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第7話

 いよいよ大学生活が始まった。

入学式には両親が来てくれて、実家は久しぶりに賑やかだった。

お爺ちゃんも満更でもなかったみたいで、素直にお祝いしてくれたよ。


それもつかの間。

両親が帰った後はションボリしている時間が長くなった。

大きな背中を小さく丸めて…。

見ている方が辛いよ。


いや、辛いのはお爺ちゃんのはず。

こんなのお婆ちゃんは絶対に望んでいない。

お爺ちゃんが大好きなはずの歌で、本当のお爺ちゃんを取り戻すの。


とまぁ、私の威勢が良かったのはここまで。

結局1周間、何の成果も上げられなかった。

前にも言ったけど、一応ネタはあるんだけど、これだけだとパンチ力が足りないと思うんだ。


もっとドカーンと一発かましてやらないと駄目だと思うんだよね。

それと、歌を取り戻すなら、愛用のギターが無いと駄目だと思う。

作詞や作曲の時も、勿論歌う時もずっと愛用のギターを使ってたってお婆ちゃんが言っていた。


だから、まずはギターが無いとって思ったのだけど…。

こっそり探してみたんだけど、どこにも無いんだよなぁ。

一体どこに隠したのだろう?


事情から察すると、お婆ちゃんの部屋には無いよね。

だって、ことある毎にギター持ちだされたら、お爺ちゃんからすると厄介なはず。

かと言って、自分の部屋に置いておくと、歌いたい衝動に駆られた時についつい手に取ってしまうと考えるよね。

だとしたら、二人が一番近寄らない部屋って事になるのだけど、そんな部屋ないよなぁ。


私が歌の話題に触れてから、更に落ち込んじゃったお爺ちゃん。

最近はダイちゃんの散歩にも行ってくれない。

今日も大学が終わってから、私が散歩に連れていった。

道路には散った桜が溢れかえり、風で舞い上がっている。


立ち止まってその様子をぼんやり眺めていた。

桜の季節も、もう直ぐ終わりかな。

「綺麗ね…。」

でも心の中は真っ暗だ。

どうして良いかわからなくなってきている。


ダイちゃんは私を見上げ、歩き出すのを待っていた。

だけど視界が歪んでいく…。

しゃがんで大きなダイちゃんに抱きついた。

立っていられないくなっちゃったからだ。


「お爺ちゃんが元気になって欲しいのだけど…、どうしたら良いかわからないよ…。ダイちゃん、どうしたら良い…?」

ダイちゃんは舌を出してハッハッハッと荒い息を吐きながら、私の顔を見て、そしてペロッと頬を舐めた。

まるで励ましてくれているようだった。

ちょっとだけ救われた気がした。


「お爺ちゃんのギターを探しているの。見つけ出して新曲を作ってもらって、天国のお婆ちゃんに届けたいの…。きっとそれが二人の為になるって思ったのだけど…、うまくいかないね。」

私は心配してくれたダイちゃんに精一杯の笑顔を向けた。

涙を拭いて立ち上がる。


泣いてばかりいられないよね。

辛いのは本人達だって自分で言ったよね。

立ち止まってなんかいられない。

お爺ちゃんは救いを求めてるはず。


私がやらなきゃ、誰がやるって言うの?

前向きなことだけが私の取り柄なんだから!

