第十七話:お揃いのイヤリングと託されるもの
竜を託すと【竜】の魔王アスタロトは言った。
なぜ、ストラスでもなく派閥の魔王でもなく俺に? ……きっとその理由もあとで教えてもらえるだろう。
一階を見回っているとすぐに、マルコとストラスは見つかった。
どうやら、換金所で景品を選んでいるところのようだ。
「あっ、プロケル。やっとおじさんたちから解放されたんだね。疲れたでしょ?」
「マルコは二人と同世代だろうに……」
マルコからおじさん呼ばわりされたら、きっとあの二人は落ち込む。
ストラスのほうは、景品選びに夢中で俺に気付いていないみたいだ。
「ストラス、気に入ったものはあったか?」
「きゃっ!?」
近づいて、声をかけるとストラスが大げさな反応を見せる。
「いきなり、声をかけないで、びっくりするじゃない」
「いや、驚きすぎだろ」
「だって、プロケルが……」
……もしかしたら、先日うっかりと言った冗談のせいかもしれない。かなり俺を意識している。
あの後、しっかり謝ったが、一度口に出した言葉は消えない。
過ちは繰り返さないようにしないと、強い感情が流れ込む、飛竜レース直後はとくにやばい。気を引き締めておかなければ。
咳払いして、話題を変える。
「ストラスは大勝ちしたんだな。こっちの景品コーナーを見に来るなんて」
「ええ、運が良かったわ」
カジノで勝てばチップを換金できるほか、勝利額に応じてアヴァロンチップをおまけでもらえる。
おまけのアヴァロンチップは換金できないが、ここでしか手に入らない品物と交換できるのだ。
こんな面倒なことをしているのは、カジノの売りであるカジノでしか絶対に入手できない商品を金の力で持っていかれるのを防ぐためだ。
遊ばず、景品欲しさに必要枚数のチップを現金で購入して、品物を持っていかれたのでは目玉商品の意味がない。遊んで興奮してもらえないと感情が喰えないので、こんな手法を導入している。
……たまに、アヴァロンチップを他の客から買い取ろうとする奴もいるが、そういう連中にはお帰りいただいている。
ストラスの手元にはたっぷりのアヴァロンチップがあった。これなら、大抵の景品と交換できるだろう。
「いろいろあって目移りするわ……このイヤリングなんて素敵ね」
「お目が高いな。ロロノが作ったイヤリングだ」
耳を挟むタイプで、穴を開けなくても使えるイヤリング。
青い雫のような宝石が美しい。
ここの景品のほとんどは、アウラの作ったポーションや、ロロノやドワーフ・スミスが作り上げた一般流通させるとまずい代物だ。
大抵は、失敗作の一品ものなので、かろうじて景品に並べることができている。
「あの子が作ったの? なら、ただのイヤリングじゃないわね」
「ああ、ロロノの【具現化】で作った魔道具だ。あの子は自分が使える魔術を機能として持たせた物体を作ることができる。それで、ゴーレムとならテレパシーができることを目につけてね。身に着ければ誰でもテレパシーで意思疎通できるイヤリングを作ったんだ」
ダンジョン内で、リアルタイムの意思疎通ができるのは非常に強い。
情報伝達の速さはそのまま軍の強さになる。
「そんな強力なものを景品にしていいの?」
「欠点があるんだ。同一フロアでしか使えない。ダンジョンの外での通信可能距離は三百キロほどが限界。致命的なのは、このペアでないとテレパシーができない。それなら、もっと便利な道具がアヴァロンにはある……それでも人間にとっては、すさまじく便利な道具だから景品にした」
フロアをまたげないなら、俺が【創造】で作った通信機で十分事足りてしまうのだ。
そちらには、このイヤリングのように片割れとしか通信できないなんて欠点はない。
実際、アヴァロンの人型の魔物たちは通信機を所持してリアルタイムで情報をやり取りし連携している。
「これをもらうわ」
ストラスが特殊チップを支払って青い雫型のイヤリングを受け取る。さっそく開封した。
「それでよかったのか?」
「ええ。一目ぼれしちゃったの。ねえ、プロケル。この片方を受け取ってもらえないかしら?」
そう言うと、ストラスが顔を伏せつつイヤリングを突き付けてくる。
「配下に持たせたほうがいいと思うぞ」
「私にはローゼリッテがいるわ。彼女がいるから、魔物たちに通信のための魔道具なんて必要ないの」
そういえば、ローゼリッテには強力な能力があった。
ダンジョン内なら、距離やフロアに関係なくすべての自軍の魔物とテレパシーで意思疎通できる。
非常にうらやましい能力だ。
「なら、なぜイヤリングを選んだんだ?」
「私はプロケルの派閥に入ったのよ。いざっていうとき、連絡がとれたほうがいいでしょう? 制限はあるけど、どこかで役に立つかもしれないし、それにプロケルと繋がっていたいから」
蚊の鳴くような声で、ストラスが告げてくる。
俺と繋がっていたいか。可愛いことを言ってくれる。
「わかった。ありがたく受け取るよ」
「こちらこそ、受け取ってもらえてうれしいわ。プロケル」
ストラスが顔をあげる。
どきりとした、ストラスは綺麗な少女だ。
そのことを強く意識させられる。
ストラスが俺の耳にイヤリングを付けてくれたので、俺がストラスの耳にイヤリングを付ける。
「ふふ、プロケルと同じアクセサリーを付けているなんて不思議ね。……ちょっと嬉しいかも」
「見た目だけなら、恋人だな」
二人でじっと目を見つめ合う。
照れくさくなって、お互い同時に顔を逸らして、それがおかしくて笑ってしまった。
ごほんっ、と咳払いが聞こえた。
