第5話
メモリーさんからの返信があったのは深夜だったので、気付いたのは翌日の朝だった。
慌ててメールを開く。
私は自己紹介をした後、お婆ちゃんが亡くなったこと、遺品の中にタブレットがあってメモリーさんの事を知ったこと、そしてお婆ちゃんが色々とお世話になったことをお礼した。
最後に時間があればお会いして、お婆ちゃんについてお話しを聞きたいと書いて送ってある。
返事の内容は、結論を先に言えば快諾だった。
それと、お婆ちゃんが亡くなった事は知っていたみたい。
葬儀にも出てくれたってことは顔を見ているかもしれないね。
日時を指定して欲しいとあったので、1周間以内ならいつでもOKだと返事した。
その後は大学が始まって、どうなるかわからないからね。
返事はお昼前に帰ってきた。
今日の午後こちらに行きますとあった。
私はそれでお願いしますといった内容を書いて返信する。
いよいよメモリーさんなる人物と対面することになった。
ちょっとドキドキするなぁ。
どんな人なんだろう?
PC関連にも強そうだし、30代ぐらいかな?
60歳ぐらいでも強い人は強いか。
つまりお婆ちゃんと同年代って可能性もあるよね。
あれ?メモリーさんって女性?男性?
男性だったらどうしよう…。
ちょっと緊張しちゃう。
まぁ、今更か…。
男性だとしても、お婆ちゃんはメモリーさんを恋愛対象とは見てないのは記事やメールの内容でもわかる。
女性だとしたら、良い友人関係だったのかもね。
どっちにしても、つかず離れずの良い関係だったような印象はあるかな。
兎に角、腹をくくって会ってみよう。
あー、このことは結果次第でお爺ちゃんに話すかどうか決めよっと。
場合によっては、ただややこしくなるだけだよね…。
畑の手入れや昼食を済ませると、お爺ちゃんはダイちゃんの散歩で疲れたのか自室で寝ていた。
これは都合がいいかも。
私は縁側で三匹の猫ちゃん達と夏の日差しを浴びながら、メモリーさんの到着を待っている。
猫はいいなー、気楽で。
リクの身体を撫でながら待つ。
ゴロゴロと気持ちよさそうに喉をならしていた。
ふふふ…。
突如、ハムスターのショウちゃんが回し車で走りだす。
カラカラカラカラっと小気味よく回っていた。
その時になって、ようやく人の気配に気付く。
見上げると、そこには一人の青年が立っていた。
えっ…!?
若い。びっくりするほど若い。
というか、私と同年代じゃない?
私は予想と違っていたことで、声が出なかった。
まさかお婆ちゃんがこんな若い男性と知り合い、なつかつ色々と手ほどきを受けていたとは想像も出来なかったから。
「どうも、メモリーです。」
青年は自己紹介してきた。
「あっ…、初めまして。私は内藤…。」
「歩ちゃんだろ?」
「!?」
何で私の名前知っているの?
あぁ、お婆ちゃんから聞いていたのね。
「ていうか、本当に忘れ去られているのかぁ…。」
忘れている??
え!?
軽くパニクってしまった。
「俺だよ、和也だよ。藤原 和也。本当に忘れちゃった?」
和也…。カズヤ…、カズちゃん!!
