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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

小唄シリーズ

耳をすませば となりの もののけひめ い がきこえる ナウ

作者: watausagi

◇◇◇◇◇


 パンデミックは始まった。


 顔を背けて、耳を塞いで。

 止まらない流行遅れの平等宣言。



 ある日、庭の、電信柱。小鳥の群れがさえずった。「昨日は何を食べたっけ? 」「マンホールで焼いた熱々のミミズ」


 テレビに映った屠殺場。牛の悲鳴や豚の断末魔、人の言葉で流れてくる。


 タスケテ


イヤだ


 シニタクナイ


 ユルナサイゾ


イヤだ イヤだ



 パンデミックは終わらない。


 顔を歪めて、獣が喋って。

 止まらない流行遅れの平等宣言。



 ある日、お国のお偉いさんに、ベジタリアンがさえずった。「昨日は何を食べたっけ」「アルミホイルで蒸した新鮮な野菜」


 テレビに映ったデモ行為。肉を食べたらいけませんと、人が言葉を流してくる。

 

 助けよう


獣を


 殺さないで


 道徳尊重


獣を 敬え

 

 

 パンデミックは広まった。


 肉嫌いと、野菜好きが。

 止まらない流行遅れの平等宣言。


 ・

 ・

 ・


 ある日、庭の、アサガオ園で。人の言葉が聞こえてくる。「昨日は誰が来てくれたっけ」「昨日も明日も誰も来やしないさ」


ミズ ミズ


 ミズガホシイ


イヤだ イヤだ



 ーーシニタクナイーー



 パンデミックは始まった。

 

 顔を背けて、耳を塞いで。

 止まらない流行遅れの平等宣言。


◆解説兼独り語り◆


 人が、食物連鎖の頂点にいる理由として挙げられるのは……おっと、こういう言い方は間違っているのかな。


 正しいとか、間違っているとか、白黒はっきりつけたくない性格の自分からすれば、まあどっちでもいいんだけど。食物連鎖なんて言い方も古いし、その頂点に人がいるなんて言ってしまえば幾つかの理由で否定されるから、それは面倒くさい。炎上しそうだ。言い直そう。


 人という種族が、どう言い繕ったって生物上最強になった理由として、考えれるのは「火」を使った事だろうか。思うにそれが始まりだと思う。


 例えば小学の頃の行事で、一泊二日の旅行に出かけた時、僕はキャンプファイヤーなんかの火を見ていると凄く落ち着いた気持ちになった。どうでもいいか。


 次に何よりーー「言葉」


 やはりこれだろう。言葉によって生み出されるコミュニケーションこそ、人類の発展に必要な鍵だったとおもう。キーキーいうだけの猿が文明を築けるとは到底考えられないもの。


 言葉とは便利だ。見えない気持ちを形にしてくれる。例えそのほとんどが欺瞞に満ちていたとしても、やはり言葉無くしては生きていられない。ありがとうと言われれば温かい気持ちになるだろうし、ごめんなさいと謝られたのなら寛容な気持ちになれるかもしれない。


 だが、それは、人間だけのものだからだ。人間しか使わないなから、使えないから、これまでやり易く生きてきた。生きる為に、殺り易かったのに。


 最近、少し世界は変わってしまった。


 敢えて名付けるとするなら


 パンデミック。


 獣達に、人の言葉が伝染した。


 僕は朝食にハムを食べながらテレビのニュースを見ていた。結構えげつない放送してる。お肉がどうやって出来ているか……という内容だが、そんなもの昔に見た事がある。ただし今回のはそれに加えて、豚さん達や牛さん達が人の言葉で泣き叫んでいた。


 語彙力は全然無いけれど、必死さみたいなものはとんでもない程伝わってくるのだから困ったものだ。可哀想に今人気の女性アナウンサーが口を押さえてテレビから逃げた。無理もない。いや、純真な乙女からすれば、無理があったのか。


 僕は最後のハムを咥えて、大きく主張されたテロップを見つめる。


《非道徳。私達は、殺し過ぎてる》


 何を今更、というのが正直な感想だ。お前ら動物達が急に人の言葉を喋りだしたからってはしゃぎすぎだろう。


 僕の妹なんか、大事に飼っていた小鳥のピーちゃんが、実は檻の中で精神崩壊していてほとんど鬱になっていたとか判明して、一大事なんだぜ。空の檻をハイライトの消えた目で見つめる妹が今度は鬱になるんじゃないかと心配で心配で仕方がない。


 それに比べれば世の中で騒がれてるお肉騒動などどうでもいい。ベジタリアン共がいい気になって野菜最高とデモを起こしているが、僕はこれから一生ステーキも刺身も食べられないなんてごめんだからな。まずい、どうでもよくなかった。


