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第5話 「打ち上げ」



日がすっかり沈んだ頃に、お好み焼き屋に着いた。



店内に入ると、複数のしゃがれた笑い声が聞こえてきた。土方風の男達が、カウンター席を埋めて酒を飲んでいた。かなり酔っているらしく、どの男も、濃く日焼けした顔を紅潮させていた。



店員のおばさんに案内されて、部員達は奥の座敷にあがった。

洋平は三田村といっしょに端の席に腰をおろした。三田村は、積んであった座布団を近くの部員達にくばりながら聞いた。



「麻見、おまえ川本の隣に座らんのか?」



ミツキはだいぶはなれた所に座っていた。



「そんなあからさまなこと。恥ずかしくてできませんよ」



「積極的のないやつやのう」



「三田村先輩こそ、淵上先輩の隣に行かんのですか?」



淵上は、ミツキの隣に座っていた。



「おれ達は人前ではべたべたせんことにしとるんよ」



「人前じゃないところではべたべたしてるんですか?」



座布団で頭をはたかれた。どうやら図星だったようだ。にやつきながら洋平はつづけた。



「うらやましいですね。ふたりきりになったら膝枕とかしてもらってるんですか?」



蹴られた。なんとこれも図星だったようだ。



全員分のお好み焼きやジュース、その他の料理がテーブルにならべられると、打ち上げはさっそく始められた。



仁さんが、乾杯の音頭をとる。



「今日はお疲れさん。食うぞ。乾杯。あとついでにメリークリスマス」



仁さんがそう言うと、部員達も、乾杯、あとついでにメリークリスマス、と唱和してコップをかかげた。



座敷はいっきに騒がしくなった。

それぞれ気のあう者同士が集まって、飲食しながらはしゃぎあう。



洋平は三田村と、千円を賭けて、お好み焼き早食い勝負をした。

勝った。

三田村は、お好み焼きを喉につめたらしく、目を赤くしながら激しくむせて咳き込んだ。



「大丈夫っすか」



笑いながら、洋平は三田村の背中をさすった。



「おい、洋平」ふと腕時計を見ながら三田村は聞いた。「おまえ、いつ川本に告白するつもりなんぞ?」



「え?」



コップの中のコーラを飲みほして、三田村は洋平をにらんだ。



「おまえが演劇部にはいって、もう二ヶ月やで。そろそろいってもええ頃やろ」



「いや、でも」頭をかく。「やっぱり、まだ、だめです」



「よし、わかった」三田村は姿勢を正した。「おれが告白する機会を作っるわ」



「いいですよ。それくらい自分でやれますから」



「なあ、洋平」真剣な顔付きになる。「おまえ、ほんまに川本のことが好きなんやな?」



少し間を置いてから、洋平はしっかりとうなずいた。



「そりゃあ、好きですよ」



口に出すと、恥ずかしさがこみあげてきて、洋平はうつむいた。



「そうか。じゃあ後ろ向け」



「え?」



わけがわからずにふりむくと、体が固まった。



背後にミツキが立っていた。

満面の笑みを浮かべながら、こちらを見降ろしている。





その横には淵上が立っていた。

普段通りの無表情で、コップにはいった烏龍茶をすすっている。





いつの間に近付いていたのか。騒ぎ声のせいでまったく気付かなかった。

洋平は、さっきの三田村との会話をふりかえった。




「おまえ、ほんまに川本のことが好きなんやな?」



「そりゃあ、好きですよ」





聞かれていた。

間違いなくさっきの言葉をミツキに聞かれていた。

洋平の胸の中がいっきに熱くなった。頭がくらくらとしてくる。





とつぜん三田村が笑い声をあげた。



「すまんすまん。いや実はな、お好み焼き屋へ向かう途中に淵上と話しあっとったんよ。打ち上げが始まって三十分くらいたったら、まず淵上がこっそりと川本をおまえの後ろに連れてくる。そしたら、おれがおまえに川本への気持ちをさりげなくしゃべらせるってな」淵上にむかっと親指をたてる。「作戦成功やな」



