031-2
「い、き、も、の、かー、み、ず、の、あ、る、ば、しょ……探して教えなさいっ!」
最後は恫喝のようにソルに告げる。
――まったくもー、自分より年下の子に危険がが迫っているかもしれないって理由だけで異世界に来たまではいいけどさーー。
頼まれもしてないのに来て自分たちが遭難とかしてたら意味ないっての。
こんな時だからこそ役に立ってもらわないと。
タイヨウフェネックのソルは陽子に怒鳴られたにもかかわらず億劫そうにポーチから這い出した。
全身を震わせあくびをしてから大きく伸びをする。
――ほんと、人の気も知らないでふてぶてしいんだから。
ソルの態度に陽子は少し苛立ちながら彼が探索するのを待つ。
ソルはポーチから飛び降りヒルンドの鼻先や尾びれ、水平に伸ばした大きなヒレを行ったり来たりしながら鼻をすんすんと鳴らす。
何かを嗅ぎ分けていたが、程なくヒルンドのヒレの上で陽子を見ながら小躍りしてキイキイと鳴きだす。
「あっち、か」
陽子の返事を待たずにソルはまた全身を震わせたあとポーチへ逃げるように入り込み寝に入った。
何か一言言ってやりたかったが陽子はその言葉を飲み込んだ。
――元々タイヨウフェネックは砂漠に適応させて創られた人工新種だから寒さには弱いか。
だからって地球で留守番なんてさせられないしね。
陽子はソルの指した方角に目を向けると、確かに煙らしきものが立ち昇っているのが双眼鏡越しにでだがかろうじて見えた。
――火を使えるくらいの知能を持ってる『何か』はいるわけだ。
腰につないだカラビナのワイヤーを手で弾きヒルンドに指し示した方角に向かうよう促す。
イルカのヒルンドはヒレを一度大きく羽ばたかせる。
その後ソルが示した方角に身体の向きを変え、ヒレの前部を上下に開き鼻からではなくヒレの前方からエアーインテークのように直接空気を取り込む。
圧縮空気を噴射させ一気に森林地帯を飛び去った。
小一時間ほど飛ぶと煙が出ている場所の近辺までたどり着いた。
――ふぅん、森を丸く切り拓いて村にしてるのね。
上空から見下ろすとログハウスのような大きな木造の建物がいくつも建っていて煙と共に美味しそうな食べ物の香りが漂っている。
――降りていって食べ物でも分けてもらえればいいんだけど、いきなりヒルンドで乗り付けて、けんかっ早い種族が出てきたら困るしね。
村があるってことは近くに水源があるはずだよね。村には近づかないで上流で
キャンプ張ろう。
読み通り水源の湖がそこにはあった。ヒルンドから下りた陽子は腰のポーチから水質探査装置を取り出し水に浸してみる。
――水質は問題なく飲めるレベルね。水温は……10度。ちょっと低いけど長い時間飛んでもらったヒルンドが休むのには十分ね。
ヒルンドのグラスウールの外装と黒い装甲を外してやる。
薬瓶から白い錠剤を数錠取り出し、ヒルンドの口に放り込んだ。
ついでに自分の口にも三錠ほど入れ水も使わず一気に飲み込む。飲んだのはカルシウムの錠剤だ。
ヒルンドの飛行能力は鳥類のそれとは根本的に異なる。
血液中に存在する『細胞内小器官』と酸素を結合させ重力を遮断する力場を形成する。
そして体長ほどもあるヒレ(実際は肺とエラを兼ねた器官)の後部から噴出させる圧縮空気で飛ぶという鳥やコウモリなどとは似ても似つかないシステムだ。
無重力の中では骨からカルシウムから流れ出す恐れがあるため、常飲させてあるカルシウムの錠剤だ。
――ほんとのとこはわかんないけど気をつけるに越したことはないから。
特にヒルンドは体重は500kgくらいあるみたいだし。
それでなくても私が異世界を行き来できるのはこの子のおかげだしね。
めったに口には出さないけど感謝してもしきれないなあ。
ソルをないがしろにするわけではないが大事にしていこう、と陽子が決意を新たにして湖を眺めていると、当のヒルンドは何か口には咥えて戻ってきた。
見てみると鮭のようだが体色は全身ピンク色に染まっている。
ソルが近寄って匂いを嗅ぐと陽子に向かってキイキイと鳴きだす。
