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第8話 契約

ちょっと今回文量多めです

 左近は、食欲をくすぐる香りに目が覚める。魚の焼けるにおいと共に小刻みにまな板を叩く音も聞こえてくる。煙が流れてくるほうへ顔を覗かせるとそこには、頭に手ぬぐいをつけた和真の姿があった。

 

 「よう、起きたか」

 「和真殿、おはようございます」

 

 和真から声をかけられ、左近は朝の挨拶を交わす。まだ外は少し薄暗く日がようやく昇り始めた頃のようだ。

 左近は医学所を出て、外にある井戸から水をすくい上げ、たらいに水を移すとそこから顔を洗う。

 木の枝に引っ掛けてあった、手ぬぐいを手に取り、顔を拭き始めた所で声をかけられる。

 

 「左近先生、おはようございます」

 「あゆかさん、おはようございます」

 「先生、今日はお早いのですね」

 「えぇ、まあ」

 

 いつもならまだ寝ている左近に、暑くて寝れなかったのかなと心配しつつ、朝の早い時間でありながら身支度をしっかりと済ませたあゆかが立っていた。

 

 「朝食をお作りいたしますので少しお待ち下さい」

 「いえ、それには及びません。和真殿が用意をして下さっていて」

 「あの方が?」

 

 あゆかが目を細め疑いの眼差しを作るが、医学所から立ち上る煙を見て、頬を膨らませる。その様子に左近は首をひねりあゆかに声をかける。

 

 「どうかされましたか?」

 「い、いえ。こちらの話です」

 「そうですか」

 

 あゆかの様子をあまり追求するのも悪いかと、左近は顔を拭き終わり、あゆかが前を歩き、2人は医学所に戻ると居間には魚を中心に菜っ葉のおひたしなど用意されていた。

 頭の手ぬぐいをはずしながら、和真が左近に座れよとなれなれしく声をかけ、あゆかの顔がより不機嫌になるが、2人はそれを見ておらず丸い木の机の前に座る。ほどよく焼けた魚から立ち上る湯気に左近はうれしそうに和真を見る。

 

 「おいしそうですね」

 「仕事柄、外に出ることが多くてよ。俺は料理担当だったんだよ」

 

 おひつに入った炊き立ての白いご飯を和真が器によそって、左近によこす。

 

 「ほらよ」

 「ありがとうございます」

 

 左近は受け取りながら、白米が一粒ずつ立っており、さらに炊き立てのにおいに顔がほころぶ。

 今まで、左近の食事はあゆかが作ってきたが、これほどの顔を左近がした所は見たことがない。あゆかの顔が真っ赤になり、心の中で絶叫している事を知らない二人は、手を合わせ朝食に手をつけていく。

 一口二口、手をつけた所で、和真があゆかに顔を向ける。

 

 「お前の分も用意しているから、そんな所つったてないで座れよ」

 「言われなくても頂きます!」

 「お、おう」

 

 あゆかは勢いよく自分の朝食が用意された場所に座り、和真からご飯を受け取ると、まずは魚の身に箸で切り込みをいれ、小さくまとめて薄っすらと油が乗る身を口に運ぶ。

 

 (あふぅ。お、おいしい)

 

 やわかな油が口の中を撫で回し、鼻を抜けていく香りに、胃が速くその身を流し込めと要求してくるようである。がっついて食べたい衝動を淑女たる自分が、そんな姿をさらすわけにはいかないと我慢する。

 それでも箸捌きは速さを増していき、魚が綺麗に骨と身に分けられていく。口に運ぶたびに、頬が緩みそうになるが、眉をへの字にまげて、厳しい顔で食べ続ける。

 

 「どうだ、うまいだろ?」

 

 顔を突き出し、自慢げに聞いてくる和真に、食事は黙ってするものですと答える。

 はっきり言ってものすごく美味である。あゆかも、下級貴族のために将来はどこかに嫁ぐ事を想定して、料理は当たり前のように習ってきた。家事、洗濯なども自分で行い、家にはもちろん使いの者がいるが、母の言いつけにより自分ができる事は率先して行っている。

 そのおかげで、左近の身の回りの整理など、あゆかが行っている。左近は医術以外に対しては無頓着な部分があり、あゆかは最近自分がいないと先生は生きていけないのではと思い始めている。

 そんな時に、出てきた和真の存在はあゆかからすれば邪魔者以外の何者でもない。

 しかも男同士で、一つ屋根の下で暮らす事に抵抗はなく、左近の胃袋を完全に握っている。

 

