第29話
7曲目と8曲目は割りとポップな歌だ。
どちらも明るい感じの曲なのだが、世の中を皮肉った7曲目と前向きな雰囲気の8曲目。
何とか演奏をこなしたけど、疲労感が半端ない。
全部を通したリハーサルは何度かやったけど、それとは全然違う。
観客のパワーに答えようと、練習以上の体力を消耗しているようね。
8曲目が終わる頃には肩で息をするぐらい疲れていた。
「おまえらちょっと休憩入らせてもらうぞ!」
拍手で迎えられる。
「後半は、いよいよ孫娘達の出番もあるから、楽しみにしておけよ!」
右手を上げながらステージ裏への階段を降りていった
ワーーーーーーーと歓声が上がり、ステージの照明が徐々に暗くなっていく。
「おう、お疲れさん。初めてのライブ、どうだった?」
「いやー、大興奮っす!」
お爺ちゃんの言葉にカズちゃんだけが答えた。
他の私を含めた3人は疲労でクタクタだ。
「あの内藤 翔輝と同じステージに立ってるってだけで震えますよ!」
本当に興奮しているようだった。
ファンからしたらそうだよね。
「皆良い感じだったぞ。後半は主役みたいなもんだ。気合入れていけよ!」
そう、前半は8曲全部お爺ちゃんの曲で、後半はお爺ちゃんが4曲、私達が3曲の計7曲の予定となっている。
椅子に座って扇風機に当たって身体を冷やす。
ハァァァァァァァァァァァーーーー……………
大きく息を吐くと、スゥっと緊張感がほぐれた。
「歩、後半はお前にかかっているからな。」
「もう、そうやって緊張させるんだから。」
「何を言ってやがる。こんな事でお前が緊張するわけないだろ。」
「うる若き乙女に向かって…。」
「バラードの時の声の伸びは良い感じだった。あの場面であの声が出るなら問題ない。」
「そうだよ、歩ちゃん!演奏している俺らも気持ちよかったぐらいだもん。」
「うむ。歩君の声に僕らは励まされた部分もある。」
「歩の声は聞いていて一緒に感情移入出来るというか…、だから誰にでも受け入れられるのかもね。」
皆の感想が恥ずかしかったけど、でもちょっと嬉しかった。
自分のロッカーに置いてあった、お婆ちゃんの帽子を取り出しかぶる。
後半はこれでいくことに決めていた。
ウシっ!
気合が入る。お婆ちゃんと一緒にステージに上る、そんな気持ちになれる。
夜空を見上げて大きく輝く月を見上げて、自分の出番が今か今かと待ち望んでいた。
「ここまでのステージ、かなり良いと思いますが…。正直、うちで売りたいです。」
日の出レコードの社長候補である、流星が感想を言った。
ここまで言わせられたなら高評価であると言える。
「そうね。でもチャリティーだから利益どころか赤字よ?それでも出す勇気はあるの?」
「もちろんです会長。その答えは後半の歩さん達のパフォーマンスに答えがあるでしょう。」
「あら?聞く前から随分買っているのね。」
「会長も分かっているはずです。」
「ふん、あんな原石の欠片すら見えない田舎娘なんかに何が出来る…。」
「父上には見えませんでしたか…。原石どころか、もう既に輝いていて眩しいじゃないですか。今はいろんなしがらみが彼女を覆っています。だけどその隙間からは溢れんばかりの輝きが漏れています。」
「お前には失望しだぞ、流星。」
「父上こそ、失望です。やはり日の出レコードの将来をこのまま託すわけにはいきません。」
「二人共、答えはもうすぐ出ますよ。その後じっくり議論しなさい。まぁ、議論になるとは思えませんが…。」
「いいじゃん!いいじゃん!あんなお爺ちゃんがこんなライブやるなんて思ってなかったよ!藤堂もそう思わない?」
「はい…。想像以上でした。斎藤さん…、すみません…。」
「ん?どした?」
学生自治会の藤堂会長と斎藤副会長もライブを見に来てた。
「こんな経験初めてで…。身体が熱くてどうして良いか…。」
「あらあら~?それが興奮ってやつよ!声を出したいなら思いっきり出せばいいよ!何もかも忘れてさ!」
「何もかも忘れてですか…。でも、この後の打ち上げの段取りをしていますので…。」
「藤堂のことだから、何かにまとめてあるんでしょ?」
藤堂はスマホを持ち出し会場の場所や時間、予算、参加者リストなどをまとめたpdfを見せた。
「さすがだね!なら大丈夫、私も付いているでしょ?」
「あぁ…、はい…。僕は…、は…、遥が居れば安心です。」
「あれれ~?初めて名前で呼んでくれたね!」
「あ、いえ…。その…。」
「ふふふ…。虎鷹はさ、もっと自分をさらけ出してもいいと思うよ。昔みたいにさ。」
「は…、遥とは幼馴染だけども…。」
「そうそう。ほら、後半始まるよ!」
ステージに照明が戻ると、裏から手を上げながらお爺ちゃんを筆頭にメンバーが上がってくる。
大歓声が彼等を出迎えた。
「おらぁぁぁ!!!お前ら後半いくぞ!!!」
歓声と拍手の嵐。
完全にお爺ちゃんのペースだよね。
後半一発目である9曲目が始まる。
この曲はお爺ちゃんの持ち歌の中でも2番目にヒットしたの。