「プロケル、いい度胸だね。私の前でこんなにも堂々と浮気するなんて」
「うっ、浮気? いや、ストラスとはそういうのじゃない」
「そうよ。マルコ様、私たちはそういうのじゃないわ!」
二人で慌てて否定する。
マルコはジト目で見る。
「そういうことにしておいてあげる。でも、お姉さん。影でこそこそとかは好きじゃないかな。別にストラスがプロケルのことを好きになってもいいし、恋人になってもいい。でも、ちゃんと二人で挨拶に来なさい。じゃないと、お仕置きしちゃうよ。【獣】の魔王を舐めたらだめだからね?」
寒気がした。
マルコのお仕置きなんて想像もしたくない。
『これより、第二レースが始まります。チケットを購入された方は二階のシアターに移動してください』
アナウンスが流れる。
もう、そんな時間か。
二階で酒と飯を楽しんでいるダンタリアンとアスタロトもシアターに向かっているだろう。彼らにはVIP用のコインを渡している。問題なくVIP席に入れるだろう。
「俺たちも行こう」
「そうね。早くいかないとメインイベントを見逃すわ」
「ちっ、逃げられた。でも、忘れないからね?」
ふう、なんとか逃げることができた。
……ストラスは俺に好意を持っているのは間違いない。
それでも、今のままがきっと二人のために一番いいのだろう。
◇
シアターのVIP席に来る。
VIP席には俺たちの他にも、大貴族や領主、商人を始めとした上流階級の方々がいる。
……最近ではこのVIPルームが彼らの人脈作りにも使われるようになった。接待の場にちょうどいいのだろう。
コナンナなどは、ここに入り浸り、せっせとコネ作りをしていた。
そんなVIPルームに今日の面々を連れてくるのは勇気がいるが、一般席はそもそも埋まっているし、窮屈で楽しめない。
この部屋では、いつでもチケットを買える。
さっそく、ダンタリアンとアスタロトはチケットを購入し、ソファーに腰をうずめて、酒を飲みながら、最近発行され始めた飛竜レース新聞を読みながらどの竜に賭けるかを決めていた。
手元にはカエル焼きがあり、酒のあてにしている。
もう、威厳も何もない。完全におっさんだ。
俺たちも腰を下ろす。
二人を見ていると飲みたくなってきた。スタッフを呼び止めて、酒を人数分注文する。上等な赤ワインが注がれる。
おっさん二人の分も注文する。彼らが持ち込んだ酒は既に空だった。
ここに来る前もかなり飲んでいたのに、まだ飲むのか。
雑談をしているうちにレースが始まった。
飛竜レースは魔王をも熱中させる効果があるようで、みんな夢中になって見ていた。
とくに、ダンタリアンは日ごろのクールな雰囲気をかなぐり捨てて、チケットを握り締めて叫んでいる。
彼が娘として可愛がっているフェルを連れてこなかったわけがよくわかった。
ダンタリアンはフェルの前では威厳のあるかっこいい魔王の姿しか見せていない。可愛い娘には、今の姿は見せたくない姿だろう。……だが、マルコの前でそれはいいのか?
「キュウウウウッ! ガウ、ガウ!」
ストラスの肩に止まっているエンリルが、スクリーンに映るグラフロスたちに対抗意識を燃やして鳴き声をあげる。翼をぱたぱた震わせて、レースに参加したそうだ。
「エンリル、あなたも競争したいのかしら?」
「ガウ!」
……やめろ。お前がでたら勝負にならない。グラフロスが可哀そうだ。
そして、レースが終わった。
【竜】の魔王は伊達じゃないようできっちり一番強いグラフロスを見抜いていたようだ。しっかり予想を当てている。
「よっし、わしの逆転勝ちじゃ!」
「そんな、ばかな」
アスタロトが一人勝ちで高笑いをして、ダンタリアンが崩れ落ちていた。
「ははは、プロケル。今日は楽しかったぞ。いや、賭けは楽しい、酒も飯もうまい。余生をここで過ごしたくなった!」
「それは良かった。賭けで儲けた分、夜は盛大にアヴァロンで使ってくれ」
「もちろんだ。今日は全部わしのおごりだ。さあ、街に繰り出すぞ! みんなついてこい」
アスタロトは太っ腹だ。……とびっきり高くてうまい店を紹介してやろう。豪商や貴族が愛用するような店もアヴァロンにはでき始めている。
レースが終わって、VIPたちが部屋を去っていく。
ここに残されたのは俺たちだけになった。今なら、魔王としての話もできるな。
「さて、そろそろ話してくれていいんじゃないか? アストがここに来た理由があるんだろう」
「うむ、プロケル、ストラス。おまえたちに告げることがあってきた。わしはもうすぐ消える。だからこそ、わしの積み上げたものを残されるものたちに譲っておる。だがな、どうしても……わしの派閥のものには扱いきれないものが残ってしまった」
そこで、アスタロトは一度、言葉を切る。
「ストラス、本当はおまえだけに継がせたいが……おまえ一人では手に余る。だからな、プロケル、ストラス。二人で竜の試練を受けてほしい。竜の試練に打ち勝てば。わしの最強の竜の軍団を譲り、エンリルかデュークのどちらかは、我が切り札、皇帝竜テュポーンから【竜帝】を継承され、真の【竜帝】となるだろう……おまえたちに竜を譲ることでのペナルティは覚悟をしておる。他の魔王では、我が竜の軍も【竜帝】も御せないのだ」
どくんっ、心臓の音が跳ね上がった。
最強の【竜の軍団】、真の【竜帝】の継承。
どちらも破格の遺産だ。
「二人とも竜の試練を受ける覚悟はあるか?」
だが、それを担うに値するかを確かめる試練、並大抵のものではないだろう。
さあ、どんな試練だ。
俺は震える鼓動を黙らせて頷いた。