第14話 悪魔の医術 その1
医療は漢方にあり。
昔、大陸から渡ってきた医療は、むしろ漢方治療だけだったと言ってもいい。
漢方治療とは複数の生薬を配合し、局部的な効果をもたらすものではなく、体全体を治し最終的に、初めに弱っていた部分までも改善させる事が目的の医療だった。
患者の経過を見ながら、処方を変えていく方法を取り、早く痛みを取ってもらいたい患者としては”本当に治療が行われている”のかわからないという気持ちが芽生えてしまう医療として認知されている。
しかし、実際は治療の過程で、体の治療は当然として、相乗効果で身体機能の向上もある場合もあり、優れた医療だと言える。
ただ、効果には個人差があり、同じような絶大な効果が現れる事が少ない事もあって、なかなか漢方が優れた医療だと理解できる民が少なかった。
漢方医学が国全体に広まりはしたが、深く浸透することなく漢方医の数は多くはない。
昔から陰陽師たちが行っていた祈祷治療(治るとは限らない)はあったが、高額で農民たちには手が出せず、そこで民たちは新しい治療方法を求めた。
”神に祈りを捧げれば必ず救いが訪れるであろう”
大陸から来たのは漢方だけではなく仏教も伝わってきた。
仏教は派生を繰り返し多くの宗教が広まっている状況の中、農民などの金を持たない民たちは、長期間の治療を行う可能性のある漢方治療を受け入れる事が出来ず、信仰によって”鬼を体から追い払う”という非科学的な治療を行ったのである。
また実際に、軽度な病気などは”自然治癒”で治る事が多く、これを神のお恵みと仏教が謳っていった事でさらに、信仰は広がっていく。
基礎教育も受ける体制が整っていない国で、主な治療方法が迷信的な治療が流行って行った事は仕方ない事だと言える。
なぜなら、仏教は文化の推進に深く関わっているからである。
国力の高まりは、作物の収穫に大きく関わる。
ではその作物を育てる方法を伝えていくにはどうすればいいのか?
一つは先祖から伝えられたものもあるだろう。
しかし、最新の技術はなかなか浸透するものではない。
古いやり方もいいが効率、害虫から作物を守る方法などの最新技術を取り入れればもっと収穫が多くなる可能性もある。
そこで広範囲で民と接する事が出来る仏教、宗教集団がその違う土地の文化を見聞きし伝えていく役目を自然と追うようになった。
そして、その経緯の中で仏教の祈りがこの国における一般的な治療方法として確立していく。
しかも、仏教は初めは安いお布施から、徐々に信仰の厚い信者には多額のお布施を支払えば神は必ず奇跡を起こして下さるモノというのが定番になった。
信者たちは、病気を恐れ貧しいながらも多くのお布施を繰り返していく。
民たちから治療費を集めている組合からは、1家族に支払われる治療費が決まっており、治療費(祈祷治療は組合から認められている)として受け取ったお金をお布施にし、それを超えてもなお、借金までして、最終的には膨れ上がった借金を返すこともできず、家族の身売り、それが出来なけば夜逃げ、最後には一家で自殺なども珍しくなかった。
しかし、この国で一番最初に祈りに対する治療を始めた陰陽師たちがそれを黙って見ているわけはなかった。
仏教に対して色々な悪い噂を流したりなどしたが、陰陽師の祈祷治療は高額な上、古くから伝わるもので、新しい物の方が効果があるのではと考える民からはだんだんと見放されていき、神仏となった先祖に祈りを捧げるだけで幸せになれると広まる仏教に対し、選ばれた人物しか使う事の出来ない神の奇跡。
先祖を大切にする気質の民たちが、どちらを選んだかは簡単な答えだった。
お金の流れを断たれた祈祷を行っていた陰陽師たちは結束して、仏教に対して諍いを始める。
国を挙げた諍いは帝の権力に影響し、暴動がおこり民を苦しめ始めた事で帝の逆鱗に触れ武力により鎮圧された。
責任の所在は、帝より喧嘩両成敗という事で双方の痛みわけで終わったのだが互いの立場まで帝は干渉せず、ほぼ暴動が起こる前の状態で仏教だけが得をしている状態となった。
では陰陽道は祈祷収入を断たれたのか?というと一部の陰陽師たちは貴族に取り入り、神の奇跡と称して祈祷を始めた。
術で手を光らせ見せかけの陰陽師祈祷治療は時に、重度の病気を治した事もあり、お金を持つ貴族は陰陽師たちの抱きかかえを始める。
後ろ盾を得た陰陽師たちは安泰。
それ以外の力があまり大きくない陰陽師たちは、鬼と戦う傭兵のような仕事、もしくは本当に個人を守る傭兵となっていった。
貴族についた陰陽師たちは自分たちと、ほかの陰陽師たちを区別するために”祈祷師”と呼ぶようになっていく。
親から子へと世代を変えて同じ貴族に仕えるのだが、親が陰陽術を使えるからと言って子供も使えるとは限らない。
では陰陽術を使えない子供たちはどうするか?
