033-1 遠 征 expedition
開拓村に出発する朝、りおなはいつもよりすっきりと目覚めた。
カーテン越しに差す光は柔らかく、日はまだ昇っていないが空はすでに白く輝いている。
上体を起こして左右を見るとエムクマとはりこグマ、このはともみじはすでに起き出していた。
リュックや水筒、着替えにハンカチなど、遠征の準備に余念がない。
――あーー、幼稚園の頃の遠足当日みたいじゃな。
「おはようございますりおなさん」
このはともみじが異口同音に挨拶してくる。
「うんおはよう、それおじいちゃんが買ってくれたやつ?」
「そうです、『ウェイストランド』に行くって言ったらエムクマとはりこグマのもおそろいでかってくれました」
りおなは相変わらず孫には甘いなと内心思いつつ、布団からそろそろと起き出しチーフの部屋に向かう。ノックするとすぐに返事が返ってきた。
「おはようございます。昨夜は休めましたか?」
早朝にもかかわらずいつものようにスーツ姿でパソコンと格闘している。
「うん、いつもより調子いいくらいじゃわ。チーフは寝んかったの?」
「いえ、4時間ほど休みました。
昨日はりおなさんが住人たちの道具に『心の光』を吹き込むのに専念してもらったおかげでかなり『ウェアラブル・イクイップ』が増えました。
今日は晴れて『ウェイストランド』の開拓村に向かえますね」
「あー、りおな『心の光』吹き込んだ人数数えちょらんけど、結局なんにんくらいやったと?」
「『ノービスタウン』に住んでいる住人は320にん程です。
そのうち240にんに『ウェアラブル・イクイップ』を与えています。
郊外から来たスタフ族、ティング族ラーバ族、ウディ族には300にんほど、〈ローグ商店〉の武器や防具には100品ほど注入しました。
あとりおなさんが創ったぬいぐるみは50にんほどですね、この短い期間で頑張りましたね」
「……そんなにやっとったか……」
――200にんより先、数えるんはやめてたけんど、実際に聞かされると結構な数じゃな。
「その中で今回『ウェイストランド』に向かうのは50にんくらいですね。
昨日課長が30にんほど連れていきましたからいくらか木造の建物が建てられています。視察や見学も兼ねてりおなさんも一緒に出掛けましょう」
「え? いいの!?」
りおなは思わず声を上げる。
――異世界に来てからこっちなんだかんだで忙しかったーー。
チーフに言われんかったらどっかでバーベキューでもしたいとか言おうと思っていた所じゃ。渡りに船じゃね。
「部長がメンテナンスした二階建てバスもチェック項目は全部クリアしましたからね、今日は出張日和です」
「ふー、そうじゃのう、今回はどれくらい連れていくと?」
宿屋の窓からは朝の日差しが優しく室内を照らしていた。りおなは思わず目を細めて深呼吸をする。
「昨日『ウェアラブル・イクイップ』の説明会をしたときにウェイストランドでの開拓希望者を募ったのですが現段階で30にんほどですね、開拓が進んでいけばさらに増えていくでしょう。
朝食を済ませたら点呼を取って8時半には出かけたいですね」
「……チーフも行くっと?」
「ええ、向こうの住人でまだ『ウェアラブル・イクイップ』を持っていない方もいますし、お菓子魔法『トリッキー・トリート』の実地訓練もしたいですからね」
無言で下唇を突き出すりおなに対して、チーフはタイピングの手を休めずに続ける。
「向こうの荒野には生物やダンジョンが全く存在しない空白地帯がそこそこありますからね。魔法の試し撃ちにはぴったりです」
「んーわかった、そこいらはシャワー浴びて朝ご飯食べてからゆっくり聞くわ」
――りおなとしては一日のんびり草原を駆け回ってのんびりしたかったけど。 いつものことじゃけど、そうは問屋が卸さんらしい。
ゴネるだけ無駄だと判断してチーフの部屋を後にした。
身支度を済ませて窓際に置いてある植木鉢を見ると、植え替えして三日ほどしかたっていないのに直径30cm程の植木鉢から溢れんばかりにクローバーが茂っている。
――開拓村の近くにでも植えようかと思ってたけど予想以上の繁殖ぶりじゃ。
ひょっとしたら植え替えしたら、この世界がクローバーに侵略されるかもわからん。
