デイジー・チェーンソー
daisy:ヒナギクの英名。
daisy chain:複数の機器を数珠繋ぎに繋いでいく配線方法。
chainsaw:電動式のこぎり。
daisy chainsaw:90年代に活動していた海外のバンド。本編とは関係無い。
* * *
「なあ、ちょっとだけでいいからさ……」
そう言うと、そいつは真直ぐ真剣に俺の目を見つめ、ゆっくりと願いを口にする。
「……解体、させてくれないか?」
「断る」
勿論即答した。
そいつの手では、チェーンソーが唸りを上げている。
*
何がきっかけでそうなったのか、俺とこいつは物心ついた時からの友人で、言わば幼馴染というやつだった。
その頃からこいつは刃物を持っていて、確か最初はハサミだったと思う。
「なあ、ほんのちょっと、小指だけでいいからさあ」
「どこの極道だよ」
カッター、包丁、のこぎり……。
刃物がチェーンソーになった頃……確か高校に入った頃だったと思う……その頃から、俺を解体させろと言い始めた。
勿論解体されるのは断ったし、そいつも断られればその時はそれ以上しつこくは言わなかった。だが、今日はそんないつもとは少し様子が違っていた。
「今日はやけにしつこいな。どうしたよ?」
「俺さ……行かなきゃならないんだよね」
そいつはチェーンソーのスイッチを切ると、少し悲しそうな目をする。
チェーンソーが止まりきると、沈黙が広がった。
数秒。
「……二十歳に、なったからな」
継ぎ足された言葉には、諦めたような笑みが貼り付いていた。
「ああ……」
言われて俺も気付く。
二十歳になったチェーンソー男は、都市伝説を普及するべくこの街を出て、各地方都市へ行かねばならないらしい。
何故そうなのか、もう今となっては誰も知らないことなのだが。
「何処へ行くんだ?」
その問いに返ってきた街の名前は、ここからかなり離れたものだった。
「遠いな」
「ああ、遠いよ……。だから――」
――だから餞別に身体を一部分くれないか?
哀願するような目をするそいつに、けれども俺は「断る」と答えた。
「痛いのは、嫌なんだよ」
当たり前だろ馬鹿、と付け加える。
「何でお前の為にそんな痛い思いをしなきゃならないんだよ」
「何だよ……」
お前は冷たい奴だな。そう言うと、そいつは特注の専用ケースにチェーンソーをしまい込んだ。
「最後の頼みだったんだけどな……」
「最後だろうが何度頼まれようが、断ることに変わりは無いさ」
「土下座……いや、土下寝すれば……最後だし……」
「いや、無いな」
本当に冷たい奴だな、と少し苦笑いしながら、チェーンソーを担ぎ上げる。
「初めてはお前だと決めてたんだけどな」
「勝手に決めるな。それと誤解を招くような発言はよせ」
「……誤解じゃねえよ」
俺はお前のことが好きなんだ。
眉を困ったような八の字にした笑みを浮かべながら、そう言われてしまった。
「そう言われてもな……」
「ああ。いや、いいんだいいんだ。わかってたんだ。言いたかっただけなんだ本当に。本当に、気にしないでくれ」
慌てたように、早口で言葉を継ぎ足すそいつを見ながら、けれども今更驚くことでもないよな、なんてことを考える。
どうやらあれで隠してたつもりらしいってことの方が驚きだ。
そう思うと、少しおかしくて笑みが漏れた。
「お前は馬鹿だな」
「え!? 何でそうなるんだ!?」
本当に馬鹿な奴だなと思う。いい奴だなとも思う。
けれど、俺はそれに応えられない。
「まあ、手紙くらいは書けよ。返事を書いてやらないこともない」
「……何でそんな上から目線なんだよ」
しかも今どき手紙って……せめてメールくらいはさぁ……。そう言いながらまた困ったような八の字眉で笑うと、「じゃあ、頬に触れるくらいなら、いいだろ?」なんてことを言う。
「……やだね」
「お前は本当に冷たい奴だな」
「そうだよ。俺は冷たい奴なんだ」
チェーンソー男は八の字眉で「仕方ねえな」と笑い、俺は「仕方ねえよ」と冷たく返した。
「手紙は書くからな」
「ああ、わかった。もらってやる」
「だから何で上から目線なんだよ……」
そうして数日後、あいつは街を出て行った。
*
一週間が過ぎた頃、あいつから最初の手紙が届いた。
ようやく部屋の片付けが済んで、街を散策し始めたと書いてある。
そこそこ都会でそこそこ穏やかで、結構過ごし易そうな街のようだった。
次の手紙は一か月目に届いた。
街の隅々、小さな路地に至るまでをようやく把握することが出来たから、そろそろ始めようかと思っている、と書いてあった。
また、近所のコンビニでバイトを始めたとも。
その後、あいつからの手紙は数通届いたりしたが、俺は月に一度しか返事を出すつもりはなかった。
二か月目、少しずつチェーンソー男の都市伝説がこの街に広がり始めたと書いてあった。
バイト先の同僚や、やって来る学生達が噂にのぼらせるのを耳にすると特にそう感じるのだ、と。
最後に追伸で、もっと早く返事を寄越せとあったのが少しあいつらしかった。
三か月目の手紙は、「お前は人の話を聞かない奴だな」という書き出しから始まった。
俺がそれでも月に一度しか返事を寄越さないことが不満らしく、そのことについて長々と連ねられている。
「本当に冷たい奴だ」
そう書いてあるのを見て、「そうだよ」と呟いた。
四か月が経った頃届いた手紙には、初めて人間を解体したと書いてあった。
