第七話:魔王の居ないダンジョン
天狐に彼女の要望通りの銃をプレゼントした。
さっそく使い方を教えて、試射をさせてみると大変気に入ったらしく、今すぐ実戦で使いたいとおねだりされた。
再びサキュバスに転送してもらう。
階層は六八階層。Dランクの魔物では物足りないらしく、Cランクの魔物を生み出す混沌の渦があるフロアを目指した。
「いったい、どれだけの階層があるんだ」
「全部で一〇一階層ですわ」
「なっ!?」
想像以上だった。
まさかの百を超えてるとは思っても見なかった。
「【獣】の魔王マルコシアス様は、古き魔王の一柱で三〇〇年近く君臨されておりますからね。それに勤勉な方でもありますわ。魔物も一五〇〇体ほどおりますの」
「そこも想像以上だな。もし敵対なんてことになったらぞっとする」
当たり前だが、今の俺にはろくな戦力がほとんどない。
マルコは赤子の手を捻るように俺を蹂躙するだろう。
「おとーさん。大丈夫なの! 天狐が居るから。おとーさんは天狐が守るの」
天狐は俺の腕に抱きつき、元気な声をあげる。
彼女はそう言っているがさすがに一五〇〇体は無理なはずだ。
「ふふふ、元気のいい子ですね。さすがはSランクと言ったところですわ。でも、【創造】の魔王プロケル様、安心してください。あなたと敵対することはありません。あなたの育成、それが我が主の最後の仕事ですから」
「最後?」
その言葉が引っかかった。
。
「あれ、聞いておりませんの?」
サキュバスは意外そうな顔をして俺を見ている。
「ああ、何も」
「そうですか……なら、私から言ってしまっていいものか判断できませんわね。ごめんなさい秘密ということで」
サキュバスはぺこりと頭を下げる。
俺は納得しているが天狐は不満そうだ。
教えて、教えてとせがむ。
サキュバスは苦笑いをしているが、少し折れそうになってきていた。
「ちょっとだけですよ」
彼女がそう言ったときだった。
ここに居ないはずの彼女の声が響く。
「その必要はないよ」
目の前の空間が歪む。
マルコが現れた。
「まったく、念のために見ていてよかったよ。サキュバス、主のプライベートを勝手に話すのは感心しない」
「も、申し訳ございませんマルコシアス様」
「まあ、いいよ。私も口止めしてなかったし。サキュバスの日ごろの働きに免じて許そう」
サキュバスが深々と頭をさげ、マルコが苦笑する。
「マルコも転送の魔法を使えるのか」
「いや、サキュバスみたいに高度な魔術は使えない。私は近接特化の脳筋魔王だからね。今のは魔王権限のほう。自分のダンジョン内なら好きなところに飛べる」
それは便利な力だ。
今後ダンジョンを作ることになったら参考にさせてもらおう。
「でも、のぞき見とは趣味が悪いな」
「心配だったから見てたんだ。サキュバスを通じてね。これも覚えておくといい。百体までの魔物と感覚を共有できる。私は全階層それぞれに階層主を設置していてね。ほとんどの階層主と感覚を共有している」
「なら、サキュバスの前でマルコの悪口は控えないと」
「サキュバスの前だけじゃなくても、どこに目と耳があるかわからないから注意しなよ。ダンジョンに居るのは魔王の腹の中に居るようなものだ」
確かにそのとおりだろう。
感覚の共有……一度天狐と試したほうが良さそうだ。五感すべてが共有できるのだろうか? それなら……
「おとーさん、変なこと考えてる?」
「いや、なんでもない」
相変わらず天狐はするどい。なんとかごまかし、マルコに向き直る。
マルコが話を初めてくれた。
「君にとっても大事な情報だから教えてあげる。サキュバスが言いかけたことだけどね。魔王には寿命がある」
「寿命?」
「そっ、寿命。三〇〇年ジャスト。魔王になってからそれだけ経てば消滅する。ちなみに私は二九九歳」
俺は息を呑む。
これだけ、元気そうに見えて余命が一年もないのか。
「そんな顔しないでよ。もう、やりたいことはやり尽くしたから悔いはない。君を育てるのが最後の仕事。後輩魔王の育成はね、消滅が近い魔王たちに依頼される。十年に一度、同じ日に十人の魔王が誕生するんだ。君の他にも新しい子たちがいる。たぶんこれは優しさだ。若い時だと、ライバルとして見ちゃって、素直に教えてあげられない」
悔いはないという言葉は嘘じゃないようだ。
マルコの顔はすがすがしいものだ。
そして、十人が一度に生まれたというのなら、俺と同期の魔王が九体居ることになる。
「寿命についてはわかった。もし、マルコが死んだら残された魔物たちはどうなるんだ?」
天狐の手を握りながら、問いかける。
水晶が壊されれば、魔物とダンジョンは消えると最初に教えてもらった。なら、魔王が消えたらどうなるのか。
「どうにもならないよ。魔王が消えても、ダンジョンや魔物たちには関係ない。水晶があるかぎり維持され続ける。逆に水晶のほうは生前の魔王の行動を真似て、無計画にポンポンDPで魔物作ったりしちゃう。適当に生み出しまくるから、先に居る魔物たちと喧嘩になっちゃったりね。まあ、それは既存の魔物も一緒。命令されなくなって好き勝手やってもうめちゃくちゃ」
