第13話
「注目!!!」
私の手拍子だけが響く部室で、大きな声を全員にかけた。
突然の大きな声に3人は私に注目しつつ、だけどどうして良いか分からないといった不安な顔をしていた。
手拍子を続けながら私が答えていく。
「私達が初めて一緒に歌った、あの日を思い出して。」
一緒に感動し合えたじゃない…。
「その時の感動を沢山の人に伝えたいよね。」
売れるとか売れないとかよりも前に、私達が伝えたい事が沢山あるよね…。
「私達のやりたい音楽…、今日はそれを思いっきり吐き出そうよ!」
言い終わるのと同時にドラマーの部長を指差す。
彼は直ぐにリズムを取り出した。
トンットンットンットンッ…
「思いっきり楽しもうぜ!」
田村さんの口調を真似する。
彼女は直ぐにリズムに乗ってベースを弾きだす。
そしてカズちゃんの所にいき、半分放心状態の彼の両頬を軽く叩く。
「行くよ!」
ギュイーーーーーーン
我に返った彼のギターが軽快に鳴り響く。
楽曲は私が初めて皆と歌った曲の中から、友情を誓い合う歌だ。
前奏が始まり私も気持ちを切り替える。
そして静かに歌い出した。
私達が演奏し歌う理由はバラバラだったかもしれない。
カズちゃんはお爺ちゃんに憧れて、部長さんはモテたいから、田村さんは格好良くロックに生きたいから、私はお爺ちゃんとお婆ちゃんを救いたいから…。
最初はバラバラだった思惑も、バンドを通じて少しずつ距離が縮まってきたよね。
演奏する楽しさ、歌う楽しさ、それを聞いてもらえる喜び…。
バンドを続けるのは単純で、楽しいから、達成感を味わえるから、感動できるから、そんな理由で十分で、むしろそれだけで良いとさえ思う時もある。
勿論それは、プロじゃないからというのも大きい。
まだ先の事は考えなくていいじゃない。
今は演奏しながら目線が合うだけで笑みが溢れる。
そんな関係が気持ちいい。
いつの間にか4人は同じ意識の中にいた。
歌詞が描く詩の世界の中にいた。
友情を誓い合う空間の中で、私達は精一杯叫んだ。
ドラムで、ベースで、ギターで、そして自分の声で…。
演奏が終わると静かな空間に、一人だけの拍手が響いた。
パチパチパチ…
私はバンドメンバー達を見た。
誰もが達成感とレジェンドに褒められた喜びに浸った。
グッとガッツポーズしたカズちゃん。
両手を上げて喜びを前面に出した部長さん。
ハイタッチを交わす私と田村さん。
「いやー、歩の歌声はいいねぇ。」
「!?」
全員の顔が一斉に引きつった。
曲も含めた歌全体が良かったから拍手したんじゃないの?
誰もがそう思っていたに違いない。
「お爺ちゃん…。」
「だってさぁ、ドラムは走り気味だし、ベースは音が飛びすぎ、ギターは自分よがり。どこを褒めていいのか分からない。」
厳しい採点だった。
確かに上手いと手放しで褒めてもらえるレベルではないと思う。
一人で野菜達と向き合ってきた私に取っては、バンドという未知の空間が怖かった。
だけど、バンドメンバー達はそんな私を暖かく受け入れてくれた。
とても嬉しかったし、バンドでしか味わえなかった一体感は、今はとても気持ちいいし快感でもあった。
私はそんな空間を守りたかったのかも知れない。
「お爺ちゃん、でもね…。」
反論しようとした。
「でも、仲間想いの、いいバンドだった。」
そしてにっこり笑ったお爺ちゃん。そんな爽やかな笑顔を久しぶりに見たきがした。
「ありがとう…、お爺ちゃん…。」
涙で視界が歪んだ。嬉しかった。
私が伝えたかった事が伝わっていたことに感動した。
田村さんが優しく肩を抱き寄せて支えてくれた。
「良かったね。」
その言葉に更に涙が溢れる。
「翔輝さん!俺に…、俺にギターを教えてください!」
カズちゃんが思い切って教えを請う。
お爺ちゃんはスクっと立ち上がると私の所にきた。
「歩、ちょっとギターを貸しなさい。」
真剣な表情だった。
私は無意識にギターを渡した。
直後、思い出した。
私の目の前で初めてギターに触れたことを。
ジャラーン…
部室に響くアコギの音が心地良い。
その音を目をつむり確かめたお爺ちゃん。
その目が開いた時、そこには伝説の男、内藤 翔輝が復活していた。
「歩!歌え!!」
そう言って弾きだしたのは、「俺達の歩は止められない」だ。
部長が直ぐにリズムを取り全員が曲にのってくる。
一気に盛り上がる演奏に負けじと私は涙を拭いて目一杯叫んだ!
俺達の歩は止められないぞ、と!
原曲で歌うには難しい曲だ。
テンポが早く歌詞の流れが次々と変わる。
気持ちを込めるには脳裏で目まぐるしく展開される歌詞の世界についていかないといけない。
だけど今はしっかりと思い描く事が出来る。
だって、お爺ちゃんが凄く楽しそうにギターを弾いているんだもん。
お婆ちゃん、天国から見ているかな…。
内藤 翔輝がギターを弾いているよ…。
見せたかった…、こんなに生き生きとしているお爺ちゃんの姿を…。
演奏が終わると全員でハイタッチした。
「お前達が目指すバンドには俺も共感出来る。仲良しごっこじゃ駄目だが、お前達なりの目指す方向で精一杯やってみろ。今の世の中なら受け入れて貰えるだろう。ただし!」
全員に緊張が走った。
「今度の文化祭で会場を満員に出来ないなら歩は返してもらう。そもそも歩は農業を学び、お婆ちゃんの畑を受け継ぎたいと言って大学に入った。それに集中してもらいたいのが俺の願いの一つでもあるからな。いいな?」
カズちゃんは真っ直ぐにお爺ちゃんを見つめ、こう言い切った。
「俺達…、必ず会場を満員にしてみせます!だけど…、俺達からも一つお願いがあります!」
「言ってみろ。」
「これからも、時々で良いので技術指導、お願いします!!」
一瞬目を見開いたお爺ちゃんは、直ぐに優しい顔になった。
「そのぐらいならいいだろう。今のままじゃ、聞いてられないからな。」
ニヤッと笑い、直ぐに大声で笑った。
部室には優しい空気が溢れていた。
お爺ちゃんは久々に音楽への情熱が高まったみたい。
本当に良かった…。
後は新曲をお婆ちゃんに聞かせる願いを何とかして叶えたいと思った。
「歩、少しの間ギターは返してもらう。」
「え?もちろん大丈夫だよ。」
「俺が音楽を楽しむ事が許されるのか、このギターと向き合って考えてみる。」
新曲への願いはまだ少し時間がかかりそう…。
あとひとつ…。
あとひとつ壁を壊す必要があると思った。
でも、その機会は意外と直ぐに不幸と共にやってくるとになった。




