてそういうことはありませんでした。ムサシくんは犬としての青年期のある時期に、どもりぐせが少しずつ直ってゆきましたが、年をとっておじいさんとなった今では、こうも思うのです。(ぼくがどもりぐせに悩んでいたころは、ぼくの犬としての人生の中で、一番楽しい時期だったなあ。近所の犬たちがみんな遊びにきて、それはそれは毎日が楽しかったよ。どもりながらでもなんでもいいから、昔のようにたくさんの犬たちとみんなで輪になって話すことができたとしたら、どんなにか愉快なことだろう)

「おいムサシ、今オレたちの目の前を通りがかっていった雌犬を見たか!? 近ごろの犬ときたらツーンととりすましやがって、挨拶ってものも知りやしねえんだから」

 ダークもすっかりおじいさん犬になりましたが、へらず口は相変わらず健在のようです。

「今通りかかっていったのは、プードル犬のマリアンヌだろ? ずーっと空家だった斉藤さんちに、最近引っ越してきたばかりの犬みたいだよ」

「へっ、そんなこと知ってらあな。オレさまが言ってるのはそんなことじゃねえんだよ。オレたちの家の近所には、他に、ななめ向かいの家にミニチュアダックスフントのオリバーとかいうのと、その右隣にはピーグル犬のハナコとかいうのと、そのまた真向かいにはラブラドールレトリバーのアイコとかいうのらしいのとか、相も変わらずけっこう犬がたくさん住んでいるじゃねーか。それにもかかわらず、誰も挨拶ひとつしにこないってのが、俺さまにはどうも気にくわん」

 ダークの昔は真っ黒だった毛は、ずっとお風呂に入っていないのと、年をとって毛づやの良さが失われたのとで、すっかりほこりをかぶったような色に変色していました。そしてその変色した毛を、腹立たしさのあまりぶるるっとふるわせると、これもまた年のためでしょうか、抜け落ちた毛がまわりに散らばってゆきました。

「でも仕様がないよ。みんな家の中で大切に飼われている犬ばかりだから、きっと飼い主に、知らない犬とは口をきいちゃいけませんとかって言われているんだよ。それが時代の移り変わりというものなのだと、ぼくはこのごろ、そんなふうに考えるようになったよ」

「ふうん。時代の移り変わりねえ」と、どこか馬鹿にしたようにダークはつぶやくと、あることをその瞬間に思いついて、ムサシくんに質問してみたくなりました。

「ムサシ、今おまえさんは時代の移り変わりとかいうことを言ったが、どうだね、時代が移り変わってゆく中で、一番大切なものっていうのは、おまえさんにとってどういうものなのかね? 俺さまはそいつをちいとばかし聞いてみたいような気がするんだがね」

 ムサシくんは昔からの癖で、小屋の中をぐるぐるまわりながら、少しの間ダークの質問した事柄について、考えを巡らせてみることにしました──そしてムサシくんはダークにこう答えました。

「時代がどんなに移り変わっても、一番大切なもの、それは友情だよ。そして仲の良い友達というのは、何匹いても困ることはないんだ」

 このあと、ムサシくんがダークに思いきりやりこめられたことは、言うまでもありません。


 ─終─

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