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第4話 医学生

 「ここは一体?」

 

 左近が、頭を抑えながら目を覚ますと見知らぬ一室に寝かされていたようだった。

 布団の中を覗き込み、服を着替えさせてもらっている事に気が着く。

 今、この状況に身に覚えがまったくない左近はどうにか立ち上がろうとした時、ふらっと体を倒してしまう。

 右手で地面に手をつきどうにか、怪我をせずに済んだようだが、自分の状態を客観的に見てかなり体が不調をきたしているようだった。

 頭を回転させようと意識を集中するが、腹の辺りがキリキリと痛みを感じ、それと同時にぐぅ~と音がなる。

 ちょうどその時、部屋のふすまが開き、手におぼんとその上に載るおいしそうに湯気が立つ器を持った少女が入ってきた。

 

 「お目が覚めたようですね。あ、あの確か島津左近様でよろしかったでしょうか?」

 「はい。確かに私は島津左近ですが、あなたは一体?」

 「申し遅れました、わたくし草道くさみち家、次女のあゆかと申します」

 「草道家?確か貴族の方でしたか?」

 「はい。末端ではございますが、退魔医術を志す家の者にございます」

 「そうでしたか。あまり貴族の方々と面識がないもので。申し訳ございません」

 「島津様の事は、あの方の・・・、篠医学所のほうで噂はかねがね」

 「そうですか」

 

 草道あゆかという少女は、小柄で髪は肩までと短めに切っており顔も幼げで、身長だけで見ればまだ少女と言い切れるのだが、出るところは出ており、男性ならばそこに目がいきがちになっても仕方ないと思われるほどであるが、左近はまったく気にした様子はなく、自然と話をしている。

 彼女からしてみれば、それは初めてのことであり、女性でもそこに目を向けてくる方もいるのに、自然と振舞う左近に少し驚かされていた。

 男性は皆、そういうものだとばかり思っていた所があり、まだ14歳ながら、かなりの年上の男性から好意を向けられ、時には縁談の話すらくるほどであったが、すべてそれとなく断りを入れている。

 篠 道灌から、関係を迫られてもおかしくない容姿をしているが、遠縁の親戚筋に当たり、その毒牙にかけられてはいないが、時折、雄の獰猛な野獣のような目でこちらを見てくる事がある。

 左近が何か続きを言おうとした瞬間、またおなかがぐぅ~となり、照れたように顔を下に向ける。

 

 「2日間も寝ておられたので、さぞおなかがおすきなのでしょう。どうぞ召し上がってください」

 

 出された器には、山菜が刻んで粥の上に載っている。食欲をそそる香りと、たちこめる湯気のなんともいえない状況に、最初は遠慮して断りを入れるつもりだった左近も、我慢できずかたじけないと、粥を口に運ぶ為、レンゲを手に取るが、手が震えてうまく口に運ぶ事ができない。

 

 「よろしければ、わたくしがお口まで運んでも大丈夫でしょうか?」

 「何から何まですみません」

 「いえ、いいんです」

 

 優しく笑みを浮かべて、本当に気にした様子もなく、そっと粥を口に運んでくれるあゆかに感謝しながら、口をあけ少しずつ粥を弱った胃に収めていく。

 やけどしない程度に暖かく作られており、食が進んでいく。気がつくと、あっという間に平らげてしまい、名残おしくもご馳走様でしたと、あゆかに伝える。

 お粗末様でしたと答えられて、ほっこりとした空気が流れる。

 落ち着いた所で、左近が切り出す。

 

 「申し訳ございません。助けて頂いたようで、それに馳走までしてもらったのですが、あいにく今は何も返すものがなく」

 「それはかまわないのですが・・・・」

 

 あゆかの顔がどこか考えるように顔を背ける。

 今まで、顔を見ながらしっかり話しをしていたのに急に、何かを思い出し、それについて思いつめたように振舞う彼女に質問をする。

 

 「どこか、私の態度に気に触るような事でもありましたでしょうか?」

 「い、いえ。本当にそのような事は・・・。ただ・・・左近様!」

 

