第十三話:魔王様のカジノ、ファフニール
いよいよカジノのオープン日になった。
俺はオープニングセレモニーを行うためにカジノの入場口前に来ている。
門の前にはきらびやかなテープがかけられていて、今からテープを切るのが楽しみだ。
さきほどからひっきりなしにヒポグリフが飛んできていた。
ヒポグリフが着地するたび、運んでいたコンテナから身なりのいい人間たちが降りてくる。
ヒポグリフによる空の駅は開通していた。とはいえ、まだまだ駅数は少ない。徐々に駅数は増やしているが、これからだろう。
それ以外にも、隣街からのゴーレム馬車が次々とやってきては人間を降ろして戻っていく。
カジノの開設に合わせて隣町までのゴーレム馬車送迎を始めている。
これによって目に見えてアヴァロンに訪れる人が増えていた。
「初日にも関わらず盛大に行けそうだな」
コナンナとクルトルード商会をはじめとして、商人たちが積極的に宣伝し、招待客を招いたおかげで初日なのに盛況だ。
緊張を抑えるために、深呼吸をする。
もうすぐ開幕の挨拶だ。
あたりを見回して頬が緩む。
本当にあの子たちはよくやってくれた。すでにドワーフ・スミスとハイ・エルフの力によって上下水道は張り巡らされ、防壁までぬかりなく完成している。
人間たちもよくやってくれた。カジノ周辺には多数の屋台や宿泊施設、飲食店や土産店が並び、とても賑やかだ。もうすでに客の呼び込みを始めているようだ。
この短期間でここまでのものを作れるとは思っていなかった嬉しい誤算だ。
懐中時計を見る。……時間がきたようだ。
オープニングセレモニーを始めよう。入場門に集まった客たちも首を長くして待っている。
カジノ周辺には数百人が集まっており、今もまだヒポグリフの空馬車もゴーレム馬車も稼働中で、まだまだ人が増えているところだ。今日の来場者数はカウントさせている。どれほど伸びるか楽しみで仕方ない。
マイクに電源を入れる。
「さて、皆さま。初めまして。私は、アヴァロンの長にしてカジノのオーナー、プロケルと申します。いよいよ我がアヴァロンが誇る夢のカジノ……ファフニールが開幕となります。このファフニールでは、ありとあらゆる世界中を熱狂させたギャンブルが名ディーラーたちによって届けられ……アヴァロンだけでしか見られない飛竜のレースを開催します。まずは空を見上げてください! これから皆様へ、飛竜たちからの祝福をお届けします!」
俺の声で、数百人の人間たちが一斉に空を見上げる。
すると、暗黒竜グラフロスが五頭、色とりどりの装飾をつけて現れ、一糸乱れぬ編隊飛行をする。
それだけで、感嘆の声を人間たちが上げた。
だが、ここからだ。
グラフロスたちは次々にアクロバット飛行を決めた。
上空から急降下、そのまま急上昇しつつの宙返りをして見事なインサイドループを決める。
それも三回連続。
仕上げに八の字を描くキューバンエイトループ。雄々しく激しく、美しくすらあった。
人々の拍手が鳴り響く。
そして、グラフロスたちが編隊を崩した。
二匹のグラフロスが腹に抱えた発煙筒を使った。
グラフロスの飛んだ跡に赤い煙が空に帯を残す。
そのまま二頭は左右対称のループを描く。空に赤いハートが描かれた。
拍手がより強くなった。
その間に残り三頭は上昇している。
三頭がそれぞれの装飾具の色に合わせた色とりどりの発煙筒を炊いた。
そして、極めて高度に入り組んだ動きを見せる。
空に文字を描いたのだ。
『興奮と祝福を貴方に!』
グラフロスからの祝福のメッセージに人間たちは興奮し、叫び、笑みを浮かべる。
グラフロスたちが仕事を終えて帰っていった。
これから、このメッセージは、ギャンブルで勝負する人間たちにとって最高の贈り物だろう。
「飛竜たちの祝福はお気に召しましたか? 見ての通り我がカジノの飛竜たちはすぐれた技量を持ち、気のいい奴らです。どうか、景気よく賭けてやってください。そうしてくださると彼らの今日の夕食も少しは豪華になるかもしれません」
俺がそういうと笑い声がもれてきた。
「さて、これ以上の長話は野暮というもの。ここから先は、中のカジノでお楽しみください! ファフニール、オープンです!」
