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第28話

 4曲目まで終了する。

ここで再びMCが入った。

心地良い疲労感が身体を襲う。

汗が顎を伝わり滴り落ちた。


でもお爺ちゃんはもっと疲れているはず…、と思ったけどそうでも無いみたい。

「おまえら元気がねーぞ!」

などと煽っている…。


「今日の俺様のラストステージ!楽しんでいるかーー!?」

この言葉には悲鳴にも近い歓声があがる。

「やめないでー!」

「もっと声が聞きたいー!」

といった観客の声も聞こえた。


お爺ちゃんは水を飲むと大きく息を吸った。

「今日のライブはね、チャリティーなんだけども、俺の中ではもう一つ意味が込められているんだ。」

会場がざわつきながら静かになっていく。


「今日はね、妻の一周忌なんだ。」

会場は水を打ったように静かになった。

「妻には苦労かけてねぇ…。売れない時は貧乏だったし、やっと売れたと思ったらアレだろ?」

「色んな事があったさ。辛いことや苦しいこと。だけどさ、妻がね、歌を歌うたびに喜んでくれたんだ。俺の一番のファン。そう思っていた。」

「妨害とかはね、俺はそんなに気にしていなかったんだ。逆に負けてたまるかって燃えたしね。だけどさ、妻への襲撃未遂があった時に何かが切れちまった。」

「それが突然の引退の理由さ。俺は妻が喜ぶから歌った。だけど、世間はそれを許してくれなかった。悲しかったねー…。」

会場からはすすり泣く声も聞こえる…。


「歌うことを辞めてもさ、音楽関係の仕事はしていたんだ。やっぱり俺は音楽までもは辞められなかった。そんな情けない俺すら妻は応援してくれてねぇ。でも時々言っていたんだ。」

「内藤 翔輝の…、新曲が…聞きたい…って…。」

お爺ちゃんは泣いていた。

隠そうともせずに。


「俺はね、それをただの応援だと思っていてね…。それにまた妻に被害が及んだらとも思った。なんだかんだ言っても結局歌で妻を幸せにしてやれなかったと思っていたんだ。」

振り返ると小さな隙間からショウちゃんことお婆ちゃんが身を乗り出して話しを聞いていた。


「俺は結局彼女を幸せにしてやれなかった。引っ掻き回すだけまわしておいて、なんにもしてやれなかった‥。妻が亡くなってね、半年間そんなことばかり考えていた。」


「それが大きなストレスになって一回倒れちゃって…。まぁ、それは後で話すけど、その倒れて眠っている時にね、夢を見たんだ。」

お爺ちゃんは夜空に輝く月を見ていた。


「その中で妻に叱られたんだ。『いつまで人のせいにして歌うことを拒否するつもりなの!』てね。」


「妻はね…。」

声が震えている…。


「本当に俺の新曲が聞きたかったんだ…。それに気付いたから、俺は内藤 翔輝としてのけじめとしてこのラストステージに挑むことにした!」

会場を揺らすほどの大きな歓声と拍手。


なんて暖かい空間なの…。

私も精一杯、涙を拭きながら拍手した。

「今日の命日だからこそ妻に会える気がする。妻が聞いている気がする!だから次は無い。これでおしまい…。だからラストステージ。今のこの気持を妻に届けたいと思っている。」

涙を拭いたお爺ちゃん。


「孫娘は言った。亡くなった人はお星様になるって言うけど、どれがお婆ちゃんかなって。」

「俺は答えた、目の前の大きな月だってな!」

歓声が起きる。

「だから今夜は月に向かって思いっきり歌うぞお前ら!」


大歓声と拍手が起きて、それに負けじと演奏が始まった。

5曲目と6曲目はバラードだ。

ここは特に私に頑張るように言われている。


今までは勢いと過激な歌詞で押してきたけど、この2曲は聞かせる歌にすると言っていた。

だから心に響くハーモニーが必要だと。


私はお爺ちゃんの呼吸に合わせる。

今までよりは少し前に出つつ、お爺ちゃんを引き立てるように。

だけど歌詞の情景や意味を声に乗せて…。


お爺ちゃんは、まるで当たり前のように私の声を受け入れていた。

最初からそこに声があるように…。

声の質は全然違うのに、お互いがお互いを尊重し合って不思議な歌声となっていた。


「会長、僕は彼女だけの歌も聞きたいと思っています。」

「あら、偶然ね。私もよ。」

「ふん、あんなビジュアル的にパッとしない小娘なんかどうでもいいだろう。」

日の出レコードの家族経営者達、兵藤一家の感想だ。


「ビジュアルも化けると思うし、彼女のポスターは若い子から年配まで受けると思いますよ。あれ絶対プロに撮ってもらったでしょ。」

「流石ね。歩さんに直接聞いたら本人は知らなかったけど、撮影者の名前を調べたらイギリスの現在人気急上昇中のプロのカメラマンだったわ。彼女は不思議と人を惹き寄せる力というか運も持ちあわせているわね。」

「偶然だろ。」

「その、1億分の1の偶然をたぐり寄せるのも、その人の持つ力よ。」

「へいへい…。」


そして声を伸ばしトーンが転調していく一番の見せ場にきた。

ここだけはメインが私に移る。

届け!届け!!届け!!!

