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第6話「島へ」



洋平の家の近くに小さな寺がある。



毎年、大晦日になると、近隣の住民がその寺に集合して、除夜の鐘をつく行事が行われる。



十二月三十一日。今年は洋平もその行事に参加してみることにした。除夜の鐘をついたあと、ミツキの神社へ初詣に行くつもりだった。



夜の十一時半にジャンパーを着て家を出た。街灯なんてまったくない暗い山道を、懐中電灯で照らしながら進む。



今朝、雨が降っていたので、空気が冷たくなっていた。強い風がふくたびに、洋平は何度も手をこすりあわせた。



寺に着くと、鐘のまわりにはすでにたくさんのひとが集まっていた。ほとんどが老人や子供だった。

篝火がいくつか焚かれており、老人達はそれを囲んで暖をとっていた。子供達は、夜遅くまで起きていることに興奮しているのか、やたらとはしゃぎまわっている。



「麻見君」



聞き覚えのある声がした。

声の方を向くと、篝火の前に藤沢が立っていた。藤沢は、洋平の前に駆けよってきて聞いた。



「麻見君も、除夜の鐘をつきにきたん?」



「はい、藤沢先輩もですか?」



「わたしは自治会の手伝い。じいちゃんが自治会の会長をやっててね。こういう行事があると、いつも手伝わされるんよ」



そのとき、篝火の側に立っていた老婆が藤沢を呼んだ。藤沢はそちらに駆けていって、しばらく何かを話していた。なんだか話がはずんでいるようだった。



話が終わると、藤沢は洋平の前にもどってきた。



「除夜の鐘をついたあと、自治会のひと達と、集会所でお雑煮食べにいくんやけど、よかったら麻見君もいっしょにどう?」



「あ、すいません。おれ、神社に行くつもりなんで」



「川本さんの神社?」



にやつきながら、たずねられる。洋平は照れながらうなずいた。

藤沢は幼児みたいな声をあげた。



「いいなあ、いいなあ。わたしも恋人ほしいなあ」



「そのうちできますよ」



「だめよ。だって、わたし性格きついもん」すねた目になる。「わたしが川本さんを叱ったとき、麻見君、すごくいやな顔してたやろ?」



「はあ、まあ」



「男のひとって、わたしみたいなうるさい女よりも、川本さんみたいな甘え上手な娘のほうが、ぐっとくるものなんやろ?」



「いや、それはひとそれぞれやと思いますけど」



「でも麻見君はそうなんやろ?」



洋平は口ごもった。藤沢はだまってこちらを見つめた。



そのとき、鐘の音が鳴りひびいた。



零時になったので、和尚さんが除夜の鐘のひとつめをついたのだ。



「今年も無事に年が明けました。みなさん、あけましておめでとうございます」



そう言って和尚さんがおじぎをすると、まわりのひと達もそれぞれ、あけましておめでとうございます、と声をあげた。



藤沢はため息をついて、洋平に笑いかけた。



「変なこと聞いてごめん。麻見君、あけましておめでとう」



洋平も笑った。



「あけましておめでとうございます」



ふたたび鐘の音が鳴りひびいた。

ふりむくと、人々が一列にならんで、ひとりずつ鐘をつきはじめていた。洋平と藤沢も、その列に加わった。



鐘のつきかたは、ひとによってちがっていた。老人達は、一年間をふりかえるように、ゆっくりと鐘をついた。子供達は、誰が一番大きい音をだせるかを競争していた。洋平も大きい音をだそうとして、力をこめてついたが、あまり大きい音は出なかった。藤沢は、和尚さんにあいさつをしてから、ていねいに鐘をついた。



