035-1 葬 棺 chained-coffin
「社長? あれが!?」
りおなは頓狂な声を上げる。言われてみれば社長らしいと言えばらしい身なりだが――
「どこをどう見たって成金丸出しじゃろ、ワンマン経営者そのままじゃのう」
りおなは心の中でつぶやく。
一方の社長は傍らにいる天野に片手を出した。
天野は慣れた手つきで金属製のケースを出して中から煙草を一本取り出して伊澤に渡した。
伊澤が煙草を口に咥えると今度は恭しく金属製のライターで火を点けた。
ポケットに手を突っ込んだ伊澤はせわしなくすぱすぱと吸い出す。その様子はとてもぬいぐるみとは思えないほど悪い意味で人間じみていた。
不機嫌そうに辺りを見回した伊澤は煙草の灰を地面に落とし、そのまま煙草でりおなを指す。
「こんな何も無い『ウエイストランド』までこの俺がわざわざ来てやったんだ。そのソーイングレイピアを渡してもらおうか、んん? ああーーっと」
「……りおな、大江りおなじゃ」
本当ならその姿だけでなく立ち居振る舞いも不快そのものだったが、とりあえず自己紹介だけしておく。
その時だ。ネコキックで吹き飛ばしたトリケラヘッドが立ち上がり唸り声を上げて立ち上がった。
それまでの衝撃を振り払うように首を左右に振って広場の端まで走るとそこで立ち止まった。
全身に力を込めて天を仰ぐと身体からどす黒い煙が立ち上りやがて身体が赤く染まった。
「おーー! 炎上! パワーアップだー! 頑張れー!」
と、またも天野が無責任な声援を送って来る。
だが、りおなはそれを無視して、赤い蒸気を噴出させているようなトリケラヘッドに意識を集中させる。
そしてトリケラヘッドが先ほどよりも勢いを増して突進してきた。
最初は何が起こったのかりおなには解らなかった。トリケラヘッドがりおなに接触するまであと5m程という距離で、不意に動きが停まった。
天を仰いではいたが、さっきまでとは違い急速に力が抜けるようにわななきだした。
かと思うと身体の赤い変色が消えていく。
胸の部分を見ると直径2cmほどに真円状の穴がぽっかりと開いていた。
りおなを襲おうとしていたトリケラヘッドだったが、今度はりおなにすがりつくように両腕を伸ばしひざから崩れ落ちるように倒れた。
穴の部分から焼け焦げるように溶けて消えていく。
後にはゴムが焼けたような異臭が漂う。
成り行きを呆然と見守っていたりおなだったが、伊澤はふん、と忌々しそうに鼻を鳴らして言葉を続ける。
「こっちが話しているのに無粋なヤツだ。こんなのは早々に消すに限る」
「そーですねーー、消えちゃえ消えちゃえ!」
得手勝手な言動を続ける二人にふつふつと怒りがわいてくるりおなだったが、そこへ伊澤たちに近づく足音が聞こえてきた。
「久しぶりだな、富樫。地球のニホンに行ったあとこんな辛気臭い所で子守りとお人形遊びか。
Rudiblium本社本社一の稼ぎ頭でゆくゆくは俺の右腕にもなれたはずの逸材が、こんな辺鄙な所で開拓ごっこか堕ちるところまで堕ちたもんだなァ」
伊澤は下卑た笑みを浮かべまたも煙草の灰を地面に落とす。
一方のチーフはりおなの横まで来て歩を止めたが、明らかに普段と様子が違う。
先ほどのトリケラヘッドのように肩を怒らせ、両足で踏ん張るように立ち伊澤を見つめている。
その表情といい、立ち方といい、普段の柔和な態度と違って別人のようだった。
数拍間をおいて努めて冷静ににチーフが語りだす。
「お引き取り下さい、こちらにはお渡しする物は何もありません。それに、さきほど箱に入れたぬいぐるみ、それも私たちの大切な仲間です」
チーフの言葉を受け伊澤は吸い切った煙草の吸殻を地面に落とし踏みにじるように靴底で火を消す。
「解らんヤツだな。いいか!? もう一回言う! トランスフォンとソーイングレイピアをこちらによこせ! 二度と俺の手を煩わせるな!
だいたいこんな荒れ地を再興できるなんて、ホントに考えているのか!? このバカ共が。こんな異世界早く見切りをつけろ。ムダなことはキライなんだ!」
両手をポケットに突っこんだまま、首を突き出して伊澤はチーフを怒鳴りつける。そこには世界は違えど経営者の威厳はかけらも無かった。
「せっかくこの俺が来てやったんだ。さっさと渡せ! 全く、今までこの俺がRudiblium全体を立て直すためにどれだけ尽力してきたかお前たちに解るか!?
ありとあらゆる実験を繰り返してきた、それでもダメなものはダメなんだ!
お前たちは経営というものが全く解ってない! 解るか!? こうなったらこんな世界は見捨てて新しい世界に移住した方が賢明だろう。
後顧の憂いなく新世界に旅立つ、そのためにはそのソーイングレイピアはもっとも脅威だ!
これで言うのは最後にするがもう一回言う! そのトランスフォンとソーイングレイピアをこちらによこせ! そうすれば命だけは助けてやる!」
「そーだー! コーコのウレーなくだー!」
伊澤と天野、ふたりの言動にりおなは怒りを通り越して呆れ果ててしまった。
――なんじゃ? この中身がない上にただがなってるだけのやつは。一方的に言ってるだけでなんの説得力もないな。
内情は知らんけど今のこの世界がこんなんなんは、かなりの部分こいつの経営そのものが問題なんじゃなかと?