 (きっとこんな関係は長く続かないはずです)

 

 用心棒という立場がそう長く続くわけがないと、あゆかは自分に言い聞かせ、食事を済ませる。

 日も昇り、患者が医学所に少しずつ通院し始める。

 和真の存在は昨日の時点で町民達に知れ渡っており、左近を襲った人物として警戒されているが、人のよさそうな顔と、口は悪いが老人受けする人柄なのか、徐々に医学所になじんでいく。

 しかし、和真は体が大きく、小さな診療所をうろうろされると迷惑だとあゆかに追い出され、仕方なく和真はゆったりとした足つきで町を見て回る。

 

 (特に変わったことはねーな)

 

 自分の村にはない物などが置かれた市を見て驚きの声など上げたりはするが、基本人間の行き交いは村と同じである。最近来たばかりの和真に懐疑的な顔を向けてくるのは者たちもいるが、それは仕方のない事だ。村でも同じような事は起こる。むしろまだ村より、こちらを気にする目は少ないぐらいだ。

 都としての性質上、商人たちの出入りは頻繁に行われ、この土地の人間ではない者たちの出入りは当たり前なので、抵抗力は少ないのだろう。

 

 「さてと、始めるか」

 

 和真は、市で本来の仕事を開始する。

 父である和正が旅に出るといった翌日、和真は村を治める長になっていた。

 すべて、和正が準備を整えていてくれていたようで、知らない間に、親友の菅吉かんきちが補佐についてくれていたり、村の運営関係は剣術を教えてくれた爺がやってくれたりと、何も考える必要がなかった。

 しかし、元々鬼を倒す陰陽師達の護衛を生業としている村で、収入源は、護衛か、傭兵かしか選択しがなかった。

 最近、戦もなければ鬼の出現も頻繁にあるわけでもなく徐々にだが村が衰退し始めていた。

 自分の代で村を潰すわけにはいかないと、どうにかしないといけないという気持ちが、焦りを生むが戦い以外の生き方を知らない和真を含めた村人達はどうする事もできなかった。

 そんな時、和正が長だった頃に世話になったという貴族が村にやってきた。村を見た貴族は、現状を嘆いてくれて、村の状況が安定するまで支援を申し出てくれた。

 この時はまだ村の経営が傾き始めたばかりで、昔、和正が世話をしたからといって、まだ何とか村を立て直せるかもしれない状態で、無理に支援を受け、和正の顔を潰すわけにはいかなかったので、話は断ったのだが、それからしばらくして、村の様子がだんだんとおかしくなっていった。

 負の怨嗟なのか、村にはやり病が蔓延し始め、男手は薬を買うための金を作るために出稼ぎに行く事になった。

 それでも、数日で稼げるわけではなく女、子供たちが病気になっていくのを見過ごす事ができず、頭を抱えていた所、再度貴族が訪ねてきて支援を申し出てくれた。

 2度も申し出てくれて好意を受けないもの失礼だし、のどから手が出るほど、ほしかった支援だった事もあり、貴族から支援を受けその金で薬を買い、村が落ち着きを取り戻し始めた。

 恩人として貴族に感謝をしこれから協力していく事を誓い合った。それから貴族を通して、護衛、用心棒などの仕事が来るようになり、村の経営が上り始めた。

 そんな貴族から最近巷で帝が暮らす町内区間で、自らを退魔医術士と名乗り、高額な治療費を請求する詐欺師が出没していると話があった。

 貴族でもない男がそんな医術を持っているはずがなく、調査と証拠を掴み、成敗するという事で、協力してほしいといわれた。もちろん協力は惜しまないと返事をする。しかし男手はすでに仕事で出払っており、村の経営などを任せている爺や菅吉は動けそうにない。今、動けそうなのは村の長である和真だけだった。

 そして村の事は菅吉と爺に任せ都にやってきた。

 昨日、涙を見せた少年の梅吉達、町民の行動は確かに、左近が築いてきた信頼から出るものなのだろうが、簡単に信用する事はできない。

 町民達が左近に騙されている可能性もある。

 しかもあんな若さで、自分の医学所を持ち、なんの支援もなく一人で経営ができるわけがない。

 何か裏があると、和真は左近の身辺調査を行う。

 しかし、出てくるものは、左近の人柄の良さ、医術士としての腕前、女性たちからの容姿に対する高評価。後、金銭に関しても調べてみたが、高額というほどの治療費ではなく、むしろ安いぐらいだ。

