第四話:ティロの歓迎会
ティロのレベルあげを終えて屋敷に戻ってきた。
ティロの力は想像以上だった。これからの成長が楽しみなのは間違いない。
とはいえ、ティロの戦いを見ていくつか弱点が見えてきた。
ティロが瞬間移動で地上に現れるときに、運動エネルギーはゼロの状態だった。
地上に出てきたときはいいが、空中に躍り出た場合、攻撃するためには、地を蹴って加速する必要がある。
空中でも手を伸ばすことぐらいはできるが、勢いもなく空中で手を伸ばすだけなら、十分な威力にならない。
たとえば、クイナのショットガンの鋭角を脱出先として選んだ場合、宙に浮いた状態で現れる。
そうなると、最悪だ。まず着地して、大地を蹴って、攻撃というタイムロスがでる。
クイナ相手に、そんな隙を見せれば手痛い反撃を受ける。
鋭角から出るときは、基本的に地上でないと厳しい。
そのあたりのことはロロノに話すつもりだ。
空中での加速方法があれば、よりティロの強さを活かせるだろう。
「みんなは先に屋敷に戻っていてくれ。俺は宅配を頼んでくるよ。今日は豪勢に行こう」
「やー、楽しみなの!」
「がうがう!」
「パトロン、お酒も忘れないでね!」
クイナ、ティロ、ルーエの三人がはしゃぐ。
みんなが喜んでくれてよかった。
ティロの歓迎会だ。けちらずに思いっきり贅沢しよう。
クイナたちの好みはわかるが、ティロの好みがわからない。とりあえず肉だな。犬だし、でっかい骨付きのローストを注文しておこう。
◇
宅配の依頼を、お気に入りの店で終わらせて帰宅する。
俺の屋敷の一室で、ロロノと二人で、ティロの戦闘を食い入るように見ていた。
さきほど、デジタルカメラで撮影した映像だ。
この部屋にいるのは俺とロロノだ。ロロノが集中しやすいように、他の子たちには別の部屋に移動してもらっている。
ビデオが終わる。
「どうだ、ロロノ。戦闘する様子を見て、ティロに必要なものは見えたか」
「ん。空中で加速する手段、あるいはゼロ距離からでも爆発的な威力を放つ武器がほしい」
「同意見だ」
やはり、ロロノも転移して通常空間に戻ったときに、運動エネルギーがゼロになる点を問題視したようだ。
「だけど、制限が大きい。ティロは手を使えない、スピードが武器だから、重量のある武器も使いたくない。魔力消費の多いスキルばかりだから魔力消費が大きい武器も避ける必要がある。悩ましい」
ロロノがノートPCを取り出し、アイディアメモをいくつも開く。
ティロに適した武装を、選択しているようだ。
俺は、そんなロロノをゆっくりと見ている。
今の彼女にはアドバイスなんて必要ない。俺に相談しているように見えて、口に出して頭を整理しているだけだ。
きっと、ロロノは最高の答えを見つける。それを待てばいい。ロロノは俺が信じる世界最高の錬金術士なのだから。
「ティロの魔力を使わず、火薬と魔力バッテリーの併用で威力をを確保。ゴーレムコアを使ったジェネレーターは重量制限からNG。クイナの毛を使ったバッテリーを、リボルバー式にする。……継続戦闘能力は落ちるけど、魔力と重量問題はクリア。火薬と魔力で打ち出す形式なら、ゼロ距離で使用可能、加えて空中で使える」
ロロノの両手が超高速で動く。
ノートPCに図面が描かれ、メモが記されていく。
「基本は銃器。だけど、ゼロ距離運用が基本だから、射程は捨てていい。銃身は短くする。このままなら燃焼時間が確保できない。なら、火薬そのものを、専用のものに……ミスリルパウダーの配合を変えればいける。そもそも、銃である必要は? ない。打ち出すのは鉄杭で十分。使い捨てにしないなら、杭そのものに、魔術付与を施せて性能向上が可能。……パイルバンカー? 面白そう。これならいける。魔術付与付きの巨杭を、リボルバーに込められたミスリルパウダーの爆発魔術で打ち出す。手を使えないティロなら、感応式にしてお腹の下にくくりつけてと……」