必要があって、仕方なく解体したんだ、解体したくて解体したんじゃないんだと、別にこちらが何を言うでもないのに、言い訳がましいことが書き綴られていた。
今でも、心の底から、解体したいのはお前だけなんだ。そんな言葉が続くのを見て、何となく八の字になった眉を思い出したりした。
五か月が過ぎた。
届いた手紙には先月のこともあってか、チェーンソー男の噂が一気に街中へ広がったと書いてあった。
人々は夜間の外出を控え、バイト先も深夜の時間帯は人がほとんど来ず、暇で仕方がないらしい。
この調子だと来月には一度帰れるかも知れない。そんなふうに続いた後、その最後に、「会いたい」の文字だけが少し行を離されてぽつりと置かれていた。
「はあ……」
長いため息をひとつ吐く。
「馬鹿はこれだから困るんだ」
返事を書かなければならないのかと思うと、少しだけ胸に圧力がかかった。
*
六か月目に手紙は来ず、もうすぐ七か月が経とうとした頃、チェーンソーと、小さな壺に収まったあいつが帰って来た。
*
「さて……」
七か月目。もう主の帰らない部屋を整理する為に、そこそこ都会でそこそこのどかな、遠い街へ行った。
新聞やら何やら色々溜まった郵便受けの底に、俺が最後に書いた手紙を見つける。
開封されなかったそれを胸ポケットにしまうと、部屋の中へ入った。
意外と綺麗に使われていた部屋に荷物は少く、テレビも無ければ洗濯機も無く、キッチンが使われた形跡も無かった。ベッドとテーブルがあるだけで、毎朝ちゃんとゴミを出していたのか、ゴミ箱の中も空っぽになっている。
本当にあいつはここで生活していたのだろうかと、それすらも疑わしい程に生活感の感じられにくい部屋だったが、けれど、それでも確かに、あいつはこの部屋で生活していた。
テーブルの上に乗った写真立てと便箋。それだけがどうしようもなくあいつがここに居て、確かに生活していたことを感じさせてしまう。
……これだから馬鹿は困るんだ。
それらを見つけてそう呟いた時、自分が冷たい表情を作れていたかどうか自信が無かった。
馬鹿で純粋で真直ぐだから。それを迷い無くぶつけて、俺の感情を揺さぶるから。だから手に負えなくて困るんだ。
一般的であるとは言い難いこの感情を、俺は受け入れることが出来なかった。
手紙を月に一度しか出さなかったのは、書いている間中あいつのことを考えてしまうから。
頬を触ることすら許さなかったのは、触れられたら泣いてしまうかも知れなかったから。
この身を解体させなかったのは、最初に解体させて欲しいと言われた日からずっと、ずっと断り続けてきたのは、もしそうなれば痛みと喜びで気が狂ってしまうかも知れないと思ったから。思ってしまったから。
許されないと拒み続けていながら、それでも気持ちが育っていくのを止めることが出来なかった。
そんな自分の葛藤や断ち切れなかったものが、未練たらしく手紙だけを許すなんて中途半端なことをしなければ。
もしもあいつの想いや自分の気持ちを全て受け入れて、強い意志を持たせてやることが出来ていたなら。逆に、帰ることなんて考えさせないほど、全て容赦無く断ち切っていたなら。
あいつが殺されるようなことはなかったのかも知れない。
考えても意味の無い、結果に影響があるとも限らない「もしも」を、それでもずっと後悔せずにはいられなかった。
*
そして、今。
「さて……」
そう呟くと、真直ぐに前を睨んだ。
「へえ、チェーンソー男はもう一人いたのかい?」
その男は余裕の表情でそう言うと、ゆっくりと腰にある日本刀を抜き放つ。
都市伝説を広めようとする者達がいるように、都市伝説を絶やそうとする者達も存在する。
あいつが初めて解体したと手紙で書いていた相手も、そういった者の一人だったことを俺は後で知った。
俺は、あいつがそういう者達と戦っていたということを知らなかった。
あいつはそんなことを一言も言わなかった。
「それとも何かい? もしかすると復讐だとか敵討ちってやつかい?」
流行らないことするねえと笑いながら、その男は抜き身の日本刀を肩に掛ける。
「……復讐だったら良かったんだけどな」
相手には聞こえないように小さく呟いた。
これは決して復讐などではない。
こいつを殺して、あいつの後を継ぐか。
こいつに殺されて、あいつの後を追うか。
結果がどちらになろうとも、それはあいつの後に繋がる行為。
そこに復讐なんて感情など無く、ただあいつへの想いがあるだけだった。
「悪いが、お前には何の感情も湧かないな」
「へえ、そうかい」
目の前の男が刀を構える。
「さあ、始めようか」
「……そうだな」
そして、チェーンソーが唸りを上げた。
*
「……救われないねえ」
胸ポケットからのぞいていた手紙を好奇心から取り出した男は、読み終えると顔をしかめながらそう呟き、持っていたライターで火を点けるとその傍らに放り捨てた。
もう何も映さない瞳の、視線の先に落ちた手紙は、ゆっくりと灰に成り果て、そして風に散って消えた。
end.
お読みいただきありがとうございます。
この作品は、内輪で「BLを書いてみろ」と言われて書いた覚えがあります。
当時、BLを読んだこともなかった人間に、彼女は何を書かせたかったのでしょう? 書き上げ、言った本人に読ませたところ「どうしてそうなった……」と呟かれたのも懐かしい思い出です。
ともあれまあ、ここまでお読みいただき、改めて。
ありがとうございました。




