表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/170

032-1 荒 野 wasteland

「ふう、これで全体の8割くらいか」

 気温マイナス2度くらいの外気にさらされながらも、陽子は額の汗をコートの袖で拭った。


「繰り返しの説明になるけど、陶器のお皿と同じで割れちゃったら元には戻らないし、破片が口の中に入ったら危ないからひびが入ったものは捨てちゃって。

 強度はセラミックと同じくらい……まあ、結構丈夫だから普段使いしても10年20年はもつと思う」

 陽子は村に交易に来たスタフ族の住人に皿20枚と深鍋4つを渡し取扱いの説明をしておく。


 ありがとう、助かるよ異世界の人。いや、陽子さんだったか。


 森林の中の小さな村の村長、黒猫のスタフ族カーロの言葉を受け陽子は小さく苦笑した。

 時間は3日ほど前にさかのぼる。


 神奈川県縫浜市の小高い丘にある公園で『常春(とこはる)の国』から来たという直立歩行するガラの悪い白ウサギレプスから卵型の石をもらう。

 通称『春の欠片』を手掛かりに、異世界Rudiblium Capsaに来た陽子たち一行だった。


 初めて着いた場所は常に吹雪が吹き荒む不毛の山脈“Arcticum taurus”(意味はそのまま『極寒の山脈』という事だった)でイルカのヒルンドに高速で極寒の地を飛んでもらった。

 疲労困憊の状態でたどり着いたのがこの地“Onusuta Mensa”の辺境の村だった。


 ――最初は無用なトラブルとか避けたかったから、村からちょっと離れた湖で野宿してたんだけどねーー。

 だけど、知らなかったとはいえ住んでるひとたちが養殖してた高級魚? ピンクサーモン何匹か食べちゃったんだよねえ。

 住人さんからお願いでなし崩しにでガラスの家具や食器を作らされる羽目になっちゃった。

 まあ、考えすぎが裏目に出たかんじかな。


 ――でもまあ村のひとたちは私たちのたちのこともてなしてくれるからね。

 朝からごちそう三昧だし、ローストビーフやローストチキン、ケーキなどハイカロリーな物が多いのは寒い地域ならではなんだろうね。

 ヨツバイイルカのヒルンドには緑がかったイワシ『グリーンサーディン』をエサとしていっぱいくれるのは凄い助かるわ。


 まあそれで、おかげさまじゃないけど、私が家具や食器作りに集中できるんだけどね。


 今日で3日目になるが陽子だけでなくソルもヒルンドも快適に過ごせた。


 ――私としてはここに来た最初の目的を果たしたいんだけどね、うやむやにして逃げるのもなんとなく後味が悪いし。

 それに食器を渡した相手には間違いなく喜んでもらえる。

 これはグラスクリスタライザーもらってから初めての経験だよね。


 陽子さん、疲れたろう。ココアを淹れたから一服してはどうかね。


 村長の後ろから孫なのだろう、ロングスカートにケープを羽織った黒い仔猫のぬいぐるみが陽子が作ったばかりのトレイに湯気が立ったマグカップを持ってきてくれた。

 陽子は礼を言ってカップを手に取り一口飲む。


 ――あーー、おいしい。身体があったまるように、ココアにシナモンとショウガ入れてある。

 飲み終えてカップをトレイに戻した陽子は大きく伸びをして深呼吸をする。

 ふと前を見ると村の住人たちが川原から砂や砂利を大量に運んで持ってきてくれている。

 グラスクリスタライザーで作る食器や調理道具の材料を頼むと言ったらそれこそ村中総出で荷車やもっこを使い運んでくる。


 ――正直どんだけ欲しいのよ。発注多過ぎるんですけど。まあこのひとたちにとっては願ってもないチャンスみたいだし。となればぬいぐるみさんたちにとっては逃さない手はないんだろうけどねーー。


 だけど、お皿を作るときにただ『お皿』って念じれば出来るもんじゃないからね。

 心の中で大きさや形、触った時の質感までちゃんとイメージしないと普段使いの物なんてできないし。


 逆に言うと一枚作っちゃえば同じものを何枚も作るのはそう難しくないけどね。

イメージ訓練のために日本にいる時わざわざ速読法の講座に通ったくらいだし。


 そのおかげで食器だけじゃなく色んな物が自然と作れるようになって、作るスピードも格段に早くなったからね。なんでもやっておくもんだわ。

 だけど、だからって今の今現状が解決するわけじゃなし。

 今は黙々とぬいぐるみさんたちが欲しいものを作っていくだけだね。


 もっともねこさんたちは欲張って食器とか欲しがってる柄じゃないみたいね。


 この村だけじゃなく食べものなんかを物々交換してる商人さんたちも料理はともかく、食器や家具なんかは地球で言うと、だいぶ昔、中世ヨーロッパの農家くらいかな。木のお皿ばっかりだし。

 村長の黒猫さんの話だと、この村と交流があるスタフ族(ぬいぐるみ)たちに必要な分をわけるらしいし。そこはぬいぐるみらしいっていうか、平和な発想だねえ。


 陽子が天を仰ぐと昨日までの曇り空とはうって変わって青空が広がり針葉樹林をまぶしく照らしている。

 ソルはソルで村の子供たちと追いかけっこをして遊んでいて、相当みんなに気に入られたようだ。

 両手を頭の上で組み、上体を左右に何回か曲げたあと陽子はまた作業に戻った。



   ◆



「この衣装も作業も慣れたようで全然慣れんにゃあ」


 りおなはソーイングレイピアを持ったまま両腕を上に伸ばし上体を左右に振る。


 ノービスタウンの新たな来訪者達が自分の持ち物を『ウェアラブル・イクイップ』にしてもらったり、あらかじめ『心の光』を吹き込んだ道具や武器などを〈ローグ商店〉で買っていたりした。

