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第十四話:新たな主力、アビス・ハウル

 カジノがオープンしてからというもの、連日の大賑わいを見せている。

 リピーター率が高いし、噂が世界中に広まり新規客もどんどん増えている。

 空の駅も順調に数が増えてきておりアクセスも良くなってきたのも理由の一つだ。

 ただ、一点問題が発生した。


「まさか、千人収容できるカジノで客が溢れるとはな……見込みが甘かった。五百人規模で作らなくて良かったな」


 アヴァロンのカジノ、ファフニールは千人の客を想定して作ってある。

 建物自体の物理的な最大収容人数は二千人ほどだが、千人を超えるとディーラたちと接客がパンクする。

 客が満足に遊べなくなるのだ。

 今のところ、スペースのやりくり、増築、人材の追加を検討しているがしばらく時間がかかる。


 そのため、今は二部制にしてある。

 千人を目安にして入場制限をかけ、折り返しのタイミングで一度閉店。

 スタッフたちを休憩させつつ、客を総入れ替えする。

 コナンナが苦渋の選択でそうした。

 この二部制のおかげで、なんとか客を満足にもてなすことができている。


 いろいろと問題もある。せっかくアヴァロンに来てくれた客に、カジノで遊べない時間ができてしまう。

 その対策は商人たちも必死に考えているようで、カジノ以外の娯楽開発にかなり力を入れている。

 もともと、世界中から人と物が集まるアヴァロンにはカジノ以外にも魅力がたっぷりあった。逆に考えれば、これはカジノ以外が発展するいいチャンスになるだろう。

 実際に、カジノだけでなくアヴァロン内も盛況になっていた。


「カジノが開いてからというもの、定住者も増えてきたのは意外だな」


 娯楽施設が増えれば従業員が必要となる。

 そして、最近多いのがカジノにはまった客が定住してしまうことだ。

 地元で金を稼ぎつつアヴァロンに通うぐらいなら、アヴァロンで職を見つけたほうが早い。

 幸いアヴァロンには爆発的に娯楽施設が増えて、人手不足で仕事には困らない。景気が良くて給料もいい。それにより、計算外の定住者の増加があった。


「うまくいきすぎると逆に不安になるよな」


 なにもかもがうまくいっている。

 想定外のことも多いが、それらが好転してくれている。

 まあ、考えても仕方ない。

 それより、今はアビス・ハウルの性能を試す。

 アビス・ハウルは、Sランクであるティロの二ランク下の魔物。カタログスペック上はまったく問題ないが、どれだけ強いかを見せてもらおう。

 その結果次第では、明日、ストラスの元に戦力増加のために会議で、アビス・ハウルも取引に含めていいだろう。


 ◇


 性能実験は地上部の第三フロアにある【鉱山】で行う。

 ここは人間の立ち入りを禁止してあり、広くて暴れやすいのでちょうどいい。

 ただ、近いうちに【鉱山】を廃止しようと思っている。

【鉱山】は、ずっとお世話になっている有用な施設だが、そろそろアヴァロンの街が手狭になってきた。

 このままだと、人口の増加に対応しきれないのだ。

 なので、地上部の【鉱山】は地下の追加フロアに移して、ここを【平地】に変えて街を広くしてしまうつもりだ。


「おとーさん、新しい子、楽しみなの」

「ガウガウ♪」

「ふふ、お子様たちはいいよね。悩みがなくて……ううう、お酒を買うお金がほしい。あそこで、あそこで、あの子が来ていれば」

「……ルーエ様。ギャンブルはほどほどにしてください。我が君も呆れておりますよ」


 この場にいるのは俺の他に四人だ。

 アビス・ハウルは主戦力になる。なので、すべての魔物の頂点にたつクイナ。魔物たちの指揮をとるデューク、異空間での戦いを主にするティロとルーエには立ち会ってもらう。


 他には、ミスリルゴーレムたちが並んでいた。

 アビス・ハウルの性能実験のためだ。

 ロロノから、ゴーレムコアを壊さないのなら好きにしていいと言われている。


 いつも陽気なルーエが珍しくへこんでいる。

 ルーエは給料とボーナスを全額カジノにつぎ込み、ぼろ負けして一文無しになっている。

 魔物なので食事なども娯楽に過ぎない。一文無しでも生活に支障はないが大好きな酒を楽しめずに辛そうだ。

 可哀そうだが、あえて手を差し伸べない。ここで手を差し伸べるとますますカジノに嵌ってしまう。


「今月の給料をもらったら、リベンジするよ! 負け分を取り戻す! そろそろ来る頃だよ!」


 ……これは駄目なやつだ。

 ルーエは、一番ギャンブルをやってはいけないタイプだ。負け分を取り戻すという発想をしている時点でお察し。


 ルーエだけでなく、カジノにはちょくちょく魔物たちも息抜きに来ている。

 この前はロロノもやってきた。新型アヴァロン・リッターの開発に忙しい彼女も、弟子であるドワーフ・スミスたちの作った建物が気になってきたようだ。

 そして、ついでに少し遊んでいったのだが、完全瞬間記憶能力を持っている彼女はブラックジャックに似たカードゲームで大勝ちして景品を掻っ攫っていった。


 ブラックジャックなど、一部のカードゲームは場に出たカードをすべて覚え、しかるべき選択をすれば理論的には無敵だ。……ただ、六デック三一二枚ものカードを暗記できるものはほとんどいない。

