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第十四話:はじめてのお客様

「では、プロケル様、クイナ姉さま行ってまいります」

「妖狐、ちゃんとがんばってくるの!」


 二人居る妖狐のうち一人が人間の姿に【変化】し巨大な看板をもって外に出た。護衛としてランクB相当の強さを持つミスリルゴーレムをお供にしている。


 クイナが手を振って妖狐を送り出した。

 行先はアヴァロンの外にある街道だ。


 今は朝方で冒険者たちが通りがかることが多い、地道だが確実に目に留まる。

 巨大な看板をもった美少女はそれなりに目立つだろう。


 看板には、近くにある大きな町エクラバでの相場の六割程度の価格でパンや干し肉、水を売ると書いてある。ついでに宿屋も素泊まりだけなので激安設定。


 今からダンジョンに向かう冒険者たちは十分な食料をもっているだろうが、この値段だと多めに食料をもっておこうといった考えや、帰りに補充していこうという考えに結びつく。


 そして、帰りにこの街によれば、ついでに宿屋に泊まろうと考えるだろうし、もし宿屋を気に入ってもらえば、次からはこの町の宿に泊まってから、ダンジョンに向かうと考えてもらえる。

 少しずつ、地道に積み重ねていくつもりだ。

 クイナが珍しく不安そうな表情をしていた。


「妖狐のことが心配なの。か弱いあの子が、お外に出るなんて」

「天狐のクイナ基準だとか弱く見えるだろうが、妖狐は相当強いぞ?」


 妖狐はランクBの魔物。炎を使いこなす力持った強力な魔物だ。

 ランクBにもなると、超一流の冒険者でもないと一人では倒せない。

 レベルもそれなりにあがっており、可愛らしい制服の中には、エルダー・ドワーフ製のナイフを仕込んでいる。

 まず、あの子を倒せるような冒険者には滅多なことで出会うことはない。


「うう、でも心配」

「ミスリルゴーレムも居るから、心配はいらないさ。それより、俺たちは俺たちの仕事をしよう」


 クイナの頭をぽんぽんとたたく。

 ちなみにミスリルゴーレムはただの護衛というわけじゃない。

 客寄せの一環でもある。巨大なゴーレムは美少女以上に目立つ。


 妖狐には、もしミスリルゴーレムのことを聞かれたら、商品を売っている街は、大賢者と力あるドワーフの末裔が作った街であることを説明するように伝えていた。いわゆる箔付けだ。

 さて、どれくらいで客が来るか、楽しみだ。


 ◇


 妖狐が外に出ていってから、三十分ほどたったぐらいで、冒険者たちの四人パーティがやってきた。

 軽装鎧に身を包んだ戦士らしき青年と、いかにも力自慢の立派な髭の大男。身軽な格好をした小柄な盗賊の少女に、魔法使いの女性。バランスのいいパーティだ。

 だが、一様にぼろぼろだ。とくに前衛の二人がひどい。剣は折れ、鎧は穴だらけ。歩き方がおかしい。確実に怪我を抱えている。


 この時間帯の客にしては珍しいが、ダンジョンからの帰りだろう。冒険者たちの中には、ダンジョンで一夜を明かす者もいる。魔物がはびこる場所で交代で見張りをしながら一夜を明かすのは危険がある上に疲労も抜けないが、長時間の狩りをするためには必要になる。


 だが、彼らの状況を見るに何かしらのトラブルがあって、一夜を明かさざるを得ない状況に追い込まれたのだろう。

 リーダーらしい戦士風の青年が、商店に駆け込んできた。


「飯と水をくれ、それと落ち着いて休める場所を」


 血相を変えて、鬼気迫る表情で訴えかけてくる。

 店番をしていた妖狐が対応する。妖狐は一〇代後半の美少女で通常男なら何かしらの反応を見せるが、そんなことを一切気にすることがない状況のようだ。この子は接客のスペシャリストとして鍛えてある。


「食料をお求めですね。おすすめは、このリンゴという果実です。甘くて水分たっぷり。二か月は腐りません。疲れがとれて、体力が戻ります。合わせて、固焼きパンと干し肉もどうぞ」