偽りを演じ始めるのである。
そして、一番初めに偽りを演じ始めた一族が篠家と言われている。
偽り祈祷師たちは篠家を中心に、偽るための話術、高等な手品を身に着けていく。
いつしか、貴族に仕える本当の祈祷師がいなくなっており、下級貴族だった篠家が貴族に仕える偽りの祈祷師の中で力を持ちはじめ、現在、篠家当主の篠 道灌が先祖返りと言える陰陽師の力を取り戻した事で、道灌をまるで神のように祭り上げ、今まで培ってきた話術などを駆使し一気に権力を掴み取っていった。
道灌の娘 正美も陰陽術の力を持ち、息子の道崔も同じく力を使う事ができ今まさに篠家は絶頂期と言える。
その中で新たな医術が生まれた。
”退魔医術”
鬼から受けた”鬼の毒”を除去できる医術、そして今までにない局部的な治療。
これらはとある女性からもたらされた”技術”であり帝より全国に配布される事になったのだが、陰陽道が使える事が前提で力を持たない一般人には使う事が出来なかった為、普及せず陰陽師としても、今更新しい祈祷に代わる物など興味がないと見向きもしなかった。
だが帝はこの医術を浸透させたいと考えており、国を挙げて退魔医術士の育成を考えていた所に、力をつけ始めさらにその力を強大なものにしようと篠家がその浸透の手助けがしたいと手を上げる。
篠家が貴族の中で力を持ち始めていた事、広い地域への影響力なども考えて帝は篠家に医術士の育成計画を任せる事を決めた。
しかし、篠家が進めたのは独自の”退魔医術”だった。
どこぞの誰ともわからない女性からもたらされた医術など学ぶ価値なしと切り捨てたのである。
帝が進めたい医療は”鬼の毒を除去できる医術”と勝手に拡大解釈し、表向きは広められた退魔医術を支持するようなそぶりで”篠家退魔医術”を作り上げようと必死になっているのが現状であった。
退魔医術が画期的な医術である事に仏教側はすぐに反応した。
今までとは全く違う治療方法を確立しつつある”退魔医術”が生まれた事は宗教側から妨害があった事は簡単に想像できる。
”退魔医学”の治療方針は、局部治療を行い、出来るだけ早く病気の原因を取り除く事にある。
そこには、体を切る、縫い合わせる、霊気外科手術により体の鬼の毒素を除去するなどの事項が含まれている。
”そのような迷信を信じてはならぬ。人間が人間の体を切り治す治療方法など邪法。外道にも勝る所業。神以外にそのような事が出来るはずがない”と信者たちを通して世間に伝えたのである。
国内で多くの指示を得る仏教側に、そんな事を言われれば”退魔医術”は悪の烙印を押されたのと同じであった。
祈祷治療を行っていた篠家に属さない祈祷師たちも仏教と声を同じくし強く反発。
”退魔医術”は国の中で浸透するどころか、鬼の手先、悪魔の所業などと言われていたのである。
しかも黒い噂が絶えない篠家が進める医術として、都周辺の街などに認知されていく。
問答無用で悪の烙印が押されても仕方のない事であった。
「左近。貴様。そのような外法に手をかけたのか!?」
右近の顔が、怒りを通り越し、今すぐにでも切りかかって来てもおかしくないほどの怒気を体から放っていた。
右近からしても噂に聞く”退魔医術”は、人を切り刻み”死”と言う形で救ったという悪魔の医術という印象しかない。
「兄上。”退魔医術”をご覧になった事は?」
左近は冷静に右近に尋ねる。いや声は冷静な声色で聞こえるが左近の中では、怒りを通り越して全く新しい怒り”零怒”(冷たい怒り)を感じていた。
知らない物事は決して悪ではない。
だからと言って自分が知らない事だから悪と決めつけられた事に、左近は悲しく、そして怒りを覚えたのだ。
「知らぬが・・・」
右近も左近の怒りを感じたのだろう。
知らないと認める事は出来たが”退魔医術”を悪と決めつけた事に少し恥を感じる。
続けて自尊心を保つために”退魔医術”を貶す事をはじめは考えていたが、喉から声が出なくなった。
左近から洩れる”本気”が右近の喉を締め付けているような感じがする。
「兄上。これからこの患者の治療を行いますゆえ。ご覧になりますか?」
「もちろんだ。見せてもらうぞ。我が弟”島津左近の退魔医術”を」
自分を置いて話がどんどん進んでいく事に、どう割り込んでいいのかわからず、患者の妹と思われれる女性は困惑した顔で二人の様子を見ていた。
ようやく話しが切れた所で口を挟もうとするが、左近が傷ついた兄を抱きかかえ、近くの娼館に入っていく。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
左近は女性の声に振り返るまでもなく、娼館の男性店員と話しを付けている。
玄関入ってすぐの部屋を借りる事になった。
