第2話 退魔医術士
さより達が見ている中、左近はどうしようかと頭を悩ませる。
「どうかされましたか?」
「すみません。こよりさんの上半身の服を脱がせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい?・・・・わかりました」
左近は実は、あまり患者の服を自ら脱がせた事はない。患者の多くは左近の指示で服を自ら脱いでもらえる歳であり、子供の場合は、親がそばについており診断の際には手伝ってもらっていたりする。
さよりは近くにいた侍女を呼び、左近の手伝いをするように話をし、こよりの上半身を支えながら服を少し脱がせる。
(しかしあれにはどういった意味があるのでしょうか?)
(わかりません)
左近がこよりの服を脱がせた訳がわからず、さよりと、篠木は首をかしげる。
この時代より少し前まで、病気は悪霊(鬼)がもたらすモノとされ、悪霊払いの祈祷士が病気を払っていた。しかし、その効果はなく病気という存在が悪霊ではない何かとわかってきたのがつい最近の話であり、それでもまだ多くの人間は祈祷士を信じお払いをしてもらって病気が治ると信じている。
そんな中、本当に病気を治す為に、体内に寄生する病気と、霊的要因から生まれる病気”鬼の毒”を研究して病気に立ち向かっていく存在として生まれたのが”退魔医術士”である。
祈祷士が退魔医術士の存在を断固否定したのは言うまでもなく、争いもあったのだがそれはまた別の話としておいておくとして、この国における退魔医術士の存在は認知度としてまだまだ低い。
特に貴族階級の人間達の多くは、まだまだ祈祷士を信じている節があり、なかなか退魔医術士を受け入れる事ができなかったのだが、花右京家は篠家と関わりあいを持つことで、退魔医術士を受け入れる事ができた。
篠家とは元来、祈祷士の家系であり、退魔医術士に対する偏見が大きくあったのだが、この国を治める帝からは、これから国を大きくしていくには医療の発展が絶対だという考え方に敏感に反応した(主には帝の考え方)篠 道灌は、退魔医術士を育てていく専門機関設立を訴えあまり大きくなかった篠家の地位を確立していく。
そして、現在は道灌の指導の下に退魔医術士を国に広める為の政策を行っている。
だが実態は、篠家には医学に対する知識、経験がまったくなく”退魔医術士”を祈祷士の延長上として見ているだけなのである。
現在、篠家の敷地にある医学所は本来の退魔医学とは程遠い医学塾となっている。そんな篠家から最高の医術を持つ退魔医術士などいるわけもなく、さよりの願いに篠 道灌は渋っていたのだった。
そこで、さよりは家長の篠木に頼み、今巷で話題になっている島津左近にこよりの治療ができないかと依頼したという経緯なのである。
そんなわけで左近が今から、こよりを診断する行為自体がまだ世間に認知されていなかったのである。
母として不安なさよりは左近の診察に食いつくように見ていた。
そんな様子を特に気にした様子もなく左近は上半身裸になっているこよりの診察を行っていく。
まずは木で出来た聴診器を当て、体内音を聞いていく。次に護符を取り出し、右手の人差し指と中指で挟み術をかけると、淡い青色の光が護符の周りにまとわり着き、左近はその護符をこよりの唇につける。
「あの、それはどのような意味が?」
思わず、さよりから質問が漏れる。
「こちらは、唾液より”鬼の芽”の毒の濃度を検査させていただきました。それとさきほど、体にこの聴診器を当てていた事は、体の心音を聞き体内の状態を確認していたのです」
左近の説明途中から護符が青から赤へと変色を開始し、ある程度の変化で変色が止まる。それを見ながら、左近は少し厳しい顔をさよりに向ける。
「率直に申し上げます。お耳に入れたくない事も含まれますがご了承願いますか?」
「わかりました」
さよりは、覚悟をした顔で左近に向き合う。
「こより様は、”鬼の毒”にかかっておられます。”鬼の毒”にかかった原因はわかっておりませんが外見からも判断できますように蛇の模様みたいなのがついており肌の色はその模様になぞって少し紫色に変色しております。そして”鬼の毒”の濃度はかなり高いと考えられます。私達は”鬼の毒”の進行状況を5段階に分けておりまして、こより様の進行状況は現在3段階目に入っておられます」
「その3段階目とは?」
「いますぐに生き死にに対してどうこうという問題ではありませんが、肉体的苦痛、精神的な疲れなどの症状が見られており、こより様は、現状の寝たきりが続くと思われます。霊的外科手術を受けない場合、毒が体を廻っていき大よそでしかわかりませんが進行を抑える方術を使ったとしても、1年もたないかと思われます」
さよりが頭を抱えながら倒れるのを篠木が支える。
