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035-2

 ならば、とりおなは距離を詰め伊澤の手元をストップショットで地面と縫い合わせる。

 ――手首の動きさえ封じてまえば針の動きは止まる。少なくとも攻撃の回数は減らせるはずじゃ。


 だが、縫い付けた光の糸は伊澤の持つ縫神の針が強く光り輝くとちぎれるように掻き消えた。

 眉をひそめるりおなに対して伊澤はまた鼻を鳴らす。


「もう一回言う、この『縫神の縫い針』はお前の持つソーイングレイピアとは似て非なるもの、言わば完成品だ。

 お前のものは『心の光』を吹き込む力には長けているがその実片手落ちの欠陥品だ。その意味が解るか?」   


 伊澤は鞭のように伸ばした針を元の長さに戻し、地面に突き刺したあとポケットに手を突っ込んでりおなに尋ねる。


「んなもん知らん、そもそもアンタ方の目的って、ヴァイスフィギュア増やして地球侵略じゃろ。例えば日本来て何すんのさ」

 ソーイングレイピアでの警戒を解かずに質問する。


「言うまでもない、大金持ちで異性にモテる人間に転生して『第二の人生』を謳歌する。

 今までの割を食うだけの人生にピリオドを打つ。そのための最大の障害はそのソーイングレイピアと、富樫、貴様だ。

 この場でお前たちを倒して地球に向かう。そのための手筈は整えた。あとはお前たちだけだ」

 伊澤は言い終わると「まあ、今のは冗談だがな」と付け加えた。


 ――んなバカげた理由で地球に向かうんか?

 りおなはしばらく絶句していた。


「そんなテンプ()みたいな設定で地球行くんか!? なんなんじゃアンタは」


「りおなさん、それを言うなら『テンプレ』です」

 肩を怒らせた状態のまま、チーフはりおなのところまで来て間違いを訂正する。


「今、そこツッコまんでもいい」

 りおなは半目でチーフに抗議するが、彼の視線は自分の経営者を見つめたままだ。


「なあ、あっちが完成品で、これが欠陥品てどういう意味? あっちとこっちでどう違うと?」

 小声でチーフに尋ねるとチーフもまた低い声でりおなに返す。


「奴の言う完成品とは……」

 伊澤は地面に刺した針を引き抜いた。

「『悪意』を操る能力の事です!」


 伊澤が『縫神の縫い針』を高々と掲げた。

 すると、夜目にもはっきり分かる青白い半透明の自動車や飛行機、イカやエイなどのフォルムを持つ奇妙な物体が集まる。

 針を中心に渦を巻くように回りだした。


 青白い身体の中にはヘドロのようにどす黒いものが脈動するように動いているのが透けて見える。

 りおなも何度か目にしたことがある。


 ――インターネットなんかの情報をやりとりさすのが実体化されたやつ、『情報の海の生物』じゃ!