淵上は無言でうなずいた。



何と言えばいいのかわからずに洋平が赤面していると、ミツキが目の前に正座して、こちらをまっすぐに見つめながら言った。



「もう、一回」



「はい?」



まばたきをする洋平。ミツキはゆっくりとくりかえした。



「さっき言ったこと。もう一回言ってや」



うわ、たまらん。



洋平は暴れだしたくなるのを必死でおさえた。まわりに誰もいなかったら、テーブルの上で、お好み焼きを蹴りとばしながら、はねまわっていただろう。それくらい高揚していた。



三田村がにやつきながら背中をたたいてきた。気がつくと、まわりの部員の何人かが、何事かといった顔でこちらを注目していた。その視線が、洋平をますます高揚させた。



なんかもうどうにでもなれという気分になって、洋平は絶叫した。



「おれは川本ミツキが大好きだ」




部員達がおどろいて騒ぐのをやめた。



唐突な沈黙が、座敷を支配する。



自分に向けられた視線の数が倍になったのを感じて、洋平は身をちぢめた。



ミツキは言った。



「そっかそっか」



ミツキは洋平の隣に座ると、りんごジュースの瓶を持って、洋平のコップにジュースをそそいだ。そしてまた、そっかそっか、と言って笑った。



「おい、川本、返事は?」



三田村が聞くと、ミツキはきょとんとした。



「返事?そんなもん必要ないやろ?」ふたたび満面の笑みをうかべる。「わたしはいま、麻見君の告白を聞いて、にこにこしてるんよ。返事なんてしなくても、わたしの気持ちわかるやろ?」