 しかし、あくまで表に出ている話で、裏では組合と結託して高額な金額を手に入れている可能性もある。

 数日、左近を見張っていたが、組合と絡むような不信な動きはなく、暇があれば、動けない患者を診療する為に移動したり、山に入って薬草を取ってきたりなどがほとんどである。

 

 「これじゃ聞いていた話とまったく違うじゃねーか」

 

 信頼する貴族からの情報である。必ず何かあると和真は、必死で左近の足取りを掴もうとするが、動けば動くほど、左近は白だと思えてくる。

 左近に対する調査を整理したい、和真は落ち着ける所を探して、都の門に近い場所を歩いていた。そして、門の外から遠目に体を引きづり、こちらに近づいてくる人が見えた。

 和真は目を見開き、急いでその人物に駆け寄ると見知った顔がそこにはいた。

 

 「菅吉じゃねーか!!」

 「和真様・・・」

 

 村で爺の運営補佐をしているはずの菅吉が、泥まみれになりながら体中から血を流し、知り合いにあった事で気が抜けたのか和真に寄りかかるように体を預けた。

 

 「どうした、ぼろぼろじゃねーか!?」

 「む、村に鬼が・・・」

 「なに?!」

 

 そこから事情を聞こうとするが、菅吉はそのまま意識を失い倒れてしまう。それを支えて和真は、左近の医学所へと駆け込んでいく。

 

 「すまねー!急患なんだ、通してくれ!!」

 

 医学所には多くの患者が待っていたが、担ぎ込まれた菅吉を見て患者達は道を開けていく。

 

 「左近、すまん。こいつをみてやってくれねーか?!」

 「さぁ、寝台へ」

 

 すぐに左近は患者の容態が悪い事を見抜き、和真に木の寝台にゆっくり菅吉を寝かせるよう指示を出す。

 左近が和真に事情を聞こうと顔を向けるが、首を振り自分は何も知らない事を告げると同時に、菅吉が最後に口に出した言葉、村が鬼に襲われた事を告げる。

 

 「役所に行って馬を借りなさい。和正殿がいるはずです」

 「お、おう!わかった。菅吉は任せるぜ!」

 

 左近は頷き、それを見た和真は医学所を飛び出していく。

 息を切らし、肩で呼吸をするが、それでも必死で足を動かし、役所に着くと自分の名前を告げ父である、和正のいる詰め所に案内してもらう。

 

 「おやじーーー!!」

 「どうした?そんなに慌てて」

 「村が、村が襲われた!!」

 「?!」

 

 事情を聞いた和正がすぐに用意してくれた馬に跨り、父の顔を見る。

 

 「親父はこねーのかよ?」

 「わしにはいけぬ理由がある」

 「なんだよそれ!?村が心配じゃねーのかよ」

 

 目をつぶり和真の罵声を受けながら、和正は顔を横に向ける。

 

 「親父、後で事情を聞くからな」

 

 申し訳なさそうに苦悶の表情を浮かべ、馬で駆けていく息子を見送る事しかできない。そして和正は和真を見送るとその場から姿を消す。

 馬に必死に鞭を入れ、人の足で4時間かかる所を1時間半程度で村に到着する。馬から下り、目の前に広がる村は無残なものだった。

 

 「ど、どうしてこんな・・・」

 

 気力を失い、地面に膝をつく和真。

 どこもかしこも焼け落ち、ほとんど村としての原型をとどめていない。まるで戦があったような現状に疑問がわく。

 

 「鬼が襲ってきて、ここまでひどいものなのか・・・?」

 

 襲われてまだそんなに日が立っていないようで、まだくすぶる煙が立っており、野鳥が死体の肉をついばんでいた。

 女、子供共に容赦なく殺されており、背中には斬られたような傷が残っている。

 

 「どういう事だ?」

 

 さらに周りを見渡すと、弓矢が建物の柱に刺さっていたりなど、明らかに鬼に襲われた形跡ではないものまである。

 

 「くそ、訳がわからねー。誰か、誰かいないか!!」

 

 誰でもいいから生き残ってほしいと、心から願うが、この状況から大きな期待は持てそうにない。それでも詳しく見て周り、一人の娘が、家屋の瓦礫の下敷きになり、息をしているのを発見する。

 

 「お、お!!!!生きてる、生きてるぞ!!」

 

 和真は大きな丸太を用意し、瓦礫にはさみ込ませ、梃子てこの原理を使って瓦礫をどかそうとする。早馬でここまで駆け抜けて、その後に注意深く探索をしていたせいで体がつかれきっており、なかなか手に力が入らないが、それでも気力を振り絞り、体全体を使って丸太を押す。