気を失いそうになりながら支えてもらった事で、一旦は気を持ち直し左近に質問する。
「ではその霊的外科手術を受けた場合、こよりは助かるのですか?」
「”鬼の毒”はその進行状況によって助かる可能性が変わってきます。4段階目は3割、5段階目は1割にも満たないでしょう。こよりさんは9歳という若さですので、気は十分満たされているのですが、成熟しきっていない体にどれだけの負担がかかるか予想しづらい部分もあります。その中で申し上げますが可能性としては7割ほどかと」
「7割・・・」
「霊的外科手術は、肉体を切るのではなく、肉体と霊体に分け霊体に潜む”鬼の芽”の除去を行います。その際、芽の切除を行うのですが肉体を切った時に出る血とは違い、霊体を切ると霊体エネルギー”波動”が失われていきます。”波動”が8割体から抜けてしまうと、完全に霊体と肉体が切り離されてしまい、生きながらに死んだように眠りに落ちてしまいます。そして、口から食物を摂取できないので体は衰弱していき死にいたります。たださきほども申しました通り、こよりさんは9歳という若さですので”波動”の量も、今なお体内で作られる量も多いかと思います。今、手術するべきだと思いますが、さより様の判断にお任せいたします」
「し、しかし今の話をどうやって信じろと・・・」
左近は唇をかむしかなかった。
さよりが今の診断の話を信じられないのもわかる。
そして左近が、今出来る説明はしたと思う。
医術に対する知識が乏しいこの世の中で、神の信仰が治療に繋がると信じている人々に、信じてもらえるだけの何かをどうやって”具体的”に説明すればいいのかわからない。
そして、今思いつく”具体的”に説明できる話だと、こよりと同じ症状の人間を霊的外科手術で切る以外に説明のしようが見つからない。そんな患者を見つけるのに時間をかけるのか?左近の中で葛藤が生まれる。
そして左近は信じてもらえるだけの何かを差し出す為に、いつもこういう。
「私の命と引き換えに信じていただけませんでしょうか?」
さよりの目を見ながら、真剣な眼差しをむけ左近は言う。
目を大きく見開かせ、さよりは絶句する。
「患者の命を預かるなら、私もあなたに命を預けるのが筋というもの。最大限のお力をもってこより様をお助けしたく思います」
「しかし、赤の他人なのですよ?」
「医術士というものはそういうものです」
真剣に語る左近を見て、さよりは心意気に打たれ、ただただ頭を下げるしかなかった。
「どうぞ、こよりをお願いいたします」
「全力を持ちまして必ず、手術を成功させてみせます」
「手術はいつ行いますか?」
「本日、いますぐに。3段階目でも相当に苦しいはずです。年齢を重ねた老人などは下手をすれば精神的苦痛により、波動が乱れ死にいたる事もございます。これより術式に入りますのでよろしいでしょうか?」
「すべて”左近先生”にお任せいたします」
篠木からこよりの容態について話を聞いた時点で、霊的外科手術を行う用意を持って、花右京家にやってきていた。
”鬼の毒”は大小関わらず、”鬼の芽”を切除しなければならない。”鬼の毒”ではない事を祈って診断したのだが、こよりの体を見た瞬間から確信していた。
島津左近、齢15歳。
6歳から医術士として教育を受けてきて、霊的外科手術を行った回数は100を超える。80回目ぐらいでその回数を数えるのをやめた。
師匠と一緒に南の地方へ足を運び、人知れず退魔医術を磨いてきた。
都には14歳の時に帰ってきて、そこから自分の診療所となる医学所を立ち上げるが師匠には反対された。
今はまだ時期尚早だ。私がお前に教えた技はあまりにも先を行き過ぎているんだよ。
今、師匠の言葉が身に沁みている。
退魔医術を理解できる人間が、この世に何人いるのだろうか?
(これを飲んでください。体にいいんですよ。)
ただの風邪で多くの人間が死ぬ。しかし大人たちは子供の自分を信じようとはしないし、薬を進めても苦くて飲めないなどの話で、まるで自分がうそつき者呼ばれした事もある。
そんな自分が、初めて都で見せた霊的外科手術により民衆の注目を集め始める。
必死だった。
診療所で切除した”鬼の芽”を見て、みんな驚いていた。
多くの人の命を救い、そして・・・・。
集中していた意識を瞳を開ける事で目の前の患者に移す。
部屋に結界を張りドーム型の術で作った薄い気の膜が張られている。この中には波動が充満しており、今から、こよりの体を肉体と霊体に分ける術をかける。
その前に、霊的外科手術を行う為の法衣に着替える必要がある。
いつものように、右の人差し指と中指で護符を挟み術を唱えると、真っ白な法衣に包まれた左近が現れる。
そして、護符を机の上に綺麗に順番どおり並べる。
「これより霊的外科術式を開始します」