第三話:【竜帝】に選ばれたのは?
【竜】の試練が終わると同時に【刻】の力が発動した。
あまりにもフィールドが広いため、【刻】の魔王の精鋭部隊、【時空騎士団】を総動員しての作業になる。
巨大な魔方陣が光輝き、【刻】の魔力が鳴動する。
……かつて、創造主の前で、ストラスと余興で仮初の【戦争】をしたとき、【刻】の魔王は創造主のバックアップを受けて、俺とストラスの作り上げたダンジョン、計六フロア。合計で二十キロ四方を軽く超える範囲を巻き戻した。
創造主の力のバックアップがあれば魔王たちはとんでもない力を振るえる。
どうしても、夢想してしまう。
もし、俺が創造主のバックアップを受けて、【創造】をしたときにどこまでのことができるか?
そんなことを考えているうちに、【刻】の力によって、粉々に砕かれたリングが修復されていき、デュークに腹を貫かれて絶命した皇帝竜テュポーンのシーザーが生き返り、瀕死だったデュークとエンリルの傷は癒えていく。
俺とストラスは愛する【竜】たちのところへ行く。
「デューク!」
「エンリル!」
それぞれの竜の名を呼ぶと、竜人形態になったデュークと子猫のような大きさになったエンリルがこちらに向かってくる。
「我が君、なんとか勝利を拾いました」
「ガウガウ!」
二人とも、かなり疲労している。
【刻】の能力で、体力は回復しているのに精神的な疲れは残っている。
極限の戦いだった。
わずか数分といえど、精神力を消耗しきったのだろう。
【竜】の魔王、アストも遅れて現れた。
彼はシーザーのほうを見ると微笑んで、二、三こと話す。
笑っていた。そしてシーザーも威圧的な風貌なのは変わらないが、優しい表情をしている。
二人の間には長い年月で培われた信頼があった。
アストが俺たちの前までやってくる。
「シーザーを超えてほしいとは思ってはいたが……負けるとは微塵も思っていなかった。よくやった。よくぞ、わしとシーザーを超えてくれた。これで安心して、わしの竜たちを託せる」
アストが手を伸ばしてくる。
俺はその手をとってぎゅっと握る。
同じようにストラスも握手をした。
そういえば、大事なことを忘れていた。
「結局、デュークとエンリル、どっちが真の【竜帝】になったんだ?」
そう、シーザーを倒すことで【竜帝】に蓄積された、数千、数万の竜の魂を引き継いだはずだ。
そのことで、本当の意味での【竜帝】となる。
デュークとエンリルは複雑そうな顔をしていた。
……実はだいたい検討はついている。戦いが終わってからというもの、二体ともすさまじい力を身に宿しているのだ。
一応、ちゃんと話は聞かないといけない。
デュークに問いただそうとするとアストが口を開く。
「このようなケースは初めてじゃ。シーザーの【竜帝】の力が真っ二つにわかれている。……もともとシーザーは膨大な力をため込んでいたからか、二つに分散しても二体とも真の【竜帝】と呼べる力を得られたようだ。推測じゃが、シーザーのやつが、エンリルにもデュークにも負けていない。エンリルとデュークに負けたと考えたせいじゃな」
思わず笑ってしまった。
偉大な竜の王が、そんな屁理屈を考えるなんて。
「シーザーは負けずぎらいなんだな」
「そこはわしに似てしまった。実はわしも、シーザーを超えてくれたのはうれしいが、いざ実際に負けてみると、意外に悔しいと感じておる。今すぐ再戦したいぐらいに」
……冗談はやめてほしい。
たぶん、もう一度戦えば確実に負ける。
こちらの手の内を見せすぎた。
今回の勝因は奇襲じみた作戦の成功にある。
どうやって断ろうと考えていると意外なところから助け船がきた。
「アスト。僕と【時空騎士団】は、こんな無茶な時間回帰でボロボロだ。二度目は勘弁してほしいよ」
「私も同じく。たぶん、いますぐ再戦なんてされたら結界を支えきれないよ。めちゃくちゃ結界の維持しんどかったんだから」
今回の縁の下の力持ちだった二人が心底疲れた顔でやってきた。
ダンがいなければ、シーザーは死に、デュークとエンリルは再起不能だった。
マルコがいなければ竜たちの力の余波で観客の魔物や俺たちに被害が出ていただろう。
「心配せんでもいい。ただの冗談じゃ、最高の戦いを穢すようなことはせんよ。さて、どうしたものか、二体とも真竜軍を率いるだけの力はある。……半数をストラス、半数をプロケルという手もあるが」
【竜帝】を受け継いだほうに最強の竜の軍団を託す予定だった。
だが、こうして二体ともが資格を得たことでどちらが継ぐかという問題が発生した。
その答えは俺が出す。
もともと、どうするべきかなんて決まっている。
「ストラスが真竜軍を継ぐべきだ。ストラスがアストの後継者なんだから」
真竜軍がほしくないと言えば嘘になる。
それでも、そうするのが正しいと確信を持って言える。
「待って。それだといくらなんでもプロケルに悪いわ」
「いいんだ。デュークが真の【竜帝】となっただけで十分だ。もとより、俺は俺のやり方で最強を目指すつもりだ」
真竜軍はとんでもないなく強い。
