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第1話「演劇部」

文化祭が終わってから、数日後、洋平は演劇部に入部することにした。



理由は言うまでもない。


川本ミツキに近づくためである。



放課後になると、すぐに演劇部の部室へ向かった。演劇部の部室は、南校舎の三階にあった。



ドアをノックしたが、中から返事はかえってこなかった。



まだ、誰も来てないんやろか?



ノブを回してみると、鍵は開いていた。洋平は、そっと中をのぞいてみた。


部室の中は、結構広かった。しかし、部屋中に衣装や小道具を入れたダンボール箱が乱雑に置かれており、足の踏み場が少なかった。真ん中あたりには、四角いテーブルがあり、その上には、プリントや台本らしき小冊子がたくさん散らばっていた。



そのテーブルの脇には色あせたソファがあり、そこにひとりの女生徒が、横になって洋平を見つめていた。



髪の長い、大人っぽい顔つきの女生徒だ。上履きのふちが緑色であることから、二年生だと分かる。



彼女は洋平をまっすぐに見つめていた。



何や、いるんやったら、返事してくれたらええのに。



洋平は頭をさげた。



部室には、彼女しかいなかった。他の部員は、まだ来ていないようだ。



「あの、演劇部の方ですよね」



「何?」



横になった姿勢をくずさぬまま、女生徒は口をひらいた。



「え?」



「何の用かって聞いてるんよ」



「あ、はい。ええと」少し緊張しながら答えた。「入部したいんですけど」



「何で?」



間髪入れずに聞かれて、洋平はとまどった。



「え?」



「何で入部しようと思ったん?」



女生徒は無表情だ。ややあせりながら、洋平は、授業中に考えておいた理由を口にした。



「文化祭でやってた舞台発表を見て、感動したんですよ。それで、自分も参加してみたいな、と思いまして」



平凡だが、無難なウソだ。まさか正直に、下心のためですと言うわけにはいかない。



「どこに?」



「はい?」



洋平は、眉をひそめた。



「舞台発表のどこに感動したん?くわしく」



困った。



そこまで聞かれるとは予想していなかった。あの舞台発表は、川本ミツキばかりを見ていて、話の筋は、細かくは覚えていない。洋平は口ごもった。



女生徒は、横になった姿勢のまま、さっきから少しも動いていなかった。洋平を無言で見つめていた。



なんだか演劇部に入ろうとした本当の理由を見透かされており、それを責められているような気がしてきた。



「まあ、ええわ」女生徒は、洋平から目をそらした。「明日、顧問の渡辺先生に入部届け出しとき。入部届けの用紙は、先生に言うたらもらえるけん」



「あ、・・・・・・はい」



洋平は、ほっとした。


「あの、先輩の名前は何て言うんですか?」



女生徒は、目だけを動かしてこちらを見た。



「淵上恭子」



「淵上さんですね。おれ、麻見洋平っていいます。一年です。よろしくお願いします」



淵上は無言でうなずいた。そこで会話が途切れて、沈黙がおとずれた。淵上は、無表情のまま、天井を凝視している。なんだか、気まずい。



何か話すべきかと頭を悩ませていると、突然ドアが荒々しく開かれて、背の高い男子生徒が入ってきた。



「おい、淵上、文化祭ん時に使った効果音のテープが見つからんのやけど、・・・・・・ん?」洋平に気づいた。「誰や君?」



「入部希望者」



淵上がつぶやく。



男子生徒は、洋平の頭の上から足の先までをさっと見渡した。



「ほうっ?めずらしいの、こんな時期に。えっと、君、名前なんて言うん?」



「麻見洋平です。一年生です」



「おれは三田村順次。二年生。よろしくっと。それじゃあ、麻見君、いまから一緒に屋上行こか」



「屋上、ですか?」



「うちの部の練習場所は屋上なんよ。部室はご覧のとおり物置状態やけん。いま部長や他の部員たちも、みんなそこにおるから。おい、淵上。それくらいちゃんと教えといたれや」



「だって聞かれなかったんだもの」



天井を見つめたまま、淵上は答えた。



「すまんの。こいつちょっと変わっとるんよ。じゃあ、とりあえず行こうか」



「あ、はい」



二人で部室を出ようとすると、淵上が声をかけてきた。



「三田村君、効果音のテープの話はどうなったん?」



「あ、そうか。忘れとった」三田村は頭をかいた。「それじゃあ、麻見君、先に屋上行っといてくれるか」



「わかりました」



洋平は、部室を出た。



ドアを開けて屋上に出ると、風がふきつけてきた。



屋上では、三十人くらいの生徒達が、発声練習をしていた。ほとんどが女生徒だ。何人かが、洋平の方を見た。



その中のひとりの、眼鏡をかけた女生徒が、こちらに駆けよってきた。



「すいません。いまは演劇部が練習してるんで、屋上に出るのは遠慮してもらえませんか」



「あの、おれ入部したいんですけど」



「え?」



「演劇部に、入部したいんです」



「ああ、そうなん?」眼鏡の女生徒は、ふりむいて声をあげた。「仁さん、入部希望者やって」



「何やと?」



生徒達の中心にいた、色の黒い男子生徒が、大股で走ってきた。



「あのひとが、二年生で部長の高橋仁さん」



眼鏡の女生徒が紹介すると同時に、その仁さんは洋平の前に立った。文化祭の舞台発表で、配役紹介をやっていたひとだ。がっしりとした体つきをしている。仁さんは、野太い声で洋平に話しかけた。



「入部届けはもう出したんか?」



「いや、まだです。明日出すつもりです」



「ほうか、まあ、男は歓迎するで。うちの部は女ばっかで、女臭くてかなわんけんの」



「悪かったわね、女臭くて」



眼鏡の女生徒が仁さんを軽くたたいた。



そのあと、洋平は、部員達の前で自己紹介をした。適当なあいさつをしゃべりながら、部員達の中から、川本ミツキの姿を探した。



いない。



ひとりひとりの顔をていねいに確認したが、ミツキの顔は見当たらない。



今日は学校に来ていないのだろうか?



