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北海道の、とある町の一角に、シベリアンハスキーのムサシくんは住んでいました。
ムサシくんが住んでいる犬の小屋は大きく、考えごとをするのが大好きなムサシくんにとって、うろうろと歩きまわりながら考えごとをするのに、ちょうど良い大きさでした。近所の犬たちはみんな、御主人さまと一緒に散歩をしたりする時、必ずといっていいほど、ムサシくんのこの大きな大きな犬小屋の前に立ち寄って、世間話をしていきます。
「やあ、久しぶり。元気だったかい?」
今日の朝の一番乗りは、隣の隣の隣町にすむ、柴犬のカールでした。
「げ、げ、元気だったよ」
ムサシくんはどもりながら答えました。実をいうとムサシくんは、どもりながらでないとお話のできない犬だったのです。そしてこのどもりということが、ムサシくんにとって一番の大きな悩みの種なのでした。
「げ、げ、元気だってよ、へっへっへっ」
ムサシくんの犬小屋のすぐ隣の家で飼われている、雑種犬のダークがからかいました。
「ダークくん、そんなふうにムサシくんの物真似をしてはいけないと、僕は毎回ここへ遊びにくるたびに注意しているはずだがね」
「そうだったかね。でも俺は生まれてこの方、どもりながらしゃべる犬なんてのには、一度もお目にかかったことがないもんでね。もしも人間どもに犬語を理解する能力なんてものがあったとしたら、TVのショーにでも出て大儲けができるところだぜ。へっへっへっ」
ダークのこの科白を聞くと、カールは気難しそうな顔になって、右の前足をちょっと上げるようにしながら、ダークのことをたしなめようとしました。
「失礼だがダークくん。君には少々犬としての品位というものが足りないのではないかね」
「いや、それほどでもないさ。どこかの貧乏な家の軒先で、腹の音をぐうぐう鳴らしながらお高くとまっているワン公なんかよりは、よほどましなぐらいだよ」
ダークのこの科白を聞くと、柴犬のカールは怒って隣の隣の隣町へと帰っていってしまいました。『どこかの貧乏な家の軒先で、腹の音をぐうぐう鳴らしながらお高くとまっているワン公』というのは、他ならぬカールのことをさして言われた言葉だったからです。