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プロローグ:【刻】の魔王の宴会

【刻】の魔王のダンジョンに来ていた。

【転移】で、客をもてなすために用意されたフロアへと案内される。


「ご主人様、クイナは来てねーですか?」


 相変わらず、変な敬語でフェルが質問してくる。

 フェルは、白い狼耳と尻尾をもつ美少女で【刻】の魔王の魔物だ。


【創造】のメダルで作り出されたSランクの魔物であり、クイナの妹分にしてライバル。

 彼女が迎えに来てくれたのだ。


「残念だけど、クイナは留守番だ。あの子はアヴァロンでやることがある」

「べっ、べつに残念なんかじゃねーです。ただ、負けっぱなしは悔しいから、新必殺技でリベンジしてやろうって思ってただけです」


 そうはいいつつ、どこか寂しそうにしている。

 フェルの存在はありがたい。

【刻】の魔王の能力により、まき戻しができ、ノーリスクで命がけの戦いができる修練場にクイナを誘ってくれる。

 本来、気軽に使わせてもらえるようなものではないが、フェルの修練になるからと【刻】の魔王が許可をしてくれているのだ。

 おかげで、クイナに足りない実戦経験が補われている。

 ライバルの存在が確実にクイナを強くしている。


「それは楽しみだ。戦うのはまた今度にしてくれ。そのときは俺も見に来るから」

「絶対です! フェルがかっこよくクイナを倒すところを見やがれです!」


 苦笑する。

 なついてくれるのは嬉しいが、俺はクイナの味方だ。

 フェルも可愛いが、やはり自分の魔物に勝ってほしい。


「がんばって応援するよ」


 そういうと嬉しそうにフェルは微笑んで、これ見よがしに頭の上を見せてくる。

 撫でてやると、ふにゃぁと表情を柔らかくした。

 本当にいい子だ。

 ふと、視線を感じてそちらを見てみる。


「フェルたんが、わしのフェルたんが、あんな若造にたぶらかされておる。ゆっ、許せん。わしのほうがずっと長生きして、人生経験が豊富で、ダンディーな魅力にあふれておるのに」


 ……視線を送っているのは白いローブを着た老人だ。

 なぜか、ハンカチを噛みしめて涙を流している。

 その正体は【刻】の竜であり、人の姿は仮の姿にすぎない。


 いざ、戦闘になると鬼神と化す。

【刻】の力をもっとも色濃く受け継いだ魔物。その一点なら、フェルすら上回る。

【刻】の魔王の切り札、【時空騎士団クロノスナイツ】のエース。他の魔王から【時空騎士団】が現れたら終わり、即座に逃げろと言われるぐらいに恐れられている。

 そのはずだが……今の彼はどこからどうみても孫バカのおじいちゃんだ。


「ラグナじい、うぜえです。付きまとうなっていつも言ってるです。わしのフェルたんって言わないでほしいです。フェルはラグナじいのじゃねーです」


 その存在に気付いたフェルが釘を刺す。


「うっ、わしのフェルたんが、フェルたんがぐれたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 数々の戦場で名を馳せた時空竜も、孫の前には形無しで、泣き崩れながら去っていった。

