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031-3

「ヒルンドー、私たちもう寝るよー、おやすみー」

 陽子が呼びかけるとヒルンドは陽子へ向かって進んで来て細長い口を差し出す。 口の先を撫でてやると、また湖の方へ戻った。どうやら湖の方は無害らしい。


 夕食を食べ終えた陽子は食器を片づけた。

 湖の水で洗顔と歯を磨きからキャンドルスタンドやヒルンドの外装など必需品をもって洞穴の中に作ったイグルーに入った。

 イグルーの中は密閉されているため暖房が無くとも暖かく感じる。

 陽子は腰につけたホルスター付きのベルトや衣服を脱いだ。

 翼がハートの形をした『天駆ける獅子(フライングライオン)』のネックレスを外す。

 それからグラスクリスタライザーを使って寝袋(シュラフ)や寝間着を作った。

 ――パジャマも『素材や着ているイメージ』を思い浮かべるだけでそのまま着た状態で作れるから便利だよねーー。

 使い始めたころは難しかったけど、なんでも訓練次第だね。


 着替えが済むと銀色の髪飾りを外し、ポニーテールをほどく。


「ソルー、もういいよー」

 陽子の声を合図にソルはイグルーの中に入ってきた。

 一度、日本にいて入浴中何気なくバスルームに入ってこられた時、陽子は反射的にソルに向かってせっけんを投げつけてしまったことがある。


 ――あの時はかわしてもらったからよかったものの、直撃していたらかなりのダメージだったよね。

 まあ、それからソルの方も学習して、私が着替える時なんかは近づかないようになったけど。


 全てガラスで構成されたイグルーの中はキャンドルライトだけでも相当に明るく幻想的だ。陽子は寝袋に潜り込むとジッパーを閉めた。ソルも中に潜り込む。

 就寝前、小瓶に入った気付け薬を少しだけ飲み、バッグから文庫本サイズの絵本を取り出す。タイトルは『イルカにのったまほうつかい』だ。


 ――タイヨウフェネックやヨツバイイルカとかA³、『アーティフィシャル・アドバンスド・アニマルプロジェクト』を提唱、開発した科学者さんが余命いくばくも無い幼い一人娘のために描いたものらしいけど。


 もっと言えばこの絵本の内容を娘に叶えるために科学者さんが立ち上げた『A³プロジェクト』の研究成果の一部を流用したって。

 その結果タイヨウフェネックやヨツバイイルカを創りあげた、という方が正確な表現……か。


 その制作過程や手腕のほどは多くのレポートにまとめられていた。

 陽子には難しすぎてよくわからなかったが父が娘を思う気持ちだけはよく伝わった。

 横になりながら絵本に目を通す。何度も読んでいつも持ち歩いているため装丁は少し傷んでいるが自分の旅には無くてはならないものだ。

 自分の家族のために人生をなげうつ――その妄執ともいえる科学者の行動を陽子は笑えない、事実自分も家族のため(・・・・・)に異世界へ出向いている。


 ――だけど、今回だけは少し事情が違う。


 陽子より年下で自分と同じ異世界に由来する異能の力を与えられながら(表面上はやる気無さそうにしていたが)悪意を注入された人形、ヴァイスフィギュアと戦っている、それだけでも少なからず彼女には敬意を抱いた。