 急に顔を上げて、意を決したように左近と向き合う。

 少し驚いた顔をする左近は、真剣な眼差しを向けてくるあゆかの話に、黙って耳を傾ける。

 彼女の置かれた状況を語られ、腕組みをして考える左近。

 状況とは、篠医学所のことである。

 篠医学所に通うにはまず、篠家の親戚筋であること。その中には序列が存在し、授業の内容が大きく異なる。序列の順位は篠家との繋がりが、どれだけ近いかということらしい。

 左近は噂で聞いた話として記憶しているのは、篠 道灌という男が手をつけた女性の数は両手ではすまないらしく、その為親族も多い。

 道灌が若い頃から手をつけて、すでにひ孫の代まで親族がいる状況で、彼女の立場はひ孫に当たる。

 しかし、古い家だからといって重視されるわけではなく、道灌のお気に入りの女性がその家にいるかで貴族の順位が決まり、若い女性を好む好色爺の眼中にはあゆかの家はない。

 その為、貴族としての地位は低く扱われており、医学所で受けている授業もひどいものらしい。

 あゆかの家のように地位の低い貴族達が、出世の道を行くには帝が進めている医学の進歩に貢献する事。

 しかも、男女関係なく地位が与えられるとの事で、この時代の女性の地位は非常に低く、子供を成して、育てていくだけの存在として扱われており、新たな女性の道として貴族の間では注目されていた。

 しかし、そう簡単に地位を上げられるほど貴族の世界は綺麗事ではない。

 退魔医術を取り仕切っている篠家からすれば、地位の低い貴族が上にのし上がってくる事はありえない話であり、まず選別として自分達の血筋である事が前提となる。

 さらに篠 道灌のお気に入りであればあるほど、自動的に地位が向上し、その貴族の家は安泰となる。

 勿論、世間にはそういった事は一切触れ込まず、帝の命令から平等に門戸を開いているとしているが、ただし才能は必要と、振り分け試験を行っている。

 そういった現状を聞き、左近は何もいえず、ただ腕を組み考える。

 付け加えて、あゆかの話では、授業は正直な所、何も行っておらず、ある日突然試験が開始され、意味もわからず何もできない自分達に罵声を浴びかせ、笑いものにしているという事だった。

 特に教師でもあり試験官でもある篠 正美まさみという30代後半ともなろう女性は、道灌の一番初めの娘であり、溺愛されて育っている。その為、道灌が他の女性との関係で、できた親族であるあゆか達には大変厳しく、正美の機嫌だけでその時の行動が決まるらしい。

 あゆかは、医学所の改善を左近に願い出たのではなく、別の願いごとを左近に伝えた。

 

 「できれば、左近様に、わたくしのご教授を願いたいのです!」

 「しかし、それは・・・」

 「駄目でしょうか?やはりわたくしの家が・・・あの方の親族だからでしょうか?」

 「いえ、それはございません。私もまだまだ若輩ものゆえに。現状を打開したい気持ちは山々ではございますが」

 「わたくしは、あそこでは”落ちこぼれ”なのでございます」

 「落ちこぼれですか?」

 

 正美から、毎日のように胸の話を持ち出され、脳に栄養がいく前に、その乳に栄養をやりすぎだの、だから問題を解けないお前は落ちこぼれだのを言われ続けており、あゆかはかなり精神的に弱り果てており顔色もあまりよくなった。

 左近が不思議そうにあゆかに尋ねる。

 

 「すみませんが何を基準にあゆか様が”落ちこぼれ”なのでしょう?」

 「え?」

 「いえ、話を聞いている限り、授業をまともに行っていただけず、急に開始された試験を突破する事は私にも不可能でございます。日々重ねた研鑽により得られた知識を持って課題に取り組み、失敗もございますが小さな成功を積み重ねて知識となるものだと私は感じております。あゆか様の可能性はまだ始まってもおられないものかと思いますが?」

 

 それを聞いたあゆかの目がだんだんと潤んでいき、押さえきれない感情から大粒の涙がこぼれ始める。

 

 「だ、誰も、わたくしの話を聞いてくれる方がおらず、父母ですら、わたくしがのろまだからと、悲しまれてそこから先に対する道を授けてはくれませんでした。初めて左近様がわたくしの道を開いて下さったように思えます。やはり私がご教授いただきたいのは左近様しかおられません。どうか、どうか願いをお聞き届け下さい」

 

 一度は断った願いだったが、あゆかの強い思いに押された左近は、助けてもらった恩もありますし、しばらくの間、自分の助手として左近の医学所に着いてもらってその後で再度判断をしてみてはと言う提案をする。

