第35話
「本当に聞こえたの?」
残念ながら私にはわからなかった。
だって、もの凄い声援と拍手、叫び声も響いていて何が何だか分からないぐらいだったもん。
「あっ、そうだ…。」
私は思い出したかのようにバックからDVDを取り出す。
映研が撮ってくれたライブ映像だ。
さっそくDVDプレイヤーに入れて映像を見てみる。
画像が映ると、真っ暗なステージを背景に観客がざわついているところから始まっていく。
バチが3回鳴り部長のドラムがテンポよくリズムを取る。
この後お爺ちゃんのシルエットが映るはずだ。
ワクワクしながら見ていると、
「最初から見てたら2時間後になっちゃうぞ。」
と、冷静にお爺ちゃんが突っ込みを入れてきた。
そうだった。今はお婆ちゃんの声の確認だった。
後で全部見るとして、早送りで飛ばしていく。
画面はメンバーを次々と移したり全体を捉えたりしながらどんどん進んでいく。
少し経つと私が歌っているような映像が映り、後半に入っていることが分かる。
そのうちお爺ちゃんが再び歌い始めた。
早送りを止めて通常再生に戻す。
『「最後にこの曲をくれてやる!『俺達の歩は止めらない』!!!!」』
画面からはお爺ちゃんのアンコールに応える声が響いた。
そして最大のヒット曲である「俺達の歩は止められない」が始まった。
カズちゃんがかなり目立っている。
お爺ちゃんもよく絡んでいた。
部長もノリノリだし、姫ちゃんも演奏中にしては珍しく笑顔が見えている。
私はお爺ちゃんが隣で歌うと照れくさそうにはにかんでいた。
何だか夢のよう…。
凄く楽しかったし、文字通り夢の中での出来事のようで、今でも実感がないの。
声援に答えるので精一杯で、だけど心の中をさらけ出したいという自分が葛藤しているうちにアンコール曲まできた感じ。
曲はサビをを迎え、観客の盛り上がりも最高潮に達した。
お爺ちゃんは疲れも見せず最高の歌声を届ける。
このパワーは素直に凄い。
たった3曲だったけど疲れ切った私とは大違いだよ。
どんどん夢中になって見ちゃって、実際に自分がこのステージにいたはずなのに、今は観客視線でライブを楽しんでしまっていた。
だから私が映る度に混乱しちゃう。
そして歌い終わり全員が楽器で音を掻き乱し始める。
だんだんスローテンポになっていき、お爺ちゃんと私のジャンプに合わせて演奏は終了した。
割れんばかりの大歓声が巻き起こり画像が小刻みに揺れているよう。
「お前らありがとー!最高に楽しかったぜーーーー!!!」
お爺ちゃんが両手を上げて歓声に答えていた。
何かをやり遂げた、そんな表情だった。
「美里ーーーー!!!俺はもう少しお土産集めてからお前に会いにいくぞーーーー!!!」
そう叫んだ直後だった。
大歓声にかき消されそうになりながら、確かに聞こえた。
『ありがとう、ゆっくり待っているわ…。』
ハッとした。
夢中になって聞いていた私にもかすかに聞こえた。
慌てて一時停止してお爺ちゃんの方を向いた。
「な?」
一言それだけ言った。
巻き戻して何度も見たけど確かに聞こえる。
普通に見ていたら聞き逃すほど小さな声だけど、確かにお婆ちゃんの声だった。
画面が急に歪んで見えた。
「良かった…。本当に良かった…。」
お婆ちゃんは最後まで見届けてくれていた。
それだけで私は満足だったし、何があっても音楽を続けたお爺ちゃんの気持ちも理解できた。
歌ってやっぱり凄い…。
歌に想いを乗せることが出来るなら、
奇跡だって起こせる―――
それからの私の生活はとても目まぐるしく変わっていった。
色々と話し合ったけども、メディアへの露出はカズちゃんが難色を示している。
「だってさ、あれだけ翔輝さんに色々としておいて、今更取材させてくれとかおかしくね?」
と言って、頑として受け付けない。
まぁ、気持ちは分かるよ。
そうこうしているうちに日の出レコード監修のライブDVDが完成する。
表紙はお爺ちゃんのポスター、裏面は私達のポスターというジャケットに
『伝説再び 内藤翔輝&俺達の歩は止められない 1夜限りのチャリティーライブ』
みたいな大層な題名がついていた。
値段は他のアーティストのライブDVDよりも格段に安いかな。
それが全額募金されるとも書いてあった。
出演を全て断ったことで、テレビでもラジオでも雑誌でも取り上げられることがなかったライブDVDは、一部の大型店でしか販売されなかった。
そこでネットでの通販を開始。
これが飛ぶように売れた。
それにつられて小売店でも販売が開始。
結局あっという間にミリオン達成で、さすがにメディアも無視する訳にもいかなくなった。
そこでCD販売。
お爺ちゃんの30年以上ぶりの新曲、それと私達がライブで歌った3曲を収めたシングルCD。
どちらも3日でミリオン突破。
それらも全額募金されていく。
募金額は簡単に億を突破。
これはニュースにもなったけども、ホームページ上での情報しか伝えられないメディアの悔しそうな表情が手に取るようにわかった。
流星さんは、ここまできたら徹底的にやってみようと提案。
そこでテレビで一番視聴率のある歌番組と同じ時間にお爺ちゃんを含めたメンバー5人がネットで生放送をかぶせた。
テレビ曲側からは嘲笑が聞こえてきそうな挑戦だったけども、コンスタントに20%代を叩きだしていた歌番組が10%以下程度という、派手に落ち込むほど影響力を発した。
この番組のMCは大物タレントで、その昔お爺ちゃんの出演の時も、番組は違うけどMCを勤めていて絡んだことがある。