 ――それだけじゃなくあの子が持っているクリスタライザーは私が持ってるのとは違って、ぬいぐるみに生命を吹き込むっていうすごいアイテムだからね。


『グラスクリスタライザー』も現代科学からすればとてつもないオーバーテクノロジーだ。

 だが、例えば駆動する機関、歯車式の時計などなら陽子が習熟すれば可能だろうが、何か自動自律して動くものまでは創れない。


 対して彼女の持っている物は『生命を吹き込む』という次元が違うものだ。

 本人や富樫と名乗った犬の顔をした人形の様子から察するにぬいぐるみに生命を吹き込む事自体にはリスクが無いと思われる。

 が、それだけ強大な能力(ちから)だ。


 ――使い古された表現だけど、射す光が強ければ強いほど影もまた濃く黒くなからね。

 あの子たちが意識している以上によくないモノ、簡単に言えばトラブル、ううん、災いが降りかかりそうな予感がする。

 私は……いつもは自覚るけど、必要以上に他人に干渉することもされることも避けてきたんだけどね。

 だけど、今回はそうも言っていられない何かがあるように感じるし――――


 不意に自分が思考の袋小路に迷い込んでいることに気付いた。

 ――考えてもしょうがないか、行動あるのみ。今私がやる事は十分に休んで明日に備えることね―――

 陽子はグラスクリスタライザーを振りドアを完全に溶接するように閉じてしまう。


 ――このあたりに何が住んでるかは解んないけど、寝てる間に猛獣とかが鮭の匂い嗅ぎつけて襲ってこないとも限らないからね。

 万が一の場合はソルが危険を察知して教えてくれるし、ヒルンドの方は湖の中にいれば安全だしね。最悪跳んで逃げられるし。


 絵本を閉じて寝袋を閉め、陽子はあくびをして目を閉じた。胸の上でソルが寝息を立てているのを感じつつ陽子も間もなく深い眠りについた。




 不意に不穏な気配を感じて陽子は目を覚ました。

 目を開けてふと横を見やるとソルが寝袋から抜け出し、外を警戒してぐるぐると歩き回っている。


 陽子は寝袋のまま上体を起こす。表は少し明るくなっていて光がイグルー越しに薄明かりが差し込んでいるが、それ以外に何か気配を感じた。

イグルーの壁の向こう側でひそひそと話し声がする。複数の何者かがイグルーを取り囲んでいるのだ。中にはイグルーを棒か何かでコツコツと叩く者もいる。


 一気に脳が覚醒した陽子はとるものもとりあえず銀色の髪飾りを頭に着けグラスクリスタライザーを手に取った。

 そのまま寝袋を戦闘服に変化させる。


 ――恐らく村の住人たちが気づいて様子を見に来たんだ。ちょっと野蛮な相手ならなるべく刺激しないで穏便に対応しないとね。


 念のためにと、ソルを肩の上に乗せグラスクリスタライザーでナイフを作り、ドアまで忍び足で近づく。


 すりガラス越しに見える影は大きいもので約160cmくらいか、陽子とおなじかそれより低い者が大半だ。

 息をひそめて相手の出方を待っているとソルが不意に「クチッ!」とくしゃみをした。

 陽子は慌てて左手の人差し指を口の前に立てて、大人しくするようにジェスチャーで伝えるが外にいる何かに『中に誰かいる』と感づかれてしまった。


 ――もう戦うしかのかな――――?

 陽子が考えを何とかまとめようとしていると外にいる者たちの反応はまたも以外なものだった。


 ――あのー、どなたかこちらにお住まいですか?




 そのあまりに予想外でのんびりとした『声』に陽子は思わず脱力した。

 ドアの溶接を解除してそーっと開ける(念のためクリスタライザーのナイフは後ろに隠し持っていた)。

 そこには二足歩行で分厚いコートを着たネコのぬいぐるみがすうにん立っていた。

 ぬいぐるみといっても本物に近いクオリティーで、耳をせわしなく動かしたり興味津々といった感じでイグルーの中を覗きこんだりしている。

 こちらに対する敵意や害意は全くといって無い。


 外に目をやると他にもなんにんかいて陽子が作ったガラス製のテーブルや椅子、かまどや調理道具などを感心したように見ている。

 試しに陽子は一番大きな黒猫のぬいぐるみに話しかけてみた。


「えーと、あなた方ってぬいぐるみ、ですよね。ここっておもちゃの国、ですか?」

 陽子の問いに黒猫は答える。


 もしかして、Rudiblium Capsaのことか? ここはとなりの国、Onusuta Mensaだ。意味は『ごちそうを並べた食卓』になるかな。

 わたしはそこの村長をやっとる者でカーロという。よろしくな、異世界の人。


 カーロと名乗ったぬいぐるみは片手(前足?)を出してきたので陽子は握手で応じる。

 ――改めて、だけどどうやら離れてはいるけど目的の異世界なのには間違いないみたい。

 陽子は少しだけ安堵する。

 