「カズちゃんなの!?」
「そう。やっと思い出してくれた?」
カズちゃんはちょっと離れたお隣さん。同級生だね。
小学生の頃はよく一緒に遊んでいたっけ。
中学の頃ぐらいからは部活が忙しかったりして結局会っていなかった。
背は私よりかなり高くなったし、大人っぽくなっている。
まぁ、18歳超えて子供っぽくても困るよね…。
「歩ちゃんはあんまり変わってないね。」
がーん…。
ちょっとショック…。
「あ、いや、悪い意味じゃないよ。大人っぽくなったし、可愛いままだし…。あっ、いや、変な意味じゃないよ。」
何よ。慰めとかフォローとかいらないよ。
まぁ、いいや。
そんなことより…。
「そうだ。お婆ちゃんのこと、色々とお世話になったみたいね。ありがとう。」
「いやいや、大したことはしていないよ。偶然ダイを散歩していた美里さんと会ってさ、それで、予想だけど若いから知っているかな?ぐらいの軽い感じでネットの引き方とか聞かれたんだ。」
「ふーん。まぁ、まさかお婆ちゃんがブログやるなんて思わないよね。」
「まぁね。テレビで見て、気になってやってみたかったんだって。ここにいて、日本中の、大袈裟に言えば世界中の人と趣味が共有出来るからね。そこに惹かれたみたい。」
「お婆ちゃんらしいや…。」
古風な考え方の中でも、最新の事にチャレンジしていくって、勇気いると思うけどなぁ。
言われてみればスマホとか興味持っていたかもって思い出した。
「メモリーさんがカズちゃんだったのなら安心したよ。」
「?」
彼はちょっと不思議そうな顔をしていた。
お婆ちゃんと同年代の男性だったらと思うと、ちょっと複雑だと感じちゃうよね。まぁ、これは説明しなくてもいいや…。
「それとね、もしも知っていたら教えて欲しいのだけど、お爺ちゃんが歌から離れちゃった理由とか知ってる?」
カズちゃんは、うーんと言いながら思い出そうとしていた。
「直接の理由は聞いたことがないのだけども、美里さんのブログに昔ミュージシャンだって書いてあって調べたら、もの凄いヒット曲あるじゃん?それで今は歌わないのですか?って聞いた事があるのだけど…。」
「うんうん。」
いきなり確信きたかも。
「ハッキリとした理由は教えてくれなかった。」
ガックシ…。
「そうかぁ…。」
人に言えるような内容じゃないのかもね。
「でも、それらしい事は言っていたよ。」
「!?」
「翔輝さんは売れた時は色々と馬鹿やっちゃったりしたし、ヒット曲の後は、こう言っちゃ失礼だけど、全然売れなくてドン底に落ちたあげく、まぐれだとか一発屋だとか非難中傷受けたみたい。」
あぁ…、そういうのは、いつの時代でもあるよね…。
「美里さんは気にしていなかったのだけど、翔輝さんが凄く気にしちゃったみたいで…。それで、これ以上美里さんに迷惑かけれないからって辞めたんじゃないかって。「俺達の歩は止められない」は、まぐれで売れただけで、自分には才能はなかったって思い込んでいるみたい。」
「あらら…。」
お爺ちゃんは両極端だもんなぁ…。
「しかもスランプも重なって、続いた曲が不調ってのもあるみたいで、そこも美里さんは理解していたよ。」
どっちもお互いの事を理解し尊重しあっているのね…。
でも、それが逆にすれ違いの原因になっているのかも…。
「そうなんだ…。」
「これが原因だと思われるけど、翔輝さんはあんな感じの人じゃん?そういう弱みみたいな事は絶対に言わない人だから、全部美里さんの予想って事になるね。」
「まぁ、だいたい合っていると思うよ。」
「俺もそう思う。結局、翔輝さんは愛用していたギターをどこかに仕舞ちゃったみたい。本人曰く、封印なんだって。それもある日突然ね。俺が聞いたのはそこまでだよ。」
「うん、ありがとう。だいたい予想出来たよ。」
「翔輝さんに歌って欲しいとかなの?」
「あ、いや、そう言う訳じゃないのだけどね。お婆ちゃんのブログのコメント返しでお爺ちゃんの新曲が聞きたいって書いてあったの。」
「あぁ、あったかも。」
「それでね、お婆ちゃんが望んでいたのに、どうしてお爺ちゃんは新曲を作らなかったんだろう?って、ちょっと疑問に思っただけ。」
「なるほどね。まぁ、気持ちはわからなくないよ。翔輝さんの音声だけの動画あっただろ?あれ、動画サイトに投稿してからブログに埋め込んだのだけど、元サイト見てみなよ。凄いことになっているよ。」
「へー。後で見てみるよ。」
それから二人で、お互いの事について聞き合ったりした。
ガズちゃんも同じ大学の文系に通っているみたい。
課は違うけど、大学のどこかで会えるかもね。
結局世間話しにも花が咲いて、夕方まで話し込んじゃった。
連絡先を交換してその日は別れた。
さて、どうしたもんかな。
理由はだいたい分かったのだけれど、お婆ちゃんが聞きたかった新曲…。
叶えてあげたいって気持ちもある。
でも、やっぱりそれはお節介なのかなぁ…。
「天国のお婆ちゃん、お爺ちゃんの新曲聞きたいの?私がそれを叶えたら喜んでくれる?」
………。
(聞きたい…。)
!?
どこか遠くで、いや、とても小さな声だったのかもしれない。
だけど私には聞こえた。
聞き間違うはずもない、大好きだったお婆ちゃんの声が聞こえた気がした。
空耳だったかも知れない。
だけど、考えてみれば新曲を作ることによって、昔の元気で陽気なお爺ちゃんに戻れるかもしれないよね。
うん、絶対にそう!
カチッ!
私の心の中のやる気スイッチが盛大に入った。
こうなった私は誰にも止められないんだから!