第十九話:ロロノ
【紅蓮窟】。そこは魔王不在のダンジョンだ。
魔王亡き今、コアが自動的に魔物を作り続け、さらに生前魔王が設置した【渦】から魔物が湧き続ける。
もともと、【炎】の魔王が君臨していたダンジョンで、フィールドは火山地帯であり、魔物も【炎】にちなんだものが多い。
毎日一定量の魔物が湧くので便利な狩場として使わせてもらっている。
「【渦】は作ってみたいよな」
「おとーさん、どうしたの?」
「いや、なんでもない」
DPで購入可能な魔物を百倍のDPを支払うことで、一日一体その魔物を生み出し続けることができる【渦】を購入できる。
俺以外の魔王はAランクの魔物までしか合成できないので、DPで買えるのはAランクの二つ下のCランクまでだ。
だが、俺はSランクの魔物を合成できるのでBランクの魔物をDPで購入できる。
一日一体Bランクの魔物が増えるのはかなり大きい。
Bランクは、本来合成でしか作れない魔王たちの主力となる強力な魔物たちなのだから。
ただ、今の戦力が整っていない状況では安定供給よりも、今すぐ百匹用意できるほうがずっと嬉しいのでしばらくは手が出せないだろう。
「気を付けてください。敵が近づいてます」
エンシェント・エルフが声をあげる。
彼女は空気中の風の精霊と同調し、空気の存在する場所全ての状況を知覚できる。
おそらくこの地上で最強のレーダーだ。
「ルフちゃん、敵の詳細な情報を教えて欲しいの」
「はい、硬い甲殻に覆われたアルマジロ型の魔物です」
「ああ、あの子。わかったの。ここはクイナに任せて」
だいぶ、このダンジョンも通いなれているので出てくる魔物は把握できている。
「クイナちゃん、そろそろ来ますよ。構えてください」
エンシェント・エルフがそう言って三〇秒ほど経ったころ。
そいつは来た。
見た目はアルマジロ。だが、背中は鉱石特有の光沢を放っているうえに、スパイクようのように棘まみれだ。
奴は、Cランクの魔物。アイアン・アルマジロ。
名前の通り、背中が鋼鉄に覆われていて防御力が高い。
「試し撃ちにはちょうどいいの」
クイナがにやりと笑う。
アイアン・アルマジロは丸まってボールのようになって転がってくる。
本来なら銃使いの天敵だ。
純粋に固い上に、無数の棘は弾を逸らす効果がある。
クイナはそんな銃の天敵に向かって真っすぐ突き進む。
銀色のショットガン、カーテナ改が赤く光る。クイナが魔力を込めた証拠だ。
彼女が引き金を引いた。空気を揺るがす重い音。四ゲージ弾という超火力の弾丸を使っているからこその爆音だ。そして、音がもう一つ聞こえた。エルダー・ドワーフの魔術付与により散弾が弾けるタイミングで【爆散】の力が発動し、弾丸が二段加速し、威力をさらに増す。
無数の弾丸は、硬い鋼鉄の甲殻を切り裂き、柔らかい肉に入り込み、さらに貫通した。
たかが、散弾がなんて威力だ。もし、これがスラッグ弾だったらと思うとぞっとする。
「すごいの、想像以上! この銃は最高なの! 散弾で貫通できるなんて!」
クイナが歓喜の声をあげる。
それだけの力がこの銃にはあった。
「気に入ってもらえて嬉しい。一応どこかでフルオートも試して」
「わかったの! これでフルオートでスラッグ弾を吐き出したら、この前苦労した風の竜も楽に倒せそうなの」
本当にそれぐらいはできそうだ。
そのあと、三体ほど魔物を倒しクイナの試し打ちは終わった。最後にフルオート射撃を試してみたが、問題なく動作しなおかつ故障もなかった。クイナは興奮のあまり、尻尾を振りっぱなしで、見ていて微笑ましかった。
◇
「では、次は私の番ですね」
クイナの試し打ちが終わったので次はエンシェント・エルフの試し撃ちの番だ。
洞窟地帯を抜けて、開けた溶岩地帯だ。
ぐつぐつと溶岩が煮立っており相当熱い。
足場もせまく足を踏み外せば溶岩に真っ逆さまとかなり危ないフロアだ。
「では行ってきますね。ご主人様たちはそこで待っていてください」
そういうとエンシェント・エルフは風に乗って空を飛ぶ。
彼女にとっては足場の悪さは関係ない。
ただ、不安はある。
このフロアの厄介なところは敵が潜んでいる場所だ。
溶岩の海を泳いでいる岩の肌をした大蛇。
滅多に地上に出てこないので、このフロアの魔物は基本的に避けている。
だが、エンシェント・エルフは任せてと言った。
何か秘策があるのだろう。
エンシェント・エルフが空で停止し、エルダー・ドワーフ謹製のアンチマテリアルライフル。デュランダル EDAM-01を地上に向けて構える。
彼女の眼には魚影が見えているはずだ。
「まさか、溶岩の海ごと獲物を撃ち抜くつもりか?」
俺の言葉に答えるように彼女が引き金を引いた。
人間に比べて圧倒的に動体視力が優れている俺でも、弾丸が早すぎて目で追えない。
今まで使っていたアンチマテリアルならぎりぎり目で追えたのに、あきらかに初速が上がっている。二つの魔術付与のうちの一つ目、【加速】の力と、ミスリル弾の相乗効果だ。
弾丸が撃ち込まれた溶岩に渦が出来た。魔術付与による【回転】によるものだろう。
溶岩が吹きあがり、破裂音が遅れて聞こえてくる。
