第9話
さて…と。
音楽攻めにすることは決まったものの、押しが弱いことを繰り返しても効果が薄いと思っているんだよね。
「類は友を呼ぶ」じゃないけど、やっぱり音楽仲間の存在って大きいと思うの。
という考えも含めて、カズちゃんが参加しているっていう軽音部に行ってみることにした。
昨日の夜に連絡があって、弾けなくていいからお爺ちゃんのギターを持ってきて欲しいと言われた。
まぁ、減るもんじゃないしと思って今日は持参している。
部員さん達には協力してくれなんて事は言わないよ。
だって、これは私とお爺ちゃんの問題だもん。
家庭の問題は首を突っ込み辛いしね。
いい雰囲気だったら、お爺ちゃんを参加させてもらえるだけで十分。
それすら申し訳ないって思ってる。
そんな事を考えながら構内を歩きまわり、やっと部室を見つけた。
中からは色んな音が聞こえてくる。
ギターにベース、そしてドラム。とても賑やかな感じ。
一応アコースティックギターを練習してきたこともあって、音楽の楽しさっていうのも少しは分かるつもりだけど、ここは謙虚にね。
もしもプロになるんだ!ぐらいの熱意のある人がいたら、私のやっていることなんて遊びみたいに見えるからね。
扉の前で音が鳴り止むのを待って、ワクワクしつつも、ちょっと緊張気味にドアをノックした。
「どうぞ!」
中からカズちゃんの声が聞こえた。
ゆっくり扉を開ける。
中にはカズちゃんの他に、黒髪ロングでロックな感じの衣装を来たベースを持っている女性と、背の低いぽっちゃり体型のドラマーの男性。
「あ、あの!初めまして!内藤 歩と言います。今日は見学で…。」
「あぁ、大丈夫だよ。説明してあるから。」
「よろしくな!私はベースの田村 百姫。2年生。」
「ぼ、僕はドラムを担当している4年生の緑川 努です。一応部長です。」
「そして俺こと藤原 和也の3人がこの軽音部の部員だよ。」
「はい!今日はよろしくお願いします!」
ちょっと引きつりそうになりながらも何とか笑顔で返せた。
まだちょっと緊張している。
「まぁ、座って座って。」
私は教室にあるのと同じ椅子に腰掛ける。
「まずはさ、ギターを見せて欲しいんだ。いいかな?」
「ん!?別にいいけど…。どうぞ。」
私は彼の気持ちも察せず、おもむろに渡した。
「駄目だよ、もっと丁寧に扱わないと。」
ちょっとだけ怒っていたカズちゃん。どうしたんだろう?
よく見ると、彼の手は震えていた。
「こ…、これが伝説のシンガー・ソングライター内藤 翔輝様のギター…。」
翔輝…様?
ドラムの部長さんが緊張していた。
「ドキドキしてきたぜ。」
ベースの田村さんも真剣な眼差しで、ギターケースが開くのを心待ちにしている。
「あ、開けるぞ…。」
カズちゃんがロックを外し、ケースを開けた。
「おおぉ~。」
3人は同時に声を上げた。
「すげぇー。」
「マジホンだぜ…。」
「俺には眩しくて見えない…。」
まさかこの人達って…。
「お爺ちゃんのファンだったりする?」
「おうよ!」
ロングの髪を振り回しながら田村さんが答えた。
見た目は大人の女性って感じだけど、一番男っぽいと思ったのは内緒。
「歩ちゃん、ギター弾けるんだっけ?」
「弾けなくはないけど…、全然下手くそだよ…?」
「いいの、いいの。お願い!ちょっとだけでいいから弾いてみて!」
「カズちゃん弾きなよ。私じゃ…。」
「何と恐れ多い!そんな事したら、全国の翔輝ファンに殺されちゃうよ。」
えー…。お爺ちゃんってそんな扱いになっているの…?