 完全なマニュアル対応。

 それしか教えていないが、この切羽詰まった相手に淡々と答えるのはさすがと言ったところか。


「なんでもいいから、早く」

「では、すべてお買い上げということでよろしいですね? リンゴ、固焼きパン、干し肉、水。セットにすると銀貨一枚でお得ですよ」

「それでいいから、それでいいから、はやく! 四セットだ」

「かしこまりました。合わせて、お土産にアヴァロン特性、リンゴ酒はどうですか? とても甘く品のいいお酒で、女性などに喜ばれます」


 戦士風の男のこめかみがぴくぴくと動く。

 俺は少し後悔した。マニュアル対応も行き過ぎるとだめだな。


「いらん! おまえふざけているのか! さっさと食い物と水をよこせ!!」

「かしこまりました。では銀貨四枚いただきます」


 妖狐がそういうと、懐から財布を取り出し銀貨を机を叩きつけた。


「確かに、ちょうどいただきました。店の裏手に屋根付きの飲食スペースを設けていますのでよろしければお使いください」


 妖狐は手際よく商品をひとまとめにして差し出すと、ひったくるようにもって行った。

 冒険者たちが消えると、妖狐の表情から営業スマイルが消える。


「はぁう。緊張しましたぁ。プロケル様、クイナ姉さま、どうでした? ちゃんとできてました?」


 おどおどした様子で妖狐が問いかけてくる。

 実はこれが彼女の素だ。

 そんな彼女にクイナが親指をぐっと立てる。


「完璧なの。この調子で頼むの!」


 まあ、今回はたまたま運が悪かっただけで対応としては間違っていない。


「良かったですぅ」


 慣れるまではこのままでいいだろう。

 ちゃんと商品が売れたし、来客第一号であることを考えると上出来だ。

 それはそれとして、少しフォローをして置こうか。俺はそう決めて、冒険者たちが居る飲食スペース向かった。



~冒険者視点~


「まったく、なんだあの店員は。俺たちがどれだけ切羽詰まってるかもしらないで」


 戦士の男が苛立ち交じりで嘆息する。

 彼らは買い込んだ食料をもって、店の裏手に来ていた。

 店員が言ったとおりそこには机と椅子が用意されており、くつろげそうだ。


「落ち着け、ソルト。食料が手に入っただけでも僥倖じゃ。ずいぶん安かったしのう。質も良さそうじゃ。このパン、小麦のいい香りがぷんぷんしとる。二級品の小麦じゃこうはいかん」


 立派な髭を生やした大男が、朗らかに笑う。

 それを見た戦士風の男は少し冷静さを取り戻す。

 何はともあれ今は食事だ。

 今回の探索は大失敗に終わった。通いなれたダンジョンで油断していたのもあるが、浅い階層にとんでもなく強い魔物が現れた。命からがら逃げだしたが、お宝や食料が詰まった背嚢を置いていかざるを得なかった。


 最低限の食糧は肌身離さずもっていたが、それも尽き、ぼろぼろの体では狩りも満足にできず、通りがかった冒険者に泣きつくしかないと思っていたところだ。


「ごめん、みんな。私に魔力が残っていれば」


 魔法使いの女性が申し訳なさそうな声を上げる。

 彼女は貴重な治癒魔法の使い手だ。

 だが、今は魔力が枯渇していてろくに力を使えない。


 戦士の男も、立派な髭を生やした大男も必死にやせ我慢をしているが、全身打撲に加えて何カ所か骨にひびが入っているし、捻挫もしていた。まともに戦える状態じゃない。


「謝るなよ。ミラ。おまえが居なきゃ俺は死んでた。でっかい風穴あけられちまったからな。おまえが塞いでくれたから生きてる。そのために魔力を使い切ったんだしな」


 戦士の男は、先日の闘いを思い出す。

 突然現れた魔物は悪夢じみた強さだった。ランクBの魔物であることは間違いない。生きているが不思議なぐらいだ。

 必至に逃げたあとは、身を隠してやりすごし、傷ついた体をだましだまし動かせるぐらいに回復して、なんとかダンジョンを脱出することにした。


「むしろ、悪いのはあたしだよ。一人だけ元気なのに何もできなくて」


 盗賊の少女がしゅんとした顔で俯いていた。


「何言ってんだ。おまえが見張ってくれたから夜を越せたんだ。おまえが居なきゃ全員とっくに罠で死んでるぜ」

「ふむ、お主は若いが斥候として申し分ない技量がある」

「ソルト、ファム」


 彼らのいう事は間違いない。盗賊はスキルによって罠や敵の感知、鍵の解錠など、さまざまな面で役立つ。パーティに必須の存在だ。

 少女は感極まった声をあげ顔をあげる。


「とにかく飯にしようぜ」

「ふむ、そうじゃのう」


 そして、彼らの食事が始まった。

 まずは水を飲む。

 戦士の男はその水を飲んでおどろく。するすると体に入り込んで染み渡る。なんて美味さだ。

 確かに今の自分は乾いていた。美味く感じるのも当然だろう。だが、この水はそんなレベルじゃない。

 純粋に美味い。信じられないぐらいに。そして、力が湧いてくる。


 次に、店員がリンゴと呼んでいた赤い果実をかじった。

 心地よい歯ごたえ、口の中に甘酸っぱい果汁が広がる。涙が出そうなほどの旨み。飲み込んだ瞬間、全身の細胞が喜んでいるのがわかる。


 なんだ、これは? 天上の果実か?