 いったい、あいつは何をしにきたのだろう。

【竜】で思い出した。

 そろそろ、表に出しておこう。

【収納】を使う。


「ふう、ようやく出られましたな。我が君、やはり【収納】は肩がこる」


 初老の竜人紳士が現れる。

 今日は、黒い燕尾服でびしっと決めている。


「デューク、いつもより気合が入っているな」

「ははは、妻が私の晴れ舞台だからと仕立ててくれた特注品です。気が引き締まりますよ」


 相変わらず、デュークの家庭はうまくいっているらしい。ドワーフ・スミスと結婚した彼は時折バカップルぶりを見せつけてくる。

 今のところ、アヴァロンで唯一の既婚者だ。


「デューク以外にも、そろそろカップルができてもおかしくないと思うんだがな」


 いつ、冒険者あたりと、俺の魔物たちが恋仲になってもおかしくないと思っていたのだが……。


 妖狐たちは、「尻尾のない男の人はちょっと。男の価値ってやっぱり、もふもふ尻尾じゃないですか。あっ、でもプロケル様ならオッケーです」


 ドワーフ・スミスたちは、「ひ弱な人間はキツイ。せめて、私たちより力持ちじゃないと魅力を感じない」


 ハイ・エルフたちは、「エルフって長寿なので、短命の種族と結ばれるとしんどいんですよね。せめて、三百年は生きてもらえないと」


 っと、かなり選り好みが激しい。

 オーシャン・シンガーたちだけは可能性があるが、あの子たちは諜報部隊なので街の外での任務が多い。


 魔物同士なら可能性はあるが、今のところ人型の魔物で男はデュークだけだ。

 不思議と、俺の作った魔物は女性ばかり。

 呪われているのかもしれない。

 ちょっと意識がそれすぎた。本筋に戻そう。


「フェル、もうみんな来ているのか?」

「わかんねーです。とりあえず、向こうに行くです。お父様にそう言われているです」


 フェルが俺の手を引く。

 俺は苦笑し、為すがままにされた。


 ◇


 フェルに連れていかれたのはダンジョン内とは思えない立派な庭園だった。

 色とりどりの花が咲き乱れている。


 そして、空には太陽が輝いていた。

 屋根付きのテラスが用意されており、そこで優雅に【刻】の魔王ダンタリアンと【獣】の魔王マルコシアスがお茶を楽しんでいる。


「あっ、プロケルやっと来たね。遅かったじゃないか。待ちくたびれたよ」


【獣】の魔王マルコシアス……マルコが手を振ってくる。


「悪かった。いろいろと手間取ってね」

「プロケルが遅いせいで、ダンに口説かれちゃったよ。あんまり、私を放っておくと寝取られちゃうよ」


 冗談めかして、マルコが言ってくる。

 これは、冗談だけど、遠回しにもっとかまってくれというアピールだ。

 蔑ろにするつもりはないが、忙しくて必要最小限しかマルコのところに顔を出せていない。


「そうならないように、もっとマルコとの時間を作るよ。来週、アヴァロンに来てくれ。最高の劇団がアヴァロンに訪れるんだ。招待状をもらっている。流星劇団という老舗だ。演目は勇者と魔王の戦いらしい。特等席で見よう」


 教会として作ったホールは、礼拝のある日以外はレンタルも行う。

 チケットも販売しており、流星劇団の公演では、予約分で席が埋まっていた。


 こういうイベントが開かれるのは大歓迎だ。集客効果もあるし、客の感情の質もいい。


 空の駅ができたことで世界中から人が集まり、巨大なホールを持つアヴァロンは興行関係者からも評価が高く、レンタルの日程は半年まで埋まっている。

 そして、アヴァロンの公演が成功すれば、さらにさまざまな興行団体が興味を持ち……といういい循環ができている。


「あっ、流星劇団。昔見て面白かったのを覚えてる。演目もいい感じだ。さすが私の子、よくわかってるね」


 機嫌を直してくれたのは嬉しい。

 ただ、こうして頭を撫でられると、子供扱いするなと怒りたくなる。


 フェルがくいくいと手を引く。

 もしかしたら、フェルも劇を見たいのかもしれない。

 さすがに【刻】の魔王の前でこの子を誘うのはきつい。

 ……いいことを思いついた。


「ダン、関係者用の招待券はまだある。フェルと一緒に見にきたらどうだ。」

「ありがたくもらおう。フェル、興味があるなら、僕と一緒に見よう」


 フェルが複雑な表情を浮かべた。

 本当は俺と見たいのだろうが、【刻】の魔王……ダンと見れるのも嬉しい。


「ありがとです! お父様と楽しむです! それと、お父様が自慢してた、くるくるとか、竜のレースとかもやるです」


 フェルは、満開の笑顔でうなずく。

 この子はいい子だ。

 ……ただ、ダンがギャンブルをしているところをみると、幻滅するかもしれない。

 いつもは、ミステリアスな美青年な【刻】の魔王が、ギャンブルをしているときだけ、ダメなおっさんになる。


 俺も席に着き、紅茶を頂く。すると、お茶請が追加された。

 一見、地味なナッツ入りのクッキー。だが、一口食って目を見開く。


「もしかして、これはアルノルトのクッキーか」

「そうだ。エクラバに【転移陣】を用意してあってね。たまに買いに行く。さすがに、これを超えるお菓子はアヴァロンにもないだろ?」


 アルノルト。

 世界的に有名な菓子店だ。

 たしかにアルノルトを超える菓子店はアヴァロンにもない。


「そうだな。悔しいがうまい。……よく買えたな。大陸二つは跨ぐし、いつもあそこは行列だぞ」

「僕の力を舐めないでもらおうか。アルノルトの菓子を買うためだけに、竜で空を渡り専用の転移陣を用意してある。定期的に人に化けられる魔物に、行儀よく何時間も並ばせて買わせているんだ」