 

 「やっと見つけた生存者なんだ。絶対に助ける!!」

 

 ようやく瓦礫が持ち上がり、彼女を引きづり出す。容態を確認した所、右腕、両足が折れており、このままでは命の危険があると、まだ生存者がいるかもしれないが、苦渋の決断で村を後にする。

 

 「あいつなら、きっと助けてくれる。それまでの辛抱だ!」

 

 左近の医術士としての腕を間近で見て、いつの間にかその評価は自分の中で大きなものになっている。

 あれだけ、疑っていたのに、左近の医術士の能力は信じきっている。

 そんな自分が、腹立たしく思えるが、今はそんな感情に浸っている場合ではないと馬を走らせる。

 途中でこちらに近づいてくる数人の騎兵を見つける。

 

 「おお、これは和真殿。ご無事でしたか!」

 

 騎兵の中から、例の貴族が姿を出す。

 

 「えぇ。私は大丈夫なのですが、この娘が・・・」

 「我々も今しがた、村が襲われたと聞き駆けつけたのですが、そうですか・・・その娘は生存者なのですね。わかりました。こちらでお預かりし、治療いたしましょう。それよりある場所へ行ってもらいたいのです」

 「ある場所?」

 「島津左近の医学所です。島津左近が今回の件の首謀者と言うことがわかったのです」

 「どういうことですか!?」

 

 和真は目を見開き、貴族から事情を説明させられる。左近はここ数日、和真が自分の身辺調査を行っている事をどこからか聞きつけ、自分の正体がばれるのを恐れて、賊を雇い鬼を使役して、村を襲わせた後、さらに賊に火をかけさせたという事だった。

 

 「そ、そんな馬鹿な・・・」

 「いえ真実です。我々がその賊どもの首をはねました。こちらがその証拠です」

 

 布袋に詰められた賊たちと思われる首が、数個入っており和真は顔をゆがめる。

 裏金を組合から和真にわからぬように極秘に手に入れ、賊を雇う事も可能だろう。これで証拠がすべて揃った。この手で左近に罪を償わせる。

 貴族たちはまだこの周辺に賊の残党がいるかもしれないと、警戒するために残るとの事で、和真は娘を貴族に預け、刀を借りるとそのまま、馬に鞭をいれ駆けていく。

 医学所に着くと空はすでに黒く染まり三日月が浮かび上がっていた。

 右手でそっと刀を抜き、左手で少し重たい木の扉を開ける。どうしても立て付けが悪く木が擦りあう音がなり、奥から左近の声が聞こえるが、その内容は和真の耳には入らない。

 

 (お前はやってはいけない事をしてしまったのだ。罪を償え島津左近)

 

 刀を前にそっと診療所に近づいていくと、そこには左近ではなく刀を構え待ち受けている和正の姿があった。

 

 「お、親父!」

 「和真落ち着け!!お前は騙されている」

 

 床には背中を斬られ血を流して倒れている菅吉の姿があった。

 

 「親父がやったのか?」

 「・・・」

 「親父がやったのかと聞いているんだ!」

 「そうだ」

 

 静かに告げられる父の無念な言葉に、刀の柄を握る手に力が入る。

 

 「うぉーーーーーーー!!」

 

 和真が振り上げた刀を受け火花が飛び散り、力で押す和真を技で上手く力を逃がしながら和正がつばぜり合いに持っていく。

 

 「聞け!和真、お前は騙されている」

 「問答は無用だ、親父」

 

 和真の言葉を聴いて、和正は覚悟を決めた顔をし、和真を押し込んでそのまま外に飛び出していく。和真の腹を蹴って一旦仕切りなおし、間合いを取る和正。

 和真は体勢を崩すが、反撃に出れるような姿勢で待ち構えていたが、一旦和正が仕切りなおした事で、刀を前に構える。

 足運びで地面の砂をうまく使い、足を滑らせていく。互いに右回りで足を運びながら互いの隙を見極めようと体から気をぶつけ合う。両者まったくの互角の力量なのか、次の一手を出せないまま、ひりつく緊張感に互いの体力を消耗させて、額には大量の汗が噴出している。

 和正の額の汗が地面につく瞬間に和真が前に出て刀を上段より繰り出してくる。その動きにあわせて、上から来る切っ先をかわして、和真の刀のみねに、自分の刀を合わせ、動きを止める。

 肩でお互い押し合う形で止まる。

 