 そのため比較的穏やかな街並みだったノービスタウンはにわかに活気を帯びだす。

 ――街が最初来た時より騒がしくなっとる。

 近くから冒険者志望のおもちゃたちがやって来て〈冒険者ギルド〉とか〈ローグ商店〉だけでなく他のお店とか市場なんかにも寄ってるさけなあ。


 朝8時から〈冒険者ギルド〉ずーーーーっと街のヒトらの着てる服とか道具、武器なんかに『心の光』を吹き込んどるけんど……はっきしゆって数のぼうりょくじゃな。

 朝から始めて200にん……くらいけ? 『ウェアラブル・イクイップ』に変えてってるけんど、行列は全然減らんどころか増えてるかもしれん、はーー、しんど。


 そんくらいこの世界じゃと『心の光』が吹き込まれた物は価値があるんじゃろうな。


 りおなは『インプロイヤーイシュー』専用のメガネを外して、左手で口を押さえて大きくあくびをした。

 普段ならすぐ近くにチーフがいて、彼に向かってゴネたりなんだりしてストレス解消する(それでもだいたい空振りに終わる)が今日に限ってチーフとは別行動だ。


 ――チーフは宿屋の食堂で『ウェアラブル・イクイップ』の使い方を新人さんら相手に説明会やってるし。

 課長は『荒れた大地』(ウェイストランド)に開拓希望者を送ってくからバスの運転手やっとるし。


 そうなると自然とりおなのお目付け役は限定されてくる。


「おい、調子はどうだ? 富樫に言われて差し入れ持ってきた。もう10時過ぎだ、一服しろ」


 部長が何か袋を持ってギルドホールにやって来た。格好はシャツにスラックス、ロープタイといったいたってラフなものだ。


「あー、ありがとう。あれ、このはちゃんともみじちゃんは? いっしょじゃなかと?」

 りおなはいったんソーイングレイピアをしまって部長に尋ねる。


「ああ、孫ならエムクマたちと宿屋の部屋で遊んでる。街中はだいぶ騒がしいだろう、人間世界と違って誘拐とか危険は無いが冒険者たちが大勢いるからな、それより奥に入って休憩しろ」


 りおなは言われるままギルドのカウンターの中に入る。

 部長は『心の光』を吹き込むのは一旦中断すると並んでいる住人たちに告げていた。

 課長に渡されたであろう大量のお菓子を行列のスタフ族たちに配っていた。


 りおなはテーブル席に着いてネコ耳とメガネを外して頭をわしわしと搔く。

 ――あーーーー、現実のアイドルの握手会じゃったら相手の手何秒か握って笑顔をキープしてたらまず大丈夫じゃろうけどにゃあ。

 りおなが今やってんのはソーイングレイピア使って『心の光』、頭の中で服や道具が光輝くイメージをキープしてレイピアで光を注入してく特別なもんじゃから。

 イメージをずっとキープさすのはほんとにしんどいからにゃ。

 相手がぬいぐるみやブリキ人形たちっちゅうんがまだ助かるとこじゃけど。


 りおなはいつもやる通り意識的に大きくあくびをした。

 脳に直接酸素を大量に取り込んでから部長の差し入れてくれた袋を開ける。

 中には何か温かいお茶が入った水筒と二枚の紙皿に入ったもの。それとマヨネーズとソースの小さいチューブが入っていた。

 紙皿を開いてみると中には割り箸に巻きつけられたクレープのようなものが入っていた。

 ――クレープ……じゃないわ。極薄の魚肉ソーセージと……小っさい焼き海苔? あんまし薄すぎてデジタルプリントかと思った。一応具のつもりけ。


 りおなは割りばしごと持ち上げて一言つぶやく。


「なんじゃ、こりゃ?」


「それは山形県内陸部で流行っている『どんどん焼き』だ。遠慮なく食え」


「あー、ありがと。これ、部長が作ったと?」


「そうだ、ソースやマヨネーズは好みでかけろ。

 それからお茶は『メグスリノキ』茶だ、眼精疲労に効果がある。食べ終わったらそこいらに片しておけ」


「わかったー、ぶちょーありがとー」


 どんどん焼きにソースやマヨネーズをかけ塗り箸で小さく分けて食べながらりおなは部長に礼を言う。

 ――どんどん焼きか、食べたん始めてじゃけど薄手の生地がもちもちして食感がいいわ。

 りおなはすぐに食べ終えた。

「ところで行列ってあとどんくらい?」

 メグスリノキ茶を飲みながら部長に尋ねる。


「あとひゃくにんくらいだ。一気にやれば午前中には終わるかもしれんがまだ増えるとも限らん、もしなんだったら整理券でも配るか?」


「んー、んやみんな楽しみにして来るんじゃろうから一気にやるわ」


 りおなは本当はあんまりやる気せんけど、という言葉は飲み込んだ。


 ――ここでゴネてノルマ減るならなんぼでもゴネるけどにゃ。



 テーブルに置いたネコ耳やメガネを付け直しりおなは酒場の厨房からギルドホールに向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