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035-3

「りおなさん!」

 チーフの叫び声が虚しく響く中、黒い馬は一声いななくと黒い霧に姿を変えりおなの胸の部分に吸い込まれていく。

 邪悪な馬と鎖が完全にりおなに吸収されるとソーイングレイピアは虚空に消えた。

 ガラスが砕けるような音がしてファーストイシューは分解されるように解除される。


 自然落下する部屋着姿のりおなを課長が受け止め、トランスフォンは地面に落ちた。

 課長が呼びかけるがりおなからの返事はなく、顔色は青ざめ唇は紫色に染まっている。

 伊澤は腕時計を確認して一言つぶやく。


「結局、かかったのは5分30秒か。意外とかかったな」

 縫神の針を一振りすると針は虚空に消えた。天野は屋根から飛び降り伊澤の元に駆け寄る。

 踵を返す伊澤をチーフが呼び止める。


「待て! りおなさんに何をした!」


 伊澤は面倒そうに振り返りチーフに告げる。


「お前にも解っているんじゃないのか? 『悪意』を凝縮したもの、人間が古来から畏れるもの、『闇』だよ。『暗黒』と言い換えてもいい。

 今、その小娘の中には常人では耐えきれないほど厖大(ぼうだい)な悪意が渦巻いている。

 今は気を失っているようだが、意識を取り戻した時には耐えきれずに自我が崩壊するだろうな。

 もう一回言う、これはお前たちの責任だ。おとなしく投降していればその娘は無事なままで済んだんだ」


 伊澤は地面に落ちたトランスフォンを一瞥して話を続ける。


「その携帯電話はお前たちにくれてやる。今となっては電池の切れたオモチャの電話よりも使えん代物だ。ちょうど今の小娘とお前たちのようにな。

 これももう一回言う、有能な社員というのは優秀なヤツの事を言うんじゃない。 俺の言う事を素直に聞く者の事を言うんだ。この天野ちゃんのようにな」


「社長ーー、用事済んだんですよねーー。もう帰りましょうよーー」

 天野が場の空気を読まない提案を伊澤にすると言われた伊澤は相好を崩す。


「おおそうか、帰るとするか。天野ちゃん、あれを出してくれ」


「はいはーーい」

 天野は手を腰の後ろに回し銀色の箱『ポータブルジェイル』を取り出した。


「待て! 伊澤!」

 激高したチーフが伊澤に殴りかかるがそれより一瞬速く閃光が迸り伊澤は箱の中に消えた。天野は素早く金属製の箱を回収する。


「じゃあセンパイたち、これから大変でしょうけど頑張ってください。私からは何もできないですけど陰ながら応援してますから。

 それじゃあ、夜露はお肌に毒なんで失礼しま――――」


 天野が言い終わるより先に上空から聞きなれない鳴き声が聞こえてきた。

「えっ!? なに? なに?」

 困惑した、というより不測の事態を面白がるような天野の前に巨大な影が降ってきた。


「あれは……」


 チーフがつぶやくのをかき消すように大きな影は、

「ケルルルルルルルル!」

 と鳴き声を上げ再度天野に接近する。影の上には人間が乗っていた。


 影と人間はチーフが一度だけ地球で出会っている。ヒレが長い空飛ぶイルカとそれを駆る少女、陽子と名乗っていた。それがなぜかここRudibliumに来ている。



 陽子はすれ違いざま、天野にガラス製の刀身、柄が『グラスクリスタライザー』の剣で斬りつける。言ってみれば小手調べだ。

 案の定、けばけばしいピンク色の変身アイドルのような相手は難なくかわす。 

 陽子はイルカのヒルンドから飛び降り、縫浜市の公園で見た少女のフードに入っていたのと同じ、スーツ姿でミニチュアダックスの顔の男(?)に尋ねる。


「なんか今、色々ヤバイ気配がしたんだけどその子大丈夫? それにさっきまでいたスーツ姿のおっさんは?」


「りおなさんは……正直考えうる限りでは最悪の状態です。それにわが社の社長、伊澤はあの箱の中です……」


「……そうか、わかった。答えないと思うけど一応聞いとく。その箱の中のをやっつけるとその子は元に戻る?」

 新たな来訪者の登場に興味津々といった感じの天野に陽子が尋ねる。


「えーっと、結論から言うとぉ、ソーイングダンサー(・・・・)の心とカラダ、魂はぁ、ちょー高濃度の悪意、『闇』がいっぱいでぇ、社長を倒してもぉ……戻りませーーん!

