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第10話 来訪 後編

 花街とは貴族と一部の商人のみに使用できる女性を覚える場所である。

 花街ができた本来の経緯は単純で、貴族の自尊心を満足させるために作られた。

 政略結婚が多い貴族としても、恋心を抱かない女性相手でも満足させるのは当たり前の思考であるのだが、書物などの嗜好品はまだ高級であり、色物を題材とした書物自体が存在しない。

 女性との行為に関する知識を手に入れるには実践でしか得られないのである。

 しかし、知識を得るために複数の女性と関係を持つには貴族として一部の上層の貴族でしか表に出ていい話ではない。

 力なき貴族は婚姻関係にない体の関係をもった女性との間を調べられ、貴族達の”遊び”と称して、その関係をもった女性を、中層もしくは上層の貴族がお家ごと襲い、楽しむといった下衆の所業が行われることもあった。

 そこで一番数が多い下級貴族達は団結し不満を上げると、貴族社会で”遊び”が見直されていき、どんな貴族でも女性を知ることができ、貴族の”遊び”で簡単には襲われないように武装した兵士たちが常に守りを固める花街が作られたのだが、現状少し事情が変わってきていた。

 まだ精神的に不安定な10代で、女性との初めての関係を迎えた男性の多くは母性を求めており、殺伐とした貴族社会から開放されるために、花街の女性に母性を求め、優しく迎えてくれる彼女たちの存在は心の拠り所として大きくなっていた。

 しかし貴族と商人以外の人間が花街を利用できない事から、徐々に高級化していき、今では下級貴族では相手にしない宿も出てきていた。(逆に下級貴族だけを相手にする宿も存在するが、多くの男性を経験した女性相手が多く、年齢も少し高めの為、人気が薄い)

 初めてを迎える10代の男性貴族としても、年上よりは同じぐらいの年齢で、母性を感じれるふくよかな女性の受けが良かった。

 貴族が花街を利用すると言うことで、極秘に政治的な会見が行われる場所としても、商人達の商談する場所としても扱われており、花街本来の目的はもとより、会談の場として重要化した事で情報を外に漏らさないために、武装集団の増設、花街内での忍び者の配置などを維持するために花街に多額の寄付金が集まるようになる。

 そういう意味では花街は都からすれば税金が多額に集まる金のなる木であり特別区域としてみなされ、花街で貴族同士、たとえ上層だろうが、中層だろうがいざこざを起こした場合、役所では取り合わず、花街の中で懸案事項が処理される事になっていた。

 最近では金貸しもしているという話も聞いたことがあるが、まずもって一介の町民が金を借りるために花街に入る込む事はできない。

 だから和真は、はじめに左近から花街の言葉が出た時、一瞬理解できなかったのである。

 貴族でもなく、ただの町民で町医者をしているだけの左近にそんな金を貸すような場所ではないはず。

 例えお金を借りられたとしても、黒い噂も耐えない場所でもある。今頃金を借りて返せないとなると、どこかに監禁されてひどい目にあっていてもおかしくはない。

 左近がどの経緯で花街と繋がりをもったかはわからないが、色恋を口に出してもおかしくない年齢ではあるが正直、普段の左近の印象から、色恋というかどこか浮世離れした雰囲気を持っており、女性を知っているような感じでもない。

 つまり、花街を本来の目的で利用している事はないといえるし、医学所のお金は最近、和真が管理し始めている。

 高額な花街で遊ぶような金額を支出した覚えはない。

 首をかしげる和真に、左近がどこか申し訳なさそうに顔をそむける。

 左近のそむけたその顔には、どこか覚えがあった。

 そこで和真はかまをかけて左近の様子をみることにする。


 「左近お前花街で、医術を使っているな?」


 和真はだまり込む左近を見て完全に黒だと感じ取る。見覚えがあるはずだ。さっき見た光景と酷似しており、その証拠に左近の顔が例の口を尖らせ子供のような顔になっている。

 どんな事をしているかこの様子だと聞いても左近は答えないだろう。

 和真は自分で左近がどんな医術を花街で使っているか考える必要がある。


 「お、お前まさか?!」


 和真が思いついた言葉を口から出すより、早く医学所の扉が叩かれる。


 「誰だ?こんな朝早く」


 これから確信を左近に突きつけて、その後で対応を考える必要があるのに、日が登り始めたこんな時間に一体誰が来るというのだろうか?和真は鬱陶しそうに立ち上がり、左近に待っているように言う。