藤沢と別れると、洋平は、自治会からもらったみかんを食べながら、いったん家に帰った。車庫から自転車をとりだし、それに乗って神社へ向かう。


神社にも、たくさんのひとが集まっていた。

初詣をすませると、洋平は群衆の中からミツキの姿を探した。

本堂の近くに屋台があり、ミツキはそこで巫女の格好をしてお守りを売っていた。



「あけましておめでとう」



声をかけると、ミツキはこちらを見て、にかっと笑った。



「あ、来た来た」隣に立つ女性に言う。「姉ちゃん、わたしちょっと休憩してくるけん」



「ええけど」ミツキの姉は洋平を凝視した。「すぐにもどってくるんよ」



「うん、わかった」



洋平のそばに来ると、ミツキはていねいに頭をさげた。



「あけましておめでとう」



「おう、おめでとう。神社の娘っていろいろとせわしいんやの」



「正月だけよ。普段は境内の掃除だって、たまにしかやらんのやけん。あ、そうだ、話があるんよ。ちょっとうちに来て」





家に入ると、ふたりはミツキの部屋へ行った。

以前来たときよりも、部屋はちらかっており、中央にはコタツが出されていた。



「島へ行こうや」



部屋に入るなり、いきなりミツキがそう言った。



「島?」



「そう。冬休みに、ふたりで島へ行こう」



「島って、……なんで?」



「昨日、テレビで日本の島のドキュメンタリーを見てたら無性に行きたくなったんよ。だから行こう」



……なるほど、これが川本ミツキのノリというやつか。



少しだけ彼女を理解できた気がした。



「別にええけど、どこの島に行くん?」



「加火島がいい」



「ええ?」



洋平は眉をひそめた。

加火島は、洋平達が住む町の港から、船で一時間程で着く小さな島だ。



「遠足で行ったことあるけど、あそこ、何もないやろ」



「何もないからええんよ」ミツキは顔を近付けてきた。「そのほうが、お互い相手のことだけに集中できるやろ」



「…………」



そんなふうに言われると、反論できなくなる。



「じゃあ、まあ、加火島でええわ」



洋平は顔を赤らめながらつぶやいた。



ふたりはコタツに入って、地図を広げながら、計画をたてはじめた。










一月四日の朝、洋平とミツキは船に乗って加火島へ行った。



あいにく空は曇っており、冷たい風が吹きすさんでいたが、ふたりのテンションは高かった。

船での移動中、誰もいない甲板の上で大声ではしゃぎまわり、時々飛んでくる海鳥をからかったりした。



島につくと、ふたりは山へ登ることにした。島の風景が見渡せるようなところで弁当を食べようと船の中で決めていたのだ。

山道にはいると、草の匂いが洋平の鼻をくすぐった。喉を通る空気も草の味がするような気がする。

木の葉が空を隠すので、あたりは薄暗かった。地面の土はしめっていて、油断していたら転んでしまいそうだった。ふたりは足元に気を付けながら、ゆっくりと歩いていった。



歩きながら、ふたりはたくさんの話をした。

ミツキの言ったとおり、何もない場所なだけにおたがい相手のことに集中することができた。どちらも熱にうかされたかのようにしゃべりまくった。



話題は、互いの人生。

産まれて、どんな幼稚園時代を、小学校時代を、中学時代を過ごしてきたかを細かく話した。



ミツキは自分の嫌な部分も隠さずに、ミツキのいままでの生き方を本気で語った。

洋平も、それに答えて、これはまじで話さなと覚悟を決めて、幼少時代のおもらしから、中学時代にひとをいじめた罪まで、ぶちまけられるだけぶちまけた。



共感する部分も見つかり、喜び、反発する部分も見つかり、口論になり、やかましいふたりの会話は山道の静寂をかきみだした。



そのおかげで、頂上に着く頃には、自然に手をつないで歩けるようになっていた。




頂上には古い展望台があったので、そこで弁当を食べることにした。

ふたりは展望台に登ると、鉄柵に駆け寄って島の風景を見渡した。歩いているときには何の感慨もわかなかった、民家や畑が、こうして高いところから見下ろしてみると、とても美しく見えた。