魔物がポンポン、嫌な予感しかしない。
「知性がないタイプは特にまずいな。知性があるタイプ同士だと秩序を作るだろうけど、知性がないのが多数になるとどうしようもない」
魔王が居なくなったダンジョンはおそらく、すべての魔物たちにとって住みづらいものになってしまうだろう。
「まあ、私がいなくなったあとのことは【誓約の魔物】たちに任せてある。魔物たちは自由だ。ダンジョンで新しい秩序を作るなり、好き勝手暴れるなり、外に出てもいい。水晶が壊されるまでは思うがままに生きるしかないさ」
「外に出た魔物たちはどうなる?」
「外で人間に討伐される子たちが多いよ。それに、そのことがダンジョンの終わりに繋がることもある。人間を本気にさせて本格的なダンジョン討伐が始まる。人間にもね、勇者っていう魔王並みの存在が居るし、数が多いから。本気になられたら勝てない。とくに魔王がいないダンジョンはね」
当然の帰結だ。
魔物たちがダンジョンから外に出て、好き勝手人間たちに害して恨みを買う。そして、水晶を壊せばそれらが一掃されることは人間も知っているだろう。諸悪の根源を断とうとするはずだ。
魔王が不在では、防衛力は著しく落ちる。そして最後には水晶を砕かれ、ダンジョンも魔物も消えていく。
「ちなみにね、混沌の渦意外に効率のいい狩り場を教えるって言ったの覚えてる」
「もちろん」
実はかなり楽しみにしている。
混沌の渦は一日に一体しか魔物を生まない上に俺たちに許されたのはCランク一体とDランク2体しか倒せない。
レベルのためにも、DPのためにもうまい狩場は欲しい。
「君に教えるのは、それだよ。魔王が不在になって無秩序になったダンジョン。そこの魔物たちなら自由に狩っていい。私が居なくなったらこのダンジョンを好きにしてもいいよ」
俺は首を振る。
さすがにここの魔物たちを好きにしろと言われても躊躇する。
知性がない、ガルムみたいなものたちだけならいいが、サキュバスのような存在は無理だ。
その、該当者であるサキュバスが口を開く。
「マルコシアス様それはダメですわ。マルコシアス様亡きあとも、私たちが主の意志を継いで、この【魔獣城】を守っていくと言ってるじゃないですか! いけない子はお仕置きしながら、大魔王マルコシアス様の作り上げたダンジョンを守って行きますわ! マルコシアス様の顔に泥を塗るようなことはしませんし、させません」
サキュバスの言葉には熱意があった。
少し羨ましい。こんなふうに思われる部下を持ちたいものだ。
「そうだったね。そうだった……まったく、私にはもったいない子たちだ」
マルコは微笑を浮かべる。
サキュバスたちにそうさせたのは彼女の人望、それはきっとマルコ自身が積み上げてきたものだ。
「私は部下に恵まれたけどね、皆が皆そうじゃない。君に紹介する予定の【紅蓮窟】は、知性ある魔物たちはみんな死んだか、ダンジョンに見切りをつけて離れて、残った知性のない魔物たちが好き勝手暴れているだけのダンジョンだ。人間に滅ぼされていないのは、人里から離れているからってだけだね」
【紅蓮窟】。
その名を聞いて【炎】を連想した。
もしかしたら、俺がもらった【炎】のメダルは、そのダンジョンに君臨した魔王だったのかもしれない。
「知性がなく好き勝手暴れる魔物なら、心置きなく狩ることができるな」
サキュバスのような知性も理性もある相手だとどうしても、厳しいものがあるが、そういう相手ならためらわずに済む。
「油断はしないほうがいいよ。魔王が直々に生み出した高ランクの連中は残ってない、それでも水晶が勝手に生み出し続ける魔物の中には、Cランクの魔物はごろごろ居る」
「それならなんとかなりそうだ」
DPで買えるのは、合成したことがある魔物の二つ下まで。
【創造】のメダルの力がなければAランクまでしか魔物を作れない。だからこそ、水晶はCランクまでしか魔物を生み出せない。
それなら、天狐が居ればどうとでもなる。
しかし、マルコは唸っている。
「でも、天狐とは相性が悪いかもね。天狐は炎が得意だけど、あそこに居る連中はほぼ全員、炎耐性が高いし、物理耐久力がある魔物が多い。水の魔術が使えないなら、炎なしで圧倒的な攻撃力を出さないといけないけど、そのレベルだと厳しいかも」
「なんだ、そんなことか。それなら心配ないよ。攻撃力には不自由してない。天狐、さっき作ってやった武器の力をマルコに見せてやれ」
「やー♪」
天狐が武器を構える。
ついさっき、【創造】で作ったばかりの武器。天狐の要望、近くでドッカーンを俺なりに解釈して作った武器。
その正体は、ショットガン。
レミルトン M870P
全長1060mm 重量3.6kg 口径12ゲージ 装弾数六発の近距離戦最強の銃だ。