 扉を開けると、小奇麗な着物を着ているが、どこか自分と同じ生業をしている雰囲気を持つ40代ぐらいの小柄な男性が立っていた。


 「どちらさまで?」

 「左近先生はおいでですか?」


 和真が素性を訪ねているのにも関わらず、名乗りもせず左近の所在を訪ねてくる男性に、苛立ちが一気に上がる。


 「おっさん、俺はあんたが誰かって尋ねたんだぜ。名乗らねー奴に自分の主の居場所を言う奴はいねーだろ?」

 「お前が最近、左近先生の所で粋がっている若者か。話は聞いている。威勢がいいのはいいが人を見てからものを言うんだな」

 「俺も、気が長いほうじゃないんだ。やるなら表へでな」


 二人の間に、一触即発の雰囲気が流れる。


 「いで!」


 急に後ろから襲ってきた痛みに和真は頭を抑えながら、かがみ込み涙目で、後ろを振り向く。


 「和真、お客様になんという態度を。申し訳ないです。広方ひろかた殿」

 「いえ、これぐらい血の気が多いほうがお付として優秀ですよ。左近先生」


 小柄の男、広方は和真に突きつけていたような顔ではなく、柔らかい顔つきで左近に対応する。

 互いに知っている関係らしく、気心しれた口調で会話をしていく。


 「それで広方殿。本日はどのようなご用件で」

 「先生に往診に来て頂きたく」

 「わかりました。それでは本日、診療時間が終わってから向かいます」

 「いえ、できれば今すぐに。もう始まりかけておりまして」

 「それは大変です。いますぐに支度します」


 広方が少し申し訳なさそうに緊急性のある顔つきになった事で左近の顔つきが代わりいそいそと支度を始める。

 その様子に展開が急すぎて、話についていけず、自分のよくわからない所でどんどん話が進んでいく事に、焦った和真は左近に問いかける。


 「おい、左近どうなっているんだ?!」

 「和真、本日は医学所を休みにします。あゆかさんにもそう伝えてもらえますか?」

 「それは別に構わねーけど、こんな朝早くから、どこにいくんだよ?!」

 「花街です。あゆかさんに伝えたら和真も花街まで来てもらえますか?」

 「花街って?!おい、左近!!」

 「前門で私の名前と広方殿の名前を言えば通してもらえますので」


 和真と会話をしながら、普段、往診用にすぐに移動できるように準備された医術用具を確認し、準備を整えると左近はそのまま、広方と一緒に医学所を出ていってしまう。

 訳もわからず、その場に取り残される和真。しかしそれでもひとつわかった事がある。左近は花街で医術を使う気でいる。

 これで左近が花街で何をしているのかわかる。

 和真も自分の支度を終えると医学所の戸締まりを行い、あゆかが住む長屋の扉を叩く。

 家から出てきたあゆかは、まだ眠そうな顔で和真に挨拶をする。


 「おはようございます」

 「ああ、おはよう。あのな左近から言われて来たんだが、今日は医学所は休みだ」

 眠そうなあゆかの顔が急に、目を見開き怪訝な顔をする。


 「左近先生に何かあったのですか?」

 「いや、左近というよりは・・・」


 いつもならはっきりと口にする和真の歯切れの悪さに、あゆかは何かいやな予感を覚える。


 「左近先生はど・こ・に行かれたのですか?」

 (こいつ、こういう感はいいよな。まぁ、俺の身なりを見ればちょっと感のいいやつなら気がつくが。しかし、左近の所に来てから俺って損な役回りばかりな気がする)


 怖い顔を突き付けてくる、あゆかの問にどう答えていいものか悩む。正直に話しをして勘違いされるだろうなと思うが、うまくはぐらかして状況を説明できるような話術は持ち合わせていない。仕方ないと意を決して和真は真実を言う。