りおなはトランスフォンの機能で鉢植えを『コンテナ』に収納する。
続けて部屋を昭和風から来た時と同じ中世ヨーロッパ風の簡素なものに戻してりおなは表に出た。
「さあみんな出発するわよ、準備はいい?」
ノービスタウン入り口前に停車してある真っ赤な二階建てバスの前で課長がバスガイドよろしくみんなに号令をかける。
行くメンバーは30にんほど。
主だって原因不明の災害『大消失』によって文字通り不毛の大地『ウェイストランド』を開拓して、元以上の豊かな大地に変えようという有志たちだ。
元からRudibliumにいた者が20にんほど、残りはりおながソーイングレイピアで一から創りあげたぬいぐるみになる。
彼らの荷物はバスのトランクに積み込まれていくが至って簡素な物ばかりだ。
そもそも服などはほとんど持っておらず、持っていても一着か二着だ。スタフ族たちにとって服はアクセサリーのようなものらしい。
チーフたち自称業務用ぬいぐるみの三人は運転手兼実地指導、エムクマとはりこグマ、部長の双子の孫は見学、というか遠足気分だ。
『ノービスタウン』の外に停車した赤いバスの前に集まった移住希望者たちは次々にバスに乗り込み座席に座っていく。皆りおなの創った『ウェアラブル・イクイップ』とかなりの割合の移住希望者が〈識別ブレスレット〉を身に着けている。中には家族ぐるみでバスに乗り込むネコのスタフ族の一家もいた。
そして当のりおなはバスの一階部分、運転席のななめ後ろの席に座る。
――せっかく二階建てのバスやけ、上で風景を楽しみたいというのはあったけど。
この世界に来てすぐに仔牛くらいでっかいアリ、『ディッグアント』じゃったな。
あれにバスごと襲われた苦い経験があるし。
『調香師』のコビ・ルアクにアリ除けのお香もらってバス全体に焚いたらしいけど油断はできんからな。
バス全体が仏壇みたいな香りすっけど、あんなでかいアリにに教われるより全然ましやけな。もしアリ見つけたら速攻でグミ撃とう。
エムクマとはりこグマ、ほかに子供たちは二階建てのバスは珍しいのだろう、一様に二階席に登り大はしゃぎする声が聞こえる。
「全員乗り込んだか? そろそろ出発するぞ」
最後に部長が乗り込んでくるが、そのいでたちは日本の路線バスの運転手と同じ紺色のスーツとあずき色のネクタイ、制帽ときめている。
――やっぱしレノン風のサングラスだけは欠かさんのかい。
運転席に着くと乗降口のドアを閉め、ウェイストランドの開拓村へ向けて出発した。部長はマイクを手に取りアナウンスを始める。
【あー、バスに乗っているみんなおはよう。
私は運転手を務めるRudiblium Capsa極東支部部長の皆川だ、以後よろしく頼む。
今回『ウェイストランド』開拓希望者に伝える、運転中はバスが二階建ての上、道路の舗装状況はお世辞にもよくない、くれぐれもバスの中で歩き回ったりはしゃいだりしないように、以上だ】
だが、バスが発車して10分も経たないうちに部長の双子の孫、このはともみじがエムクマとはりこグマを連れてはしゃぎながら二階から下りて来て運転中の部長に告げる。
「おじーたん、にかいのみはらし、すっごいたのしー!」
「これからいくうぇいすとらんどってどんなところー?」
「うん、今は何もまだない所だがこれからどんどん開発されて素晴らしい街になるいい所だ。ふたりとも期待してなさい」
屈託なく部長に話しかける双子をたしなめるどころかにこやかに話をしだす部長にりおなは不安になる。
――道路が舗装されてるってもにゃあ、二本の道路と違くてアスファルトでなく砂利をローラーで均しただけじゃからな。
おまけに二階やけけっこう揺れるな。
仕方なくりおなはトランスフォンの機能で『アメバケツ』を出現させる。
「みんな、部長運転中やけ専念さしたって。あめちゃん食べるじゃろ。上の子たちにも分けてあげて」
言いながらよにんに棒つきキャンディーをたくさん渡すと、よにんはりおなにお礼を言ってまたきゃあきゃあ言いながら二階席に戻っていった。
「部長もアメ食べる?」
りおなが差し出したのど飴の袋に手を伸ばし口に放り込む部長にりおなは一言言う。