カジノの入場門にはリボン付きのテープが巻かれている。
妖狐から鋏を受け取りカットした。
そして、俺と妖狐は端によりカジノのほうを手のひらで刺す。
客がなだれ込んでくる。
凄まじい勢いだ。グラフロスのデモンストレーションが相当効いたらしい。
すでにすさまじい感情の力が俺の身に流れ込んでいるのでわかる。
「さて、しばらくしたら中の様子を見に行こうか」
客の流れがひと段落したのを確認し、お付きの妖狐たちと共にカジノ中に足を踏み入れた。
◇
カジノの内装は徹底的に豪華に仕上げられていた。
夢と欲が渦巻く楽園にふさわしい。
コナンナの手配した楽団による素晴らしい演奏が響き心地よい。
オープン初日でありバタつくと思っていたが、さすがはコナンナが引き抜いてきた名ディーラたちだ。客を華麗にさばいている。
ルーレットにカードにダイスを始めとした多数のギャンブルがそろっていて、それぞれに客が夢中になっていた。
接客スタッフの実力も確かだ。一流のものが多く自分の仕事をこなしつつ、不慣れなものへのサポートを忘れない。
……これは魔物たちだけじゃ絶対に無理だったな。改めて人間に頼って良かったと思う。
一階にはバーが用意されておりそちらも好調のようだ。
お付きの妖狐もうっとりした顔で周囲を眺めていた。
「これは、俺も遊んでみたくなるな」
「はい、とってもきらきらして楽しそうです」
見ているだけで楽しい。
今日はオープニングのセレモニーをしたこともあり、遊ぶ姿を客に見せられないが後日来てみよう……オーナではなく客としてだ。たまにはそういう息抜きも必要だろう。
しばらく一階の空気を楽しんだあと、二階にあがった。
◇
二階に上がる。
するとすさまじい行列ができていた。
飛竜レースは受付で賭け金を払うと賭け金が記載された入場チケットをもらえ、それを見せてシアターに移動し、レースが終了すると一度シアターを出てもらうシステムだ。
すでに十五分後の第一レースの席はすべて埋まり第二レース以降のチケットが売られている。
ちなみに、客が賭ける飛竜を選ぶために、シアターとはべつに大型のディスプレイが二階には用意されており出場するグラフロスたちの紹介動画が流れている。
「シアター、少し狭かったか? まさか、もう第二レースどころか第三レースのチケットが売れて始めているとは」
スクリーンのサイズに限界があり、一度に観戦できるのは五百人程度にしていた。
すでに第一レース、第二レースのオッズが大型スクリーンに表示されている。
オッズの発表はチケットが売り切れるか、レース開始一時間ほど前に客の賭け具合で計算して発表する。
つまり、第二レースまでのチケットが完売しているということだ。
おそらく初回ということもあるだろうが、混雑が続くようならシアターの増員も必要だろう。
◇
次はテナントコーナーに来た。
ここはテナントの抽選に当たった商人たちが、ありとあらゆる店を開いている。
やはり、飲食店と土産屋が多い印象だ。他には富裕層が来ることを見越して宝石店や高価な服飾店も多い。
飲食店には、アヴァロンの特徴である世界各地の魅力ある食材を活かしており、他の土地では食べられない料理が並んでいる。
ここも盛況だ。カジノで遊び前で腹ごしらえをしようとする者、土産を買って帰りたい者、そういう客でにぎわっていた。
「さあ、アヴァロン名物。カエルが焼くカエル焼きなんだな! ただのカエル焼きじゃないんだな! 幸運を呼ぶ黄金カエル焼きなんだな!」
カエルがカエル焼きを売っている。
それも、おそらく卵黄の割合を増やして黄色のカエル焼きだ。
売っているのは、見知った顔。【粘】の魔王ロノウェだ。……ロノウェはテナントの抽選で見事に当たりを引いて出店している。こいつはいろいろともっている。
……魔王としてはあれだが、本当に商売人としての才能はあるかもしれない。
彼の店はカエル焼きというお菓子の物珍しさ、それに甘くて美味しそうな香り、幸運を呼ぶというフレーズ、歩きながら食べれる手軽さで、他の店舗よりも抜きんでた集客を行っている。
