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第12話

 大学生になってから半月が経った。

桜もいつの間にか散って、暖かくなっていく気候と、青々とした風景が気持ちいい。


入学前の予想では、農業大好き仲間と土にまみれて畑仕事に勤しんでいるはず…だった。

勿論、勉強の方は順調だよ。

予習と復讐も欠かさないし、実技も楽しい。


だけど、授業以外では予想していなかった展開だよね。

最初はこれで良いのかと自問自答したけども、今ではすっかり楽しんでいるかな。


お爺ちゃんの事もあるから楽しんでばかりはいられないのだけども、そっちの作戦というか計画というか、準備の方も着実に練られている。

その内容は小芝居じみていて気乗りしないというか、本当にこれで大丈夫なのかと疑いたくなるのだけども、ここまで来たらやるしかないと腹をくくっている。


そんなお爺ちゃんだけど、相変わらず食べては寝ての繰り返し。

無気力、無関心、無頓着。

そんな言葉達がぴったりの生活をしているよ。


だけどダイちゃんの散歩だけは欠かさず行ってくれている。

だらしないお爺ちゃんなのだけど、オウムのオーちゃんもリク・カイ・クウの3匹の猫ちゃん達もハムスターのショウちゃんも、皆お爺ちゃんに懐いているんだよね。


私のところにも来てくれるのだけど、ご飯の時も寝る時もまずはお爺ちゃんのところへ行って甘えている。

なんでだろうね…。


そりゃぁ、私より長く一緒にいるのだから、選ばれて当然といえば当然なのだけども、何というか上手く言えないのだけど、違和感というかぎこちないというか、うーん、そんな感じなの。

まぁ、それはいいや。


まずはお爺ちゃんの元気を取り戻すのが先だよ。

サークル仲間からは時間が解決するんじゃないかという意見も出たのだけど、きっとそれでは完全に元に戻らない、不完全というか、空元気みたいな状態にしかならないと思っている。