ロロノが深く深く集中する。
思いついたアイディアのメリット・デメリットの洗い出しを行い、そのうえで、別案の可能性も捨てない。
三十分ほど、ノートPCとにらめっこしていたロロノが顔をあげる。
「マスター、草案ができた。一週間ほど時間がほしい。まずは試作品を作ってみる。ティロがそれを気に入ったら、さらに一週間かけて完成品にする」
「一からの新規開発だろ? それにしてはずいぶんと試作品の完成が早いな。大丈夫か?」
「ん。マスターが気を遣ってくれたおかげで、超優先事項は終わってる。クイナの新武装は完成したし、人口増加対策のインフラ整備も基礎設計が終わって、ドワーフ・スミスたちに後は任せてる。アヴァロン・リッターたちは全員修理が完了してた。任せて」
あれだけの仕事をロロノは短期間でほぼ終わらせてくれたようだ。
さすがは俺の【誓約の魔物】。頼りになる。
「苦労をかけるなロロノ」
「気にしないでいい。楽しんでやってる。ティロの新武装、面白いものができそう。マスターも楽しみにしてて」
「期待しているよ」
ロロノの頭をなでてやると、彼女は顔を赤くして顔を伏せる。
そして、俺にもたれかかってきた。
「父さん、少し疲れた。しばらく休ませて」
「好きなだけ、休め」
「ありがと」
ロロノの彼女の肩を抱き寄せる。こうすることがロロノの疲れが癒せるなら、いくらでも俺はこうしていよう。
◇
ビデオ鑑賞とロロノの休憩が終わってから、居間のほうに向かう。
すると、そこには大量の料理が並べられていた。
街で頼んでいた宅配物が届いたようだ。
料理を見て、クイナとティロがはしゃいでいる。
「うわああああ、この骨付きのお肉、クイナの顔より大きい、しかも一人一本あるの!」
「ガウガウ!」
クイナが見ているのは、最近アヴァロンではやっている、タイラント・ボアという巨大な猪のスペアリブ(骨付きばら肉)のローストだ。
冗談のような大きさだが、旨味が強い。石かまどでじっくり中まで火が通してあるので、しっとりしていて美味しい。
本来、一本あれば一家族賄えるようなものだから、うちの子たちは大食いだから、一人一本頼んだ。
「マスター、大きなエビの料理がある。私が好きといったの覚えてくれてたの?」
「ああ、ロロノがまえに夢中で食べてただろ? だから頼んだ。味付けは、南のほうではやってる、チリソース炒めとやらだ」
俺の腕ほどもある巨大なエビ。その殻から一度身を取り外し、ぶつ切りにして、チリソースで炒めて再び殻に詰める料理だ。
殻に詰めても、味は変わらないが美味しそうに見える。
「ありがと、マスター。私はこれが大好物」
ロロノが喜んで何よりだ。
「パトロン、やるじゃん。こんなくっそ高いワイン頼むなんて。自分のお小遣いじゃ買う気になれないけど、人のお金だと遠慮はいらないね。今日は思いっきり飲むよ!」
「ルーエは安いワインだと文句を言うからな」
ワインにほおずりするルーエを見て苦笑する。
酒好きなルーエのために、特別に買ったワインだ。
ほかにもオードブルとして、多種多様な料理を頼んでいる。
「みんな、食卓に料理を飾っていこうか」
「やー♪ お手伝いなの」
「僕のセンスを見せてあげるよ。料理は盛り方でぜんぜん印象が変わるからね」
クイナとルーエが中心に美味しそうに料理が盛り付けられていく。
そうこうしていると、甘い香りが漂い始めた。
香りがするほうを向くとアウラがいた。手には、大皿に盛られたアップルパイ。
「じゃじゃーん、ティロちゃんのお祝いなので、黄金リンゴのアップルパイを焼きましたよ! そして、この黄金リンゴは、新しい黄金リンゴの木の新入りくんから採れました! 味わって食べてくださいね!」