 「花街だよ」

 「は、花街!??」


 和馬が思った通り、あゆかは大きく目を見開いたかと思うと、今度は目をつぶり、その場で気を失い倒れてしまい、和馬は驚き抱きとめる。

 花街は女性にとっては、どうして存在するのかわからない場所であり、男性達がうれしそうに出向くことから、いかがわしい行為をする場所として認識されている。

 そんな場所に左近が行った事を知って、怒り、悲しみ、憎悪、嫌悪感など様々な感情が湧き上がり、意識が途切れてしまったのである。

 あゆかを抱きかかえ、家の中に入りまだ敷いてあった布団に寝かせる。

 う~と唸りを上げて、意識はあるのだがまだ衝撃に立ち直れないあゆかに気休めだがと前置きしてから和真が言う。


 「別に左近はいかがわしい行為をしに行ったわけじゃねーよ。あいつ医術の準備を持っていったし、退魔医術士としての顔をしていたから間違いなく医術を使った何かをするつもりだ」

 「ほ、本当ですか?!」

 「ああ、それに俺も左近が何をするか確認するために、今から行くし」


 あゆかは急に上半身を起こし、和真の胸ぐらを掴み必死な顔を向ける。


 「あなたは別にどうでもいいですが、絶対に左近先生にいかがわしい事をさせないでくださいね!」

 「あなたはって。まぁわかったよ」


 あの医術以外に興味がない左近なら一度ぐらい人生の勉強をしてもいいじゃねーかと思いつつ、そんな事をいえばあゆかからどんな事をされるかわからないので、ここは黙っておくことにする。

 それから何度もひつこく念を押されてうんざりした顔の和真をあゆかは納得行っていない顔で見送り、和真はあゆかの部屋を出て花街へ向かう。

 花街のある場所は、町民区間にあるので比較的近い場所にあるが、大きな塀に囲まれ、一般人が何気に近づくには仕切りが高い所になっている。

 中で行われている事も、どんな街作りになっているかも外からでは分からない。

 それ故に町民の中でいつかは貴族になって、花街に入る事を夢見る者も少なくない。

 実際下級貴族なら、出世次第でなれないこともない。

 

 「しかしでけーな」


 和真は花街を囲む塀を見上げながら、自ら意識して出した言葉ではない言葉が口から出ていた事に驚いていた。

 見上げるほどの塀の高さがあり、さらにそれが花街全体を覆っているのである。圧倒される状況につい口から出てしまうのは仕方のない事だと思われる。

 

 「確か前門で、左近の名前を言えばよかったんだよな」


 前門とは、普段貴族達が入る門ではなく、大量の物資を運び入れるために作られた大きな門で、街の南に作られている。

 貴族達はいちようお忍びで、花街を利用しているので前門ではなく、3箇所貴族専用の門が作られており、そこから出入りしている。この3箇所は、貴族の間でしか知らされていない。

 もう2箇所商人だけが利用する門があるのだが、商人と貴族の間で一番警備があついのは商人専用門である。

 警備もだが、検問も厳しく持ち込みの用具などは必ず確認される。

 花街の中で貴族が利用できる宿と、商人が利用できる宿は分かれているのだが、それでもやろうと思えば街内部で行き来はできるため、貴族に何かあってはならないと、厳重に警備がされている。

 いっとき商人は花街を利用できないようにすればいいんじゃないかと言う話も出たのだが、貴族と商人の関係は切っても切れない関係にあり、金を牛耳っている商人と間が悪くなると政治的にもやりにくくなるため、貴族だけ楽しい思いはズルいと言う話で、商人にも花街の利用権を与えられたのである。

 和真は前門に設置された検問番がいる詰め所を尋ねる。


 「すみません。町医者、島津左近の従者で宮平和真っていいますけど」


 豪腕で無精髭を生やしみてからに武骨者の雰囲気を漂わせる男の目が和真を見る。

 今までいろんな、武芸者や武骨者を見てきた和真でさえちょっと、後ずさりしそうになる眼力である。


 「話は聞いている。あいつについていけ」


 検問番が指を指すと、黒い覆面で黒服を来た忍び者と思われる人物が現れる。


 (こんな奴、今さっきまでいなかったはず)


 自分の気配の察知能力をそれなりに評価している和真でさえ、気が付かないほどの隠業に、そんな忍び者を雇っている花街の恐ろしさを少し感じ取る。

 街から少し外れた森へと入っていく忍び者をおって和真も、森へ入っていく。

 

 (おいおい。まじかよ。こんな所で諸事情とか言って、急に襲ってこないよな?)