アップテンポで相変わらず世の中をディスった曲となっている。
だけど、当時この歌詞の内容は多くの人に支持され、現状維持を死守しようとする保守派と、変化を求める変革派との闘いの火種にもなった。
年配層から大きな歓声が起きる。
歌が進むに連れて若手からも歓声があがった。
こういった問題は何時の世でも起きることなのかもね。
そして10曲目。
今度は3番目にヒットした曲だ。
少しのジョークと世間に対する不満みたいなのを歌っていた。
激しく演奏すると共に、次が自分達の出番だという楽しみとも緊張とも取れる興奮がジワジワと襲ってきた。
目線をカズちゃんに送ると彼も気付いていたみたい。
激しくギターを弾きながらも次は俺達の番だという主張というか、そんなのが溢れだしていた。
そして曲が終わると、お爺ちゃんは手を上げて歓声に応える。
4度目のMCだ。
というか、2曲以上連続はキツいってのが理由なんだけどね。
「盛り上がってるかお前らーーーーー!!!」
「声が小さいぞーーーーー!!!」
相変わらず煽る煽る…。
「ここで、今日ここまで俺を盛り上げてくれたバンドメンバーを紹介するぞ!」
待ってましたとか、今更かよとかいう突っ込みが入る。
「ここまで引っ張ったのには、勿論意味があるぞ。ポスターで事前に知っていた人、学生の人は知っていたかも知れないからな。彼等はこの大学の軽音部のメンバーだ。まずは部長でドラマーの努!」
お爺ちゃんみずから拍手すると、会場もつられるように拍手した。
短く楽器を弾きそれに応える。
「彼はね、このライブのために10キロも痩せるほど筋トレしてね。ぽっちゃりだったけど男前になっただろ?それにここ数ヶ月でメキメキ腕を上げてきて、俺も驚いているんだ。これからも部長として、このバンドのリーダーとして期待する!」
「次にベースの姫ちゃん!」
拍手で迎えられ短い演奏で応える姫ちゃん。
「彼女はね、最初は見た目に反して失敗を恐れておどおどしてたんだよ。だけどね、一度吹っ切れたら本物のロッカーになった。俺はそう感じている。テクニックも備わってきたし、これからの成長もまだまだ期待出来る美人さんだ!」
「次にギターの和也!」
彼も拍手で迎えられ、それに演奏で応える。
ただし、前の二人より少し長い。
テクニカルな演奏を交え魅せる。
突如アドリブでお爺ちゃんも交じる。
一瞬驚いたカズちゃんだけど直ぐに対応する。
二人のセッションに会場中が湧いた。
ジャジャーーーーンと格好良く締めると大歓声に包まれた。
「こいつはね、本当にお調子者でチャラく見えるのだけど、このライブにね、一番情熱を捧げて一番努力してきた。俺はそれに応えるために大変だったよ。」
「ただ格好良い演奏じゃなく、人を惹き寄せる魅せる演奏をね、こいつには教えたつもりだ。皆どうだった?」
拍手喝采だった。
肩で息をするカズちゃんはその声援を真剣に、本当に真剣に見つめそして右手を上げた。
更に歓声があがった。
お爺ちゃんは満足そうに頷き自分も拍手した。
「最後に、ボーカルの歩!」
私は小さく手を振って応える。
「ボーカルの内藤 歩です。内藤 翔輝の孫です。宜しくお願いします。」
深々と頭を下げ、たったそれだけの紹介だったけど、大きな歓声があがった。
「私もお爺ちゃんと同じように、お婆ちゃんに精一杯のお礼を言いたくてライブに参加させてもらいました。」
「ということでね、今度は彼女らにね、歌ってもらおうと思う。いいかな!?」
オオォォォォーーーーーと驚きが混じった歓声。
「僭越ながら、この場を借りてお婆ちゃんに想いを伝えると同時に、お爺ちゃんのライブに小さな花を添えさせていただきます!」
「またまた~。こいつら俺のライブ乗っ取る気満々だからな!」
「ふふふ、それはどうかな?」
「おっ、そういうのいいねぇ~。では早速いってみようか!」
「私達のバンド名は、「俺達の歩は止まれない」と言います。そう、お爺ちゃんの一番のヒット曲からそのままいただきました。」
「マジで?」
「まじで。」
笑いが起きた。
「お爺ちゃんの築いた心意気を、私達が引き継げたらいいなという意味と…。」
私は次の言葉が恥ずかしくてちょっとだけ沈黙。
「どうやら私は、何かに夢中になると誰にも止められないほど暴走するらしくて…。それで…、その…、メンバーが…。」
大爆笑と喝采が起きた。
帽子の両端をギュッと握って目一杯深くかぶる。
「だけど、バンド名に負けないほど突っ走りたいと思います。どうか、皆さんの暖かい声援をください!」
ワァァァァッァァァァァァアーーーーーーーーーと歓声が起きると同時にバチが3回鳴った。
演奏が始まるとお爺ちゃんは後ろに下がりバックバンドとして演奏側になる。
「1曲目はお爺ちゃんの名曲「俺達の歩は止められない」のバラードバージョン!」
驚きとどよめきの中、私達の最初の一歩が始まった。
それは、このバンドにとって、将来を左右するほどの運命の1曲となった。