「なんじゃかんじゃで部長が一番楽しんどらん?」
「そんなこと無えよ、安全運転でやってる。ほらな」
部長はバスのブレーキをかける。りおなが前方を見ると体長1,5m強の仔牛ほどもある大きな蟻ディッグアントの群れが砂利道を横切っている。
りおなは初対面でいい思い出が無いので急いでアメバケツをトランスフォンにしまい300匹ほどの群れが横切るのを黙って見ていた。
ディッグアントたちは以前とは違いこちらには興味がないように灌木の生えた森の間にある道を移動していく。新たな巣穴を求めて移動しているらしい。
―――最初に見た時はおっかなかったけど、敵やって認識されとらんと落ち着いて見られるわ。
群れの中には幼虫を咥えて運んでいる者、頭部やアゴが極端に大きな者、腹部が大きな者など様々な種類がいた。
その蟻に同行している冒険者たちがいる。そのなかには『調香師』のコビ・ルアク『虫使い』のウェルミスもいる。
バスにいるりおなに気付くと手を振ってきた。りおなも手を振り返す。
「彼らは本能で『落胆した者』たちの巣窟近くに巣穴をほる習性があります」
チーフが運転席近くに来てりおなに説明を始める。
「五十嵐のレポートからの情報ですがスタグネイトたちの集まる場所付近には上質な餌場が多いようですね。
結果的にスタグネイトのいるダンジョン捜索に一役買っているわけです」
ディッグアントの群れが過ぎ去ってバスはまた走り出す。
30分ほど走ると今度は違う色の巨大な蟻の群れがバスの50m先を横切って行くのが見えた。
体色はくすんだ白色で大きさはディッグアントより一回り小さいが数は多い。 500匹くらいが群れを成してどこかに移動していく。りおなは思わず身を乗り出した。
「なんじゃありゃ? でかいシロアリまでいんの?」
「あれは、『建築するシロアリ』ですね」
チーフが説明を続ける。
「高さにして20m、深さ10m程、規模にしてそうですね、首都圏の中学校程のサイズの巨大な塚を造ります。
その中で朽ち木を養分にして特殊な菌類やキノコを栽培させます。
その後、地中の朽ち木が掘りつくされた後彼らは次の栽培所を探して移動しますが、残された塚にスタグネイトたちが住み着き、ダンジョンと化します。ですから彼らの動向を把握しておくのも冒険者たちの大事な仕事ですね」
「んじゃあ、あのシロアリほっといたらそこらじゅうスタグネイトの住処にならん?」
「そこは心配ありません。『岩山の洞窟』のように地下ならともかく地上部分に生成されたダンジョンに関してはスタグネイトたちの恒常性は弱くなります。
もっても蟻塚が崩れるまでですね。その限られた期間に冒険者たちは集中してスタグネイトを狩ったり素材を採取します」
ほどなく車道が空いたので二階建てバスはまた運転を再開する。
りおなは少しほっとしてトランスフォンから、大好物の棒つきキャンディーキャラメル味を出して口に入れ外をぼんやりと眺める。
ノービスタウンの近くは牧歌的な田園風景が広がっていた。りおな以外の乗客はみな新天地に向けて希望を膨らましているようだ。
何とはなしに窓から流れる風景を眺めていたりおなだったが、昨日抱いた疑問をふと思い出した。
だいぶためらったがやがて意を決したように、自分の後ろの席でパソコン作業をしているチーフに尋ねる。
「あのー、さ。スタフ族とかの家族って地球にいた時、家族じゃったからこっちに転生しても親子とか兄弟とかになるんじゃろ?」
「はい」
チーフは顔を上げつつもタイピングの手を休めず返事をする。
「部長とこのはちゃん、もみじちゃんはおじいちゃんと孫じゃろ……。
えーっとあんたがたのいう業務用ぬいぐるみって……どうやって家族っちゅうか子孫増やすと?」
――まさかとは思うけど『人間と全く同じ方法で増えます』とか返ってきたらどうしよう、いやでもまさか、うーーーーん。
などと益体も無いことを考えながらりおなは恐る恐る尋ねる。
「そうですね、説明すると長くなりますがいいですか?」
「んーー、それってややこしい?」
「まあ、突き詰めて言えば、とある場所で二つの異なる魂が交わって誕生するというのが簡潔な表現になりますかね」
「……え? それってまさか……」