洋平は思わずコップを落としそうになった。



「それは、その、あの、その」舌がうまくまわらない。「つまり、その、そういうことか?」



ちゃんとした言葉になっていないが、ミツキはしっかりとうなずいてみせた。



洋平は、胸の中にあった熱いものが、全身に広がってゆくのを感じた。



そのとき窓側に座っていた藤沢がゆっくりと立ち上がった。部員達がそれに注目する。



「おい、どしたんで?」



仁さんが聞くと、はっとして藤沢は周囲を見回した。自分が立ち上がったことにおどろいている様子だった。そして洋平と目があうと、あわてて顔をそむけた。



「あの、ごめんなさい。わたし、ちょっと気分が悪くなってきたけん、ちょっと早いけど帰らせてもらうわ」



早口でそう言いながら、藤沢は座敷から降りて靴をはいた。



「送っていくわ」



仁さんも座敷を降りようとすると、藤沢は首を横にふった。



「ええよ。わたしの家、ここから近いけん」



「でもな」



「ええって、ええって」



仁さんをふりきるようにして、藤沢は急いで自分のぶんの料金を払うと、小走りで店から出ていった。



「何なんやろの?」



三田村が首をかしげた。



打ち上げが再開されると、ミツキと三田村は座る場所を変わった。そうすると、三田村は淵上の隣に、ミツキは洋平の隣に座る形となる。



きっとこうすることも、三田村の作戦の内だったのだろう。



洋平とミツキはお好み焼きをつまみながら話をした。



洋平のテンションは高くなっていた。

告白がうまくいった喜びと、彼女になったからにはミツキを楽しませなあかんという使命感のようなものが、口の動きを活発にさせた。

自分でもおどろくくらい、話題が次々に浮かんできて、ミツキを何度も笑わすことができた。



ミツキが割箸でジュースの瓶をつつきながら、こんなことを聞いてきた。



「打ち上げ終わったら、ふたりでそこらへん散歩せん?」



よろこびで頬がひくつきそうになるのをこらえながら、洋平は、



「おう、ええよ」



とカッコつけて短く答えた。







そのとき、カウンター席のほうで、小さな悲鳴があがった。



部員達がそちらのほうを向くと、トイレに行っていた一年生の女子部員が、唇を噛みながら、スカートの尻をおさえていた。



その背後では、土方風の男達が下品な笑い声をあげていた。



その女子部員が何をされたのかは、だいたいの予想がついた。



部員達は、土方風の男達を静かににらみつけた。



男達も、笑うのをやめて、こちらをにらみ返してくる。



重い沈黙が、店内を漂った。



三田村がそっと近付いてきて、洋平にささやいた。



「おまえ、喧嘩したことあるか?」



びくっとして洋平は首を横にふった。三田村は頭をかいた。



「そうか。こっちは男が少ないけんな。はっきりいって不利なんよな。店にも迷惑がかかるし、今回はやめとくか。あいつらの顔覚えて、次の機会に仕返しを」



そのとき、店を壊すかのような怒鳴り声が炸裂した。



「何さらしとんじゃ、こらあ」



おどろいてふりむくと、仁さんが土方風の男のひとりを椅子で殴りたおしていた。

殴られた男は、うめきながら壁際にうずくまった。

他の男達が、ものすごい形相になって、次々と立ち上がる。



「あーあ、おっ始めてしもた」



三田村はため息をついて立ち上がると、おらぁ、と叫びながら男達に飛びかかっていった。他の数少ない男子部員達も、それに続く。



洋平も、数秒遅れて座敷を飛びだした。しかし、男達の狂暴な目付きを見て、思わず立ち止まってしまった。



喧嘩のやり方というものが、まったくわからない。



自分の臆病さに歯ぎしりする間もなく、はげた男が殴りかかってきた。



反射的に、洋平は右腕をつきだした。



すると、手が偶然に相手の目に当たった。



相手は、あっと声をあげて目をおさえた。



そのとき、なぜか霧が晴れたかのように、洋平の胸から恐怖心が消えさった。



自分みたいな臆病者でも、腕を動かせばひとを殴れる。



そんな当たり前のことに、いま初めて気付いたかのような気分だった。



恐怖心が消えると、急に全身の血がわきたってきた。



洋平はまだ目をおさえている男の腹に蹴りをくらわせた。



そのあとはもう無我夢中だった。

視界にはいる土方風の男達に、片っ端から殴りかかっていった。

当然こちらも何度も殴られて、体の様々な部分に鈍い痛みが残ったが、酔っぱらいの攻撃だからか、あまり気にならなかった。



足元で悲鳴があがった。

見下ろすと、男子部員が太った男に踏みつけられていた。

とっさに洋平はその太った男をつきとばした。

そのとき、仁さんのせっぱつまった叫び声が聞こえてきた。



「後ろ後ろ、麻見、後ろ」



ふりかえると、眼前に一升瓶がせまっていた。



脳天に、ごつんと重い衝撃がはじける。



土方風の男のひとりに、一升瓶で思いきり殴られたのだ。



洋平の意識は、一瞬で遠のいていった。






食器を洗う音で目が覚めた。



洋平は座敷の畳に寝転がっていた。ただようソースの匂いから、自分がまだお好み焼き屋にいることがわかる。



半身を起こしてまわりを見渡した。



座敷には誰もいない。

テーブルの上はきれいに片付けられていた。座布団も、隅に積みもどされている。食器を洗う音は、厨房のほうから聞こえた。



カウンター席を見ると、店のおばちゃんと話す仁さんの姿が目にはいった。

こちらに気付くと、仁さんは小走りで駆けよってきた。



「おう、頭大丈夫か?」



洋平は頭のてっぺんをなでてみた。かすかにもりあがっている部分があり、そこを押すと痛みが走る。どうやらたんこぶができているようだ。