 朝なのに日の光が木々の枝から生える葉の影響で地面まで差し込んで来ない。夏の避暑地としてはいいかもしれないが、足場が悪くはっきり行って今の状況では勘弁してほしい。

 光のない薄暗い足場の悪い森を進み、忍び者が急に立ち止まり、和真のほうへ振り向く。


 「着きました」


 着いたと、言われて和真は顔をしかめる。まだ森の中だ。一体どこに着いたというのだ?まさかここで俺を殺すつもりかと少し嫌な予感がよぎるが、相手から殺気は感じない。

 葉が多く茂った場所を忍び者が手で横に軽く避けると、そこには隠し扉があった。



 「この扉から入っていただきますと、大宿の中へ直接入れますので。何卒この場所はご内密に」


 和真は忍び者の頼みに黙って頷く。しかし忍び者が内密にといったが、はっきり言ってここから無事に帰る自信は和真にはない。ずっと忍び者の後ろを必死でついていくのがやっとで、地形を記憶する事ができていない。それに覚えていたとしても、見るものすべて素人目には同じ景色にしか見えない。

 扉がそっと開けられると光が差し込み、目が少し光に慣れていないため霞むが、徐々になれてきた目で見たものは宿の厨房でいそいそと料理を複数の男たちで作り、出来上がった料理を運ぶ女の使用人達だった。

 うまそうな臭いと、豪華な料理が運ばれていくのを見て、和真の腹の音が鳴る。

 ここまで来るまでに1時間はかかっている。朝何も食べずここまできたのだ。目の前に並べられる豪華な料理を目に腹の音を鳴らすなというのは酷な話である。

 お腹をさすりながら厨房へ入ると、女の使用人達に指示を出していた初老の男性が近づいてくる。

 

 「宮平和真殿ですね。お話は伺っております。花街統括大宿”桜の宮”の家長を努めさせて頂いております八田はったと申します」

 「あぁ、どうも。宮平和真です」

 「ではこちらに」


 八田の後ろをついていく。白髪混じりの頭髪、和真より少し引く身長でありながら、後ろからでもわかる荒事を何度も切り抜けてきた雰囲気。刀こそ帯刀していないが、懐刀ふところかたなぐらいは持っているはず。和真も懐刀を携帯しているが、後ろからこの老人を襲っても勝てる気がしない。


 (世の中は広いな。俺もまだまだ精進しねーと。左近を守れないな)


 入り組んだ通路を通り階段を何度も登る。5度目の階段を登りきった所で、ようやく通路を移動し、見た目からに豪華なふすまを前にする。八田が正座をするのでそれに習い、和真も正座をする。


 「ご主人様、島津左近様の従者、宮平和真殿を連れて参りました」

 「ご苦労。さぁ入られよ」

 (女の声?)


 ふすまの中から聞こえてきたのは女性の声だった。花街を統括している宿の主人ということは実質、花街の支配者といってもいいだろう。そんな人物が女性とは驚きだった。

 ぶくぶく太ったお歯黒混じりの男を想像していたのだが、八田がふすまをそっと開けるとそこには妖艶な雰囲気を漂わせ、腕置きに右肘をかけ、煙管を手に煙草を吹かせる女性が体を横に倒していた。


 「では私はこれで」


 八田は頭を下げ、そっとその場をあとにする。

 和真は混乱していた。左近の所に案内されると思っていたのだが、この場所には左近はいない。なんで自分がここに連れてこられたのか想像できずただ、その場に座ったままでいると、声をかけられた。