ほう、やっと増やすことができた、【世界樹】にも匹敵する黄金の木に実ったリンゴか。
これも楽しみにしていた。
アップルパイを食卓に置くと、アウラも盛り付けを手伝い始めた。
豪華絢爛な、料理が並べ終わり、全員が席に着く。犬の姿のティロだけは床でお座りだ。
みんなの注目が俺に集まる。
「さて、今日は新たに俺の魔物に加わったティロの歓迎会だ。盛大に飲んで、食って、ティロを歓迎してやれ」
クイナたちが、元気のいい返事をする。
この子たちは、いい子ばかりだ。ティロを快く受け入れてくれるだろう。
「乾杯だ!」
クイナとロロノはジュースを、アウラとルーエと俺はワインを、そしてティロの前には、最高級のミルクが入った深皿がおかれている。
ティロ以外はグラスを掲げた。
「「「乾杯」」」
声を上げて乾杯といい、机の上でグラスをぶつけ合い、それからティロの深皿の前に一人ずつ移動し、しゃがんでグラスと深皿をぶつける。
そして、宴が始まった。
「肉は骨付きが一番おいしいの!」
「グルゥ!!」
肉食系のクイナとティロはさっそく、一人一本の巨大肉にかぶりついた。
「ぷっりぷりで甘い。やっぱりエビはいい」
「私は、サーモンのカルパッチョが好きですね。あっさりしていて、いくらでも食べられちゃいます」
「なんといっても酒だよ。ぷはー、このいっぱいのために生きてるって感じがするね。おかわり!」
ロロノ、アウラ、ルーエも楽しそうだ。
食事も酒も進む。
クイナとロロノもジュースから酒に切り替えた。クイナはジュースのほうが好きなだけで普通に酒も飲める。ロロノは酒のほうが好きだがクイナに付き合っていただけだ。
この国だと、十二歳で酒が許されるし、そもそも魔物だから酒を避ける理由もない。
ティロの目の前に深皿が一つ増えていた。……たっぷりとワインが注がれている。
ルーエのほうを見ると、ルーエのやつが目をそらして口笛を吹き始めた。妙にうまくて逆にいらっとくる。
間違いない。犯人はやつだ。
……ちなみにティロはミルクには目もくれず、ワインをたっぷりと飲んでいる。今、気持ちよさそうにゲップした。犬でもワインを飲むのか……。
あっというまに料理が消えていく。食べきれないぐらい頼んだのは正解だったようだ。
「さあ、みんな。デザートの時間ですよ! 新たな黄金リンゴ、たっぷり味わってくださいね!」
料理がなくなると、アウラが、アップルパイを切り分けた。
さくさくといい音が響き渡り、甘酸っぱい香りが広がった。
この匂いだけで絶対美味しいとわかる。
さっそく食べてみる。
さくさくで、甘酸っぱくて最高だった。こんな美味しいアップルパイを食べられるのは、世界で俺たちだけだろう。
この場にいる全員が、黄金リンゴのアップルパイの味に良い摺れる。
「ぐるぅ……」
目の前に置かれたアップルパイを見て、ティロが悲しそうな鳴き声をあげる。
……犬じゃ、アップルパイは食べずらいよな。
というか、犬がアップルパイを食べるのか?
そんな心配をしていると……。
「グルゥ!」
元気よく鳴いて、幼女の姿になり、手づかみで頬張って、幸せそうに頬を緩めていた。
アウラが苦笑して、おかわりをさらに置くと、そっちも手づかみで、すぐに食べてしまった。
「ぐるるぅ♪」
お腹いっぱいになったティロは満足そうに喉を鳴らして、すぐに犬の姿に戻り、まるまって寝始めた。
ひたすら、自由なやつだ。
ティロが寝ると、クイナは面白がって、ティロの頭を撫でる。
それを見て他の子たちも続いた。
ティロはちゃんと、俺の魔物たちに受け入れられたようだ。
ティロが眠ったあとも、宴は続く。
今日は思いっきり楽しんで、明日からまた強くなるためにがんばろう。そんなことを考えながら、ワインの入ったグラスを傾けた。