 ちなみに、アヴァロンのカジノはチップを換金できるし、景品と交換することもできる。

 景品の中にはアヴァロンで以外絶対に手に入らないものもあり、カジノ人気の一つとなっている。


「ルーエ、ほどほどにしとけよ」

「……こうなったら、グラフロスに事前に賄賂を贈って懐柔を」

「本気で止めろ。レースがしらける」

「あははは、パトロン。冗談だよ。冗談。僕がそんなことするわけないよ」


 絶対本気だった。

 ルーエが顔を逸らす。

 まあ、そのグラフロスを懐柔するための資産もないから放っておいても問題ない。


【森】エリアで野生動物の食べ放題はグラフロスたちにとって最大のご褒美だ。それを上回るものはなかなか用意できない。

 木々や石だけじゃなく、喰い尽くされた野生動物も自然に回復するところが魔王のダンジョンの素晴らしさだ。

【森】ではレースに勝ったグラフロスたちが毎日、幸せそうに飛び回っていた。


「それより、はやく今日のお仕事を始めようよ! 新しい仲間を作るんだよね?」

「そうだったな。誰かのせいで、かなり脇にそれてしまった」


 いい加減にしないと日が暮れそうだ。

 さっそく始めよう。


「【我は綴る】」


 力ある言葉で、【魔王の書】を顕現する。

 脳裏にアビス・ハウルを思い浮かべると、ページが勝手に開かれていく。

 そこには、アビス・ハウルの絵と簡単な説明、値段が書かれていた。

 ティンダロスのティロよりも一回り小さく、精悍な印象を受ける。

 説明を見ると、身体能力と嗅覚に優れ、【転移】と異空間系の能力を持っているとあった。


「さあ、姿を現せ。アビス・ハウル」


 一二〇〇DPを支払い、奈落の咆哮を意味する魔犬を顕現させる。

 魔法陣が空中に描かれ、そいつは現れた。


「ガウ!」


 昏い青の大型犬。

 牙が発達しており、凶悪な目つきだ。どこか闇の匂いがする。

 耳は小さく、聴力はあまり良さそうじゃない。その分、大きな鼻とするどい目には狩人としての資質が備わっていた。


「うわあ、ちっちゃいティロちゃんなの」

「ぐるぅ♪」

「ちっちゃいって言ってもティロが大きすぎるだけで普通にでかいよ」

「ははは、なかなか精悍な顔立ちのようではないですか。これは頼りになりそうだ」


 俺の魔物たちも、アビス・ハウルに好印象を持ってくれた。

 アビス・ハウルは犬の性質を持つゆえか、上下関係をしっかりわかっている魔物のようだ。

 大人しくお座りして俺の指示を待っている。

 魔王権限で、アビス・ハウルの能力を見通す。


種族:アビス・ハウル Bランク

名前:未設定

レベル:57

筋力B+ 耐久D 敏捷A 魔力D 幸運E 特殊B+

スキル:闇の咆哮 転移 影に潜むもの 群れをなすもの


 ステータスは異空間系の魔物の例にもれず低いが、筋力と速度に特化している分使いやすい。

 スキルは使いやすい物が揃っていた。


・闇の咆哮:魔力を込めた咆哮を放つ。判定成功時に敵への硬直と弱体化。Aランク以上の魔物には成功率が半減。群れで使用することで成功率に上昇補正 ※硬直と弱体化は重複しない

・転移:自身のダンジョン内では任意の場所に跳べる。自ダンジョン外では転移陣間の移動のみ可能

・影に潜む者:自身よりも大きい影を入口に異空間に潜むことができる。影から出る際には、入り口に使用した影から百メートル以内である必要がある

・群れをなすもの:同一種族が同一フロア(ダンジョン外では半径1km内)に十頭以上で発動。感覚の共有及び、筋力、耐久が一ランクアップ。


 転移の利便性は言うまでもない。

 影という扱いやすいもので異空間に入れるのも素晴らしい。アビス・ハウルよりも大きいというのは、少し頭を悩ませるが、影はその気になればいくらでも作れる。


 ただ、ティロと違って出る際には入口に使った影から一〇〇メートル以内という制限があるようだ。オーシャン・シンガーも出る際に制限があった。おそらく、Aランク未満の魔物だとこういった制限がかかるのだろう。