 「何をしとるん?中に入られよ」

 「いいんですか?」

 「いいも何も、おんしをここに呼んだのは、わちきじゃから」

 「では失礼します」


 本当に訳がわからない和真は、このままここにいても話が進みそうにないと、立ち上がり、一礼し中に入るとふすまを閉める。

 中は24畳ほどの広さで、奥に女主人、入り口付近に座ろうとする和真をもっとこっちじゃっと中の方まで誘い、和真もそれに従う。

 正直ここまでの権力者といままで対面で話をしたことがない。

 どちらかといえば自分が、村での最高権力者であり、依頼者をもてなすほうだったのだが、いざ自分が訪ねてきた立場になると、こうも気がざわめくものなのかと、心の中で言う。

 緊張した状態であったが、おなかがすいており体は正直である。一旦落ち着けると思ったら、安心したのかぐぅ~と腹の音が大きく聞こえる。

 赤面して下を向く和真に、くすくすと口を隠して女主人は笑いパンパンと手を叩く。

 八田がふすまを開けると、失礼しますと断りを入れ部屋に入ってくると女の使用人達が和真の前に豪華な食事が運んでくる。


 「お客人にひもじい思いをさせるのは、忍びないのでの~。食べられよ」

 「よろしいのですか?」

 「今から少し長話になるのでの~。それともいらぬのか?」

 「お言葉に甘えて頂きます」


 あるじである左近に恥をかかせてしまったと、悪く思うがここで遠慮して、女主人の顔を潰すわけにもいかない。ここは素直に頂いて話を聞いたほうが得策と考える。


 「まずは自己紹介しようかね。わちきの名前は静音と申しんす。この花街でお宿統括を任されている者でありんす。左近先生の話は、食べながら聞いておくんなんし。今、先生はお産の準備の為、ここにはおらんのよ」


 白飯が口の中に残っていたので、急いでお茶で流し込む。女主人、静音の話は和真の中である程度想像して事だったが、やっぱりそうかと、ご飯をむせてしまいそうになった。

 子供を産む事は簡単なことではない。お産を何度も経験している産婆と呼ばれるお産専門の医者とて、腹の中にいる生まれてくる赤子の状態はわからない。

 その中で一番厄介なのは逆子で生まれてくる事だった。

 足から生まれてくるということは上半身がどのような状態になっているかわからないのである。下手をすれば、へその緒が赤子の首に巻き付いてしまい窒息死してしまう事もあり得る。

 産まれてきて、へその緒を切り取った後の手術後次第では処置を誤ると切り口から化膿を引き起こし、そこから合併症を発症して死にいたる事もある。

 そのため貴族達の間で跡継ぎを多く産ますために多くの女性と婚姻関係を結ぶのが一般の常識である。

 産まれてくる赤子ばかりが、危険というわけではない。

 母親とて、産み方次第では力だけが変な場所に入ってしまって、なかなか子供が産まれてこず、体力だけ奪われ3日間以上陣痛にうなされそのまま息絶える事もあった。

 1件のお産にかかる時間は十人十色だが、平均して2日間ほどかかる。ということは単純に医者がそれだけかかりっきりということになり、かかる費用も膨大になっていた。

 和真はそのことを知っているが、左近が要求する費用がそんな膨大とは到底思えない。


 「静音殿、お聞きしますが、我が主、島津左近はお産費用をいくらほど請求させて頂いているのでしょうか?」

 「30万ほど」


 和真は頭を抱えた。はっきり言って安すぎるのである。産婆は経験を重ねる事で一回のお産費用を釣り上げていく。その中でうまく赤子を取り上げた回数が多ければそれだけで、噂がたち更に金額を上げる事ができる。

 ある産婆の話は500を超えるお産を経験し、その中で半分以上うまく赤子を取り上げたとされていた。500取り上げて、赤子を殺さず半分取り上げれば、はっきり言って名医である。