そして、溶岩の表面にぷかぷかと大蛇の死体が浮かんできた。頭が吹き飛んでいる。あれでは即死だろう。
溶岩で威力を大幅に減衰させてなお、大蛇の頭を貫く威力。
おそらく、その秘密は【加速】と【回転】だ。超高速の弾丸は、その回転力によっては溶岩をかき分け、なおかつ直進性を保ってターゲットに命中し、さらにただ突き抜けるだけではなく、その回転は肉をえぐってずたずたにする破壊力に変換される。
なんて威力と精度。【魔弾の射手】をもち、遠距離武器の命中精度と威力に補正がかかるエンシェント・エルフにとっては鬼に金棒だ。
一匹だけでは物足りないのか、曲芸じみた動きで空中で狙いを変えながら、エンシェント・エルフは連射する。
上空に存在する。超高速高火力移動砲台。それが今のエンシェント・エルフだ。それはもう、単体戦力を飛び越え、戦術兵器と呼べる。
次々にぷかぷかと大蛇の死体が浮かぶ。
ここは、割に合わないと通過していたので、大量に大蛇の魔物がいるのだろう。
俺たちは呆然とした顔で、エンシェント・エルフの狙撃ショーを見ていた。
しばらくすると、敵を掃討し終えたエンシェント・エルフが意気揚々と帰ってきました。
「ルフちゃん、最高の銃です。威力はすっごく上がったし、取り回しがいいので、すぐに次の標的が狙えます。それに、頑丈な子なので、無茶ができて、撃ち放題です!」
トリガーハッピーのエンシェント・エルフが新しい愛銃に頬ずりした。
気持ちはわかる。こんな銃を持たされればだれでも興奮する。
エルダー・ドワーフは、見事にクイナとエンシェント・エルフに最高の銃を用意してくれた。
「気に入ってくれてよかった。かなりピーキーにしたから心配だった」
「私にとっては最高に扱いやすい銃ですよ! ありがとうございます」
俺は三人の様子を見て微笑む。
クイナとエルダー・ドワーフ、エンシェント・エルフたちは銃の性能について話し合い、盛り上がっていた。
エルダー・ドワーフは誇らしそうだ。
エルダー・ドワーフの銃は最高のものだった。だから検討していたご褒美をあげよう。
「エルダー・ドワーフ。おまえに伝えたいことがある」
「何、マスター?」
エルダー・ドワーフが可愛く首を傾げた。
「エルダー・ドワーフは本当に良くやってくれている。俺たちの武器を作り戦力の増加に貢献してくれた。おまえの作ったゴーレム軍団は戦力の充実にも街の労働力にも役立ってくれている。街のインフラ作りだってお前の貢献が一番大きい。他のみんなをないがしろにするつもりはないが、事実として俺はそう認識している」
エルダー・ドワーフはよほど照れくさいのか顔を赤くして俯いた。
そんな彼女に、クイナとエンシェント・エルフが話しかける。
「クイナも賛成なの! エルちゃんが一番頑張ったの!」
「確かにその通りですね。私もそう思います」
「……そんな、こと、ない。私はできることをやっただけ」
エルダー・ドワーフがよりいっそう照れて彼女の白い肌がさらに赤く染まる。
「そして、今日。クイナとエンシェント・エルフに最強の武器を与えてくれた。もちろん、おまえは今後もっと強い武器を作るかもしれないが、現時点で考えうる最高の武器を用意してくれたんだ。俺は、そんなおまえの功績を認め、それを形にしたい」
「マスター、それって」
「おまえに名前を与えたいんだ。誰よりも頑張り屋で、誰よりも街づくりと戦力の充実に貢献したおまえの頑張りに報いたい。そして、これからもずっとその力を頼りにさせてほしい」
俺はにっこりと笑いかける。
エルダー・ドワーフの頬に涙がこぼれ始めた。
「マスター、私でいい?」
「おまえじゃないと駄目なんだ。むしろ、エルダー・ドワーフに聞きたい。【誓約の魔物】の宿命を背負う覚悟があるか? 俺の右腕となり尽くしてくれるか?」
「そんなの決まってる。喜んで! 私はマスターに一生尽くしたい」
「わかった。名前を与えよう。おまえの名はこれから”ロロノ”だ」
記憶にある世界最高の鍛冶師の名を彼女に与えた。
「マスター、それが私の名前……ロロノ。いい響き。私はロロノ……ロロノ」
なんどもエルダー・ドワーフ。いや、ロロノがその名を繰り返す。
彼女の体が淡い光に包まれた。魔王の力を受け入れ、そして俺とのパスがつながった。
エルダー・ドワーフという種族のより深いところまで知ることができた。
……なるほど、クイナと同じように彼女もまだ潜在能力を隠していたのか。
「これでおまえも俺の【誓約の魔物】だ」
「ん。私はマスターのもの」
誇らしげにエルダー・ドワーフが微笑む。
そして、ためらいがちに口を開いた。
「あの、マスター。ずっと【誓約の魔物】になれたら、したいお願いがあった。言っていい」
「もちろん」
「……たまに父さんって呼ばせて。クイナがずっと、おとーさんって呼ぶのがうらやましかった」
思わず、吹き出しそうになった。
なんだ、そんなことか。
「いいに決まってる。ロロノ。これからは好きに父さんと呼んでくれ」
「わかった。父さん! これからもっと頑張る」
ロロノは目を輝かせて、俺を見つめる。
あまりにも可愛くて、思わず抱きしめてしまった。




