第十ニ話:デュークの采配
アヴァロン防衛戦が始まっていた。
重機関銃とミスリルゴーレムのコンボで鉄壁を誇り、たとえ突破されたとしても数多の敵を葬り甚大な被害を与えた【石の回廊】がたった一体の魔物に突破された。
防衛部隊の指揮官たるデュークは苦々しい顔をしながら、護衛のグラフロス、もしものときに備えて白虎のコハクを引き連れて【墓地】エリアに向かって疾走していた。
第一フロアで戦力を削れなかったことは、残念だが、特段驚くことでもない。
いつかこういう日が来ることも想定していた。
アヴァロンの中だけを見ても、無傷であれを突破できる魔物が何体か存在する。
そういう敵がいつか現れるのも必然と言える。
彼は指揮を一時的にドワーフ・スミスに任せてまで第二フロアの【墓地】エリアに向かったのは前線で直接指揮を執るためだ。
そちらのほうが素早く詳細な指示ができる。
なによりもデュークにはアンデッドの強化スキルである【死の支配者】がある。
【墓地】はアンデッドに有利な地形であり、多数のアンデッドを配置している。加えて、空爆を実施する暗黒竜グラフロスたちが向かっていた。
デュークがいるかいないかで戦闘力がまったく変わってくる。
敵は数が多く、ゴブリンとオークのみの軍勢で、ゴブリン・ジェネラルとオーク・キングという主力を強化する魔物がいるため質も高い。
全体強化を受けている上、数が勝る相手と戦うのだ。
こちらも相応の手を使わないと惨敗するのは明白だ。
「今度、我が君に第一フロアの改修を依頼をしなければ。今後は、【豪】以上の魔王とも戦うのですから。アヴァロン・リッターと新型の重機関銃ぐらいはほしいところです」
重機関銃の射撃にも使用者のステータスは反映される。
同じ銃でも、アヴァロン・リッターとミスリルゴーレムが使うのでは威力がまったく違う。
そして、【創造】で生み出しただけの銃とロロノが改良した新型の威力も桁違いだ。
ミスリルゴーレムが普通の重機関銃を装備していても、今回無理やり突破してきた魔物に致命傷を与え、ほぼ相打ちという状況まで持ち込めていた。
もし、アヴァロン・リッターと新型重機関銃を配置していれば楽に仕留められ、後続の戦力も大幅に削れていただろう。
敬愛するあの方なら、きっと聞き入れてくれるだろう。
◇
デュークは【墓地】エリアに到達する。
無数の墓標を立ち並ぶ、陰鬱としたエリアだ。
そして、指揮者としての能力を発動する。
デュークは死の属性を持つ魔物と意識を共有できる。【墓地】エリアに配置していた魔物たちの眼を借りる。
彼らにはまだ隠れているように指示していた。
「なるほど、ようやく編成が終わり第二フロアの踏破を始めたところですな」
デュークの眼には、ゴブリン・ジェネラルとオーク・キングによって統率されて陣形を組む無数のゴブリンとオークの軍勢が見えていた。
「ハイ・エルフがいてくれれば、遠距離狙撃で指揮官から始末するのですが、ない物ねだりもできませんな。……これも、あとで我が君に頼んでおかなければ、攻撃部隊と防御部隊、その両方に配置できるだけのハイ・エルフは必要。狙撃ほど強力なカードはなかなかありません」
ゴブリンとオークの軍団たちが動き始めた。
無数の墓標が作る迷路をきっちり隊列を組んで進軍している。
それだけで、かなりの練度だとわかる。
「ふむ、手ごわそうではありますな。……数を減らさずにぶつかるのは愚策。もう少し進み、逃げ場がなくなれば仕掛けるとしましょう」
意識を繋げた部下たちに指示を出す。
三十体の暗黒竜グラフロスだ。
プロケルから爆薬をケチらないでいいと言われているため、爆薬を大量に積み込んだコンテナを腹に抱えていた。
いつもなら即座に空爆を行うが、ゴブリンとオークを守るように旋回している白い翼の鳥人間が気になる。
一見すると天使に見えるが、天使というにはあまりにも醜悪で鳥に近すぎた。
強いというわけではない。よくてCランク。コンテナを抱えながらでもグラフロスたちなら軽くあしらえる程度の魔物。