ロノウェと目が合った。
彼は休憩に入ると店員に言ってから、こちらに向かってやってきた。
「ロノウェ、順調そうだな」
「おかげさまなんだな! 人間のぎらぎらした欲の感情と、カエル焼きうまくて幸せって感情が混ざり合って、絶妙なんだな。こんなうまい感情、初めてだ。プロケルには本当に感謝しているんだな」
「がんばってくれ。おまえががんばれば俺にもうまい感情が入って来る」
「当然なんだな! ここでカエル焼きの名を世界中に広めて、全国展開なんだな!」
元気そうで何よりだ。
ロノウェはしきりに頭をさげて、黄金のカエル焼きを押し付けると仕事に戻っていった。
黄金のカエル焼きを食べてみる。
なるほど、黄金のカエル焼きは色物ではないようだ。値段がアヴァロンの屋台のものより高くなっている分、いい材料を使っているし、卵の味が強くて美味しい。もらった分だけじゃ足りないから、買い足してクイナたちへのお土産にしよう。
ロノウェのまじめな性格が窺える。売り上げが低いとテナントを奪われる。単価の安いカエル焼きでは分が悪い。 だから値段を上げた分、品質を上げて、幸運を呼ぶという付加価値までつけた。
……ロノウェの評価が俺の中で少しあがった。
さて、次に行こう。そろそろ飛竜レースの開幕の時間だ。
◇
次に来たのはシアターだ。
シアターにはVIPルームがある。ガラス張りの広々とした部屋で、ゆったりとシアターを楽しめる。
そこにはコナンナがいて、彼が招いたVIPたちと酒を飲みながら歓談している。
これは接待だ。
今日はオープニングなので、招待客が非常に多い。
彼はヒポグリフの空の駅の開設許可をもらえていない街の領主や、他国の王族など、そういった人々を集めて、彼らを楽しませつつカジノをアピールしている。
招待客は、さきほどのオープニングセレモニーで俺の顔を覚えているようで挨拶してくる。
にこやかに笑いかけて応対する。
……空の駅の設置や、他国での宣伝許可をもらうことでもっと人を呼べるようになる。愛想ぐらいならいくらでも振りまこう。
「あなたがアヴァロンのプロケル様ですか、お噂はかねがね」
「たった一代で辺境の何もない土地をこれほどの大都市にするとはすばらしい手腕ですな」
「プロケル様は大賢者であり、その力で奇跡を起こしているというのは本当ですか?」
「そろそろ身を固めるつもりはありませんか? 実は私には娘がいまして……」
作り笑いを張り付けながら、それぞれに対応していく。
困ったな、カジノにのめりこんでいる人々よりも、ここにいる人間のほうが欲深い。
……想像していなかった。
すでに、俺は人間たちにとって力があり利用できる存在だと映っているようだ。
コナンナがサポートしてくれる。
相手を逆なでしないようにしつつも、言質を取ろうとしてくる権力者から俺を守ってくれていた。
このあたりのことはまだまだ未熟だと反省する。
「皆様、そろそろレースが始まりますよ。ひとまずはそちらを楽しみましょう」
シアターの中が暗くなり、巨大スクリーンにグラフロスの姿が映る。
身内でやった模擬レースとはけた違いの迫力だ。
うろこの一枚一枚まで見える超高画質に、臨場感あふれる立体音響。
俺にまとわりついていた人間たちも、そちらに意識が持っていかれる。
レース開始前の、グラフロスたちの紹介が始まる。
熱い解説だ。それぞれのグラフロスの性格と強みをわかりやすく語る。
……この声、ルーエだな。異界の歌姫ルルイエ・ディーヴァが、なぜかグラフロスレースの解説をやっている。
あいつ、お祭り好きだから、強引に割り込んできたのだろう。
だが、ルーエの解説で場のボルテージが一気にあがった。しかも、BGMがパワーアップしている。否応なしにレースに引き込み熱くさせる曲だ。
そしてレースが始まる。五百人の視線がスクリーンに集まり、グラフロスが羽ばたいた。
先頭集団を背後から追いかけて撮影された大迫力の画像が表示される。
光るワイヤー付きのバルーンの間を超高速でグラフロスが突破していく。コースは複雑で、曲がったりくぐったり、オープニングセレモニー以上の変態飛行をグラフロスたちは見せてくれている。
