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それからその日の午後中、ひっきりなしといってもいいくらい、次から次へと犬のお客さまがダークとムサシくんの小屋の前を訪れていきましたが、ムサシくんはマリリンちゃんのことを考えてばかりいたので、ずっとうわの空でした。
コリー犬のロッキー、ゴールデンリトリバーのリバー、シーズ―犬のレイナ(ちなみにレイナちゃんはマリリンちゃんと大の仲良しです)、ブルドックのサム、チワワのマチコ、それと兄弟で野良犬のカリンとコリンなどが、色々と世間話をしては、めいめい自分の家へと帰っていきました(カリンとコリンは空地にある土管の中を自分たちのねぐらとしているので、そこへ帰っていきました)。
そして太陽が地平線に沈みかかって、地面が橙色の絨毯を敷きはじめる頃、今度はムサシくん自身の散歩の時間がやってきたのでした。
ムサシくんは毎日、この時間になると、嬉しいような、悲しいような、どちらともつかないような気持ちに襲われます。それは何故かというと、散歩に出かけられることはもちろん100%嬉しいことなのですが、すぐ隣に小屋をかまえる、滅多に散歩に連れていってもらったことのないダークのことを思うと、なんだか自分だけが毎日散歩へ行けるのは、なんとなくずるいことのような、申しわけのないことのような気がしてしまうからなのでした(その上ダークは、御主人さまの機嫌が悪い時などは、ごはん抜きということもしばしばでした)。
でも、今日は散歩をしていても、ムサシくんはちっとも楽しくありませんでした。何故かというと、ずっとマリリンちゃんのことが気にかかっていて、大好きな野原の匂いをかぐことも、御主人さまとじゃれあうことも、電信柱にマーキングをすることにも、今ひとつ身が入らなかったからなのでした。それでも、せっかく散歩させてくれる御主人さまに申し訳ないと思い、ムサシくんはなんとか楽しいふりをしていました。(ムサシくんの御主人さまは、とても律儀な、心優しい、真面目な人だったので、この毎夕の散歩を一日たりとも欠かしたことのない人でした。例えば、雨や大雪などが降っていて、ムサシくんが、今日はちょっとどうかな……と不調を訴える時にも、きっともってムサシくんは散歩に行きたいだろうと気遣って、ムサシくんにレインコートを着せてまで散歩に連れていってくれるという、それはそれは心優しい、立派な、良い御主人さまなのでした)。