お爺ちゃんは何をするのもお婆ちゃんと一緒で、そこにいるのが当たり前、いないことが異常みたいな生活を続けてきた。

それが一瞬で、予期も予言も予兆もなく取り上げられちゃったの。


だから納得出来ないし、理解も出来ない。

抜けられない沼へどっぷり浸かっちゃっている。

迷宮、闇のラビリンス…。


だから私は…。


助けてあげたい。

共働きで忙しかった両親だったのもあって、学校の長期休みが楽しみだった。

お爺ちゃんとお婆ちゃんに一杯素敵な事を教えてもらった。

一杯大切な事を教えてもらった。


だから私は…。


 もう直ぐゴールデンウィークを迎えようという4月下旬。

いよいよ作戦決行の時を迎えた。


金曜日の夕方、カズちゃんと私が家の近くでスタンバイする。

部長さんと田村さんは、最初は取り敢えず待機となっているの。

初期段階が上手くいったら出番があるよ。


今回の作戦は最初が肝心なの。

まずは私がいつも通り帰る。

カズちゃんは少し遅れてやってくる段取りになっている。


「ただいまー。」

お爺ちゃんはダイちゃんの散歩の帰りなのか、居間で二人仲良く横になっていた。

つけっ放しのテレビをぼんやり眺めている。

「あ、お爺ちゃん。そういえば薬はまだ大丈夫だっけ?」

何気ない会話で場をつないでおく。


「あぁ。あるよ。」

うん、知っている。

「そう。」

軽く答えてから台所に向かう。

後はここでカズちゃんが来るのを待つことになっている。


「晩御飯は何にしようかなー。」

と言いつつも、頭の中はご飯のことなんて全然考えていない。

タッタッタッ…

誰かが走ってくるのが聞こえた。


来た…。カズちゃんだ…。

鼓動が高まり緊張感が増していく。

ガラガラガラッ


玄関の引き戸が勢い良く開けられる。

「お邪魔します!」

有無を言わさず玄関をあがり、ドタドタドタと居間の方へ人が来る。


流石に何事かと、お爺ちゃんは身体を起こした。

ダイちゃんも一緒に起きる。

「失礼します!!」

居間に入ってくるなり、お爺ちゃんの前に正座するカズちゃん。

「……………?」


呆気にとられるお爺ちゃん。

口を半開きで何が起きているのか把握できていない様子だった。

よし!ここまでは順調。

さぁ、ここからだよ。

「翔輝さん!今日は折り入ってお話しがあります!」

「俺に!?な、なんだ?」

「歩さんを………、歩さんを僕にください!!!」

勢い良く土下座するカズちゃん。


可笑しい反面、何だか照れくさかった。

あれ?何でドキドキしているんだろう…。

「お…、お前いきなりやってきて何を言っているんだ!?」

お爺ちゃんは突然現れた青年が、孫娘をくださいなんて言っていくるとは思もよらずオロオロしたものの、直ぐに正気に戻って怒りの形相を見せ始めた。


「ば…、馬鹿野郎!どこの馬の骨とも分からん奴に、大切な孫娘がやれるか!!」

ここまでは予想通りだけど…、ここからが肝心だよ。

頑張れカズちゃん、頑張れ私!

少し震えていたけど、ギュッと手を握って私も居間に行く。

そしてカズちゃんの隣で同じように土下座した。


「ごめんなさい、お爺ちゃん。不幸な私を許して。」

そこで完全にお爺ちゃんがキレた。

「馬鹿言うな!まだ早すぎる!!お前は勉学の為にここに来たのだろう!?あー、駄目だ駄目だ!絶対に駄目だ!!」

良い感じ。


「どうしても駄目?」

「駄目だ!」

「寂しくなるから?逆に賑やかになるかもよ?」

「そ…、そうじゃない!18やそこらで人生決めるのは早いんじゃないかと言っている!」


「成功している人だっているよ?」

「他所は他所、ウチはウチ。それにね、早まって失敗してきた奴らを、俺は何人も見てきた。だから早まるな。もっとじっくり考えてから結論を出しなさい!」

「もう我慢出来ないの。」

「あぁ!?」

「………。」


ジッとお爺ちゃんの目を見つめる。

私達二人を交互に観察するお爺ちゃん。

怒りながらも動揺しているのが分かった。

掴みはOKだよ。


「まさか…。まさか、歩!お腹に赤ちゃんがいるんじゃ…。」

きた!この言葉を待っていました!

「何を言っているの?お爺ちゃん。」

オロオロするお爺ちゃんを久しぶりに見たかも。

「だってお前…。」

てっきり結婚報告で妊娠したのかと思ったお爺ちゃん。


ここでタネ明かしして一気に畳み掛ける。

お願い…、上手くいって…。

「私、バンドのボーカルやるの。」

「へ!?」

目が飛び出しそうになるほど驚いていた。


「そしてプロになるの!」

「だから歩さんを僕にください!絶対に成功してみせます!」

ようやく状況を把握できたお爺ちゃんは、直ぐに気持ちを切り替えてミュージシャンの顔になった。

「大馬鹿野郎!!!」

ガラスが震えるほど大声で怒鳴ってきた。


動物達は一斉に逃げ出した。

「世の中そんなに甘くねーんだよ!!!」

流石経験者。

一気に元プロの視点になっている。


「舐めるんじゃねーよ!今はね、簡単に目指せるかも知れないが、それが余計に狭き門になっているんだよ馬鹿者が!そんな事も分からないで言っているのか?」

「分かっています!だけど歩さんは翔輝さんの血を、DNAを受け継いだ、日本の歌謡界を牽引するほどの実力者なのです!」

「そんなもんないね。技術だとかね、才能だとかね、そんなものは二の次。必要なのは情熱!俺が世界を引っ張っていくんだっていう気概が必要なの!!それがないのなら帰れ!!!」