「料理台をここに持ってきてもらえますか?」
「はい?」
「早く」
左近の指示で店員が木で作られた料理台を運んでくる。
店の関係者達は左近の名前を聞いた時には、手伝う事を承知している。
花街の長 静音より左近がこの花街で困ったことがあれば、惜しみなく手助けをするように言われている。
そして花街の娼館関係者で左近の名前と顔を知らない者はいないし、その腕前を疑っている者もいない。
しかし用意させられた料理台にはさすがに店員は怪訝な顔をして作業を行っていた。
今から人間を料理するのかと。
右近も店員たちと同じ顔をしている。
患者を料理台に乗せる。
「ちょっと待てーーー!!兄様を料理するつもりか!!この藪医者が!!」
女性が真っ赤に染めた顔で、左近に掴みかかる。
「先ほどからあなたは。ご家族の方だと思われますが、これから一刻を争います。時間が惜しいのです。その手を放していただけますか?」
「家族を料理台に乗せられて、そのまま何も言わずにいる奴はいるのか?ちゃんと説明しろ」
「わかりました。どうも疲れていたようで、説明責任を果たしていなかったようですね。申し訳ないです。時間がないので簡潔に。まず料理台についてですが、患者に手術を行うためにしゃがみながらの治療はこちらの負担が大きく、腰以上の机がほしかった事。そこで簡単に用意できそうな料理台を準備いただきました。次に手術についてですが、今から行う手術は胸を切り開き、心の臓の傷口をふさぎます。もし鬼の毒に侵されていた場合も引き続き霊的外科手術を行います」
「ちょっと待って胸を切り開く?!お兄様に止めを刺すつもりか!!」
自分の理解が追い付いていない状態で、兄は今から未知の治療を受ける事になることに大きな声を上げてしまった。
左近の説明を聞きながら女性はどこか既視感を感じていた。
さっきこれと似たようなやり取りをしたような気がすると。
一方的に事を進めてくるこの感覚。あいつとそっくりだ。と。
「胸を切り開くのは、心の蔵の切り開かれた傷をふさぐためと説明いたしましたが?これにて説明は終了ですが、今から結界を張ります。もし手術をご覧になられるなら結界の中へ。ご覧になられないのでしたら・・・」
「見るに決まっている!お前が兄様に変な事したらすぐに殺してやるからな」
「わかりました。では兄上もこちらへ」
「わかった」
左近が胸から、護符を何枚か取り出す。
さっきまでお産をしていたので、懐に治療用の護符がそろっている。
患者が横たわる料理台の空いている場所に、護符を広げ一枚の護符を掴み、右手の中指と人差し指で挟むと術を唱え始める。
「おい。ちょっとまて!!その術は・・・」
女性が制止する声も聴かず、左近は術を発動させる。
患者の体がだんだんと白くなっていく。
「あ・・ああ。き、貴様!この人殺し!!治療するって言っただろう!!兄上を凍り付けにしてどうするんだ!!今すぐ殺してやる!」
左近が使用した術は、相手を凍らせる術。
凍らせるには”運動機能を低下”させる必要がある。
「落ち着いてください。まだ患者は死んではいませんよ。今から手術をするのにどうして殺す必要があるのでしょうか?少し頭を冷やしなさい。患者の体を冷やして仮死状態にしただけです。これにより止血効果とさらなる出血を防ぐのと同時に、体から抜けていく”ジン”を留めておく事ができます」
「左近。”ジン”とはなんだ?」
女性とのやり取りを黙ってみていた右近が尋ねる。
「”ジン”とは生きる源。生命力そのもの。これが完全に体から抜け出てしまった時、どのような治療を施しても、生き返る事が出来なくなります。この世とのつながりが完全に立たれてしまいますので」
「ほう。なかなか興味深い考え方だな。そこの女性。まぁ黙ってみていなさい」
先ほどまで”退魔医術”を悪と感じていた右近は、たったこの一連の左近の動きで何かを感じたらしく、傍観するつもりになっていた。
(あの術は制御がとても難しい。それを簡単にこなすか。陰陽術は強大であればあるほどいい。あのような細かい調整をして、最低限の効果だけをもたらすなど考えもない。それに人間を仮死状態にする体温調整をするには、経験が必要だ。どれほどの修羅場を潜り抜けてきたのやら)
患者に向き合う左近の背中を見つめながら、その無駄のない動きに関心しきりでさっきまであった”退魔医術”に対する蟠りなどもうどこにもなかった。
左近がこれから起こすであろう奇跡の経緯が気になって仕方ない。
強大な力を使う事には慣れているがあのような、細かい調整をすることなど考えた事もない。
(今度試してみるか)
右近は左近を見て、どんどん術の新しい試みを思いついていく自分が楽しくて仕方なかった。