 この白い家やかまどはそちらさんが作ったのか? 異世界の人。


「あー、そういえば自己紹介がまだだったね、私は陽子。で、こっちがソル。んであっちで泳いでるのがイルカのヒルンド。よろしくね、カーロさん」


 いや、カーロでいい。それよりも陽子さんといったか……


 カーロはイグルーや鍋などを見て陽子に提案する。


 わたしたちにこの家や家具をゆずってほしい。もちろん、タダでとは言わない。十分にお礼はする。



 そして陽子は冒頭の嬉しい悲鳴を上げることになる。

 スタフ族と名乗ったカーロたちに招かれた陽子たちは村を訪れ、朝からこれでもかというぐらいの饗応を受けた。


 国の端の方といっても『ごちそうを(Onusta)並べた食卓』(Mensa)の名前が示すとおりだ。

 昨夜上空から眺めたログハウスの大きなテーブルには所狭しとごちそうやスイーツが置かれている。

 さらには陽子が手を付けるより先に新しい料理が運ばれてくる。遠慮なくケーキにかぶりついているソルを横目に陽子はずっと聞きたかったことを尋ねる。


「あなた方は生きたぬいぐるみとかブリキのロボットとか木製の人形とかだけど、『おもちゃの国』はどこにあるの? 私、そこに用事があってここに来たんだけど」


 陽子はこれまでのいきさつと旅の目的をカーロにざっと説明する。

 するとカーロは鼻先に手を当てて考え込むようなしぐさをする。


 Rudiblium Capsaか、行ったことはないがここよりずっと南に位置している国だと聞いている。

 我々スタフ族だけでなく、多くの種族が住むここより開けた街らしいが……それよりも、さっき言ってた話なんだが。


「あー、ガラス製の調理道具やら食器とか色々欲しいって話ね。それは別にかまわないんだけど、どれくらい?」

 陽子の問いに対しカーロはしばらく考え込んだあと紙に何か書きつけて陽子に渡す。

「えっ! こんなに!?」

 陽子は小さく叫ぶ。


 ダメかね……こんな事をいうのもなんだが、あんたがたが捕まえて食べたピンクサーモン、わたしらが大事に育てているものなんだが……


「あー、もうーーー」

 陽子は頭を抱えて料理がたくさんあるテーブルに突っ伏す。


 ――言われてみれば確かに料理そのものは豪勢だけどねーー。

 盛り付けてる食器は木をくり抜いたやつとか少しひび割れたせとものとか料理には不釣り合いっていうか粗末なものだから、アンバランスだとは思ってたんだーー。

 私からしたら使い捨ての物でもこのひとたちにとっては高級品なのかーー。


「わかった、作るからそのピンクサーモン? それは食器とかでチャラにして」


 陽子の返事にカーロだけでなく、その場にいたスタフ族たちは全員喝采を陽子に浴びせたが、当の陽子の表情は渋くなった。


 ――こんな事になるんだったら普通に訪ねて食べ物分けてもらえば良かった――

 今更済んだ事をどうこう言ってもしょうがないけどさーー、こんな所で足止め食らうなんて思わなかったよーー。


 ふとテーブルに目をやるとソルはいつも通り旺盛な食欲でケーキにかぶりついている。

 陽子は小さく息を吐くと、意を決したように目の前のスイーツの皿を手に取り食べ始めた。



   ◆



「最後のスイーツは何がいい? りおなちゃん。候補は三つあるんだけど――」


 課長の提案に対してりおなは腕を組んで熟考し、重々しい口調で課長に答える。


「バニラアイスにアツアツのゆであずきも捨てがたいけんど、ここはやっぱり……」


「やっぱり?」


「焼き立てのはちのすワッフルにあずきアイス乗っけて」


「わかったわ、んじゃちょっと待っててね」

 課長はいつも通り190cmの巨体にピンク色のフリルのついたエプロン姿でりおなに返す。


「全く、少し食べ過ぎなんじゃないのか?」

 苦りきった上に酔った口調で部長はりおなに忠告する、が当のりおなは軽くかわす。


「まあそう言わんと、みんなもそうじゃけど、りおなもだいぶカロリー使ったけ。それにデザートで終わりににするけん」


 言いながらりおなは大きく伸びをし周りを見渡す。宿屋の食堂はかつてないほど喧騒に満ちていた。


 『岩山の洞窟』が復活した上に『ウェアラブル・ジョブ・イクイップ』。

 この世界では『心の光』と呼ばれている装備がノービスタウンで手に入る。

 そんな噂を聞きつけた他の街や村の住人たちが続々とこの街に集まってきているのだ。

 今まで空室の方が多かった宿屋も今は満室で店主もメイドも大車輪で働いている。

 ――従業員を増やそうかなんて話も出てたし。

 おんなじく〈冒険者ギルド〉で営業してる酒場も大盛りあがりじゃのう。

 さすがに今夜は疲れてるからにゃーー、『心の光』を道具に吹き込むのは勘弁してほしいわ。

 んでも、どんなおもちゃが来るのかは知っておきたかったし、『冒険者』たち、みんながんばってたから、お祝いっていうか、お疲れ会したかったし。


 事実、今回りおなと同行したカラカルのアラントは新人とはいえ大健闘したということで古参の冒険者たちから歓待を受けていた。


「お疲れ様です、りおなさん。まだ眠くはないですか?」


 チーフはスーツを脱いだ状態で、腰にエプロンを巻いて課長と共に食堂の客の給仕を勤めている。

 午後一杯りおなたちとダンジョン探索に同伴していたのに、疲れた様子はかけらも見せない。ぬいぐるみながらサラリーマンの鑑のようだとりおなは感心する。


「明日以降の予定はどうなると?」


 りおなは日中には街中で見かけなかった新たな顔ぶれを見ながらチーフに尋ねる。


『荒れた大地』(ウェイストランド)開拓のための先行部隊には課長に送ってもらいます。

 りおなさんにはノービスタウンで『ウェアラブル・イクイップ』創りに専念してもらいます。

 それを聞いたりおなは小さく肩をすくめ無言でうなづく。


「まあ、そうだろうにゃあ。開拓村はこのヒトらーの装備に『心の光』注ぎ終わらんと宿屋も酒場も大変だろうからにゃあ」


 課長が持ってきた『はちのすワッフルのあずきアイスがけ』をスプーンで突き崩しながらりおなはチーフに返事をする。


 ――まあ今日のダンジョン攻略はところどころ問題点もあったけど、結果オーライじゃろ。

 このまま順調に進んでけば『荒れ地』問題も怪人フィギュアの大本も片付くじゃろ。

 何より仲間が増えるっていうのは楽しいし。


 場所は離れていても同じ異世界に何日か前に知り合った女性が来ているとはこの時のりおなは夢にも思わなかった。



 その女性が自分たちに危機が迫っている事を伝えに来た、という事も。

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