 どうしても治したかったらぁ、自力で立ち直るかぁ、周りの(ヒト)達のぉ、暖かい励ましが必要でーす!

 ほっといたら死にはしなくても廃人になっちゃうと思うんでガンバってくださーい。

 じゃあ、私はこれで失礼しまーす!」


 それを受けて陽子が答える。


「なるほど、解った。じゃあ……お疲れっ!」

 グラスクリスタライザーの刃の部分を外し天野に苛立ち紛れに投げつけたが、それより一瞬速く天野の姿は虚空に消える。

 ほんの数十分の間に開拓村には寂莫とした空気が流れる。


「富樫君、話は後よ。今はりおなちゃんを!」


「ええ、今は一刻を争います! りおなさんを安静にさせないと!」

 課長に抱えられたりおなは呼吸が安定せずに、のどがひゅーひゅーと苦しそうに鳴っている。額だけでなく全身から脂汗が流れて身体は絶えず小刻みに震えている。



 課長とチーフ、それに陽子はキャンピングカーの隣に設置したコンテナに入る。 備え付けのベッドにりおなを横たえた。外傷は全くないが課長が絞ったタオルを額に乗せると意識がなくとも歯がカチカチと鳴る。

 医学に詳しくない者でも容体が良くないのは明らかだった。


「ねえ、さっきの話しだけど、この子の身体に大量の『闇』がいっぱい入ってるって、どういうこと?」


 陽子は自分が部外者だという事は十分に理解していたが、だからといって尋ねないわけにはいかなかった。

 自然に自分の過去と目の前のいたいけな少女の姿が重なる。

 と同時に生癒えの自分の傷を再確認させられる。未だに自分は過去を克服できていない、それを強制的に認識させられた。


「……なんでこの子がこんな目に合わなきゃならないの? あんたこの子のお目付け役でしょ。この子が危険な目に合わないように見張ってなきゃ駄目なんじゃないの? ねえ!」


 無意識にチーフと呼んでくれと言っていた人形に当たっていた。一度出た言葉は(せき)を切ったように止まらない。ミニチュアダックスの顔の人形はうつむいたままだ。


「……すべて、責任は私にあります」

「そんな事言ってほしいんじゃないの! 私が言いたいのは――」

「やめなさい! あなたとりおなちゃんに何があったか知らないけど、今は責任の所在をどうこうしてる場合じゃないでしょう!? りおなちゃんを助けることが第一なの! 騒ぐだけなら出ていってちょうだい!」