ふたりは腰をおろして弁当を食べはじめた。

きゅうりの浅漬けをかじりながら、ミツキはこんなことをたずねた。



「麻見君さ、藤沢先輩とふたりだけで裏方やってると、人数少なくて大変やろ?」



「まあ、大変っちゃ大変やけど」



鮭の切身の骨をとりのぞきながら、洋平はうなずく。



「じゃあさ、勧誘しよや」



「勧誘?」



「裏方やれそうな同級生に声をかけて、演劇部にはいってもらうんよ」



「いや、いまさら、そんなんええよ。ふたりだけでも、どうにかやれるけん」



「でも、きついんやろ?」



「大丈夫やって。それにおれが入る前は、藤沢先輩ひとりでこなしてたんやろ?そん時にくらべりゃあ少しは楽になってるやろうし」



「せやけど」ミツキはうつむいた。「裏方の作業中とか、藤沢先輩と、ふたりきりになることが多いんやろ?」



洋平は首をかしげた。



「それがどうかしたん?」



「え?麻見君、気付いてないん?」



「気付いてないって、何が?」



「藤沢先輩が」



とミツキが言いかけたとき、ふたりの間に白い粒のようなものがゆっくりと落ちてきた。



ふたりは上を向いてつぶやいた。



「雪?」



「雪やね」



空いっぱいの雪が静かに降りはじめていた。



「こりゃもうすぐめっちゃ寒なるわ。早く山を降りようか」



「うん」


ふたりは弁当を片付けると、すぐに山を降りはじめた。山道をくだっていくにつれて、だんだんと風が強くなってきて、ふもとに着いた頃には吹雪になっていた。洋平とミツキはよりそいながら早足で歩いた。



ふたりは港のそばにある小さな喫茶店にはいった。

全身にはりついた雪をはらいながら、入口近くの席に座る。

窓の外を見て、ミツキはため息をついた。



「これじゃあもう外は歩けんね」



「しゃあないわな。帰りの船の時間までここにいよ」



「うん」



そのときメニューを持ってきた店のおばさんが、ふたりに声をかけた。



「今日はもう船は来んよ」



絶句するふたりの顔を見ながら、おばさんは眠たそうな声でつづけた。



「さっきに買い物に行ったら、市場のひとが言っとったんよ。吹雪で運行中止になったんやと」



注文決まったら呼んでや、と言い残して、おばさんはカウンターへもどっていった。

洋平はテーブルにつっぷした。



「マジけ」



ミツキもテーブルにつっぷした。



「どうしよう。帰れんなってしもた」



「とりあえず家に電話しとこか」



つっぷしたままの姿勢で洋平が言うと、ミツキが顔をあげて聞いた。



「なんて言えばいいん?」



「え?」



「親に、今日は帰れんなったって言ったあと、なんて言えばいいん?」



ミツキの考えを察して、洋平は口ごもった。



「だから、帰れんなったって言ったあと、その、今日は加火島に……泊まっていくって」



「いいんやね?」



「いいんやねって、そうするしかなかろうが」



「わかった。でも、どこに泊まるん?」



「そりゃあ、ホテルか旅館に、……あ、そうか、この島には宿泊施設なんてないか」


ふたりが頭をかかえていると、店のおばさんがまた話しかけてきた。



「ここから少しはなれた所に民宿があるけど」



洋平は身をのりだした。



「ホンマですか?」



「うん、海沿いの道をあっちにむかってまっすぐ行けば、十分くらいで見えてくるけん」



ふたりはおばさんに礼を言うと、コーヒーを一杯飲んでから店を出た。

それから近くの電話ボックスにはいって、互いの家族に島で一泊することを伝えた。

そのあと、吹雪の中を身を縮めて走りだした。



民宿はすぐに見つかった。

そこは三階建ての大きな家屋で、三階の壁に『民宿かわの』という看板がとりつけられていた。

格子戸を開けて中にはいると、玄関で十歳くらいの少年が靴を履こうとしていた。きょとんとする少年にむかって洋平はやさしくたずねた。



「あのさ、今日、ここに泊まりたいんやけど、お父さんかお母さんはおるかな?」



少年はうなずくと、家の奥にむかって大声をあげた。



「父ちゃん、お客さん」



すると、奥からエプロンをつけた中年男性が小走りでやってきた。彼がこの民宿の主人らしい。



「や、いらっしゃい。えっと、二名様?」



「はい」



洋平はうなずいた。



「何日のお泊まりで?」



「一泊二日でお願いします」



宿泊料金を払ったあと、ふたりは二階の客部屋に案内された。

部屋のカーテンを開けながら、主人は食事と風呂の時間を告げた。

窓の外の雪景色を見ながら、ミツキが聞いた。



「わたし達の他にお客さんはいるんですか?」



主人は首を横にふった。



「今日は君達だけよ。このへんには釣りの穴場がたくさんあってね、普段は釣り客が結構来てくれるんやけどね、この雪じゃねえ」



主人が部屋から出ていくと、ふたりは荷物を置いて腰をおろした。窓の縁には雪がだいぶたまっていた。一階で主人が料理をしているのだろう。畳の下から揚げものの音が聞こえてくる。

