第四話:囚われのロロノ
【竜】の試練を終えて、ほっと一息ついたばかりのタイミングだった。
緊急用の手段を用いて、アビス・ハウルが転移してきた。
ロロノお手製の使い捨て転移陣。これを使う時点で超緊急事態だ。
そして、クイナが「ロロノちゃんが大変なの」と言っていた。
あの取り乱しよう、ただ事ではない。
【刻】の魔王の許可を得て、この場に転移陣を作らせてもらった。アヴァロン側には陣があるので、こちらで陣を描けば飛べる。
アビス・ハウルが陣を描く、一分一秒がもどかしい。
よし、ようやく転移陣ができた。
「ロロノ、無事でいてくれ」
そう願いながら、デューク、アビス・ハウルを連れて、アヴァロンへと転移した。
◇
転移した先は、俺の屋敷の地下だ。
もしものときの指令室があり、各種設備が用意されている。
通信設備や映像設備。
ダンジョンの最奥にある水晶の機能を模したものだ。
緊急事態にはここに主要者が集まっている。
情報をすばやく収集するにはここしかない。
扉を開く、そこには……。
「クイナ、反省して。早とちりしすぎ」
「ロロノちゃん、ごめんなの。あんなの見たら、誰だって勘違いするの」
ロロノがクイナのこめかみに拳を押しあてぐりぐりしていた。
クイナが涙目になって謝っている。
大変なことになっているはずのロロノが、どうしてここにいるんだ。
「早とちりで、せっかくの携帯転移陣を無駄にした。【竜】の試練に挑んでるマスターを呼び戻すなんてひどい失態。クイナには落ち着きが足りない」
「ううう、ごめんなさいなの。悪気はなかったの」
クイナが本気で痛そうにしている。自慢の尻尾もしぼんでいた。
ロロノは生産系の魔物だが、筋力系のパラメーターは非常に高いく、【剛力無双】なんてスキルをもっている。クイナの防御力でも相当痛いはずだ。
何があったかわからないが、ロロノは無事のようだ。
ほっと胸をなでおろす。
「二人とも、とりあえず話を聞かせてもらおうか」
「おとーさん!」
「マスター」
二人の娘が駆け寄ってくる。
とりあえず、何かがあったのは間違いない。ゆっくりと話を聞こう。
◇
「状況はわかった。アヴァロンの街で魔王によって操られた冒険者が怪し気なアイテムを使ったとたん、無数の魔物が飛び出したんだな」
アヴァロンでは魔物はともかく、冒険者の出入りは自由だ。
冒険者だけであれば脅威となることは少ないので特に警戒もしていない。
だが、今回はその隙を突かれた。
その冒険者には怪しげな刻印があり、その刻印が光った瞬間、無数の魔物が飛び出てきたようだ。
【収納】のような効果を果たす魔法、それも他人に使わせるなんて聞いたことがない。
あるいは【転移】か?
いや、それも考えにく、魔物を【転送】する魔法なんて聞いたことがない。
もしかしたら、魔王の能力かもしれない。
厄介な力だ。人間という、アヴァロンに潜り込ませるのがたやすい生き物に魔物を運ばせることができる。
そして、この能力が輝くのは複数の魔王で徒党を組んだとき。
複数の魔王の魔物を、人間を起点にしてどんどん送り付けられれば、アヴァロンほどの防衛設備があっても後手に回るしかない。
ただ、今回の襲撃規模は二、三十体程度でCランクが中心だったらしい。
それが転送できる限界であれば嬉しいが、それは楽観しすぎだろう。
この程度なら、ロロノを守らせているアビス・ハウルやオーシャン・シンガー、各種ゴーレムたちの守りを抜けるとは思えない。
ロロノを攫うつもりがあるなら、その十倍は戦力が必要になるだろう。
「ん。その魔物たちがみんな私の工房に向かってきた。倒すことは簡単だけど、アヴァロンで戦えば人間を巻き込む。それは嫌だったし、……私が狙われていることを思い出して疑似餌を投げた」
「そんなものを用意しているとはな」
「動く人形。見た目は完全に同じ、鼻をごまかすために匂いも感触も同じにした。ある程度、私の魔力も放ってる。初見で見抜くのは困難」
ロロノは自分が狙われているならと、身代わりの人形を突っ込ませたらしい。
そうすることで、アヴァロンでの戦闘を避けた。
敵の魔物は、あっさりとロロノを手に入れたと思い撤退していったらしい。
「ただの人形じゃない。異空間じゃない限り、その位置を定期的に信号で送ってくる。敵の本拠地がわかる」
「ほう、おもしろいな。どれくらいの距離までサポートできる?」
「二百キロが限界」
異空間ではないというのは魔王のダンジョンでないことも含む。
魔王のダンジョンは通常空間とは違い、ありとあらゆる通信が遮断される。
それでも、ダンジョンに入る直前の位置がわかれば十分だ。
敵の魔王が誰か判明する。
距離が離れすぎて、最大レンジの二百キロを超えてしまっていても、魔王を特定するのに役立つ。