しかし、嫌な予感がするのだ。
「コハクどの、オークとゴブリンの頭上を白く醜悪な鳥人間が飛び回っております。首から上が完全に鳥、胴体は白い不毛に覆われておりますが、ひどくやせぎすの人間の体。力はランクC程度、なにか心当たりはありませんか?」
御意見番であるコハクに聞く。
デュークは慎重な性格だ。怪しいと思ったものを放置して作戦を実行しないし、知らないものを聞くことに恥も感じない。
コハクは大あくびをしてから口を開いた。
「知っているな。おそらく聖鳥クレイン。おぬしのいうとおりCランクのとるに足らん魔物だ。……死の魔物以外にとってはな。あやつらは死者を否定する。死んでいるものが生きることを許さない。やつのテリトリーに入ったら、死の魔物はそれだけでどんどん弱っていき、最後には倒れてしまう」
「なるほど、死と竜の二重属性のグラフロスたちにとっては天敵と言うわけですな。第一フロアのことといい、敵はこちらのことをよく調べているというわけですか……面白い」
デュークはこの時点で三つの作戦を考えていた。
一つ目は、自分があの白い鳥どもを蹴散らす。死に対してどれだけ有利だとしても、真の【竜帝】となったSランクの自分なら力任せに叩き潰せるだろう。
デメリットはたとえ勝てたとしても、防衛部隊の最高戦力たる自分が大きく消耗してしまうこと。
二つ目は、グラフロスたちに超高度からの爆撃を指示すること。いかに死に対してアドバンテージがあろうと、鳥ごときではたどり着けない超高度までいけばグラフロスたちには干渉できない。
デメリットはそんな超高度からの爆撃をしようものなら爆撃の精度が下がり敵の部隊に大打撃を与えられない。
三つ目は、主たるプロケルが盟友から与えられた魔物を使うこと。彼らはグラフロスに匹敵するポテンシャルを持っている。さらにデュークは真の【竜帝】となったことで、配下の竜を強化できるようになっていた。
ゴブリン・ジェネラルとオーク・キングの軍勢強化を受けていないCランクの鳥ごとき苦にもしない。
デメリットは……ない。
「決まりですな。コハク殿、参考になりました」
デュークは目を閉じ、力を引き出す。
竜人の紳士の体が大きく、大きく膨らんでいる。
全身を黒いうろこが多い、闇を纏う。
死の具現、闇の竜の頂点、黒死竜ジークヴルム。その真の姿が露わになった。
【竜帝】としての力を使うにはこの姿になる必要がある。
かつては【狂気化】を押さえつけられる時間に限りがあったが、真の竜帝となった今はデメリットが存在しない。
「GRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY」
デュークが咆哮する。
それは竜の勅命。
本来、空間ごと断絶しているはずの別フロアにまで、竜の勅命は届く。
彼らは竜の帝の呼びかけに応じて全力で飛翔する。
翡翠色の竜たちが現れた。
そうぜい十体の翼竜。
嵐騎竜バハムートの二ランク下の魔物。暗黒竜グラフロスと同じくBランクトップクラスの力を持つ強力な竜テンペスト・ワイバーン。
風を操る竜たちは人知を超える速度で空を舞う。
空戦能力ではおそらくBランク最強。
プロケルがストラスとの交渉で手に入れた魔物たちだ。
暗黒竜グラフロス、テンペスト・ワイバーン、そのどちらも強力な魔物だが、それぞれに弱点がある。
だから、プロケルとストラスは【渦】で生み出されるお互いの魔物を交換することで混成部隊を作り弱点を補いあう道を選んだ。
そう、今この時のために。
「GRYYYYYYYYYYYYYYYY」
デュークがまた吠える。
真の【竜帝】の力を使用したのだ。
風の竜たちにデュークの力が流れ込み、ただでさえ強力な風の竜たちがより力を増す。
音速の二倍以上の速度で飛翔する。
聖鳥クレインたちの群れに一切減速なしで風の竜たちは突撃した。
数十体の聖鳥クレインがばらばらに切り裂かれ、その倍の数の聖鳥クレインが見えない何かにぶん殴られてダメージを受ける。