という素朴な疑問、というより確信しかわいてこない。
幸いに開拓村の住人たちは各々散らばって建物の陰から成り行きを見守っている。
――んだけど、りおなにとってはこれはチャンスじゃな。
さっきトリケラあたま君を後ろから倒したのは間違いなくこのイザワじゃ。
向こうはトランスフォンよこせたら言ってるけど、こいつを先に捕まえちゃれば
怪人フィギュアが地球に来て一般人を襲うとかは無くせるわ。
少なくてもこれ以上増やすことはできんくなるけん。
どうしようか、りおなが色々思案していると傍らに鼻息を荒くしている者がいる。先ほどよりさらに肩を怒らせたチーフだ。
「富樫君」という課長の制止も聞かず自分の会社の経営者に声を投げかける。
「経営、と今言ったか。その昔竹内さんに何をしたか覚えていないのか!?」
竹内さん? とりおなは疑問を抱く。
――チーフからは初めてきく名前じゃ。チーフの先輩か誰かけ?
とりおなが考えを巡らせていると、伊澤はまたもチーフの神経を逆なでするような言葉を吐いた。
「竹内? ああ、言われてみればそんなヤツもいたな。それよりその小娘のトランスフォンを渡せ。後悔したくなかったらな」
「『そんなヤツ』だと……? 竹内さんの苦痛も何も知らない貴様ごときがっ……! 経営を語るなっ!!!」
初めて見る光景だった。普段は過ぎるくらい落ち着き払った態度のチーフだが、今は細長い鼻筋に皴を寄せて、犬歯を剥きだして怒鳴っている。
りおなは立ちつくしたまま、状況を分析するより先に
「チーフが、『貴様』って言った」
というあさってな部分で感動していた。
それを受けて伊澤はまた鼻を鳴らす。
「交渉決裂だな、後悔しても知らんぞ」
言いながら伊澤は右手をポケットから取り出し前方に差し出す。すると光の柱が現れ中から太い銀色の棒が現れた。
棒の先端は鋭角に尖り、持ち手の端の方は細長い穴が開いている。
長さ1,5m程の長さの棒の先をりおなに向けた途端、りおなの右手が激しく振動した。りおなは思わず左手で押さえる。
「な……っ! それってまさか……!」
「そうだ、お前の持つソーイングレイピアと同じ繋ぎ合わせる能力、『縫神の縫い針』だ。
今振動しているのは音叉と同じで同種の力が共鳴したせいだ。もっともお前のソーイングレイピアの方が力が弱い分共鳴も激しいだろうがなあ」
「縫い針……?」
――言われてみると確かに裁縫で使う縫い針をそのままでっかくしたデザインじゃ。
さっきヴァイスのステゴヘッドを後ろから突き刺したのはこの針でじゃろ。
その能力はどんなんかは解らんけど。
これを操る伊澤が諸悪の根源だというのは火を見るよりも明らかだ。
「ねー、しゃーちょおーぅ」
天野が伊澤の肩に両手を乗せて語りかける。
「もう時間も遅いですしーー、さっさとあがりたいでーーす」
「ああ、そうか。それなら仕方がない。聞いただろう? 5分でケリを着ける。それまでに投降しろ。
天野ちゃんは離れてなさい」
「はーい」
天野はふわりと舞い上がり最初に現れた屋根まで一気に跳躍した。
「その前にアンタやっつけてそのハリ取ってやるっちゃ」
そういうとりおなはトランスフォンを耳に当て文言を唱える。
「ファーストイシュー・イクイップ、ドレスアップ!」
瞬時にりおなの身体が光り猫の獣人のような姿から初期装備、ファーストイシューに衣装を変えた。
すぐには攻撃に移らず一定の距離を保つ。そんなりおなに対して伊澤は挑発するように叫ぶ。
「どうした? 来ないのならこっちから行くぞ!」
そう言って縫神の針を揮うと針は鞭のようにしなりだした。
か思うと、意志を持った蛇のように先端がりおなめがけて襲いかかってきた。
とっさにりおなはレイピアでいなすが、高い金属音と共にレイピアごと弾かれる。
腕には強い衝撃と痺れが残った。間髪入れず伊澤が腕を上下左右に振ると針の先端が何本にも分裂したように高速でりおなに襲いかかる。
ゴーグル越しに見てもかなりのスピードでりおなの喉元や心臓を的確に狙って来る。りおなはレイピアを振り防御する。
だが、りおなの方も防戦に徹していただけではなく相手の動きを冷静に観察していた。
「あっちは針の攻撃はすごいけど、本人は棒立ち。機動力はそんなに無いじゃろ」
それでもまさか、とりおなは考えた。
――動かんのはフェイクでほんとは素早いとかか?
試しに、とりおなは一旦距離を置いてスプリット・グミショットを放った。合計8個の巨大なグミが伊澤に向かって飛ぶ。
伊澤は鼻を鳴らして縫い針を振るいその場から一歩も動かずグミを全て弾き飛ばす。
推測は確信に変わる。
――やっぱし針の攻撃はすごいけんど、本人はほぼ移動せんわ。いや、できんのか?




