第十六話:【誓約の魔物】
マルコシアスについて、白狼の魔王 と 【獣】の魔王が混在していたため、全て【獣】の魔王に統一しました
翌日、マルコの部屋に来ていた。
魔王たちが集まる【夜会】に向かうためだ。
「マルコ、どうやって【夜会】に参加すればいいんだ?」
今までも何度か聞いた問いを、今回もする。
その時がくればわかるとはぐらかすばかりで、マルコは答えてくれたことはない。
「何も。ただ待っていればいい。もうすぐその時が来る」
マルコは薄く笑う。
彼女の周りには三体の魔物が控えていた。
ステータスを見なくとも、うちに秘めた圧倒的な力を感じる。
天狐は、その空気にあてられて戦闘態勢に入り、尻尾の毛が逆立っている。
「その三体が、マルコの【誓約の魔物】か」
「うん、その通りだよ。【獣】の魔王マルコシアスが従える一五〇〇体の魔物たちの頂点。それがこの子たち」
おそらく、こいつらは全員Aランクの魔物。それもAランクの中でもとびぬけた力を持っている。
「マルコ、普通、魔物は固定レベルで作るなんてよく言ったものだ」
「わかる? この子たちは、全員Aランクかつ、変動レベルで生み出し、レベルの上限まで至った魔物たちだよ。Sランクにすら匹敵する」
レベルが上限があがり、同一レベル時のステータスが固定で生み出した場合よりも優秀である変動レベルの魔物は、最大レベルまで育てると一つ上のランクの力に匹敵する。
将来的には、天狐なら倒せるだろうが、今の天狐では手が余る。それはエルダー・ドワーフが作った、改造ショットガンを使ったとしてもだ。
改造ショットガン レミルトン(改) ED01S
全長1160mm 重量3.1kg 口径4ゲージ 装弾数四発
元のレミルトンに比べ全長が若干伸び、一回り大きくなっている。
だが、ミスリルに素材を変えたことでむしろ軽くなった。大口径化に伴い、装弾数が六発から四発になったが、弾倉交換が可能になっているので、総合的にはプラスだ。
ちなみに、型番のEDとはエルダー・ドワーフの略で、その第一作、Sはショットガンという意味があるらしい。
仮にアサルトライフルのエルダードワーフモデルができれば、ED01Aとなるだろう。
「さすがは、大魔王の側近だ」
「驚いてくれてなにより、まあ、君には、君が私の子たちを見たときの驚きの十倍ぐらい驚かされたからね。みんな、挨拶してくれ。……”なるべく派手にね”」
マルコに従える三体の魔物のうちの一体が口を開く。
黄金の鬣のライオンの頭、鷹の巨大な翼、白い大蛇の尻尾をもった魔物。
「我は、ライオグリフォン。大魔王マルコシアス様より、ゴルグナという名を賜っておる。子狐、うちに秘めたる力は相当のものだが、まだまだ幼く頼りないのう」
その人ことを聞いて、天狐がむっとして一歩前に出て、改造ショットガンを構える。
「天狐が頼りないかどうか試してみるの?」
「かっ、かっ、かっ、そうすぐ熱くなるところが幼く、頼りないと言っておる……ほれ、見てみろ。よーくだ」
ライオグリフォンに言われて天狐は目をこらすと、首元に目に見えないほどの細い糸があった。
もし、天狐が突っ込んでいれば首が切り落とされていた。
天狐が驚き、硬直する。その一瞬の隙に、全身が幾重もの蜘蛛の糸に縛られてしまった。かろうじて鼻から上だけが出ている状況。
「んん、んん、んんう」
立っていられず、唸りながら、芋虫のように暴れる天狐を見て、ライオグリフォンの隣にいる女性型の魔物がくすくすと笑いをもらす。
すると服を突き破って、四本の蜘蛛の手足が現れた。人間の手足を合わせると八本。蜘蛛の魔物で、天狐を拘束したのはあいつだろう。
天狐の魔力が高まる。得意の炎の魔術で自らを拘束する糸を燃やそうとしている。
だが、いつまでたっても魔術は発動しない。
蜘蛛の手足を持つ女性が天狐に話しかける。
「無駄でありんす。わらわの糸は魔力を散らしてしまう故に。そして、【創造】の魔王、プロケル様。お初にお目にかかるでありんす。わらわは、種族はアラクネ。我が主に与えられた名はアモリテ」
アモリテと蜘蛛の魔物が名前を告げると同時だった。
銃声が響く。エルダー・ドワーフがアサルトライフルを放ったのだ。
しかし、その銃弾は糸に絡めとられた。
たかが糸にどれだけの力を込めれば銃弾を止められるというのか。
「躊躇なく攻撃する判断力。悪くないでありんす」
「何を余裕ぶってる。私の【眼】でその糸の強度見抜いた。単発なら止めれても連射には耐えられない。私は連射できる。痛い目にあいたくなければ、天狐を放せ。そちらが非礼をするなら、こちらも躊躇わない」