襲撃を受けて数秒後、ようやく攻撃を受けたことに気付き、悲鳴を上げ始める。
そこに風の竜たちが再び飛来し、同じように聖鳥たちが切り裂かれ、そうでないものも見えない何かに殴られた。
特別なことをしているわけではない。
テンペスト・ワイバーンたちは翼に風を纏い体当たりをしているだけだ。
風を纏った翼の切れ味は想像を絶する。一瞬の停滞もなく聖鳥クレインたちを切り裂く。
体当たりを喰らわなかったものも、音速の二倍で巨大な物体が横で通り過ぎたことで発生するソニックブームの餌食になる。
戦いというにはあまりにも一方的だった。
当然の結果だと言えるだろう。
聖鳥クレインは、死んでなお生きる者を否定することに特化した魔物だ。純粋なステータスはランクCの魔物でも下位にすぎない。
それに対して、テンペスト・ワイバーンはBランク最上位の魔物だ。加えて【竜帝】の強化を受けている。
まともにぶつかり合えば勝負にすらならない。
言うならば、十字架を握り締めた悪魔祓いと完全武装をした特殊部隊の戦い。
為すすべもなく、聖鳥クレインたちが落ちていく。
テンペスト・ワイバーンたちが勝利の咆哮を上げた。
「GRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY」
デュークも咆哮する。
それらは勝利の雄たけびでも、テンペスト・ワイバーンたちへの賞賛でもない。
暗黒竜グラフロスたちに向けた次なる命令だ。
グラフロスたちが、コンテナを抱いて黒い巨体を空に踊らせる。
もう、邪魔な連中はいない。
グラフロスたちが何を抱いているのかを知っているらしく、ゴブリンとオークたちは必死に逃げようとしたり、魔法や弓を放つ。
だが、それらは無駄だ。
空爆の効果範囲は圧倒的だ。逃げ場などない。
魔法や弓も無駄だ。そんなものが届く高度ではない。
届いたところでただでさえ耐久力が高い上に死と竜、二重属性を持つゆえに、デュークの二つのスキル【竜帝】と【死の支配者】で強化されたグラフロスたちを傷つけられはしない。
三十体のグラフロスが所定の位置につく。
それはもっとも効率よく多数のゴブリンとオークどもを殺せる位置だ。
コンテナが開く。無数の爆弾が雨のように降り注ぐ。
そして、大地に紅蓮の花が咲いた。
千にも届こうかという悲鳴が墓地を埋め尽くす。
どこを見渡しても炎、炎、炎の地獄。
まさに煉獄だ。
グラフロスたちは、高度を下げて旋回しながらこの炎でも死ななかった丈夫な敵に闇のブレスを放つ。
テンペスト・ワイバーンたちも同じように風の刃を放った。
たった、数分でゴブリンとオークの軍勢は壊滅状態に陥る。
【豪】の魔王はグラフロスを警戒し対策を打った。
それは正しかっただろう。だが、それだけでは足りなかった
グラフロスの対策として持ち出した聖鳥クレインの素のステータスは低く死の魔物以外には無力と言う弱点を埋めるべきだった。
グラフロスとテンペスト・ワイバーンを用意したプロケルのように、聖鳥クレインの物理的な弱さを補える魔物を用意するべきだったのだ。
それが、勝敗を分けた。プロケルのほうが先を見ていたのだ。
炎が止む。
味方を盾にしたもの、防御力高い魔物、運が良かった魔物。
それなりに生き残りはいる。
”あえてデュークが殺させなかった”ゴブリン・ジェネラルとオーク・キングたちが生き残りで軍を再編成させようとしていた。
しかし、立て直すなんて悠長なことを考えるのはあまりにも愚かだった。
「ピュギャアアアアアアアアアア」
「ギュイギュイ」
「キャアアアアアアアアア」
ゴブリンとオークたちの悲鳴が響き渡った。
竜たちによるものではない。
ゴブリンやオークの影から、墓標の影から、空を舞う竜たちが作った影から、大型の青い犬が飛び出し背後から急所を切り裂く。
アビス・ハウル。
影を媒介にして異空間に潜る魔物たち。
彼ら開幕からずっとこうしてチャンスを待ち続けていた。
それこそがアビス・ハウルの本領。影から襲い掛かる群れを成す暗殺者。