だけど当然のようにアクシデントが起きてまともに歌うことは出来ないほど。
翌週の番組内で大物タレントは、当時を振り返り深々と謝罪をした。
そのことにより攻勢を極めていた内藤 翔輝側も少し難化する。
私達のバンドだけライブ映像のみで出演となった。
それを皮切りに更に人気が出たけども、大学生の間はメディアへの露出は極力避けることとなった。
ネットでの生放送は定期的に行われていて、時々ゲストでお爺ちゃんが出ていた。
テレビ出演に関して多くの質問があった。
だ けど冷静に考えて欲しいと訴えた。
お婆ちゃんの笑顔が見たいから歌っていたお爺ちゃん。
歌詞の内容が当時としては過激だったかもしれないけど、犯罪を増長 したり、例えば麻薬を促進したりした訳ではない。
そんな彼を追い込み追い詰め暴走したアンチが襲撃未遂までおこした。
これは事件である。
そして歌うことを 30年以上許されなかったお爺ちゃんが、何で一回謝った程度で許してもらえると思ったのだろうか。
結果論ではあるけども、お婆ちゃんは事故で亡くな り、存命中に新曲を聞かせることは叶わなかった。
こんな悲しい結果を産んでおきながら、本当に身勝手な依頼だと、私が一刀両断した。
そう、私自身が。
その言葉は強く支持さ れ、祖父は完全引退するまでメディアに出ずとも人気を誇っていた。
私はそれで良かったと思う。
本人も今更テレビ出演とか望んではいなかったしね。
私は歌のトレーニングを進めながら野菜作りに励む。
今ではお爺ちゃんも一緒に手伝ってくれていた。
お婆ちゃんが残してくれた畑には、いつも瑞々しい野菜が育っている、自慢の畑だ。
時々メンバーも協力してくれたし、そういった経験が農業科でも発揮できている。
このままバンドを続けたとしても、私は同じように畑仕事を辞めるつもりはないよ。
そして時は流れ10年後…。
蝉が競うように鳴く夏空の中、私は5歳の娘と収穫作業に励んでいた。
今年も美味しそうな野菜達が夏空の下育っている。
バサバサバサバサ…
突如小鳥たちが近くの木から飛び立っていく。
私は飛んでいく小鳥たちを目で追っている。
突如、服の端を引っ張られる感触が伝わってくる。
「ママ!」
見ると、畑の先の森の草木が揺れているのが分かった。
熊の目撃情報は無いけど、イノシシが畑を荒らしにくるという話しを近所の人から聞いていて警戒した。
お爺ちゃんが作ってくれた柵が効いていて、うちの畑は何とか守られている。
そんなお爺ちゃんも昨年心臓の病気で急死しちゃった…。
心の支えを失った私は酷くショックを受けて、落ち込んで声が出なくなっちゃったの…。
メンバーとも話し合い1年ほどバンドを休止することにした。
療養を兼ねてのんびり畑仕事に勤しんでいる。
今は、そんな状態が10ヶ月過ぎた頃だった。
娘の美輝が指差す先から小動物が二頭やってくる。
「………。」
私は目を疑った。
狸と狐が二頭並んでこっちを見ている。
畑の柵の向こうから。
「狸さんと狐さんだ!可愛いね!!ママ!!!」
娘の声が耳に入らない。
だって、直感で分かるもん。
あれは…、あれは…。
お爺ちゃんと、お婆ちゃんだから…。
きっと歌えなくなった私を心配してきてくれたんだ。
私は溢れる涙を拭いて、1礼するとにっこり笑って手を振った。
それを見た娘も大きく手を降る。
「二人共ありがとう…。私は大丈夫だから…。」
そう伝えると、二頭は顔を見合わせて森の中へ走って消えていった。
また涙がこぼれそうになったけど、娘をギュッと抱きしめて我慢する。
そして気持ちを入れ替えると、縁側でうたた寝をする旦那を起こした。
「起きてカズちゃん!やるよ!復帰に向けてレッスンだよ!!!」
「ほぇ?」
「流星さんと、アンソニーさんにも連絡して!ほら、早く!」
私は再び走りだした。
だって、私は止められないんでしょ?
だからどこまでも走ってみせるんだから。
皆の想いを乗せて、どこまでも…。
ご愛読、ありがとうございました。
しーたと言います。
ラストステージ、いかがでしたでしょうか?
どこか誰かのライブ映像をぼんやり見ていて、悪い癖なのですがもしもこんなラストステージがあったなら…と、妄想が膨らんで生まれた作品となります。
音楽の知識ゼロで書いたので、経験者からすると色々と突っ込みどころが満載かもしれません。
そこはフィクションということで、多少は許してください。
前回がそれなりの長編だったので、今回は10万文字程度を目標に書いてみました。
もっとペット達との関わりを増やしたり、登場人物をもっと掘り下げたりすることも考えたのですが、ラストステージというライブがメインなので、そこへ向けての疾走感というか、テンポを重視したつもりです。
あくまでもつもりです。
そんなこともあって、前作『さるとらへび』とうって変わって、終始主人公目線で書いてみました。
試行錯誤をしながら完成しましたが、個人的には結構好きな物語です。
場所は特定出来ないようにしてみました。
前作はガッツリと固定しましたけど、今回はどこでも問題ないですしね。
もしかしたら、あなたの近くの大学での話しかもしれません。
そんな風に感じてもらえたら、物語にも入りやすいかもしれませんね。
次回は近日中には始めたいと思います。
2つ案がありまして、どちらにするか迷っています。
宜しかったら前回も、そして次回もお付き合いくださると嬉しい限りです。
というわけで、今回も拙い文章でしたが、あなたの暇つぶしになったなら幸いです。