 ……動物達が人の言葉を話すようになって、全てが全て悪い話というだけでもない。飼い猫と絆を深めた友人もいるし、新しい生態発見が出来たとか生物学者達が喜んでいる。


 ただ、食べるという事について改めて深く考えさせられただけで。


 一体どうなるんだろうな、今後。


「そこの貴方、そこの君ですよ君!」

「……あ、僕ですか」


 外で声をかけられるなんて珍しい。と、俺は相手を見て、まず目に付いたのが肉禁止と大きく書かれたタオルだった。


 こいつ、例のベジタリアン派か。


「もちろん君は、肉なんて食べませんよね? 言葉をしゃべる動物を殺してまで、私達人間の糧にするような傲慢な、そんな可哀想な事、しませんよね?」


 果たしてこの女は根っからのベジタリアンか、それとも最近の流行に乗っているだけか……ま、白黒はっきりつけるのが好きじゃない僕にとってどうでもいい事だな。


 野菜も好きで肉や魚も好きな僕は、こいつの主張さえどうでもいい。


「……もちろん、野菜好きですよ」

「まあ本当ですか? よかったぁ! 貴方は見た目通り優しそうな方で」

「良ければ美味しい野菜の食べ方を教えましょうか?」

「おっ、私そういうの詳しいですよ。でも気になりますね。是非お願いします」

「ええ、まずはキャベツを一口サイズに切って、モヤシと一緒に炒めます。トウモロコシもお好みでそこに入れます」

「ああ、いいですよねトウモロコシ。キャベツも最高ですよね。モヤシは万能です!」

「味付けは塩胡椒くらいでいいですよ」

「ありゃ、ただの野菜炒めですか? もちろん私は大好きですけど」

「いいえここからが本番です。そのしっかり香ばしくなった野菜をーー豚骨と鶏ガラスープで味を作ったスープへ麺と一緒に入れるんだよ」

「……へ?」


 みんな大好きちゃんぽんだ。


「おっと、野菜を炒める時にはたっぷりとラードで浸すのもいいかもな」


 ※ラード……要は豚の脂。


「きゅ、きゅう〜」


 鳥と豚のコンボに耐え切れなかったのか、目の前のベジタリアンは気絶した。……言いすぎたかな。


 ま、いいや。


 僕は当初の目的通り、動物園へと向かったのだった。


〜〜〜〜〜


 動物園は、近年最高潮に人がいない寂しい場所になっていた。ま、これが本来の動物園って感じで僕は気にならない。人の多い動物園なんて、それはもうただの人間園だ。カップルの多いお化け屋敷みたいに滑稽だ。


 そうして贅沢にも僕は、ソフトクリームを食べながらあちこちを歩き回る。


 ここに来るまで、檻に閉じ込められた動物が何を考えているのか想像できなかっが、案外つまらないものだった。


 あちぃ、とか、お腹すいた、とか。外を知らないが故に、消極的な奴らばかりだ。


 と、そこまで考えて、僕は反省する。こいつらが僕に聞かせる言葉に、嘘がない可能性なんてない。人間だって嘘など腐るほどつけるのに、動物のこいつらが嘘をつけないなんて決めつけてしまえば、それこそ世間のお馬鹿さん達と同じになってしまう。


「もしかしたらお前は、僕たち人間の首を絞め殺したいとか思っていたりしてな」


 僕の物騒な考察に、ヘビはシュシューと舌を鳴らすだけだった。


 そんなこんなで楽しい1日は終わり。小鳥の愉快な食事の話を耳にしたりして、僕はまっすぐ家に帰る。


 家では母さんが庭にいた。何をしているんだろう。土まみれだ。


「母さんね、家庭菜園始めたの。ほら、最近周りが鬱陶しいでしょう? お肉、控えようかと思ってね」


 馬鹿な。バランス良い食事が大切だよ。偏よっちゃあダメだよ。お肉、大事だよ。


「あっ、あんたも手伝ってよ。半年後くらいには私達の晩御飯になるんだから」

「うぇーい」


 立ち去る母親を尻目に、僕は忌々しきそれを見つめる。その時、ふと、聞こえてしまった。


「ーーズ……ミズ」

「……」


 なんてこった。


 聞き間違いでなければ、是非朝のベジタリアンを連れてきて話をしたい。お前はこれからどうするのか、と。


 優しくない僕だが、どうせ半年の余命のお野菜くらいには優しくしてやろうと思い、ジョウロを取りに行く。


 お空には精神崩壊してる鬱みたいな台詞を吐く鳥が飛んでいた。もっと耳を澄ませば、遠くで清き正しい平等宣言が聞こえてくる。もっともっと耳を澄まして、何かに気づいてしまった僕は、足元の石ころを見た。


「………………フ…………ム…………………………ナァ……………………………………」



 ーー人の言葉が伝染するというパンデミックは、もしかすると、いまだ始まったばかりなのかもしれない。

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[一言] 踏むな?(あぁ、振りか) 死にたくない?(安心しろ、美味しく食べてやる)
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