「菓子のためにがんばりすぎだろ」


 アルノルトのお菓子は特別な材料を使っているわけではない。

 ただ、純粋に職人の腕が優れている。

 実はアヴァロンに支店を出してもらえないか交渉中だ。アヴァロンでしか獲れない黄金リンゴに興味を示しているようで、今のところ前向きに検討してもらっている。


 そうしていると、【竜】の魔王アスタロトと【風】の魔王ストラスが現れた。

 エンリルは相変わらずストラスの肩に乗っていた。


 エンリルがガウッとデュークに向けて鳴いて、デュークも挨拶をする。

 二人の仲はすっかり良くなった。


「悪いな。ダン、遅くなってしまったわ。ストラスにいろいろと明日の戦いの心構えを説いておってな」

「アスト、そんなことで明日の【竜】の試練、本気で戦えるのか? その娘に情をかけすぎだ」

「愚問だ。手加減なんてありえんよ。愛しているからこそ、本気で戦う。本気のわしと戦える機会チャンス、用意してやれるのは最初で最後だ。最強の魔王の力、肌で感じ、学ばせる」


【竜】の魔王が笑う。

 すさまじい覇気だ。鳥肌が立つ。

 こんな化け物に、明日挑むのか。

 怖いが、同時に楽しみでもある。


「悪かったな。僕が間違っていた。おまえはそういう奴だったよ。……さて、役者はそろった。今日は大宴会の準備をしている。お上品なお茶会は終わりだ。今から倒れるまで飲みつくす!」


 そう、ダンがいうと彼の配下の人型の魔物が現れ、次々に椅子や机、御馳走を並べていく。

 いつのまにか、オーケストラのセッティングが始まった。

 ダンが右腕を掲げて指をパチンと鳴らすと、青空が星空になり、美しい旋律が流れ始める。


「プロケル、この前の君の用意した宴会ではアヴァロンにしかできない料理を出してくれた。だから、今回は僕にしかできない宴だ。我が親友とも、【竜】の魔王アスタロトを送り出すために全力を尽くした。この大宴会、ぜひ、楽しんでくれ」


 ダンが大見得を切る。

 それにふさわしい宴会であるはずだ。

 グラスが並べられる。

 赤ワインが注がれた。上質なワインだと香りだけでわかる。


「さあ、アスト。君が乾杯の挨拶をしろ。これは君のための宴だ」

「うむ、そうさせてもらおう」


 アストは、ごほんっとわざとらしく咳ばらいをする。


「さて、今日はわしのために、このような場をもっていただき感謝する。素晴らしい親友ともと後継者に囲まれて、わしは幸せだ。……今日は、この幸せを噛みしめよう。そして、明日はわしの力を見せつける。ストラス、プロケル、わしの最大の望みは、わしを超えるものに愛すべきこどもたちを託すことだ。わしの望みをかなえてくれ。そして、我が親友とも、マルコ、ダン。お主たちと歩めた人生、楽しかったぞ。……乾杯」


 グラスを掲げて、ぶつけ合い、そして酒を飲む。うまい酒だ。

 アストを見て、こうなりたいと思った。


 消滅の間際。夢を託し、今までの人生が幸せだったと言い切る。

 どれだけ難しいことだろう?


 そして、この偉大な先輩はこどもたちを託したいと言ってくれた。受け取らないと男が廃る。

 そう思ったのはストラスも一緒のようだ。

 目を合わせて、お互い拳を握り締めた。


 談笑が始まり、酒と料理をみんなが口に運ぶ。

 今は、ただ全力で宴会を楽しもう。

 このメンバーで飲む機会はもう訪れることはない。これは、たった一夜だけの奇跡だから。


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