一歩一歩進む私の歩調に、ダイちゃんは合わせてくれていた。

「ダイちゃん、私頑張るね。だけど、また泣きたくなったらお願いね。」

ダイちゃんはその言葉を聞いている間、私の顔を見つめながら歩いていた。

そして小さくワンッと吠えた。


 私はお爺ちゃんに、元気出してなんて言わない。

ひねくれ者で天邪鬼のお爺ちゃんにそんな言葉をかけたら、逆にもっと落ち込んじゃう。

静かな夕食の後、つけっ放しになっていたテレビでは、ちょうど歌番組が始まった。


人気のアイドル達がメインだったけど、私はあまり興味ないかな。

歌詞は継ぎ接ぎだらけで情景がまったく思い浮かべられないくて、どうしても共感できないの。

お爺ちゃんの歌の影響か、歌詞重視な私としてはちょっと無理かな。


やっぱり自分で作詞して自分で歌う。

その歌声からは情景が見えるしストーリーが感じられるよね。

私はそういう歌が好き。


好みは人それぞれだから、誰を応援していようが関係ないけどね。

コーナーが変わって、新人発掘オーディションになっていた。

色んな素人さんが歌っていたけど、これは!と思う人はいなかった。

最後に聞いたことのない名前で男性のシンガー・ソングライターが歌っている。


唯一オリジナルで勝負したところはいいね。

歌詞の内容は応援歌。

評論家でもないから偉そうな事は言えないけど、サビはもっとストレートな感じの方が良いんじゃないかな。

後はいいと思った。

だけど曲は残念な感じ。

うん、かなり残念。

曲が歌を台無しにしているかも。


案の定評価は低かった。

だけど、有名プロデューサーが歌詞は良かったよと言っていた。

私は独り言のように感想を言いながら見ていた。

今まで誰にも関心がなかったお爺ちゃんだったけど、最後のこの人にだけは反応した。


「惜しいな。良いもの持っているぞ、こいつ。」

やっぱり歌には興味あるんだよね。

私は直ぐにお婆ちゃんのタブレットで検索してみる。

すると、彼は動画サイトでオリジナルの歌をいくつか上げていた。


歌番組が終わりテレビを消して、彼の歌をさり気なく流してみた。

お爺ちゃんは静かに聞いている。時折リズムを取っていた。

「やっぱり曲が駄目だな。」

私はひと押ししてみた。

「お爺ちゃんが作ってあげたら?」

その言葉に振り返って私の顔を見たお爺ちゃんの顔は、とても寂しげで辛そうだった…。


「俺には関係のない話だ。」

そう言って立ち上がると、自室へ戻っていっちゃった。

嘘だ…。絶対に嘘。

本当は作詞も作曲も歌うこともやりたいはず。

もしもギターがここにあったら、即興で曲作りしたと思う。


はぁー…。

ため息しか出ないよ。

ニャーオ

カイちゃんがひと鳴きした。

見るとテーブルの上を凝視している。

ん?


よく見るとハムスターのショウちゃんがいた。

テーブルの上をちょこまかと歩いていた。

可愛い…。


じゃなくて、このままだと猫ちゃん達に食べられちゃう。

ゲージを見ると何故か扉が開いている。

どうしてかはわからないけど逃げ出しちゃったんだね。

私は急いでショウちゃんを捕まえようとする。


ピョンッ!

「あっ!!」

お爺ちゃんの座布団にジャンプすると、そのまま床を走りだす。

予想通り猫達が追いかけまわす。

「リク!カイ!!クウ!!!」


三匹の猫のうち、リクちゃんとカイちゃんは私の声に反応してピタッと動きを止めた。

ショウちゃんをいじめると怒られるのが分かっているけど本能だしね。

その辺の事は、ちゃんと言うことを分かってくれているようだった。


だけど甘えん坊のクウちゃんは違う。

本能の赴くままにショウちゃんを追いかける。

するとお爺ちゃんが閉め忘れた扉の隙間から廊下へ逃げた。

隙間が狭くクウちゃんは通れない。

そこを捕まえて、顔を見ながらメッと怒る。


すると諦めたのかトボトボと兄弟のところへ戻っていく。

私は廊下へ出て扉をしっかり閉めてショウちゃんを探す。

彼女は棚をよじ登り階段の手摺に移ると、スタスタスタッと2階へ行ってしまった。

慌てて後を追いかける。


二階の廊下の隅っこをちょこまかと走るショウちゃん。

小さな身体を踏み付けないようにそーっと追い詰めていく。

お婆ちゃんの部屋を過ぎて、私の部屋の前も通り過ぎて、ついには廊下の突き当りまできてしまった。


隅っこで行き場のないショウちゃんを、そっと両手ですくい上げる。

ゆっくり立ち上がり、やっと捕まえることが出来てホッとした瞬間、ショウちゃんは私の手の平から壁に向かって飛び移った。


壁には、横方向に何本も四角い木が打ち付けられて、補強されているような感じになっている。

その狭い足場をちょこまかと動きまわるショウちゃん。落ちたら大変。


ハムスターから見たら、この高さは危ないよ。

骨折とかしたら生死に関わると思う。

私は緊張しながらそっと手を差し伸べて、慌てて飛び降りないように注意する。

ショウちゃんが足場にしている木を手で掴み、前後からゆっくりと挟み込み、逃げ場を無くしていく。

「あっ!」


そんな時だった。足場の木が全体的に左へずれた。

そしてその壁が奥に向かって開いた。

ギィーー………


壁だと思っていた部分は扉になっている!

ビックリしたのか、ショウちゃんは私の手の平の中で小さくまるまっていた。

それを確認すると、そのまま扉に手をかけて開けてみた。


「!!」

小さな倉庫だった。

そこにはギターケースだけが置いてあった。

「あった…。お爺ちゃんのギター…。」

見覚えのあるケースに私は泣きそうになった。


お爺ちゃんを救える世界に一つしかない愛用ギター。

私はショウちゃんを両手でかかえながらペタンと座り込んでしまった。

これでお爺ちゃんを救ってあげられる!


止まりそうにない大粒の涙が廊下の床を濡らしていった。

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