 お産で10人に7人はうまく行かず、3人うまく産まれれば普通とされている。それぐらいのお産確率なのである。

 では先ほどの500を超えるお産を経験した産婆はいくらもらっているのか?その前にこの時点で町民からの依頼をこの産婆は受ける事はない。

 貴族御用達としてに貴族区間に囲まれてしまい、貴族たちのお産を手掛けるのである。ではその産婆の相場はお産をするだけで1000万以上をもらえ、成功すれば報酬としてさらに100万が追加で渡される。

 これだけ見れば、産婆をやる者達が増えそうだが、そうではない。

 失敗する事のほうが多いお産の中、腹を痛めて必死に産んだ子供がなくなるのだ。誰かを恨んでもおかしくはない。産婆を狙った事件も数多く発生している。

 産婆という職業は一攫千金であるが、知識なくできることではない。それ以上に殺されてしまう危険をはらんでおり、産婆をする者達が少ないのが現状である。

 人数が少ないということは、一人の産婆にかかる負担は非常に大きく、回数をこなしていない産婆とてかなりの費用を要求でき、平均的な相場は100万を超える。

 その中で、左近が請求している額30万は非常に格安であることがわかる。


 「ちなみに左近が取り上げた赤子の数と成功率を教えていただけますか?」

 「先生に頼んだお産の数は50回ほどだったかね。成功は全部じゃ」

 「ぜ、全部?!」


 和真として、耳を疑った。左近の医術がいくら優れているとはいえ、50回のお産を行って、すべてを成功させているとは正直思っていなかった。

 

 「母子ともに健康ということでしょうか?」

 「そうじゃ」


 それを聞けば左近にお声がかかるのはわかる話である。しかし、はじめに町医者の左近が花街とどう知り合ったのか気になった。


 「左近と花街の接点が私にはわからないのですが?」

 「花街が抱えていた産婆が、貴族に取られてしまってな。新しい産婆を探しておったんじゃが、どれも費用だけ高くての~。そんな時、うちで3番目に人気がある遊女ゆうじょから巷で話題になっている医者がいると聞いたので興味を持ってな。使いをよこしたのじゃ。すると、来た医者はまだ15と言う。そのまま帰そうと思ったのだが、急に予定していたより早く妊婦が産気ついてしまってな。左近先生の処置が誠に手際よく、見ていて安心できると思ってそのままお産まで願ったのじゃ。するとどうじゃ、医術でお産を行ってな。誰も手伝いをつけず、本当に驚いたものじゃ」


 静音はまるで我が子の自慢でもするように嬉々として語り始めて一気に最後まで語る。


 (どうやら左近はここで気に入られているようだな)


 「しかも先生は、わちきらを差別しようとはしない」


 花街の女性達は、表に出ることはなく、町民から華やかな世界にいるように思われている節がある。そして、男性と体を重ねる仕事柄、どうしても差別的な意識で見られる事がある。

 ほかの産婆、医者から見られていた、自分たちに対するそういう差別的な意識が左近から感じられないと静音は語る。


 「ぜひ左近先生には花街の常駐医となってほしいものだがな」

 「それはできないと思います」

 「なぜじゃ?金も多く弾むぞ」

 「金で動いてくれるなら、まだ人間としてはましなのですがね。島津左近という人間は頑固者で。金では動かないんですよ。誰かの為多くの人が助けられたらいいという思考で、こっちはそれでちょっと困っておりまして」

 「困りごととな?」


 和真はようやくここに来た本題に繋がったと息を吐く。確かに左近をおってここまで来たが、和真の本題としては別にある。ここで話を有耶無耶に進めてしまっては、次に本題を切り出す機会を作るのに苦労するだろうと、決意を固めて静音に言う。


 「正直にお聞きします。静音殿。左近はここでいくら金を借りているのですか?」

 「ほう。左近先生はここで金を借りている事をおんしに言ったのかぇ?」

 「ええ。今、医学所、島津左近の運営管理を私がやることになりまして。あまりに金回りがおかしい状況になっておりまして、問い詰めた所、左近から花街の事を聞きました」

 「なるほどのぉ。貸しておる金額は確か1500万ほどじゃったかぇ」


 和真は後ろに倒れそうになった。どういう計算で今まで左近が組合に請求していたのかわからないが、現在、月の収入額は30万程度である。そこから諸経費を引いていくと20万ほどの負債額になる。