「ちなみに人形を解体しようとしたり、アヴァロンを出てから一日放置すると、爆発する。人型サイズに押し込められる限界の威力を追求した。至近距離ならクイナでも大けがする威力」
「なんで、そこでクイナを例にだすの!?」
「身近で一番、頑丈なもの」
「ロロノちゃん、ひどいの!」
クイナが涙目になって抗議する。
「それは強そうだ」
「ああ、おとーさんまで」
クイナが頬を膨らませている。
たしかにクイナに怪我を負わせるほどの爆弾というのは信頼できる。普通のAランク程度の魔物や、魔王ぐらいなら即死だ。
もし、敵の中枢部で爆発すれば多大な被害を与えてくれるだろう。
「いつのまにそんなものを作ったんだ?」
「作ったのはだいぶまえ、マスターの【誓約の魔物】は狙われる可能性がある。もしものための影武者として作った。だから、クイナとアウラの人形もつくってる」
「それは面白いな、見せてもらっていいか?」
「ん、わかった。工房のあるからついてきて」
何はともあれ、ロロノが無事だった。
今回の判断はドワーフ・スミスによるものでもあったらしい。
この場にいたドワーフ・スミスが説明を始める。
今回の襲撃は、ロロノを本気で攫うつもりだと仮定すると戦力が少なすぎた。万が一成功すればラッキー。ロロノをどう守るかの動きをみるための捨て駒である可能性が高かった。
だからこそ、アヴァロンの被害を押さえるためだけでなく、手の内を見せないためにも疑似餌をプレゼントしてお帰りいただいた。
敵はそうそうに目標を達成できたと勘違いし、全力で撤収したそうだ。
襲撃してきた魔王を特定できれば御の字。特定さえすれば即座に【戦争】を仕掛けて排除する。
【戦争】を受けないなら、正規の方法でダンジョンの最奥にまで進み水晶を壊してやる。
今の俺ならそれも可能だろう。
向こうはアヴァロンに魔物を派遣して、ロロノの作った疑似餌というアヴァロンの資産を奪った。
つまるところ、先に向こうが手を出した状態だ。滅ぼすに値する理由ができている。
いい手を考えたものだ。デュークの妻だけはある。
「マスター、考え事?」
「ああ、俺の魔物はすごいなって」
この作戦を思いついたドワーフ・スミスも。
敵の魔物すら騙す偽物を作り出したロロノも。
「……おとーさん、ごめんなさい。ロロノちゃんが攫われたって勘違いして、大事な携帯転移陣壊しちゃって」
クイナが涙目で謝ってくる。
「いや、いい。クイナの役割を果たそうとしてくれた。一秒でもはやく、俺にロロノの危機を伝えようとしたんだろう? そのことを責めるつもりはない」
もし、本当にロロノが攫われていたらと考えると、クイナを責める気にはなれない。
彼女の頭を撫でてやる。
今回の前哨戦は勝った。
できれば、ロロノの爆弾が敵の魔王の前で爆発してくれれば最高だが、それは求めすぎだろう。
前哨戦に勝ったとはいえ、まだまだ敵が諦めるとは思えない。
さて、次はどんな手でくるのか? どんな手で来ようと叩き潰して見せよう。
「ドワーフ・スミス。魔物を放った冒険者の死体はちゃんと保存してあるな」
「はい、オーシャン・シンガーの魔術で氷漬けにして保存しております。後程、デューク様の【強化蘇生】で蘇らせて情報を聞き出します」
「任せた」
おそらく、何も知らないだろうがやるに越したことはない。
……そのあと、ロロノの工房に移動して、クイナとアウラの人形を見せてもらった。
「うわあ、クイナとそっくりなの、アウラちゃんのもある。すごい、アウラちゃんのおっぱいと同じ感触」
なぜか、クイナがアウラの人形の胸を揉んで、おおうっと感動している。
絵面がいろいろとすごい。
「よく、ここまでのものを作ったな。誰の人形でも作れるのか?」
「ん。その気になれば作れる。もちろんマスターのもある」
「そっちも見せてもらっていいか?」
「……だめ、ちょっと、今は見せられない」
ロロノが顔を赤くして顔をそむけた。見せられないというのは、壊れているのか? それに突っ込んだらいろいろと地雷を踏んでしまう気がする。黙っておこう。
俺ですら本物のクイナやアウラと見分けがつかない。
ロロノを攫いに来た魔物たちも騙されるわけだ。
これだけ精巧に作れるなら、囮ではなく別の使い道もあると考えてしまった。やめておこう。ロロノの無駄遣いだ。
「マスター、人形からの電波が途絶えた。異空間に潜ったか、魔王のダンジョンについたみたい」
ロロノがタブレットを取り出し地図を開く。
そして、とある一点が赤く光っていた。
「でかした。明日、マルコにでも相談してみる。この近くにダンジョンがないかを聞こう……襲撃者の魔王を特定できればそのときは、蹂躙する」
未遂とはいえ、俺の大事な娘を狙った。
その罪は、きっちりと贖ってもらおう。
もっとも、すでにロロノ人形の爆発に巻き込まれているかもしれないが。