ふたりは暇潰しに部屋を物色した。すると押し入れの中から将棋セットが出てきたので、夕食の時間までそれで遊んだ。



夕食を終えた頃から、洋平はだんだんと落ちつかなくなってきた。



洋平は、寝るとき、ミツキとふたりきりという状況にどう対処するべきかと悩んでいた。



要するに発情していた。




泊まると決めたときからその悩みは頭の中に存在しており、いまでは洋平の思考のほとんどをムラムラと支配していた。

欲望は当然あるのだが、それを行うには莫大な勇気が必要である。告白ですら二ヶ月もかかった自分にはたしてできるのか。

そんな悩みをさとられぬよう、できるだけ普通にふるまおうとしたが、それでも緊張のせいでミツキと目をあわすことができなかった。



風呂の時間になると、民宿の奥さんが洗面用具一式を用意してくれた。ジャンケンで順番を決めて、まず洋平からはいることにした。

熱い湯につかっていると、ますます気分が高揚してたまらなくなった。



部屋にもどると、すでに布団が敷かれていた。ちゃんと二組敷かれているのを見て、少しがっかりした。

ミツキが風呂にはいっている間、洋平はひたすら部屋の中を歩き回った。

畳の上を往復しながら、甘い期待を抱き、あわててその期待を否定し、だがもしかするともしかするぞ、とつぶやいては期待を取り戻し、同じ思考を何度もくりかえしていた。



ところが部屋の外からミツキの足音が聞こえてくると、洋平はあわてて布団の中にもぐり、寝たふりをしてしまった。あほだ。自分から望みを捨てる真似をしてどうする。



部屋にはいったミツキは電灯を消すと、おやすみ、とつぶやいてさっさと布団にはいってしまった。

わずか三秒で期待を裏切られた洋平は、現実の無情さに落胆し、ため息をついた。でも、ちょっとだけ安心もしていた。



そのとき、ミツキが小声で聞いてきた。



「どうする?」



「え?」少し口ごもる。「どうするって、何が?」



「その」声が熱っぽい。「やってみる?」



心臓がはねあがった。



「何を?」



「女の子に言わせんなやバカ。……わかってるくせに。麻見君、ずっとそのことばかり考えとったやろ。顔に出てたで」



「ほうか?」



「ほうよ。で、どうするん?」



「おれが決めるんか」



「あんた男やろ」



「せやけど、うーん、川本はどうなん?」



暗闇の中で、ミツキの気配が一瞬ふるえた。



「わたしは、ええよ」



かすれた声が、返ってくる。



「ほうか」



洋平は、おさえていたものを解放することにした。



ミツキの布団の中にいきおいよくつっこんでいった。そして驚いてあとずさろうとするミツキの肩をつかみ、思いきり抱きよせた。ミツキの髪が顎に触れる。服の布地越しに、肌の熱さが伝わってくる。洋平は、ミツキの服の裾から中に手を入れて、彼女の背中をじかになでた。手の平が汗で濡れる。あっと声をあげて、ミツキが小さくふるえる。



「あれ?」



ふと洋平は手を止めた。

そして服の中から手を抜いて、その手をミツキの額に当ててみた。



「どしたん?」



「川本、熱あるわ」



「え、うそ」



「いや、間違いないわ。絶対熱がある。それに声もなんか変やで」



そんなことない、と言いかけて、ミツキは大きなくしゃみをした。

洋平は、もそもそと自分の布団にもどりながら言った。



「やっぱり風邪ひいてるわ。今日はもう寝とき。もし明日になっても熱さがらんかったら、もう一泊しよ」



ミツキは半身を起こして聞いた。



「ええの?」



「ん?」



「やめちゃってええの?」



「あほ。病人相手にそんなことできるわけないやろ」



「わたしはええんよ」



「おれはよくない。無理してそんなことされても全然うれしくない。だからもう寝とき」



ミツキは少しだまってから、



「わかった」



とつぶやいて布団にもぐった。



洋平は寝返りをうち、ミツキに背を向けてから、そっと熱い息を吐いた。

ああは言ったものの、ミツキのやわらかい肌の感触が手に残っており、頭の中はもんもんとしていた。それから一時間くらいの間、洋平はわきあがってくる劣情と必死で闘った。







夜が深まり、気分がだいぶ静まってきたとき、ミツキがいきなり背中に抱きついてきた。洋平の心臓は再びはねあがった。



「な、何ぞ?」



「くっつきながら寝たいんよ。ええやろ?」



「え、ええけど」



「おやすみ」



ミツキはすぐに寝息をたてはじめた。洋平は、またもやわきあがってきた劣情と、今度は三時間も闘わなければならなかった。









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