「あります!!!」


ガバッと頭を上げて真剣な表情でお爺ちゃんを睨むカズちゃん…。

本気で考えていそうな雰囲気に私ものまれちゃった。

お爺ちゃんもちょっと驚いたみたい。


カズちゃんの本気を実感したのか、腕組をし冷静になりつつ何かを考えていた。

「俺はね、この前歩の歌を聞いたんだ。あれじゃぁ、小学生の合唱団の方が聞いてて楽しいぐらいだったぞ。」

ひ…、酷い…。


「その時は初めて演奏しながら歌ったから緊張もあったのです。」

「知った風を言うな!」

「いえ、翔輝さんこそ、歩さんの本当の実力を知らないのです!」

「ならば今直ぐ俺を納得させてみろ!」

ドンッ


激しくテーブルを叩いた。

私は驚いたけど、カズちゃんは微動だにしなかった。

「カズちゃん…。」

もしかして、カズちゃんは本気で私達とバンドデビューを考えているのかも…。

だからこそ、お爺ちゃんをその気にさせると言いながらも、これだけ真剣に言い返せているとも言えた。


「聞いてください。歩さんの本当の姿を。」

カズちゃんの言葉に私は立ち上がり、台所に隠しておいたお爺ちゃんのギターを持ち出す。

ギターを見るなりお爺ちゃんの目付きが変わる。

「覚悟してください。僕はこの歌声でやられましたから。」

「ほぉ、言うねぇ。俺の耳はまだ腐ってねーぞ。」


あまり煽らないで欲しかったけども、部員みんなが感動してくれた私の歌。

今は自信を持って歌える。

色々教わって練習だって必死にやったんだから。


台所の四脚の椅子に座りギターを膝に乗せた。

緊張感はあるもの、どちらかというと程よい緊張だよ。

大丈夫、絶対に認めてもらう。

そして…、お爺ちゃんを再び音楽の世界に引き釣りこんでやる。


私の歌声で!!!


その時、足に何かが触れた。

「ダイちゃん…。」

犬のダイちゃんが私の足元で横になる。

ふと見ると、テーブルの上には三匹の猫ちゃん達がいた。

オーちゃんは居間のテーブルの上にいる。

カラカラカラとショウちゃんが回し車の中で走り回る。


何だか皆に応援してもらっているような気持ちになった。

元気を分けてもらった気がした。


いける!


ポロロン…。


静かに演奏が始まり、集中力が高まっていく。

お爺ちゃんの鋭い眼差しも、カズちゃんの真剣な表情も全然気にならない。

私の意識はお爺ちゃんとお婆ちゃんの想いにだけ向いていく。


お爺ちゃんの新曲を聞きたかったお婆ちゃん。

歌でお婆ちゃんを不幸にしたと思っているお爺ちゃん。

二人はお互いを認め合い、尊敬しあい、大切に想っているからこそ辿りついた思い。


その思いが真剣だったからこそ、すれ違ってしまった。

とても不幸で不運で不憫…。

しかもお婆ちゃんが亡くなったことで、このままだとすれ違ったままになっちゃう。


でもそれは違うの。

想いは届けることが出来ると思うの。

諦めちゃ駄目、まずは後悔するより立ち上がって思いの丈をぶつけるの!


泣いてもいい、叫んでもいい、全部吐き出して想いを伝えるの!

だけど悲しくなったら私が癒してあげる…。


だって二人には、返せないほどの愛情をもらったから…。

私にはそんな事ぐらいしか出来ないから…。


精一杯背中を押してあげるから…。

「俺達の歩は止められない」は、若者が狭苦しい世界から飛び出す様を歌にのせている。


だけど疲れたら最愛の人に癒してもらえと続く。

そして再び歩き出せ…と。


お爺ちゃんの歌に込めた思いと、私が歌に込めた思いはちょっと違うかも知れない。

だけど伝えたい事は同じだと思う。


だからこそ、感情移入して歌えるし伝えられると思った。

スローテンポにすることによって勢いはなくなるけど、より深く感情に訴えられる。


歌い終わった私は思いが、愛情が、感情が溢れて涙となって零れていた。

ダイちゃんが静かに甘えてきてくれた。

そうじゃなければ大声で泣きだしそうだった。

ダイちゃんの頭を撫でながらお爺ちゃんを見た。

お爺ちゃんは…。











ひと目をはばかること無く泣いていた。


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