プロローグ:500番目の魔王
みなさんの応援のおかげで、2016/12/15 GAノベルさんから書籍一巻が発売しました。感謝です!
コミックガルド様でコミカライズはwebで読めるのでそちらもどうぞ!
目を覚ます。
ろうそくに照らされた薄暗い石造りの部屋だ。
足元を見ると、青白く光る魔法陣。
「どこだ? ここは」
俺は体を起こして、きょろきょろと周りを見渡す。
こんな部屋は見たことがない。
どうして俺はこんなところに……。
いや、そもそも。
「俺はいったい誰なんだ?」
そう一人ごちる、何一つ思い出せない。
自分の名前すらわからない。
頭を抱えて、必死に記憶を掘り起こす。だが、何も思い出せない。
不安だ。不安で仕方ない。
そんなとき、こつん、こつんと甲高い音が響く。
そちらに目を向けると女性が居た。
とびっきりの美女だった。褐色の肌、白い髪。そして、狼の耳と尾。
美しさだけじゃなく凄味があった。見ていて魂が凍り付くほどの、圧倒的な存在感。
「ようやく、生まれたんだ。待ちわびたよ」
短い言葉だった。だが、言葉には、喜びがあった。あきらめがあった。羨望があった。
ありとあらゆる感情を込めて、絞り出された言葉。
俺は彼女に見惚れながらも、口を開く。
「教えてくれ、あなたは誰だ? ここはどこだ? いったい俺は誰なんだ」
俺の問いを聞いて、狼の美女は薄く微笑む。
そして、口を開いた。
「私は【獣】の魔王、マルコシアス。君は特別だから、マルコと呼んでいい」
「マルコ……、マルコは、俺のことを知っているのか?」
「もちろん、知っている。君は新しく生まれたばかりの魔王。私と同じ魔王だ」
マルコの影が伸びる、そこから一匹の青い狼が現れた。
影から飛び出た勢いのまま、こちらに飛び込んでくる。
「ランクDの魔物、ガルム。普通の人間ならあっという間に食い殺す残虐な魔物だ。さあ、君はどうなるかな?」
俺は目を見開く。
青い狼は、大きく口を開けた。自然に後退る。
逃げたい、だが、足が震えて動かない。
青い狼との距離がどんどん詰まってくる。
「ひっ」
俺はほとんど、転がるようにして青い狼の突進をさける。
俺の目の前を青い狼の体が通り過ぎていった。
通り過ぎる間際、カチンと甲高い音がした。歯と歯がぶつかる音。もし避けなければ、俺の肉にあの鋭い歯が突き刺さっていただろう。
青い狼は再び、振り向き、こちらにとびかかる準備をしている。
こっちは尻もちを付き、起き上がれもしない。
このままだと、確実にやられる。
狼が、こちらに向かってよだれを垂らしながら突っ込んできた。
殺される。
いやだ、死にたくない。
死んでたまるか。
何か、何かないのか。
頭にとある言葉が浮かぶ。縋りつくようにその言葉を放った。
「【創造】」
それは、ほとんど無意識だった。
俺は、俺の力を行使する。
手に光の粒子が集まり、現れたのは、拳銃……クォーツ 19。
オーストリアの武器メーカーが開発したベストセラーの自動拳銃。小型でありながら信頼性が高く、装弾数も多い。
手に吸い付くような感触。記憶がないはずなのに、懐かしいと思った。
銃を手にした瞬間、冷静になる。世界がゆっくりになった。
心は熱く、だが頭は何処までも冷たく。
いつものことだ。ただの慣れた作業、目の前の脅威を排除する。
とびかかってくる、青い狼を見つめ、照準をつける。
そして、三連射。弾丸は吸い込まれるように眉間に突き刺さり、青い狼は弾き飛ばされ悲鳴をあげ、地面にたたきつけれた。
「きゃうん、きゃん、きゃん」
驚いた。青い狼は弾丸を眉間に受けて、まだ生きている。頭に弾丸がめり込み、血を流しながら俺を睨みつけている。
立ち上がり、油断せず近づく。青い狼を見下ろしながら連続して射撃。全て頭にぶち込む。
クォーツ 19の装弾数は一五発。そのすべてを撃ち込むと、青い狼はピクリとも動かなくなり、青い粒子になって消えた。
「はあ、はあ、はあ」
目の前の脅威が過ぎ去ると、急に恐怖がよみがえる。
奥歯ががたがたなる。
いったい、俺はなんだ、どうしてこんなことができる。
その回答が脳裏に浮かんだ。
『ユニークスキル:【創造】が発揮されました。あなたの記憶にあるものを物質化します。ただし、魔力を帯びたもの、生きているものは物質化できません。消費MPは重量の十分の一』
ユニークスキル、それはいったい?
「おめでとう、まずは合格だ。君は自分の力を引き出すことができた。新たな魔王の誕生を私は歓迎する」
「魔王?」
「そう、魔王だ。君は悪魔や魔物を生み出し統べるもの、悪意の迷宮を作り上げ君臨するもの、圧倒的なユニークスキルを持つ選ばれた存在、この世界で五〇〇番目に生まれた、もっとも新しい魔王だ」
魔王、それが今の俺。
まったく実感がわかない。
「そう不安な顔をしなくてもいい。一年後君が独り立ちするまで、私が君の”親”となる。君に魔王が何たるかを教えてあげるよ」
目の前の女性が微笑み、記憶を失った俺の新しい生活が始まった。