爆撃が終わり、安心していたゴブリンやオークたちは最悪のタイミングで奇襲を受けた。
アビス・ハウルたちは咆哮する。
ただの咆哮ではない。アビス・ハウルのスキル。
【闇】の咆哮だ。
闇の咆哮:魔力を込めた咆哮を放つ。判定成功時に敵への硬直と弱体化。Aランク以上の魔物には成功率が半減。群れで使用することで成功率に上昇補正 ※硬直と弱体化は重複しない
三十体ものアビス・ハウルの咆哮が墓地にこだまする。
わずかな生き残りすら恐怖に動きが固まる。
それだけでは終わらない。
デュークが詰めの一手を放った。
爆撃地から少し離れた地面の中から亡者の群れが現れ、ゴブリンとオークを取り囲む。
それらは、【強化蘇生】によって蘇った魔物と人間たち。死の眷属に成り下がる代わりに、生前以上の力を手に入れた亡者。
彼らは強い。魔物で言えばAランクの人工英雄たちが強化されているのだから。
【黒】の魔王が放たれた刺客を持ち帰り、デュークが戦力に変えていた。
これらは使い捨ての駒だ。
デュークは主の方針でアヴァロンの魔物を殺さない作戦を立てるという制約がある。
だが、これらは敵の死体だ。アヴァロンの魔物ではない。
容赦なく特攻させて、壁にして使い潰せる。
元人工英雄たち、Aランクの力をもった化け物を中心にした死の軍勢が、死を恐れない攻撃を仕掛けるには敵におって悪夢にほかならない。
そこからは完全に一方的な戦いになった。
ゴブリンとオークの軍勢には強力な魔物は多数いた。
たとえ強化された人工英雄だろうと凌駕する魔物も数体いる。
だが、爆撃で満身創痍な上、空から狙っている竜に怯えて、影から忍び寄る魔犬に怯えて、死も痛みも恐れない化け物に襲われて実力が出せない。
次々にゴブリンとオークの勇者たちが実力も出せないまま倒れていく。
一時間も経つころには、もはや【豪】の魔王の攻撃部隊は軍勢とはいえない。
裸の王たちと数匹の軍勢がいるだけになっていた。
そこに巨竜となったデュークが下りたつ。
その圧倒的な格に裸の王たちは心が折れて膝をついた。
本能が悟ってしまったのだ勝てるわけがないと。
「さて、仕上げといきましょうか。殺す前に、同じ王としてあなた方に問いましょう。ゴブリンの将軍とオークの王よ。私はあえてあなた方を殺さないように命じていました。あなたちの全体強化が厄介と感じていながらです。なぜだと思いますか?」
ゴブリン・ジェネラルとオーク・キングはそれぞれの言葉で、相手への敬意と言った。
だが、デュークは首を振る。
「正解は、我が君への献上品にするためです。あなたたちと護衛が一番、強そうだと思ったのでね。あなたはこれより王ではなくしもべになりさがります」
次の瞬間、ゴブリン・ジェネラルとオーク・キングの首から上がなくなった。
彼らの親衛隊たちも次々に影から現れたアビス・ハウルたちに急所に一撃を喰らって倒れる。
死体が青い粒子になって消えていく。このまま消えてしまえていたら彼らは幸せだっただろう。だが、それを許さない魔物がいる。
デュークがスキルを使う。【強化蘇生】。
死者を強化し甦らせ、自らのしもべのアンデッドとする最強クラスのスキル。
デュークが竜人姿に戻る。
ゴブリンの将軍も、オークの王も、彼らの親衛隊も表情が抜け落ちた顔でデュークに跪いた。
「これからは我が君にして至高の魔王、【創造】の魔王プロケル様に尽くしなさい。ふはは、我が君にいいお土産ができましたな。なかなか強力な手駒ですぞ。防衛の強化プランと合わせて報告すれば喜んでいただけるはずだ。さて、みんな一休憩です。第二陣はすぐに来るでしょう。次も強者がいるとお土産が増えていいのですが」
プロケルが参謀として任命したデューク。
彼は勝利だけでは満足しない。
敬愛する主のために、それ以上を求める。そして、プロケルよりもよほど冷酷だ。
アヴァロンを本気で攻略するつもりであれば、どんな手を使おうとデュークをまず仕留めないといけない。
あるいは、そのことに気付かなかったことが【豪】の魔王アガレスの最大のミスだったのかもしれない。