お婆ちゃんにもお爺ちゃんにもバンドのメンバーにも、そして今、目の前にいる観客全員に届け!!!


緊張?そんなことより、今のこの私の溢れんばかりの想いを声に乗せてぶちまけたい!!!

そして思いっきり声を乗せていった。

拍手の後に驚きも含んだ歓声が沸き起こる。

気持ちいい~…。


この観客との一体感、そして連帯感がたまらなく興奮する。

表現に熱が入るし声に思いも乗せやすい。

なにせ自分が乗っているから。

いや、観客に乗せられているのかも。


だっていつもの内藤 歩じゃなくて、演出者としての内藤 歩になっている。

それが分かる、だから表現者となって、もっともっと伝えたいって心が叫んでいる。

でも今の主役はお爺ちゃん。だから出番以外は引き立て役だよ。


「あら?もっとグイグイ前に出てくるのかと思ったけれど、案外冷静なのね。」

会長はこの熱気溢れる異世界のような空間でも、自分の立場を忘れない歩を見直した。


バラードは静かに、だけど時には激しく歌われていった。

観客の人達は今までと違う雰囲気に、今までの暴走気味の興奮を少し抑えじっくりと聞き込んでいる様だった。

ゆっくりとした手拍子に乗せて…。


そして6曲目が終わると三度目のMCが入る。

水を豪快に飲んだ汗だくのお爺ちゃん。

「どうだった?バラードもいいだろう?」

そんな問いかけに会場からは大きな拍手と声援が飛んだ。


「それもこれも、このライブの許可をいただいた大学の校長のお陰だと思わないか?」

そう煽ると若い声援が帰ってきた。学生達だろう。

「校長いるかい?」

「ここにいます!」

中央付近から声が聞こえてきた。

「OK!校長COME ON!」


ワァァァァッァァァァァァアーーーーーーーーーと大声援が巻き起こる。

校長は少し照れくさそうに頭を下げながら、観客を掻き分けステージへとやってきた。

そしてお爺ちゃんと固い握手をした。


「校長、ありがとう!」

「いえいえい…。学生達に貴重な経験の場を頂いて感謝しております!」

「ボランティア?」

「そうですねー。私が独断で決めた後、理事会でボランティアを主軸に今回のライブを決定してもらいましたからね。」


「ほぉほぉ。」

「でもね…。本当は違うんです!!」

突然校長は叫んだ。

学生の誰もが漏れ無く驚いたと思う。

物静かで堅物という印象が強い校長だから。


「本当はね!俺は内藤 翔輝が大好きなんだ!!!お前らすまんな!!!」

突然のカミングアウトだったけども観客は大きな拍手と喝采で答えた。

「校長、漢だねぇ。だけどね、学生の諸君。これは日頃校長が堅実な仕事をしていて理事会から信頼を得ているから、こういう無茶も出来るんだ。そこを履き違えてはいけないぞ。」

お爺ちゃんは意外にも真面目な話しをした。


学生達も理解したのか、盛大な拍手で校長を称える。

「うん…、まぁー、そうかな?でもね、真面目なだけが人生じゃないと私は言いたい。」

「まぁ、俺もそう思うわ。」


「今の若い子はね、チャレンジ精神が足りない。そして創造力が足りないんだ。と、言うのはね、今の時代、色んな事をやれる土壌はあると思うんだ。だけど、あれが足りない、あいつに負けている、自分には才能がないってやる前から蓋をしてしまう。そうじゃないんだ。やりたいと叫んでるだけよりも、黙って一回やってみる、これが重要なんだ。上手く出来なかった、予想と違った、他の人より劣っている…。そんんなの当たり前だろ!!初めてやったんだから!!」

再び拍手が起きた。


「口で言っているだけじゃなく、一度形にする。作品を完成させる。これが重要なんだ。絵が好きだけどラフばかりで仕上がった作品が一つも無い学生がいた。それじゃぁ駄目なんだよ!創造ってのは造り上げる事までを言うんだ!どんどん作品を作って壁を何度も壊して、ようやく頂きが見えてくるんだ。そしてもしも挫けたなら、今まで続けてきたことは趣味にしなさい。そして真面目に生きなさい。それが人生で一回限りのチャレンジだと私は思うし、けじめだと思う。そう、私もそうだったし内藤 翔輝もそうだったように!」

何度目かになる歓声が起きた。

いつもの校長とは違う、もっと可能性を突き詰めろという話にちょっと感動しちゃった。


「校長!いい話しだった!俺もそう思う!」

二人はハグし握手を交わす。

校長はステージを降りると「夢に向かって走れ!若人よ!!!」と叫んだ。

大歓声と拍手に包まれもみくちゃにされながら自分の席へと戻っていった。


「すっかり主役の座を取られちゃったけど…。」

笑いが起きた。

「後2曲で前半として一度休憩に入るから、お前ら全力でついてこいよ!!!」

会場のボルテージが1段上がったのが分かる。

メンバーを振り返って見た。

校長の言葉に触発されたのか目が輝いていた。


そう、私達も現在進行形で創造しようとしている。

その感触に興奮もし、結果を出そうとしていたのだから…。

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