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034-1 開 拓 homestead

 りおなは手渡されたぬいぐるみをしげしげと見つめる。

 ――ゆっても上手ではないんじゃけど、一生懸命作ったのはよくわかるわ。


「これ、はりこグマが作ったと?」

 りおなが確認するとアイボリー色のクマのぬいぐるみは恥ずかしそうに頷く。

「ありがとう、大事にする」

 りおなは空色のぬいぐるみを上にあげてじっくり見る。はりこグマは大いに喜んだ。


 うん、りおながソーイングレイピアでぬいぐるみつくってるのみてチーフからぬのとか、いととかわたとかボタンとかもらったの。


「うん、よくできてるわ」

 りおなは『初めてにしては』というのは省いてはりこグマに伝える。りおなにほめられたはりこグマはとても嬉しそうにしていた。

 手首を返して正面、後ろと見る。目はこげ茶色のボタンを縫い付けてある。


 ――縫い目の間隔がちょっとばらばらじゃったり、頭の後ろんとこに糸が一本飛び出てんのは、まあ個性じゃな。


 もしかしたら、と思ってりおなはぬいぐるみを掲げたまま少しの間見つめていたが、当然のように動く気配はない。


「りおなさん、それは?」

 後ろから声がしたので振り向くとチーフがいた。タブレット型のPCを持って歩きながら何か操作している。


「あー、これ? 今はりこグマからもらった。なんかチーフに布とかもらって初めて作ったって。ようできてるじゃろ?」


 りおなの話を聞いて薄い青色のぬいぐるみを見たチーフは一瞬動きが停まる。

「……ええ、縫浜市のマンションにいた時頼まれて布や糸、綿などを渡しました。

 ――初めてにしてはよくできていますね。

 りおなさん、そのぬいぐるみは大事にして下さい」


「うん、それは言われんでも大事にするわ。あー、そうじゃトランスフォンに付けとくわ。こうしときゃ無くさんじゃろ」


 りおなはポケットに入っているトランスフォンを取り出した。

 ボールチェーンを出現させトランスフォンに水色のぬいぐるみを取り付ける。

「んー、トランスフォンだけじゃと味気なかったからよかったわ。ありがとう、はりこグマ」

 礼を言われたはりこグマは両手を挙げてぴょんぴょんと跳ねる。相当嬉しいようだ。


 よかったね、はりこグマ。


 エムクマも嬉しそうにはりこグマの肩をぽんぽんとたたく。夕陽でオレンジ色に染まった小さな村は平和そのものだった。



   ◆



 ――本当にもうお行きなさるのかね、食器作りでだいぶ疲れたろう。もう一日二日くらいここでゆっくりしていけばいいのに。

 ああ、もちろん食器や家具は十分すぎるくらい作ってもらった。

 食べ物はまだたくさんあるし、村のみんなもあんた方のことをとても気に入っている。たまには息抜きも必要だろう。


「ありがとう、気持ちだけ受け取っとく。でも最初の用事から先に済ませないと」


 村長の申し出に対して陽子は笑顔で返した。

 “Onusuta Mensa”の辺境の村の外れで、陽子はこの村の村長黒猫のぬいぐるみカーロとその孫娘に惜しまれつつ見送られていた。


 ――最初のうちは、また余計なトラブルに巻き込まれたと思ってたけどね。

 村のひとたちはみんな気持ちよくもてなしてくれるし。

 さすがに予備の食器を補完しとく丸太小屋を村中総出で作ったのはびっくりしたけど。

 まあ交易商人に渡す時まで厳重に保管するためだから気持ちはわかるか。

 こうなるとみんなの期待を裏切るわけにもいかないしね。


 小屋が食器でいっぱいになるまで陽子は作業に集中し、グラスウールで緩衝材まで作っておいた。それが功を奏したのかイルカのヒルンドに保存食を持たせてもらってはいるが――