 「聞け、和真。左近殿はとある方のご子息であり、今回の件とまったく関係はない!」

 「とある方とは誰だ!」

 「それは言えん」

 「そのとある方って奴が左近に指示を出して村を襲わせたんじゃないのか?!」

 「この石頭が!!」

 

 互いに飛びのきながら、もう一度仕切りなおす。

 また緊張感のある対峙をしながら、右回りへと動き出すと、和正は暗闇の中、目の前に金属が光る何か見る。

 それは和真に向けられており、危険を感じた和正は刀を捨てながら懐に右手を入れ、和真に詰め寄り振り下ろされた刀を体で受けながら、懐に隠していたくないを光が見えた方向へ投げ、和真の体をかばうように覆いかぶさる。

 背中に何か刺さる感触を感じながら、一瞬気を失い、気がつくと和真の腕で支えられていた。

 

 「・・・い。親父!!」

 「か、和真」

 

 和正は口から血を噴出し、己の命の火がだんだんと消えていくのを感じる。これだけは最後に伝えなければと消え行く意識を保ちながら、小さな声で和真に語りかける。

 

 「聞け、和真。父の最期の言葉を信じてみよ。お前がこれから左近殿を守るのだ」

 「死ぬな親父!!」

 「お前は、母と同じでまっすぐな考えを持っているので、これから心配だが、もっと真実を見極める人間になれ。人に騙されてはいかん。自分が見たものだけ信じよ」

 「親父・・・」

 「左近殿は・・・・・・・のご子息だ」

 「?!」

 「これからはお前が・・・」

 「左近来てくれ、頼む左近!!親父を助けてくれ!!」

 

 対峙を見守っていた左近が、和真の腕に抱かれた、和正を見て首を振る。

 

 「なんでだよ。お前はどんな人間でも治せる医者なんだろ!金ならいくらでも出す。頼むよ!おやじを・・・」

 「すでに和正殿の体から魂が乖離されており、器となった体に生命力は宿りません」

 

 腕の中で、まだ生暖かい父を抱きしめ、左近の言葉をどこまで理解できたかわからないが、もう戻らない魂に、涙が溢れる。

 自分のしてしまった悔いが後からあふれ出し、とめどない感情が心を壊していく。

 

 「死んじゃいましたか。邪魔な老害でした、ねぇ和真様」

 

 声のするほうに和真が顔を向けると、そこには菅吉が右腕を押さえながら立っていた。

 

 「菅吉?生きていたのか?」

 

 そこには、背中を切られ倒れていた人間ではなく、生命に満ち溢れた顔をした男の顔があった。

 

 「後もう少しで、罪もない島津左近をあなたが殺し、その罪の意識からあなたは自害するという予定だったのですがね。そこの老害がいらぬことをしてくれたおかげで計画は台無しです。この、投げられたくないの傷が痛いですよ」

 「お前何をいって・・・」

 「まだ、わからないのですか?相変わらず頭が悪いですね。今回の首謀者の登場と言っているのですよ」

 

 父をそっとその場に置き、和真が立ち上がる。

 

 「これだけ大仕掛けな計画を建てたのに、なかなか上手くいかないものですね。いや~いい教訓になりましたよ」

 「菅吉てめ~がすべて仕組んだって事か?」

 「すべてではないですけど、大体は」

 「なんでこんな事を」

 「全部あなたが悪いんですよ。和真様。貧乏な村に耐えれなくなった私はある方と今回の計画を立て、成功の暁には貴族に取り立てて頂く予定だったのですが、それも台無しになってしまった。しかし、計画は修正できる。ようはあなた方が死ねばいいのです」

 

 そこまで話すと、菅吉の目が大きく開かれ首がだんだんと傾けられていく。自分の変化に焦るように菅吉は意味不明な言葉を叫び始める。

 

 「ちょ、ちょっと待ったこんな話は聞いてませんよ!!くろさ、きさん。だ、だれか助け、助けてーーー!!」

 

 本人にも、首を曲げていくような意思はないような口調で、その傾きは徐々に横へ、そして下に顔が回っていき、最後は菅吉の頭はねじ切れるように頭が地面に落ちる。

 あまりにも異様な光景に、目を丸くする左近と、和真だったが首から吹き出る血の量が少なく、何かいやな気配が漂ってくる事に警戒する。

 吹き出ていた血が止まると、体を一度震わせ、両手で胸の衣服を引きちぎり、腹からは菅吉の顔が浮かび上がっていた。

 

 「いや~、お待たせしました。人間やめれて~ざいこうの気分れ~~す」

 