 課長から鋭い叱責の声が飛び、陽子も一時沈黙した。がまた口を開く。


「縫浜市の公園で戦った人形、あれが『悪意』を注入されて動いているって言ったわよね。今、この子の中には?」


「ええ、察しの通りです。今のりおなさんには厖大な悪意が凝縮された『闇』が渦巻いています。

 それが直接りおなさんの脳、精神、果ては心を蝕んでいます。このまま放置すればりおなさんは……」


「対策は?」

 叫びだしそうなのを堪えながら、陽子はチーフに尋ねる。


「りおなさんが創ったぬいぐるみが全員集まれば何とかなるかもしれません。現時点で一番可能性が高い、というより他の方法を思いつかないだけですが」


「ぬいぐるみって、ここに全員いるの?」

「いえ、この開拓村に60にん、ここから約80kmほど北に行くと『ノービスタウン』という石造りの街があります。そこに50にんほどいます。

 彼らを連れて来られれば可能性はさらに高まりますが」


 チーフはちらりとりおなを見る。当のりおなはぜいぜいと荒い息をしている。

「今、我々はりおなさんの看病で手一杯です。が、そうも言っていられません。課長か私がバスで――」


「私が行く。ピストン輸送でもなんでもやるわ」

 陽子がチーフの言葉を遮るように提案し、コンテナのドアを開け天を仰ぐ。

 そこには不安げな鳴き声をあげながら開拓村の上空15m程を旋回飛行しているヒレの長いイルカがいた。


 チーフも陽子に指さされたイルカを見ると、彼の頭には同様に気忙(きぜわ)しなく動き回ったりキイキイと甲高い声で鳴いている、耳の長い狐に似た小動物がいる。タイヨウフェネックのソルだ。


「私がヒルンドに乗ってその子が創ったぬいぐるみ運んでくるから、あなた方は看病に専念して!」

 チーフは陽子の迫力に気圧され「何故あなたがそこまで?」という問いを飲み込んだ。

 急いでポケットから携帯電話を取り出し操作する。と、そこへ細長いフォルムのぬいぐるみ、ながクマを筆頭に開拓村の住人たちがなんにんかが集まってきた。

 ながクマはこどものミーアキャットのぬいぐるみをなんにんか抱えている。


 フゥム、寺田課長、富樫主任、非常にまずい事態になった。

 りおなの心が深い『闇』にとらわれた影響で、我々りおなに創られたぬいぐるみも『闇』の浸食を受けつつある。

 私はまだ身体が大きいからさほどでもないが、創られて間もない小さな子供たちは生命(いのち)に関わりかねない。

 それに道具や武器に『心の光』を吹き込まれた連中も同様に『闇』の影響を受けつつある。


 陽子は広場へ飛び出し辺りを見回す。ぬいぐるみやブリキ製やゴムの人形達がその場でうずくまり苦しそうに(あえ)いでいる。

 りおなという少女が苦しんでいるのに呼応して同様の苦痛に喘いでいるのだ。


「そんな、まさか……ではないですか、『心の光』を受けたならごく当然ですね」

 チーフは携帯電話のカメラ機能を操作し、苦しんでいる住人のひとりをカメラ越しに確認する。

 携帯画面には住人とそのステータス画面が映し出される、が一点だけ普段とは違う表示があった。


 名前:【ヨーゼフ】

 種族:一般スタフ族

 職業:開拓民

 Lv:5

 装備品:★鉄の手斧-2

     ★赤いベスト-3 

 特技:樹木伐採 掘削工事 運搬工事


「『ウェアラブル・イクイップ』の効果が反転して呪われた装備になっています。……こうなることを計算して伊澤はあえて我々を泳がせていたのか?」

 歯噛みしているチーフに陽子が言葉を続ける。


「もう、ちんたらやってる暇は無さそうね。私、行くから」


「ああ、何度も往復していては間に合いません。これをお持ちください。使用方法は――」

 チーフは携帯電話を操作し出現させたものを陽子に手渡す。

 陽子がバスの轍に沿って北に駆け出すとそれまで旋回を続けていたイルカのヒルンドが急降下して陽子に並走するように真横についた。


 陽子は走りながらヒルンドの背に跳び乗り、左足を背中の台座に固定して腰のカラビナで自分とイルカをつなぎ合わせた。

 タイヨウフェネックのソルは陽子の腰に着けたポーチに潜り込む。

 右足でリズムを取るようにヒルンドの背を何回かタップすると、彼は大きく鳴き声を上げ一気に加速した。


 ――あの子が創ったぬいぐるみ全員を集めて戻れば助かるかもしれない。


 具体的な方法や詳細も聞かずに陽子はヒルンドを()き立て夜の闇を駆ける。

 ――あの子には自分が受けた苦痛を味わってほしくない、あの子と周りにはあの頃の自分(・・・・・・)に無かった信頼関係、絆が確かにある。

 糸一本ほどのか細い希望しかなくても勝算があるなら私もそれに賭けるだけね。



 暗闇の中を疾駆する陽子の中には、りおなを助けようとするのと同じくらいに過去の自分も救いたい(救われたい)強い思いがあった。 

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