洋平はがっかりした。



「何をきょろきょろしとんで?」



仁さんがいぶかしげな目をむけたその時、甲高い声が聞こえてきた。



「すいません、遅れました」



声のした方を向くと、見覚えのあるショートカットが目にはいった。



屋上のドアの前に、川本ミツキが立っていた。



彼女は洋平を見ると、おや、まあ、といった感じの表情でつぶやいた。



「あ、缶コーヒーのひとだ」



「缶コーヒーのひと?」仁さんが首をかしげた。「なんや、川本、こいつと知り合いなんか?」



「はい、文化祭でちょっとあったんです」



「ほう、そうなんか」



仁さんは、ミツキに洋平を紹介し、洋平が入部することを伝えた。ミツキは、そうなんや、よろしく、と言って笑った。彼女目当てで入部したことをかんづかれて、ひかれやしないかと心配したが、そんな様子はなかった。



「よし、じゃあ、こいつらもふくめて、練習再開するで」



仁さんが大声をあげると、部員達はふたたびならびはじめた。



「あ、すいません。ちょっと待ってください」



洋平がそれを止めた。仁さんがふりむいて聞く。



「何ぞ?」



「あの、おれ役者じゃなくて裏方をやりたいんです」



「裏方?」



「はい」



洋平は、どちらかというと内気な性格なので、演技なんてものはとてもできそうになかった。しかし、手先の器用さには自信があるから、大道具や小道具を作る裏方なら、自分にもできると思ったのだ。



仁さんは不満そうな顔をした。



「ほうか、できれば男が少ない役者をやってほしいんやけどのう。まあ、本人の希望なら、しゃあないわ。そういうことなら、君に練習は必要ないの」後ろを向いた。「おい、藤沢」



さっきの眼鏡の女生徒が何?と返事をした。



「よかったの、助手ができたで」洋平の方に向き直る。「あいつは二年の藤沢美緒。副部長と裏方をやっとるけん、あいつにいろいろと教えてもらえ」



そう言うと仁さんは、部員達の列に加わり、皆と共に、発声練習の続きをはじめた。



「えっと、麻見洋平君、だっけ?」



藤沢は、洋平の前に歩みよった。



「はい」



「裏方希望者なんてめずらしいなあ。わたしと君以外は、みんな役者なんやで」



「そうなんですか」



「とりあえず、活動時間は放課後の五時から七時まで。土曜日は昼一時から六時まで」



「役者のひと達は練習ですよな。裏方は何やるんですか?」



「何もしやせん。毎日ぼけえっとみんなの練習見てるだけ。だから、別にさぼってもええと思うよ。そのかわり、舞台発表する直前はめっちゃせわしなるけん、そん時は気合いれててな」



「はい」



そのあと、藤沢と共に、部員達の練習をながめた。洋平は、主にミツキばかりを見つめた。あまりあからさまに視線を向けていると、いやらしいと思われそうなので、時々他の部員のほうに目をそらした。たまに目があうと、得をした気分になった。



「何にやけてるん?」



藤沢がけげんそうに洋平の顔をのぞきこんだ。



「あっ、いや、思い出し笑いです」



あわてて顔をひきしめる。



ふと思い出して、洋平は聞いた。



「あの、淵上さんってひとは、練習に参加しないんですか?」



「あれ?なんで淵上さんを知ってるん?」



「さっき部室で会ったんです。ソファに寝てましたけど、体調悪いんですか?」



藤沢は、苦笑しながら、首を横にふった。



「淵上さんはね、台本担当なんよ」



「台本担当?」



「そう。うちの部の劇の台本は、みんな淵上さんが書いてるんよ。毎日部室のソファに寝転んで、放課後ずっと台本のアイデア考えてる。本人が言うには、ああしてると、頭の回転が速くなるんやって」



「へえ」



部員達は、パントマイムの練習を始めていた。食事の動作を演じているらしい。三十人ほどの部員がいっせいに何もない空間をつかみ、それを口に入れている光景は、見ていておかしかった。




洋平が演劇部にはいってから、二週間が過ぎた。



部員達とはだいぶ親しくなってきた。



とくに先輩の三田村とは気が合い、一週間でエロ本を貸し借りするほどの仲になった。



これは男子にとって、かなりの信頼関係がないとできないことだ。



十月の終わりの休日に、三田村の家に遊びに行った。



三田村の家は魚屋だった。



二階にある彼の部屋の本棚には、大量のエロ本が堂々とならんでいた。



「すごいですねえ」



「ほうか?おまえだってこういう本の一冊や二冊は持っとろうが」



「おれはせいぜい十冊くらいですよ。それに、ちゃんと隠してます。先輩、こんなもん丸出しにして、親には何も言われんのですか?」



「うちは性に関してはオープン主義なんよ。法律守って十八歳になってから、いきなりそうゆうこと知るよりも、ガキのうちに早めに学んで免疫つけといたほうがいいって教育方針やねんな。だから、飯食いながらAV見てても、何も言われへん」



「うはあ」



うらやましいような、うらやましくないような、いや、やはりうらやましくないと思った。こういうものは、隠れて見るからこそ楽しいものなのだ。



夕方になり、洋平は三田村から、「美少女園獄」というエロ本を借りて帰宅した。











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