 どう考えても、医学所の運営状況から見ておかしい金額なのだ。

 和真が考える請求であれば月に200万は超える。単純計算で今の6倍以上。金を借りる必要はない。

 これから左近ときっちり話し合いをして、詰めていけば、花街での借金はなんとか返せそうだ。

 しかし、現状をどうにかするお金がない。

 和真は豪華な膳から体を後ろに下げ、床に頭をつけて土下座をする。


 「静音殿。どうか、今回だけでいいのでお金をお貸し願いませんでしょうか?」

 「金を貸せとな。そうじゃの~1つ条件がありんす。おんしが、花街で働くというのであれば考えんでもないの~」

 「それはできない。左近のために私は死ぬ事を決めている。漢と漢の契約を違える事は私にとって死ぬことと同じ。他のことなら何でもする」


 顔を上げ即答する和真に、驚き唖然とする静音だったがすぐに立ち直り、口を抑笑い出す。


 「ふふふ。これは愉快じゃの~。すまぬ。ちょっとした意地悪だったんじゃ。許せよぉ。」

 「どういうことですか?」


 和真は静音の、言葉の真意が見えず首をかしげる。愉快そうな表情で静音が真実を話す。


 「左近先生が借りている1500万は、本当はそんなものは存在しないんじゃ」


 静音の言葉にさらに訳がわからず、目を見張る和真。


 「左近先生が組合に請求している金額を調べさせてもらったんじゃ。だってそりゃそうじゃろ?うちによこしたお産の費用の額を初め見た時一桁間違って送ってきたかと思ったのじゃ。そこで町民達が医学所を通って実際組合に請求している額を調べさせて、それはすごいびっくりした額じゃった」

 「それで?」

 「他の医者から組合に対して請求されている額と比べてみても明らかに、おかしいとわかってな。そこで組合に属する下級貴族の懐具合を調べた。不正をしておった。左近先生から送られてきた請求が割増になっておってな。割増した額をそのまま懐になおしておったわ」

 「そうだったのですか」


 怒りを通して呆れる和真だった。しかししっかりと費用を請求しない左近も悪いと思ってた。適正な額を請求していれば割増すればほかの貴族に発覚するはずである。最終的に上位貴族に報告する金額がほかの医者と同じぐらいであれば、発覚する可能性は低くなる。そこを狙った下級貴族の悪知恵が勝ったということだ。


 「そこで、組合の下級貴族にはちゃんと適正金額にしたうえで、左近先生にお金が支払われるようにしておいたのだが、それでは素直に左近先生は受け取る事はせんだろうと思って、わちきが一度お金を預かって、わちきから左近先生がお金を借りるという事にして、今まで先生が稼いだお金をそのまま渡しているのじゃよ」

 「そうだったんですか。じゃあ、今借りている金はないって事ですか?」

 「そういうことじゃ。今まで先生が稼いだ金はわちきの信頼できる人物に預かってもらってもいるので安心してもらっていい」

 「その金を私に預けてもらうことは?」

 「それはもうしばらく待ってもらえるか?おんしを完全に信頼するにはまだ時間が足りぬ。ただ金がなくなればいつでも言っておくんなんし」

 「わかりました。ありがとうございます。左近にここまで心強い味方がいたと知って嬉しく思います」

 「わちきも、おんしの覚悟を聞いて、心が久々に暖かくなったわ」


 静音が立ち上がり、和真に近づいて来る。静音から漂ってくる微香が心地良く、意識が軽く奪われる。静音の手がそっと和馬の頬を包み込むと、ほわっと頬に柔らかい感触が伝わり、意識を元に戻しながら頬を抑える和真。


 「これからも左近先生を守ってやっておくんなんし」

 「言われずとも。必ず」


 その時だった和真の背中をゾクッと悪寒が襲う。

 

 (なんだ!?この感じ。鬼と対峙した時に似ている!)


 和真の表情が固くなった事に気づいた静音は尋ねる。


 「何かあったのかえ?」

 「危険なモノが近づいています。左近が危ない!左近の居場所を教えて下さい!!」

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