エルダー・ドワーフがアモリテを銃で照準をつけたまま油断なく睨みつける。彼女は【真理の眼】というスキルをもつ。それはありとあらゆるものの解析を可能としていた。
「なかなか重い一撃。なるほど、わらわの糸では連射には対応できないでありんすな。ただ、ドワーフのお嬢さん。一番大事なことは忘れてないかえ? ……わらわたちは三人居る」
その言葉が終わる前に背後に強烈な殺気があった。
俺の影から魔物が生まれて首筋に爪が押し付けられていた。
いつのまにか、三体目の魔物が目の前から消えていた。どこかのタイミングで影に忍び込んだのだ。
「吾輩の種族は、タルタロス。主に与えられた名前は名前はクラヤミでござる、そこのドワーフ。一歩でも動けば、喉を切り裂く」
三体目に現れた魔物は、黒い体毛の人狼。一メートル後半でさほど大きくないが、武人の風格と鍛え抜かれた肉体だ。
天狐は身動きが取れず、エルダー・ドワーフも俺が人質に取られて悔しそうに歯噛みし口を開く。
「わかった。抵抗しない。だが、忘れるな。その人質が居なくなれば私があなたを八つ裂きにする」
もし、マルコが本気なら完全に詰みという状況。
そんななか、ライオグリフォンが得意げに天狐に話しかける。
「子狐よ。だから、幼く頼りないといったのだ。おまえは魔王の側近なのだろう? 魔王の最強の手札なのだろう? そのお前が冷静さを失い、感情に任せた結果、あっさりと罠にはまって無力化された」
天狐が奥歯を噛みしめマルコの魔物たちをにらみつける。
「ドワーフのお嬢ちゃんも落第でありんすな。連射でわらわの防御を貫ける確信があるなら、脅す前にそうするべきでありんす。そうして敵に時間を与えたあげく、一番大事な魔王様から意識を離して奇襲を許すなんて……間抜けもいいところではないかえ?」
エルダー・ドワーフも俯き拳を握りしめた。
悔しいがマルコの魔物たちは強い。それに狡猾だ。
ただ、もう十分だろう。
「でっ、マルコ。いつまでこの茶番を続ける。もし、これが本気なら、こちらも切り札を切らざるを得ないんだが?」
俺は首筋に爪を押し当てられたままマルコに微笑みかける。
だいたい、彼女の考えていることはわかる。
「この状況で、そんな口を開けるとはびっくりしたよ。確かに、プロケルのいう通り、もう十分かな」
マルコの魔物たちが、彼女のそばにもどっていく。
天狐に巻き付いた糸もほどいてくれた。
「おとーさん!」
天狐がもどってきて、俺の目の前にたち、マルコを睨み付けて警戒する。
「大丈夫だよ、天狐。きっとマルコは……」
俺が言いかけたところで、マルコが話し始めた。
「自分で言うよ。今回の芝居は、君たちに甘さを自覚してもらうためにやったんだ。もし、私が本気なら、君たちを皆殺しにできた。油断をつかれた。卑怯だなんて言うなよ? 魔王同士だと、これぐらい当然だ。プロケルの言う、切り札が本物ならうまくいかないかもだけど」
「さあ、どうだろう」
切り札はある。
エルダー・ドワーフと協力して作り上げた奥の手。万が一、マルコと敵対したときのために仕込んであった。
やりようによっては、あの状況から逆転できた。
「他の魔王と会うまえに、魔王と敵対する怖さを知って欲しかった。とくに古い魔王は、今私がしかけたことぐらいは平然としてくる。そのことを覚えておいたほうがいい。でないと喰われて呑まれるよ」
「確かに身に染みたよ。痛いほどに」
天狐もエルダー・ドワーフも場数が足りずに自らの能力を活かしきれてない。
正面からの戦いはともかく、今回のような絡め手ではいいようにされてしまうだろう。
俺自身も、影から襲いかかる魔物に反応できなかったのは恥ずかしい。反省点は無数にある。
「授業は終わりだ。あっ、ちょうど時間だ。そろそろ来るよ。さあ、【夜会】だ」
その言葉と同時だった。
脳裏に声が響く。
『星の子らよ。時は満ちた。集え、輝け、そして己が存在を示せ』
その声を懐かしいと思った。
星の子。その響きが妙にしっくりくる。
意識が遠くなる。
天狐がぎゅっと俺の手を握ってきた。握り返すと天狐は微笑む。
そして意識がなくなった。
◇
目が覚める。
空が青かった。それは、見慣れたそらの青さじゃない。海のような濃い青。
星がきらめく。比喩抜きで色とりどりの星。
周囲を見渡すと、美しい庭園だった。だが、どこか無機質に感じる。
こんなものが自然界にあるわけがない。何者かに作られた世界。
正面を向いて度肝を抜かれる。
それはあまりにも荘厳で、巨大で、美しい、純白の宮殿。
いつの間にか、となりに現れていたマルコが口を開く。
「あそこが、私たち魔王を作り出した創造主がいる場所。パレス・魔王だ」
今から、あそこですべての魔王が集う【夜会】が開かれる