「まあ、大丈夫そうです」



「ほうか」



仁さんはため息をついた。



「あの、おっさん達は?」



「ああ、店のおばちゃんが、警察呼んだでって嘘ついて、追っ払ってくれたわ」



店のおばちゃんが、水をついだコップを洋平にわたして言った。



「君のお友達、みんなぼこぼこにされとったんよ」



「人数差がありすぎた。同じ人数やったら、相手は酔っぱらってたし、おれらが勝っとった」



そうくやしそうにつぶやく仁さんの顔には、青痣ができていた。

店のおばちゃんが、洋平の心配そうな顔つきを見て笑った。



「大丈夫よ。学校に連絡したりはせんけん。友達のために戦ったんやろ?もっと胸をはりぃな」



「はあ」洋平は仁さんに聞いた。「他のみんなは?」



「店の片付けを手伝ってから、帰ったわ」



「そうですか」



洋平は店内を見渡した。



川本も帰ったんか。



胸の中でつぶやき、少しうつむく。




仁さんが立ちあがって言った。



「それじゃあ、おれらも帰ろか」



「あ、はい」



洋平は座敷から降りて靴をはいた。



そのとき、トイレのドアがひらいて中からミツキが出てきた。

洋平はおどろいた。

ミツキは洋平を見るなり、いきなり大声をあげた。



「起きちゃったの?」



「え?ああ、うん」



「タイミング悪いなあ、もう」



頬をふくらませてこちらをにらむ。

洋平には何がなんだかわからない。

仁さんがにやつきながら、ふたりを見比べている。

洋平はとまどいながら聞いた。



「タイミングって何な?」



「何でもない」



ミツキは肩をいからせながら、勢いよく歩いて店から出ていってしまった。

きょとんとする洋平にむかって、仁さんが笑いながら話しかけた。



「おまえ、川本に相当好かれとるぞ」



洋平がふりかえると、仁さんは語りだした。



「おまえが起きる少し前までな。川本はおまえに膝枕しとったんよ。『麻見君が目覚めると、わたしの膝の上だった。そういうの、やってみたい』そう言って、川本は、気絶したおまえの頭をずっと膝にのせとったんよ。おまえ、どれくらい気絶しとったと思う?」



「さあ、三十分くらいですか?」



「二時間じゃ、二時間。他の部員が帰ったあとも、ずっと川本はおまえに膝枕したまま少しも動かんかった。足のしびれを我慢しながら、川本はおまえが起きるのを待っとった。しかし、突然おそってきた尿意に耐えられず、ついさっきトイレに行ってしまった。そして用をすませてトイレから出ると、おまえは起きてしまってる」



ミツキは、洋平の目覚めるタイミングが悪いと言って怒ったわけだ。



くすぐったい気持ちになりながら、洋平はつぶやいた。



「あほですね」



「そこがかわいいんやないか」仁さんは苦笑した。「おれも川本を狙っとったんやけどの。まさかおまえに取られるとは思わんかったわ」



洋平は目を丸くした。



「そうやったんですか?」



「おう、先週告白したんやけどの、ふられてしもた」



ふたりは店のおばちゃんにお礼を言ってからお好み焼き屋を出た。

冷たい風におそわれて、思わず身をちぢめる。

商店街の電柱に申し訳程度に飾られた電飾を見て、今日がクリスマスだったことを思い出す。





仁さんと別れたあと、洋平は公園に寄った。

そこに設置されている自動販売機でホットココアを買い、手を暖めながらベンチに座る。

そのとき、後ろから誰かに肩をたたかれた。

ふりむくと、あちょお、という声と共に手刀がふってきた。

あわててよけると、手刀は耳元で空を切った。

顔をあげると、ベンチの後にミツキが笑顔で立っていた。




「びっくりした。川本、帰ったんやなかったん?」



「こっそり後をつけてたんよ」洋平の隣に立つ。「言ったやん。いっしょに散歩しようって」



そのあとふたりはならんで公園を出た。

ホットココアを飲み分けながら、夜道をのんびりと歩く。

静寂と、たまに聞こえる車の走る音が心地よかったので、しばらくの間、互いに何もしゃべらなかった。



「ロマンティックな話をしようや」

田んぼ道に出たところで、唐突にミツキが言った。



「何やそれ?」



「いまロマンティックな気分やけん、そんな会話したいなあと思って。ねえ、なんかロマンティックな話をしてや」



そんなことを、急に言われても困る。洋平はいくつか考えてみたが、どれも口に出すと鳥肌がたちそうなので、話すのはやめることにした。そもそも要求されて話すものではないだろう、こういうことは。ミツキという少女はどこかずれているようだ。



代わりにこんなことを聞いてみることにした。



「仁さんをふったってほんまなん?」



「え?」ミツキがまばたきをした。「ああ、さっき仁さんに聞いたんやね」



「うん」



「ほんまよ。それがどうかしたん?」



「なんで断ったん?あのひとに憧れてるって言うとったやん」



「憧れてるんと、恋するってことは、わたしの中ではちがうんよ」



洋平が首をかしげると、ミツキは少しの間何かを考える表情をしてから、いきなり洋平にデコピンを喰らわせた。



「何ぞ、いきなり?」



額をおさえて、洋平はミツキをにらんだ。



「ごめんごめん」ミツキは手をあわせた。「わたしは君にデコピンができる。でも、尊敬する仁さんにはおそれ多くてそんなことはできない。わたしは気軽にデコピンしあえるようなひとが好きなんよ」



……喜んでええんか、それ?



とりあえず、洋平は返事の代わりにデコピンをかえした。

ミツキは額をおさえて、おどけた悲鳴をあげた。






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