 和真は目の前に存在する異様なものを見て素直な感想が漏れる。

 

 「なんなんだこの化け物は」

 「いやだな。がんきぢでれれえれれれえれすよ~~~~」

 

 壊れたおもちゃのように、気味悪く声が響く。異様な光景に左近と和真が動きを止める。今までに見たこともない状況に頭が追い着いていない。

 鬼といっても、ここまで気味の悪い化け物ではない。まだ人に近い形をしている。

 あゆかも気味の悪い声を聞きつけ、医学所から飛び出してくる。そして目の前の化け物に絶句し、あゆかを見た化け物は舌なめずりをして、狂喜に言葉を発する。

 

 「うまぞうな、にぐでずね~くったら、く、く、くっちゃいまじょ~」

 

 あゆかは、鈍足ながら近づいていく化け物に、腰を抜かしてその場を動く事ができず、恐怖で顔が青ざめており、唇が痙攣を起こしたように小刻みに揺れる。

 

 「あゆかさん、危ない!」

 

 化け物があゆかの手を掴もうとした時、左近が間一髪あゆかを抱きしめ、その場から離れる。

 

 「おでのぐいもの~」

 「てめーにくれてやるのは、これで十分だぜ!」

 

 和真が刀を構え、上段から斜めに振り下ろす。綺麗に化け物の腹の顔まで刀の歯を通すが、顔の鼻の辺りで刀が止まる。

 

 「く、抜けねー」

 「いで~よ、いで~よ、がずまざまなにをずるんだ」

 

 食い込んだ刀が、化け物の体液に触れると、だんだんと溶け始める。

 

 「まじか?!」

 

 刀身の半分が溶けてなくなっており、刀を捨てながら和真は化け物から距離を取る。化け物が受けた傷口から白い泡が吹き出し、泡がなくなると綺麗に傷跡がなくなっていた。

 

 「あだぎもちいい~ごれでいだくなくなっだ」

 「気持ち悪すぎるぜ」

 「このがらだ、ざいごうですよ、%&$#~~」

 

 すでに化け物のろれつは回っておらず何を言っているのか聞き取れなくなっていく。右足を一歩動かした化け物は、急に体をくねらせ始め、そして頭がなくなった首から今度は、黒い煙を吐き始める。

 新たに何か変化するのかと、身構える和真だったが、その様子がおかしい事に気がつく。なにやら苦しんでいるように見え、両手を首に突っ込みかきむしっているように痛みに耐えているようだった。

 

 「どういう事だ?」

 

 両手で首をかきむしる行動はさらに進み、身を削りながら、体を前後に振りながら苦しんでいるようだ。やがて首から出ていた煙は体からも噴出し始め、急に体の動きを止めると、全身から青い炎が立ち上る。

 

 「はぁ?何が起きているんだ?」

 

 一刻ごとにめまぐるしい変化を起こす化け物はやがて、体を炭に変えていき火が収まるとそのまま風に吹かれて塵へ変わっていく。

 あゆかを安全な所に下ろした左近は和真の横に立つ。

 

 「どうやら、あの化け物は、何者かに術をかけられ、その力が不十分だったようで、無理が起こり自滅したのでしょう」

 

 左近の言葉に、和真は理解したように頭を何度か振る。

 そして一連の流れが止まったことを感じた、和真は父に近づき、地面に投げられた形見の刀を手にする。その場に正座で座り、頭を一度さげ自分の腹に刀を突きつけようとする。

 それを左近が必死で止める。

 

 「何をするつもりなのですか!」

 「このまま死なせてくれ」

 「馬鹿な事を言わないで下さい。医者の前で腹を切れると思っているのですか!」

 「このままでは、親父やお前に示しがつかねーだろ!」

 「だったら、あなたの命私がもらいます。一生預かります!!死んだつもりで着いてきて下さい!」

 

 和真は逆手に持っていた刀を力なく落とす。

 

 「ほ、本当にお前はそれでいいのかよ」

 「私といると今後もこのような事に巻き込まれる。その時に私の盾となって、あなたの命、私に下さい」

 「わかった。一生お前にこの命預ける。これは血の契約だ」

 

 右手の親指を、刀の先で少しだけ切り、左近にも同じように切るように願い出る。

 そして、親指同士を合わせて、和真が契約の言葉を交わす。

 

 「我が血、そして命、尽きようとも我が主と魂を一つにし、生涯尽くすことを誓う」

 「承りました」

 

 この日、主従契約が正式に結ばれたのだった。

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