第六話:アサルトライフル
この居住区に居るサキュバスの家に向かう。
サキュバスは、この居住区の管轄者だ。
さらに言えば、この階層で安全なのはこの居住区だけらしい。
魔王の壇上は階層ごとに、三つの部屋単位に分かれており、それぞれ個別にさまざまな設定がされており、一歩、居住区から出れば血に飢えた魔物に襲われてしまうと聞いている。
目的である魔物が湧き出る混沌の渦にたどり着くためには、サキュバスの道案内が必要となる。
サキュバスの家にたどり着き扉をノックする。
「あらあら、まあまあいらっしゃいませ【創造】の魔王プロケル様。初日から訪ねてくるとは思いませんでしたわ」
おっとりした口調の女性が現れた。
もちろん、ただの女性ではない。
桃色の髪に豊満な体つき、何より蝙蝠のような羽に、毛が生えてないつるつるの尻尾。
Bランクの魔物、サキュバスだ。
サキュバスの特性の影響か、彼女を見ているとむらむらとしてくる。
手に痛みが走る。天狐が俺の手をつねっている。
「むう、おとーさん。だらしない顔」
俺はよほど、いやらしい目つきでサキュバスを見ていたのだろう。
天狐が拗ねていた。
まずい、これでは魔王としての威厳も父親としての威厳もあったものではない。
俺は咳払いをして、心を落ち着ける。
「サキュバス。用事があった来たんだ。さっそく、レベルあげをしたいと思ってね。ランクDの混沌の渦を使わせてほしい」
ちなみにランクDの魔物は俺が目覚めたばかりで戦った青い狼ガルムらしい。
自動拳銃でも戦えたのだから、アサルトライフルであるM&K MK416を持った今負けるわけがない。
武器の性能がまったく違う。
「そうですの。わかりましたわ。ご案内します。ささ、お近づきになってくださいませ」
「すまない、助かる」
サキュバスが手招きする。
俺と天狐が十分に近寄ったのを確認すると、サキュバスは目を閉じ、集中を始める。
足元に魔法陣が出来た。
彼女は、このダンジョン内の好きな階層の好きな部屋に転送を使える。
だからこそ、居住区の管理人を任されているらしい。彼女の力があれば、居住区に居る魔物をいつでも必要な場所に送れる。そのことが生み出すアドバンテージは考えるまでもないだろう。
そして、光が満ちて転送魔術が発動した。
◇
転送で飛ばされたのは、荒れ地だった。枯れ木と大きな岩が転がっている。
そんな中、しばらく歩くと黒と紫の混じった渦が目に入った。
あれが混沌の渦。
魔物購入時に、購入額の百倍をはらうことで購入できるもの。一日に一回その魔物が湧く。
あそこからは毎日、ランクDのガルムが発生するのだ。
「あら、運がいいですわね。もうすぐ現れますわよ。待ち時間がなくてよかったですわ」
「なんとなくわかるよ」
言われなくても渦に高まる力を感じていた。
ランクDの魔物はおおよそ固定レベルで生み出した場合、レベル30~40で生まれてくる。
だいたい、そのあたりがレベル1時点の魔王やSランクモンスターと釣り合うらしい。
はじめての闘いでは、基本能力で互角なら、ユニークスキルの存在で確実に俺がかつと見込んでガルムをけしかけたそうだ。
俺は渦から二〇〇メートルほど離れる。
「あらあら、そんなに離れて大丈夫ですの? ガルムを狩ってレベルをあげるのでは?」
サキュバスが相変わらずおっとりした声で問いかけてくる。
「大丈夫だ。十分届く」
M&K MK416の有効射程は四〇〇メートル程度。
勘違いされやすいが、アサルトライフルは連射するための銃ではない。
確かに一分間で八〇〇発を吐き出す連射性能はもっている。
だが、しっかり狙って撃つライフルなのだ。極めて精度の高い狙撃が可能。
自動拳銃ではせいぜい、射程10メートルと考えるといかに強力な武器かがよくわかる。