「気持ちは嬉しいんだけど、あんまりいっぱいだとヒルンドが飛べなくなっちゃうから、そんなにはいいよ」


 陽子は猫のぬいぐるみたち(彼らは自分たちのことをスタフ族と呼んでいた)の申し出をやんわりと断る。

 村長は荷車いっぱいにピンクサーモンの燻製やバゲット、チーズなどを持ってきていた。

 その中でも陽子は種類や重さなどを考慮してヒルンドの脇腹につけてあるホルダーに詰められるだけ詰めていく。


 その用事とやらが片付いたらまたこの村に遊びに来たらどうかね、今度は食器など作らなくていいから。


 その手放しの好意が陽子にとっては暖かすぎるほどで、気が緩みそうだったが、ここに腰を落ち着けるわけにはいかない。


 しかし、ここから遥か南、『ウエイストランド』かね。

 風のうわさにちらっと聞いただけだがなんでも森や畑や街、全てが風化していく。まるで原因不明の世界の病のようだと聞いた。

 そんな所にもあんたと同じ『ニンゲン』の方が来なすって、何かされているのか? もしかしてそこにいるニンゲンの方が――――


「うーん、どうだろ。とにかく会って話してみないと。じゃあまた来るね」

 陽子は差し出された村長と孫娘の手を握り返す。


 気をつけなされ。ここ何日かどうにも南の方から悪い風が吹いている気がする。いや、思い過ごしかもしれんが。


 ――その指摘は多分正しいんじゃないかな。

 朝までは元気だったソルも何時間か前から落ち着かないみたいに走り回ったり、ストレス解消させるみたいに木の幹で爪とぎばっかりしてるしね。


 今までの経験から言うと、何か危険なモノが存在している何よりの証拠だからね。

 だからってとんぼがえりするわけにもいかないよね、いやだからこそか。

 知らんふりしたら、取り返しがつかないことになる。


 胸に残るわずかな疼きを振り払うように陽子はヒルンドの背中に乗った。

 ソルもそれを察しヒルンドのヒレ、そして陽子のコートの腰に着けられたポーチの中に潜り込んだ。


 陽子は村長たちに手を振ると銀色の細い筒を強く吹く。

 ヒルンドは一声高く鳴き声を上げると長いヒレを大きく一度羽ばたかせた。

 重い巨体が一気に5m程宙に浮いた。


 針葉樹林よりも高く浮かび上がったヒルンドは長いヒレの前部分から酸素を取り込んだ。後部から圧縮した空気を排出しそのまま一気に飛び去る。

 村長たちは陽子たちが飛び去ったあともいつまでも手を振り続けていた。


 陽子は重く立ち込めた黒灰色の雲の下をヒルンドをせきたてるように飛ぶ。

 ヒルンドが疲労してきたら水素燃料のロケット推進機で距離を稼ぐ。

 飛べば飛ぶほど不安は募るがここで向かわなかったらさらに何かを(うしな)う――――陽子は呼吸するのも惜しむようにヒルンドを駆り先を急いだ。



   ◆

  


「準備OKよ、りおなちゃん点火して」


「おー!」


 りおなが角材の片方に布を巻き付け油を浸した松明(たいまつ)に火を点けた。

 広場中央に組んであった薪の塔の下部分に挿し入れると、炎は次第に薪に燃え移りだし、それまで一切照明が無く紺色に染まっていた広場を赤く照らし出した。


 それを合図に開拓村で最初の宴が幕を開けあちこちでグラスやジョッキ同士を当てる音や歓声が響く。

 課長たちが用意した飲み物や酒、料理が住人たちに惜しげもなく振る舞われた。

 中には古めかしい太鼓や弦楽器などで演奏するスタフ族もいた。


「はー、外で食べるご飯ってのも久しぶりじゃのう」


 半熟に焼いた目玉焼きを乗せた焼きそばにマヨネーズと七味唐辛子をかけて口いっぱいに頬張りながらりおなはつぶやく。

 あちらこちらでスペアリブやケバブなどの肉料理やホットドッグなどの軽食を肴に酒を酌み交わす様子が見られる。

 そのどれもがりおなと同じかそれよりも大きなぬいぐるみやブリキ、木製、ゴムの人形達だ。

 普通に飲食している様子は何度も見ているがりおなとしてはまだ慣れそうもない。


 りおなはやきそばを食べ終えてから、広場から少し離れ目を閉じて意識を集中させる。

 ほどなく目を閉じた状態の視覚に自分自身が創ったぬいぐるみや『ウェアラブル・イクイップ』の位置が仄明るく光る。

 今回開拓村に来ているのはなんにんくらいだろうかと、りおなは目を閉じたまま灯火(ともしび)のような明かりを数えてみる。が、ぬいぐるみたちはそれぞれ動き回るので数えようがない。

 しかたなくりおなは広場に戻った。


「ああ、チーフ」チーフを探して呼び止める。


「はい、なんでしょう」


「ちぃっと気になったけんど、この開拓村って全体でなんにんぐらいおると?」


「りおなさんが創ったぬいぐるみは60にんほどで、そのうち開拓村に来たのは50にんです。

 Rudibliumに元からいたスタフ族、ティング族、ウディ族、ラーバ族も合計すると60にんですから合計で110にんほどですね。

 もっとも今のはここを定住する人口で、ここを拠点にしてダンジョン探索や交易する住人となればさらに増えます」


「110にん……」

 りおなはしみじみとつぶやく。

 ――バスに乗っとる間はいちいち数えとらんかったけど結構な数じゃな。

 このものすごく広い荒れ地を開拓さすためには、もっとぬいぐるみを増やさんといかんからな。

 今の時点でどれくらいぬいぐるみが必要なんじゃろ、見当もつかんわ。


「滑り出しとしては過ぎるくらい順調です。

 二度三度山はあるでしょうが、ぬいぐるみや『ウェアラブル・イクイップ』創りはできる限りりおなさんの負担にならないよう、日程的に分散させますから」


「うん、そこは任す。っちゅうかあんたは何食べとうと?」

 りおなはチーフが食べている皿に目をやる。そこには昨日りおなも食べたどんどん焼きが載っていたが今目にしている物は微妙にピンクがかっていた。


「これはですね、山形県内陸部で人気の粉物、通称どんどん焼きです」


「んや、昨日部長が差し入れてくれたから名前は知っちょる。なんでピンク色なん?」


「ああ、本来は生地に具はほとんど入れないのですが、これは辛子明太子を入れてモッツァレラチーズをトッピングしてあります。

 それから『どんどん焼き』という名前の由来ですが、その昔屋台を引いて売り歩く際に周囲に知らせるために太鼓を鳴らしていたのでその名前が付いたようです。

 今、部長がみんなに焼いて振る舞っていますからりおなさんも一皿どうですか?」

 見るとねじり鉢巻きにラクダ色のシャツ、エプロン姿の部長がコテを使って屋台の鉄板と格闘していた。


「んや、今焼きそば食べたばっかりじゃから一本全部はいいや。チーフの一口ちょうだい」


「はい、構いませんよ。どうぞ」


 りおなはどんどん焼きを幅3cmほどを箸で切り分け一口で食べる。生地のモチモチ感に加えて明太子のピリ辛とチーズのコクがたまらない。


「うん、おいしいわ」


「そうですか、今開拓村にいるスタフ族たちやりおなさんが創ったぬいぐるみたちとも話して見てはどうですか」



「あーそうじゃね」

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