 それらが針の周りを回ると黒いヘドロのようなものが針にまとわりつき、順に情報の海の生物は離れていく。

 間もなく縫神の針は煤けたようにどす黒く変色した。


「間もなく3分になる。お前を封印する算段は整った」

 言いながら伊澤は地面に何か描き出す。


 地面に描かれたのは真っ黒く細長い六角形の棺桶と同じく黒く太い鎖だった。

 伊澤が縫い針を指揮棒(タクト)のように振るうと描かれた棺桶と鎖は浮き上がり実体化する。

 棺桶の蓋が開くとそこからは、()えた香りと凍てつくような冷たい風が吹いてきた。りおなは身の毛もよだつような震えを覚える。


「【縛られた(ひつぎ)】、『チェインド コフィン』だ。これでお前を封印する。殺しはしない。この棺に入っている間は歳を取らないし、意識もそのままだ。

 なぁに、少し狭いがこの世界Rudiblium Capsaの(いしずえ)に生きたままなれるんだ。お前としても光栄だろう」


「ジョーダン、言うなっ!」


 りおなは伊澤に近づき接近戦を挑む。


 ――あんなカンオケに入れられて生き埋めにされたら文字通りの生き地獄じゃ。

 縫神の針、とか言ったな。あれををぶんどったらあの薄気味悪いカンオケとか鎖も消えて無くなるはずじゃ。


 そう考えたりおなは最短距離を一気に突っ切る。

 もう一歩でレイピアの刃の圏内に入る、という時にりおなの左腕に強い衝撃が走った。激痛で思わず息をのむ。


 よく見るとそこには、鎌首をもたげた大蛇のようなどす黒い鎖があった。鎖は鉄錆びとも爬虫類ともつかない生臭い(にお)いを放っている。

 左腕に目をやると出血はしていないようだが衣装が黒く染まり痛みで重く痺れたままだ。

 りおなの周囲は分銅を頭に見立てた蛇のような鎖で囲まれていた。

 反射的にその場から離れようとすると背後、太腿、肩と死角から間断なく攻撃を受ける。りおなは両手で顔を覆うのが精一杯だった。


「りおなさん!」


 チーフの叫び声が聞こえたのと同時に背中、ふくらはぎ、後頭部を分銅で同時に攻撃される。

 苦痛で麻痺する思考回路の中で視界の上から夜よりなお(くら)い漆黒の闇が見える。

 りおなの頭上にはあのおぞましい棺桶が蓋を開けていた。


 猛獣が獲物を捕らえる時のように口を開けて待ち構えていたかと思うと、急に棺がりおなを凄まじい勢いで吸引しだした。

 足で踏ん張るより先にりおなの身体は鎖で背中を打たれた。レイピアごと棺本体に叩きつけられるように入れられた。


「がっ!」


 苦痛でりおなが息を漏らすその刹那、さらに蓋が乱暴に閉まる。

 その機を逃すまいと伊澤は縫神の縫い針を振り続けると、鎖はその動きに呼応して棺に絡まりつき縛り上げる。

 棺は直立したままその場にがんじがらめに固定された。


「りおなさん!」


「りおなちゃん!」

 チーフと課長がりおなの元に駆け寄り鎖を解こうとするが、太く武骨な鎖は外れるどころかさらに強く棺を縛り上げる。


 棺に入れられたりおなは軽くパニックに陥る。今はソーイングレイピアの剣針(けんしん)の光があるがそれが無ければ完全な暗闇だ。


 おまけに鼻が曲がるような悪臭に、足元からは何かが這い上がってくるような悪寒が走る。内側から棺の蓋を叩くが開くどころか動く気配すらなかった。


「これで『詰み』だな。悪いことは言わん、お前たちもさっさと投降しろ」

 ふたりは伊澤の言葉には耳を貸さず棺の蓋をこじ開けようとするが蓋は釘で固定されたように動かない。


「りおなちゃん、ちょっと衝撃が行くかもしれないけどガマンしてね」


 大声で呼びかけながら課長は棺の鎖が巻かれていないすき間を狙って、腰を深く落としまっすぐに棺を突いた。

 正拳付きを受けた棺は湖に岩を投げ込んだ時のような豪快な音が響くが棺そのものはびくともしない。


「富樫センパーイ、寺田センパイ、頑張ってーー!」


 屋根の上から天野の無責任な声援が聞こえるが、二人は一顧だにせず鎖を解こうとする。その無神経な声に棺の中のりおなが反応した。


「そのイザワっちゅうのもそうじゃけど、あんにゃろに一発食らわさんと気が済まんけん、こんなカンオケ(くら)しちゃるわ!

 チーフ、課長、いるんじゃったらそん場で伏せて!」


 りおなは身動きが取れない棺の中で、ソーイングレイピアを構え文言を唱える。


「トリッキー・トリート、グミ!」

 棺の中で剣針がひときわ強く輝いた。チーフと課長はりおなの次の行動を察して両手で頭を抱えて地面に突っ伏した。

 りおなは棺の蓋にレイピアノ切っ先を当てて叫ぶ。

「スプリット・グミ、ショット!」


 棺の内側の光が収まった次の瞬間、轟音と共に大量のグミが氾濫するように撃ち出され、黒い棺は鎖ごと破壊された。

 壊された棺からはりおなが咳き込みながら出てくる。ファーストイシューは全身煤で汚れきっているが、ふらつきながらもなんとか立って伊澤に叫ぶ。


「これでアンタの切り札はもうないじゃろ。今度はこっちの番じゃ、その針こっちによこせ!」


 言われた伊澤は縫神の縫い針を一瞬りおなに投げるようなそぶりを見せた。

 だが針を持つ手を下ろし、今までにないような殊勝な態度でりおなに告げる。


「……なまじ、半端な力、半端な覚悟でここに来たのがそもそもの間違いだったのだ。

 富樫、寺田、お前たちが投降しなかったせいで、この小娘が生き埋めよりもさらに(むご)い生き地獄を味わう羽目になる。

 もう一回言う、これで『詰み』だ!」


 伊澤が下ろしていた縫神の縫い針を高く掲げると今度は地響きと共に馬のいななく声が聞こえてきた。

 りおなの鼓動は意識しなくても限界まで速くなった。何かが見えたわけでもないのに全身を今までにない悪寒が襲う。

 恐怖感で歯がかちかちと鳴りだして口の中が干上がり嫌な味が広がる。邪悪な想念が密度を増し、形を成していくのが直観で分かった。




 唐突にそれ(・・)は姿を現した。頭の高さまでは5m強、たてがみも体毛も真っ黒い巨大な馬が開拓村の広場に出現した。

 一歩進むたびに建物が揺れ、軋むような音を立てる。

 りおなは巨大な馬と目があった、というより射すくめられた。


 その目は満月のように爛々(らんらん)と輝き、見るものを狂気に走らせるような妖しい光をたたえている。

 象のように巨大な漆黒の馬はその場にいる者すべてを威圧するように佇んでいる。

 りおなはなんとか馬から視線を引きはがし元凶の伊澤に目をやる。すると彼は縫神の縫い針で馬の背中を指した。

 背中には(くら)ではなく錆びた鉄棒を曲げて作った、粗末だが巨大な鎖が肩から尻尾にかけて何本も垂れ下がっている。その鎖の先には――――

「りおなさん――」

 その先をりおなは聞くことが出来なかった。胸の中央、心臓の辺りを鈍く重い痛みが走った。

 伊澤が針で指し示した鎖の先端、巨大なフック状の鉄の棒がりおなの胸を刺し貫いたのだ。

 胸から背中まで貫かれた。そのショックで嘔吐感を覚える。りおなの身体は鎖ごと宙に浮かんだ。



「りおなさん!」

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