 体が潤い、痛みが引いていく。疲れで鉛のように重かった体が軽くなった。

 気が付けば、一瞬で手元の果実はなくなった。


 不思議だ。自分は大食漢だ。なのに、この果実一つで心地よい満足感があった。次にパンを食べる。こっちもなんの変哲もないパンだというのに、たまらない。小麦の甘味を感じる。自分は農家出身だが、これほど美味いパンは初めてだ。原料の小麦の質が良すぎる。


 干し肉にも期待して食べてみるが、こっちは普通だ。

 戦士風の男は仲間たちの様子を見る。

 みんな、夢中で水を飲み果実を食べ、パンを食べたあとでぼうっとした表情を浮かべていた。

 その余韻が収まったあと、戦士の男は口を開く。


「なあ、みんな。赤い果実めちゃくちゃうまくなかったか?」

「うむ、最高であったな。このようなものがこの地上に存在するとは思わなかった。水もパンも素晴らしい。この街はいい穴場だ。ほかの連中にも教えてやらんと」

「だね。なんか、あたし疲れが吹っ飛んで、こんな状況なのに幸せになちゃったよ」

「大地の恵み、そのものの味でした。疲れも抜けて、これなら魔力も回復しそうです」


 全員、あまりの食事の美味しさ。特に赤い果実の力に驚いていた。うまいだけじゃなく、明らかに体調が良くなっている。


「なあ、俺らエクラバに戻って、銀行で貯蓄を引き出して、いつもの宿屋で怪我が治るまで待機してまたダンジョンに来ようって話してたよな」

「そうじゃのう。今のわしとお主の怪我、レムの魔力枯渇を考えるとそれしかあるまいて」


 この四人のパーティは一流のパーティだ。四人で力を合わせればCランクの魔物すら倒せる。

 それなりに稼ぎがあり、たくわえもある。

 今回の大打撃を受けても、立て直すことは可能だろう。

 だが、立て直すための出費はあまりにも痛い。

 

「予定を変えないか? この街にしばらく滞在しよう。この赤い果実を毎日喰えば怪我も魔力の回復も促進される。またダンジョンに潜れるまで早くなる。たしか呼び込みの娘の看板には宿屋もこの街にあると書いてあったし、めちゃくちゃ安かったよな」

「だが、壊れた武器と防具はどうする? いきつけの鍛冶屋に預けて直してもらわんことには。どっちみち一度エクラバに戻らねばなるまいて。この街の宿がちゃんとした宿かも気になる」


 戦士の男は頭を抱える。

 大男の言っていることは確かだ。しかし、この街の宿屋の値段はエクラバに比べて破格。食い物も水もこの街に居たほうが安い。

 再び、ダンジョンに潜るための怪我と魔力の回復も早く、ダンジョン探索の休業時間も減らせる。

 いくら蓄えがあるからと言って、できるだけ赤字は減らしたい。どう考えてもこの街に居たほうがいい。


 それがわかっていて、わざわざエクラバまで戻るのは……。

 そんなときだった。

 一人の少年がやってきた。歳は十代半ばから後半の美少年。

 黒く仕立てのいい服を着ている。にこやかに笑っているはずなのに、一瞬だが背筋が凍り付くほどの恐怖を覚えた。

 長年の経験で研ぎ澄まされた勘が、真の強者のみが持つオーラをこの少年から感じとったのだ。


「本日はこの街に、お越しいただきありがとうございます。ぶしつけながら、お客様の話を聞かせていただきました」

「あんたは?」

「この街の長であり、この街の亜人全ての父。大賢者プロケルと申します。この街は冒険者様を歓迎する街、鍛冶屋、宿共に上質なものをそろえてます。是非、ご案内させて頂けませんか?」


 そして、男は優雅に礼をした。

 まさに渡りに船。鍛冶屋があるというのも嬉しい情報だ。

 こんな街の鍛冶屋にたいした期待はしていないが、簡単な修理ぐらいはできるかもしれない。

 戦士の男は仲間たちの表情を伺い……


「その、よろしく頼む」


 そう、告げた。

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