 あゆかの目が大きく見開かれ、左近の両手を取って、泣きながら喜ぶ。

 

 「ありがとうございます、本当にありがとうございます」

 「同じ医学を志す者。がんばっていきましょう」

 

 左近の笑顔に、頷き話をしてよかったと心から喜ぶあゆかだったが、自分が今している事に飛び上がる。

 

 「た、大変失礼しました。ついうれしくて」

 

 握っていた手を離し、下を向きながら赤くなる顔をどうにか隠そうと必死になる。

 

 「そ、そういえば、お茶をお出しするのを忘れておりました。今すぐに取ってきます!!」

 「あ、おかまい・・・」

 

 左近が最後まで言う前にあゆかは部屋を跳び出て行き、その姿に苦笑するしかなかった。

 それから、あゆかの手厚い看病を受けながら、あゆかの薦めで草道家にもう一泊した左近は4日ぶりに自宅兼医学所に戻ってきた。そこにはすでに、多くの町民が扉の前に待っており、左近の帰宅に心配していたと声が上がる。

 

 「先生どこに行ってたんですか!?心配したんですよ!!」

 

 農作業で黒く肌が焼けた青年から心配そうな声で質問される。

 

 「ちょっと、大きな手術がございまして」

 「大変だったんかい?」

 

 腰が曲がったおばあちゃんに心配されて、まあよかったと握り飯を手渡される。

 そのほかの町民からももみくちゃにされながら、医学所を開けると、町民達は押し寄せてきて、家の片付けから始まり、診察室の掃除などを行ってくれる。

 その様子を医学所の扉から見ていたあゆかがそっと声をかける。

 

 「あ、あの~」

 

 あゆかの声に、肌が黒い青年が強面の顔を向ける。

 

 「ん~?なんで~じょ~ちゃん?」

 「ああ、今日から私の助手として着てもらう事になりました、くさ・・、いえあゆかさんです」

 「あゆかと申します。これからよろしくお願いします」

 

 あゆかが頭を下げると、おお~~~と町民達は声をあげ、左近に嫁が着たと声がいろんな所から上がる。

 左近は困ったな~という顔をして周りにそうではないと伝える。

 

 「私の妻ではないですよ。それに私の妻なんてあゆかさんに失礼ですよ皆さん。」

 「そ、そんな事は・・・」

 

 あゆかは手をもじもじさせながら、うれしそうに顔を赤らめている。

 それを見て町民達は、にやにやと春がきたな~などといいながら医学所を出て行く。

 それから日が天辺に昇りきった頃から、少しずつ病人が医学所を訪れ、左近が診察と処置を施していく。

 左近の手際の良さと、今までに見たことのない処置を施していき、あゆかはつたなくも左近の指示で助手を務める。

 失敗しても、優しく振舞ってくれる左近。

 申し訳なく思いながら、必死についていこうとするあゆかに、町民達も初めは不安が隠そうとはしていたが、気持ちが少しにじみ出ており、それを察した左近の適切な処置で、だんだんとあゆかも町民達になじみはじめる。

 辺りが星明りで照らされてはいるが、すでに闇をまとった町模様を作り出している時刻になった頃、左近は医学所を閉じる。

 

 「今日はお疲れ様でした。どうでしたか今日一日やってみて?」

 「左近様にご迷惑ばかりおかけして・・・」

 「それは大丈夫ですよ。私がどうのというより、私が聞きたいのはあゆか様がどうしたいかです」

 

 あゆかは口をキュとすぼめ、考えるように顔を下げる。少し考え答えを出したと顔を上げながら、笑顔で左近に返事する。

 

 「医学を学んでいきたいです。退魔医術を左近先生と一緒に。あなたの横に並び立ちたいです」

 「道は険しいですし、この間も言いましたが、私も若輩者です。それでもよろしければ、これからよろしくお願いいたします」

 「こちらこそ宜しくお願いします。左近先生。それとわたくしの事はあゆかと呼び捨てでお願いいたします」

 「それはちょっと私にはできそうにはありません。せめてあゆかさんと言う事でいいですか?」

 「ぶ~。・・・あ、失礼しました」

 「ふふ」

 

 つい不満が口に出た少女を見て、左近は新しい仲間にうれしく思うのだった。

 

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