 闇の咆哮は雑魚相手ならば使いやすい。音という極めて広範囲に防ぎにくい干渉ができる。Aランク以上の魔物には死にスキルになるが、もとよりAランクの相手を任せるつもりはない。


 最後の群れをなすもの。これが目玉だ。ただでさえ優れている筋力と、不安がある耐久力を緩い条件で強化できる。感覚を共有することで死角を無くしつつ有機的な連携ができ、主力として数を用意するアビス・ハウルにぴったりなスキルだ。


「……やはりティロと同じ弱点はあるか」


 魔力が少ない。

 今回は性能実験のために固定レベルで呼んで見たが、レベル57でも、魔力Dであれば【転移】を使えるのはおそらく四回程度が限界だろう。転移は魔力を大きく消費する。

 異空間に潜ることも考えれば使用は二回に抑えたほうがいい。


 ……回数制限の厳しさは数でなんとかしよう。どっちみち【群れをなすもの】を活かすためには数を用意しないことには始まらない。


 さて、カタログ上のスペックは確認できた。

 いよいよ実戦だ。そのために固定レベルで呼びだしたのだ。


「アビス・ハウル。期待していたとおりの力を持っているようだな。さっそくおまえの速さと力を見せてもらう。ミスリルゴーレム。こいつがおまえの敵だ。倒して見せろ」

「ガウ!」


 アビス・ハウルが吼えて、距離を取った。

 ミスリルゴーレムが起動する。ミスリルゴーレムはBランク相当の力を持ったゴーレムだ。こいつ相手にどこまでやれるか見せてもらおう。


 ミスリルゴーレムが肩に下げていたブローニングM2重機関銃を連射する。

 アメリカ軍でも使われるベストセラー機を元に、ドワーフ・スミスが量産化したモデルであり、ミスリルゴーレムの制式装備。


 12.7mmという大型ライフル並の威力の弾丸が一秒に十発、音速の三倍にも至る速度で吐き出される。

 本来、戦闘ヘリに取り付けられるような威力と反動を持つ化け物だ。こんなものを振り回せるのは巨大なゴーレムぐらいだろう。


 アビス・ハウルは敏捷Aのステータスで射線を躱しながら、建物の影から異空間に潜りこんだ。

 ……やはり、異空間系の魔物はいいな。異空間にいる限りはほぼ無敵だ。

 ミスリルゴーレムは索敵を開始する。


 そして、ミスリルゴーレムの影から飛び出した。

 幸いなことに今は日が出ていて、ミスリルゴーレムの影はアビス・ハウルよりも大きい。


 アビス・ハウルがミスリルゴーレムの首筋に飛びつき、ミスリルの重装甲に深々を突き立てた。

ミスリル・ゴーレムが腕を振り回す。アビス・ハウルが弾き飛ばされ、空中で姿勢を整えて着地した。


「よし、アビス・ハウル。ミスリルゴーレム。そこまででいい。よく分かった」


 アビス・ハウルはカタログスペックだけでなく、実戦のほうでも問題ないことが良く分かった。

【群れをなすもの】を使えば、筋力と耐久力があがり、さらなる力を見せてくれるだろう。

【渦】を購入し数を用意する価値がある魔物だ。


 ただ、問題点も見つかった。火力が欲しい。ミスリルゴーレムに牙を突き立てられたのはさすがだが、貫くことはできなかった。欲を言えばミスリルゴーレムを破壊できる攻撃力が必要だ。

 アヴァロン・リッターの開発が終わればロロノに協力を得よう。


「みんな、感想はどうだ?」


 観戦していた魔物たちに問いかける。


「合格なの! 主力としては申し分ないの!」

「がうがう!」

「まあまあだね。オーシャンシンガーたちと連携とれれば異空間戦は盤石になるね」

「我が君、異空間でなくても使えると思いますよ。陸戦部隊に組み入れましょう。この機動力は立派な武器ですし、転移が使える魔物がいると戦略の幅が大きく広がります」


 俺も同意見だ。

【渦】の購入を決意する。

 DPが溜まれば、もう一つ【渦】を増産する。異空間部隊と陸戦部隊の両方にアビス・ハウルを組み込む。

 一二万DPという超高額の出費だが、カジノさえあればすぐに取り戻せる。


 これで空の主力である暗黒竜グラフロスに続き、陸と異空間での主力を手に入れた。

 これから、どんどんアビス・ハウルの数を増やしてその力をアヴァロンのために活かしてもらおう。

 


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