ルーエの実況でより盛り上がる。
どくん、どくん、心臓が高鳴る。
人間たちの強い興奮がアヴァロンを通じて俺にまで伝わってくるのだ。
レースが後半に差し掛かった。連続カーブでスピードを落とし、長いストレート。
そのタイミングでルーエが天井を見るように叫び、天井のギミックが働き、展開される。
スクリーンが消え、人間たちが空を見上げる。
【畏怖】が発動しないぎりぎりの低空を次々にグラフロスが通過していく。その威容にだれもが息を呑み、呼吸すら忘れる。
すべてのグラフロスが通過すると、視線は再びスクリーンへ。
高速ヘアピンを超え、最後のロングストレート。BGMの曲調が激しくなる。ルーエの実況にも熱が入った。
音速を軽く超えるスピード域で巨大な飛竜が競り合い、一位の座を奪い合う。
……そして、第一レースの勝者が決まった。栄えある第一レース優勝者は【紅】のルージュ。
怒号と悲鳴と歓喜の声が響き渡る。
ゴールの瞬間すさまじいまでの感情がアヴァロンを通して俺に流れ込んできた。さきほどまでの比ではない。
胸の中で何かが爆発している。痛い。なんて、感情量だ。これほどとは。
五百人の人間たちを、徹底的に楽しませて盛り上げて、盛り上げて、勝敗決定の瞬間の爆発力。
「これが一日、六回も流れてくるのか。はは、おかしくなってしまいそうだ。猛りが静まらない」
VIP席の面々も、すべてを忘れて、ただグラフロスレースを楽しんでいたようで呆けている。
さあ、仕事に戻ろう。天井を見上げて目をつぶる。よし、少しは落ち着いてきた。
「さて、これがアヴァロンのカジノ、ファフニールが誇る飛竜レースです。第一レースで勝利された方はおめでとうございます。ダメな方はぜひ、第二、第三レースでリベンジを」
俺がそういうとようやく、VIPたちは現実に引き戻されたようで、子供のようにはしゃぎ始めた。
「まさか、竜のレースがこれほどすさまじいとは」
「国に戻れば自慢しないといけませんな」
「おとぎ話すら凌駕しますわ」
「今回は負けましたが、次のレースは勝って見せますよ!」
興奮で我を忘れて、レースについて語り合う。それを隙と見たコナンナがさっそく、世間話をするふりをしながら自分の要求を呑ませていく。
俺は会釈して別れた。
これ以上、ここにいるとまずい。
トイレの個室に駆け込む。
「まったく、力が漏れそうだった……魔王の力がこんなにも暴れるとはな」
レースの終了の瞬間、あまりの強い感情に力が暴走しかけた。
性質の悪い【覚醒】状態へ無理やり変化する寸前だったのだ。……危うく、正体をばらすところだった。
感覚でわかる。この感覚、かつて人間との戦争で数百の騎士たちをグラフロスの爆撃で吹き飛ばしたときに匹敵する。……落ち着くまでクイナたちのところに戻れないな。何を仕出かすかわからない。
これが一日六回。
これだけじゃなく、今も一階のカジノから絶えず強い感情が流れ込んでくる
しかも、毎日続くのだ。カジノは大成功と言っていい。
【創造】の魔王プロケルは間違いなく一歩前に進むだろう。
それから、爆発する力を宥めつつ、あいさつ回りと視察をしながら営業終了時間を迎えた。
途中で、今日は休暇の魔物たちがカジノで遊んでいたのは驚いた。魔物もカジノに興味があるとは……。
とくに、一番調子に乗っていたのはルーエだ。
『実況やってた僕には、どの子が一番強い子かわかる!』
と言いながら大金を賭けて、賭けたグラフロスが盛大にコースアウトして泣き崩れているのを見て噴き出してしまった。
一人で今日のことを振り返り酒を舐めながら、【魔王の書】を開く。
そのDPを見て愕然とした。
「たった、一日でこれだけの量だと」
今までの数日分をたった一日で稼いでしまった。
千人近い人数が押し寄せ、極めて強く感情を揺さぶった結果だ。
……おかげで【渦】の購入金額に届いたし、これなら二週間ごとに【渦】を追加購入することすら可能だ。
それだけではなく、いろいろとできそうだ。DP任せの強引な強化ができる。
まずは、一体アビス・ハウルを購入してみよう。そして期待通りなら即座に【渦】を買うのだ。