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第20話

ガコンッ!!!






「!!」

全員に緊張が走る。

金庫のレバーは完全に下がった。

息苦しいほどの緊張感の中、下がったレバーをゆっくりと手前に引いた。


ゴゴゴゴオオォォォォ…






金庫の中には30年以上の時を得て、






再び陽の目を浴びた、







古びた厚紙にくるまれたレコードが1つだけ入っていた。






「あぁぁ………。」


思わず両手で顔を覆った。


涙が止まらなかった。


良かった…。


本当に良かった…。


私は震える手でそっとレコードが入っている厚紙ごと持ち上げ、そして晴海会長に見えるようにした。

会長は涙を隠そうとせず、静かに何度も頷いていた。


「良かったです…。しかし、よく番号が分かりましたな…。」

案内をしてくれた初老の男が聞いてきた。


私はレコードを厚紙から取り出し、まじまじと見ながら答えた。

「写真にヒントがありました。それと、お婆ちゃんがやっていたブログのパスワードを思い出し、3人の誕生日から決められているんじゃないかと考えました。」


「なるほど…。」

「写真の向かって左側から、右手で頭を掻いているお爺ちゃんの誕生日が5月16日で、右に5回「16」へ回す、真ん中の会長の誕生日は、ここに来る時に見ていて1月30日で左手でピースサインしているので、左に1回「30」へ回す、最後にお婆ちゃんの誕生日が5月18日で右手で手を振っているので、右に5回「18」へ回すってことなんです。」


「よくぞ、その答えを導き出せました…。」

男の人も薄っすらと涙ぐんでいた。

「さぁ、歩さん。それを急いで翔輝さんへ渡してちょうだい。」

「はい!」


私は涙を拭いて、会長が横たわるベッドの隣までいった。

「お爺ちゃんは、亡くなったお婆ちゃんへの想いが強すぎて、1年近く生きながら死んでいました。だから私は、その想いを歌にして届けるように言いました。」

「まぁ…。」


「そして、お婆ちゃんへの想いを30年前に歌に込めたと聞き、今日は参ったのです。お爺ちゃんは近々ライブをやります。是非…、是非会長さんにも来て欲しいと思っています。」

会長は再び涙を零した。


「行きたいわ…。でも…、身体が…。」

「このライブは、恐らくお爺ちゃんのラストステージになります。日時はお婆ちゃんの命日の8月29日で考えています。それまで一ヶ月ちょっと…。どうか、会長にも見届けて欲しいのです!」

私は真剣にお願いした。


希望だとかそんなんじゃない。

絶対に来て欲しいという思いを伝えたかった。

「わかりました。翔輝さんも歩さんも頑張っています。私も頑張ります。」

「それでは駄目です。絶対に来てください!」

「………。ありがとう。特等席を用意しておいてちょうだい。」

そう言うと身体をゆっくりと起こした。

初老の男の人はそっと彼女を支えた。


「あなた…、ありがと…。」

えっ!?

旦那さんだったの?


「歩さんもステージに上がるの?」

「はい!一緒に歌いたいと思っています…。いえ、歌います!私も…、お婆ちゃんに…、き…、気持ちを…、伝えたい…。」

また涙がこぼれた。


「あなたの想い。しっかりと伝わりました。」

会長は扉に顔を向けると大きな声をあげた。

「雄大!そこにいるのでしょう。隠れていないで出て来なさい。」

ガチャ…。


扉からは複数の男性が入ってきた。

「お袋。そのレコード、持ち帰らせるわけにはいかない。それは世の中に出してはいけない。我が社の唯一の汚点にして負の遺産なのだ!」

「だまらっしゃい!」


会長は今までに聞いたことのない大きな声で息子の雄大さんの言葉を遮った。

「お爺ちゃんの歌は汚点なんかじゃない!その言葉、取り消してもらいます!」

私も反論した。


「ふん、もう歌うことすら忘れたジジイに何が出来る!」

プチンッ

頭の中で何かがキレた。


「今度ライブをやるわ!あなたを招待します!」

ビシッと雄大さんに向けて指を指す。

「そこで、私達の歌を聞きなさい!それでも同じ言葉が出るかどうか、勝負しましょう!!!」

「ほぉ~?この俺が、今最前線で活躍する歌手達をどれだけ発掘し育ててきたか知らないのか?」


「そんな事関係有りません!」

「私もその勝負にのります!」

後方から、一人の若い男性が前に出てくる。

「私は雄大の息子、流星と言います。」

ちょっとイケメンな二十代後半ぐらいの男性だ。


「私は祖母の考え方に賛成しています。だから、この勝負、翔輝さん達が勝てば私に社長の座を譲ってもらいます。もしも負けたなら、私は祖母と一緒に、この会社を去ります。」


「流星!でしゃばるな!」

「怖いのですか?」

「な…、何を!!」


雄大さんは、息子の流星さんの胸ぐらを掴んだ。

「私が、この勝負の見届け人となりましょう。」

「!!」

そこへ、晴海会長の旦那さん、名前は確か優木さんが間に入った。


「日の出レコードは、良くも悪くも翔輝さんの一件を期に派閥が出来たのは事実。その歴史に終止符を打とうではないか。」

「いいだろう。」

雄大さんは捨て台詞を吐いて部屋から出て行く。


「私は翔輝さんとあなたを信じています。特に、あなたの真っ直ぐで純粋な瞳を…。」

そう言って流星さんも出ていく。

他の人達もつられて出ていった。

再び部屋は静まり返る。


「晴海、これで良かったかな?」

「そうね、ありがとう優木さん。」

「俺には経営も音楽も才能はなかった。だから、最後ぐらいは我が社の役に立ちたいと思っただけさ。」

「いいえ、あなたが傍にいてくれたから、私はここまでやってこれました。だから、後もう少し、手を貸してくださいね。」

「あぁ、任せておけ。気分が高揚するじゃないか、翔輝さんの歌声が再び聞けるなんて。」

そう言うと二人は笑いあった。


「あぁ…、どうしよう…。」

私は急に自分の言葉の重さがのしかかってきた。

「大丈夫、翔輝さんならやってくれます。そう、伝えてください。」

「うん…。でも…。」


「困ったことがあったら言ってくださいね。」

「それは駄目です!これは真剣勝負なんです…。それに、お爺ちゃんにはお婆ちゃんがいたように、私にも一緒に歌を歌ってくれる仲間がいます。彼等と一緒に乗り越えてみせます!」

「その意気よ!」


晴海会長と優木さんは優しく微笑んでくれた。

何だか勇気を貰った気がした。

私は深く一礼すると、日の出レコードから帰ることにした。

外に出るとお婆ちゃんが話しかけてきた。


「歩!よく言ったわ!さすが私の孫ね!」

お婆ちゃんは帽子の中で興奮気味に話しかけてきた。

「でもね、本当は不安しかないよ…。」


「いいの、それが普通なの。チャレンジ精神は沢山のことを教えてくれるわ。だから、最後まで諦めずに戦いなさい!Fight to the Last!」

「Fight to the Last…。最後まで戦いなさい…。そうね、必ず成功させてみせる!お爺ちゃんの為に!お婆ちゃんの為に!そして私の為に!」


突き上げた両手の先には、高いビルに囲まれて狭くなった空の向こうに、燦々と太陽が輝いていた。

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