「そうなのですか? その距離ですと魔法もとどかないですわよ」
「見ていればわかるよ」
記憶は戻らないが、この世界の常識はしっかりと脳裏に刻まれている。
魔法の射程はどれだけ遠くても一〇〇メートル程度。
その二倍の距離に居るのだから、サキュバスが心配するのもわかる。
天狐のほうを見ると、面白いものが始まるのではないかとわくわくした目で俺を見ていた。
俺に対する信頼があるから、そういう顔をしてくれているのだろう。
その期待を裏切るわけにはいかない。
「さて、あと数十秒か」
渦の流れが速くなった。
魔物が生まれる予兆。
俺は、M&K MK416を構える。頭が冷えていく。魔物と対峙する恐怖が消えていく。
手が銃に吸い付く。
自動拳銃のときにもあった感触だ。心地よい。今なら何でもできる。記憶が消えるまえの俺はよほど銃に親しんでいたと同時に、銃が好きだったのだろう。
そして、ついにガルムが生まれる時が来た。
青い粒子が吹きあがり、狼を形どった。完全に実体化。
トリガーを引く。その瞬間、乾いた音が三つ響いた。
俺の脳裏に描いたとおりに弾丸は飛び、完全なヘットショットを決めた。MK416の優れた精度だからこそこの距離の精密射撃が可能だ。
「キャンッ!?」
ガルムが吹き飛んだ。そして倒れ伏しピクリとも動かなくなる。
ほとんど同時に発射された三発目の弾丸の一発目を受け悲鳴をあげ、残り二発で息の根を止めた。
M&K MK416は発射速度850発/分を誇る。
そんな銃をトリガーを引きっぱなしにすれば、もっと派手に弾丸をばら撒けただろう。
俺は意図的に三発でとめた。いわゆる三点射という技術だ。
フルオートで撃てば銃身のブレが大きくなり集弾率が落ち、無駄弾が増える。さらに銃身の熱がたまり歪む原因となるのだ。
かと言って単発では確実に仕留められない。そこで生み出されたのが三点射だ。
正確に狙いをつけられるのは三発までだという研究結果が出ている。三発ワンセットで撃つことで、制度を高め、弾薬を節約し、さらに銃身を休ませながら、狙いをつける時間を得られる。
もっとも、弾をばら撒き続ける必然性がある場合は、フルオートで、その連射性能を存分に発揮する。
「すごいですわね。さすが【創造】の魔王様。魔法の限界距離の二倍から一方的に。近距離型の敵を近づかせないどころか、遠距離型の魔法使いすらアウトレンジから狙い撃ちにできますわね。この武器がある、それだけで広範囲の戦略魔法を牽制することができますわ」
「だな、高威力で時間がかかる戦略魔法。それを相手の攻撃が届くところでするのは難しい」
多大な詠唱時間がかかる代わりに強力な効果を持つ戦略魔法というのが存在する。
通常は射程である一〇〇メートルほど離れ前衛に守ってもらいながら使う。だが、このアサルトライフルの前では一〇〇メートルの距離などないに等しい。戦略魔法など撃たせない。
だが、サキュバスの発言で少し驚いた。
彼女の発言は多分に戦略的なものが入っている。
「さすが、おとーさんなの。おとーさんも、おとーさんの武器もすごいの」
それに対して天狐のほうはどこまでも無邪気だ。こちらに駆け寄ってきて、興味深げに俺のアサルトライフルを見つめる。
「欲しいか?」
「欲しいの! でも、遠くから攻撃って、なんか合わないの。近くからどっかーんって武器が欲しい」
近くから、ドカーンか。
なら、ちょうどいいのがあるな。
幸い、魔力はまだあるし。天狐にはアサルトライフルではなく、別の武器を出そう。
きっと、気に入ってくれるはずだ。
「わかった。なら、天狐には近距離で大火力の銃を用意しよう。今から作るから見ていて」
そして俺は【創造】を使った。天狐の要望通り、近くでドカーンっとできる武器を呼び出すために。