だけど、それを受け入れるとアヴァロンがアヴァロンじゃなくなる気がする。
「本当にいいのね?」
「いい」
「わかったわ。でも、これは借りにしておく。ぜったいにいつか返すから」
「楽しみにしているよ。返す気になったらいつでもアヴァロンに遊びにきてくれ」
ストラスと笑いあう。
ストラスなら、アストの後継者として真竜軍をうまく使いこなしてくれるだろう。
言葉には出さないが打算もある。
新人魔王を守るルールが消えたときに、俺一人が圧倒的な力をもっているよりも、力を分散させたほうがいい。
真竜軍がいれば、そうそうストラスはやられない。ストラスをフォローしなくてよくなる。
後ろから、がばっと抱き着かれた。
「プロケル、驚いたね。アストのシーザーが負けるところなんて初めてみたよ。さすがは私の子だよ」
マルコだ。
胸を押し付けられて、変な気分になる。
「やめろ、まとわりつくな」
「うわぁ、ひっど。ストラスに抱き着かれたときには喜んでいたのに、私には冷たいんだね」
茶化すように告げてくる。
ストラスが顔を赤くしてもじもじしている。
「あれは、あの場の空気がそうさせただけだ」
「ふふふ、本当に君もストラスも頑なだね。魔王なら、堂々と妾を持つなり、重婚するなりすればいいのに。私の持論だけどね。甲斐性がある男が一人しか幸せにしないのは罪だと思うんだよね。たくさん幸せにできるなら、たくさん幸せにしちゃおうよ」
「……なんだ、そのめちゃくちゃな理論は」
マルコの考えていることはわからない。
とりあえず、マルコを振り払う。
今は、もっと大事なことがある。
デュークと向かい合う。
「よくやったなデューク、おまえは俺の自慢の魔物だ。これからも俺とアヴァロンを支えてくれ」
デュークは微笑み、その場で跪く。
「我が君が、私を必要としている限りどこまでもついていきます。私も嬉しいです。我が君の魔物としてふさわしい戦いができた……そして、この力があれば今まで以上に我が君の力となれるでしょう」
デュークには洒落た仕草と言葉がよく似合う。
真竜軍は得られなかったが、【竜帝】が進化して、とんでもなく強力なスキルになった。
……次の【創造】のメダルはイミテートの【竜】とほかのAランクを使って【竜】を作るといいかもしれない【狂気化】はできないが、【竜帝】による友軍の強化だけでも十分強い。
さらにBランクの【竜】のバリエーションが増える。
デュークは今まで以上に活躍してくれるだろう。
ストラスもエンリルをたっぷり可愛がっていた。エンリルが喉を鳴らしている。
彼は、どことなく誇らしそうだ。
「さて、これで【竜】の試練は終わりじゃな。ストラスとエンリルには、あとで真竜軍の一体一体を紹介しよう。その力も、性格もだ。ストラスなら、あの子たちとうまくやれるはずじゃ」
「はい、アスタロス様」
なんだかんだ言って、アストもストラスに真竜軍を任せられてほっとしているようだ。
彼だって、本音を言えば、娘であるストラスに託したかったのだろう。
俺の選択は間違っていなかったと確信する。
「うーむ、これで解散とは寂しいのう。ダン、今日も宴を用意しろ」
「相変わらず、無茶を言うな。僕は魔力を使い切って意識を保つのも辛いんだ。今すぐにでも寝たいし……この【竜】の試練の準備にかかりきりだったせいで、溜まっていまった仕事も気になる」
「固いことをいうな。ほれ、さっさと準備しろ」
「……まったく、この頑固者は。わかった。やればいいんだろう」
呆れつつも、親愛を込めた声でダンは返事をする。
ダンは冷徹そうに見えて、実は情に厚い。
さて、俺もなにか手伝えないか、そう思ったときだった。
俺の影から、魔物が現れる。
青い大型犬。アビス・ハウルだ。異空間能力と転移能力をもった魔物。
緊急事態では、転移を使って俺のもとへやってくるようになっている。
本来、転移陣がないと転移は使えないが、俺の首飾りはロロノの特注品だ。首飾りの宝玉自体が転移陣の役割を果たす。
一度使えば壊れるが、非常に有用な切り札の一枚。
いつでも、どこでも俺へと連絡要員を飛ばせる。
アビス・ハウルの首輪についた青い宝石から空間に映像が転写される。
クイナが転写される。
『おとーさん、アヴァロンが襲われて、ロロノちゃんが、ロロノちゃんが大変なの! すぐに戻って来て!』
崩れ落ちそうになった。
ロロノが大変? クイナが慌てるほどの状況?
まさか、攫われたのか?
「悪い、みんな。俺の魔物が攫われたかもしれない。すぐにアヴァロンに戻る」
ここにいる面々が頷く。
【誓約の魔物】の一大事ともなれば、どれだけの緊急事態かはみんな理解している。
……いったい、どうやってあの厳重な警備を潜り抜けた?
ありえない、信じたくないという気持ちが強くなる。
だが、そんなことをいくら考えてもしかたない。
絶対にロロノを救い出す。
きっと、俺の魔物たちもそのために動いているはずだ。
それに、万が一があった場合の保険もある。
さあ、すぐにアヴァロンへと戻ろう。
大事な娘を守るために。