「歩君は知らないのかい?今や翔輝さんは伝説のシンガー・ソングライターなんだよ。非公認ファンクラブが全国にあって、定期的に会合もあるんだ。そんな事が40年近くも続いているんだよ。」
「あのお爺ちゃんの為に?」
「あぁ…、身内だから見えないってパターンだね。「俺達の歩は止められない」の歌詞は知っているかい?」
「知ってますよ。歌えますし…。」
「あの歌詞が出来たのは、年功序列的な考え方しか無かった時代なんだよ。どんな人間であれ目上の人を称えるような考え方。儒教的かもね。それを若者が前に出て年上に向かって、ついて来いなんてこと言ったら締め上げられてしまうなんて、リアルに普通だったんだ。そういう時代背景を考えれば、歌い切ってヒット曲にしてしまったというのは凄いことなんだよ。時代を変えた革命児だとか、早すぎた新人類だとか色々言われたんだ。」
「そ…、そうだったんですか…。」
意外とお爺ちゃんは過激だったんだね…。
「演歌が最盛期の時代だしね。色々と大変だったと思うよ。」
「でも、お爺ちゃんの事をネットで調べようとしても、ほとんど記事が見つからないですよね?」
「削除依頼が出るんだ。もしかして本人が依頼しているんじゃないかって噂が絶えないんだよ。」
「そんな事しませんよー。ネットを初めて見たのなんてつい1周間ぐらい前ですよ?」
「では、奥さんの可能性は?」
「それもないです。お婆ちゃんはお爺ちゃんの一番のファンですからね。新曲が聞きたいって思っていたぐらいです。」
「新曲!?そんなことが発表されたら日本中がひっくりかえるぞ!」
「削除依頼はやはりアンチの仕業か…。」
部長さん達と私のやり取りを、ここまで静かに聞いていたカズちゃんが割って入ってきた。
「あぁ…。実は皆に聞いて欲しいことがあるんだ。歩ちゃん、いいかい?」
私に許可を求めてきたってことはお婆ちゃんのことだよね。
私は黙って頷いた。
結局3人ともお爺ちゃんのファンみたいだし、悪いようにはしないと思ったから。
「実は、翔輝さんが音楽活動を辞めたのは、奥さんである美里さんのためなんだ。」
「なんだって!?」
「まさか…。」
部長さんも田村さんも、まるで推理小説で新事実が明かされたかのような驚きを見せていた。
「ファンの間では長年の疑問だったんだ。やっぱり嫌がらせが激しかったんだ。テレビ曲でも相当やられたって噂がいっぱいある。突然マイクの音量が下げられたり、照明が暗くなったり色々やられたらしいよ。それに自宅には鳴り止まないほどの嫌がらせの電話もなっていたらしい。」
私は理解してしまった。
「そういうことですか…。売れなくても、売れてもお婆ちゃんを不幸にした。そうお爺ちゃんは言っていたんです。」
「他の歌も含めて、当時としては歌詞が過激だからねぇ。」
部長さんがしみじみと答えた。
「だけど歌を辞めてからの二人は、とても仲が良かったって聞いています。だけど定年を迎えて第二の人生を始める直前にお婆ちゃんが交通事故で亡くなっちゃって…。お爺ちゃん一気に老け込むほど落ち込んで、とてもみていられないのです…。だから…、だから…。」
私は気付かないうちにボロボロと泣いていた。
「どうか助けてください!歌で…、歌でお爺ちゃんを元気にしたいんです!」
勢い良く立ち上がって深く頭を下げた。
「歩君…。もちろん僕達はそのつもりだよ。翔輝様の生歌が聞けるなら死んでもいいって思っている連中がここにいる。その為に乗り越えなければならない障害があるなら、喜んで受けてたとうではないか!」
「本当ですか…。ありがとう…、ございます…。」
「歩ちゃん…、涙を拭いて…。」
カズちゃんが慰めてくれた。
私が落ち着くまで、お爺ちゃんの伝説とやらで3人は盛り上がっていた。
伝説のチャリティーコンサート。
結局ライブはこの1回だけだったんだね。
そこには家を売っ払ってまでして参加したファンも居たとか居ないとか…。
そんな話しを聞きながら気持ちがかなり落ち着いた頃、カズちゃんが話題を振ってくれた。
「そうだった、翔輝さんの愛用ギターの音色、聞かせておくれよ。」
「あっ、そうだったね。」
ジャラーン…。
「おぉーーーー!!」
3人は一気にテンションが上がる。
「ねね、動画撮ってもかい?伝説のギターの音色、いつでも聞けるようにしたいんだ。」
「えー、撮るのはいいですけど、顔は勘弁してくださいね。恥ずかしですから。」
「OKOK…。」
スマホを取り出し、録音を開始した。
ちょっと緊張してきた。
だけど、これはお爺ちゃんとお婆ちゃんを救うための第一歩なんだと自分に言い聞かせた。
静まり帰る部室。
凛とした空気が漂っているのが分かる。
3人の期待が伝わってくるよう…。
それを受け止めつつ、鼓動を感じるほど神経を集中させる。
お爺ちゃんは言っていた。
聞いてくれる人が一人も居なくても、歌う時は全力で想いを伝えなきゃ駄目だって。
私は大きく息を吸い込み、ゆっくりとギターを弾いていった。
歌は勿論、バラード風の「俺達の歩は止められない」。
伴奏中思い出していた。
お爺ちゃんはこうも言っていたよ。
歌う時は、これが伝説の始まりだと思え!とね。
いつの間にか歌詞の中に入り込み、そして叫んでいた。
私について来い!時代を切り拓け!恐れるものは何もない!
でも疲れ果てて傷付いて苦しい時は、私が癒してあげる。
そしてまた前に歩みなさい。
それは誰も止められない歩となる…。
ポロロン…。
歌い終わった部室は、歌う前と同様静まり返っていた。
閉めきった窓の外から微かに聞こえる蝉の声が印象的だった。
あぁ…。きっと私やらかしたんだ…。
3人はきっと呆れちゃったんだ…。
でも、私は満足だった。
一杯練習した成果がちょっと出た感触もあった。
「ご清聴、ありがとうございました。」
私は最後まで聞いてくれた今回の観客である3人に、深々とお礼をした。