――どうやら食べても平気みたいね。
そういえば、この子もおんなじだ。
普段は大食らいで食っちゃ寝食っちゃ寝ばっかりだけど、何かを探すのにかけては私はかなわないし。
特に異世界絡みのものは百発百中だからね。
普段はふてぶてしい子供みたいな態度ばっかりだけどね。成果らしい成果もなくって不毛に近い探索の中でほっとすることもあるから。
陽子は首を軽く左右に振り、キャンプの準備を始めた。
キャンプといってもテントや調理道具も何も用意していない。
陽子は湖近くの岩山に向かい、ホルスターから『グラスクリスタライザー』を取り出し眉間に当て念じる。
そのまま指揮棒を揮うように岩壁に向かって振ると光の粒子が鍔に付けられた銀水晶から放たれる。
岩壁に触れた途端、直径5m程の半円状の洞穴が空いた。ナノマシンの作用により岩肌を砂時計の砂ほどの細かいガラスの粒に変えたのだ。
そのままグラスクリスタライザーを振り続け、すりガラス製の家を建てた。
寒冷地にふさわしいように大きなカマクラ状のイグルー風の家をこしらえる。内装は二の次だ、まずは暖を取っておなかに何か詰めたい。
そうこうしている内にヒルンドは何匹もピンク色の鮭を捕らえては陽子に届けてくる。
――おおーー、すごい。大漁大漁。
鮭は表皮に傷を付けず丁寧に運んでくるのを、陽子は合掌した後クリスタライザーで生成したナイフで捌いていく。
たちまち、五匹のピンク色の鮭は半身や頭、中骨ときれいに切り分けられていった。
続けて湖のほとりにグラスクリスタライザーを揮うと水際のごつごつした岩場が6畳ほどの平らなガラス製のシートに変貌する。
それにテーブルや椅子、かまど、鍋や皿、などに変化した。
陽子は慣れた手つきでヒルンドの外装に取り付けられた大きなホルダーからバーナーや調味料、携行用の固いパンなどを取り出す。
――調理道具や食器の類いは持ち歩けないしねーー。
グラスクリスタライザーを使えば少し疲れるけどたいていの物は現地調達できるし。かさばる荷物はヒルンドの負担になるだけだからね。
頭や骨を酒で洗ってから大きなガラス製の鍋に入れ、水を加えてかまどに置きバーナーで火にかける。だしを取るためだ。
ヒルンドもそうだけど私もだいぶ疲れている、何か温まるもの食べないと。
ふと気づくとダウンジャケットを着たままのソルが口に分厚い草を咥えて戻ってきた。
手に取って匂いを嗅ぐと清涼感のある香りが鼻腔をくすぐり肺の中がすっきりする、どうやらハーブの一種らしい。
ソルが来るように促すので行ってみると木立ちに隠れるように数種類のハーブが密生していた。
ソルに匂いを嗅がせて食べられるものだけ摘んで戻り刻んで鍋に投入する。
ひと煮立ちさせていねいにアクをすくい塩コショウで味を整えてから味見をする。
「うん、美味い」
言いながら陽子はダシを取ったあらをガラス製のボウルに移す。
するとソルはすかさず骨周りの身にむしゃぶりつく。彼は彼で相当空腹だったようだ。
その様子を見ながら陽子は大ぶりに切った身を鍋に投入してさらに煮込む。現地調達の食材で作った即席シチューだ。
さっそく深皿にたっぷり注ぎ、テーブルについた。グラスクリスタライザーで作ったキャンドルスタンドに赤いろうそくを5本立て火を灯して素朴な明かりのもと遅い夕食をとる。
正確な時刻は分からないが、周りの暗さから考えて、日が沈んで1時間ほどだろうと陽子は見当をつけた。どの異世界も同じ事だが、地球とほぼ同じく24時間が一日、365日が一年になる。
多少の誤差は生じるが異世界で何日か過ごして地球に戻っても地球を出発した時間からさほど変わらない時刻に帰れる。その分、肉体的に年を取るかと思えばそんな事もないらしい。
今回もそうだが、陽子たちにとって突拍子もない状況に立たされることもあれば陽子にとって有利に働く部分も多々ある。まったく異世界というのは底が知れない。
固く焼き締めたバゲットをシチューに浸して味わっていると鮭のあらを食べつくしたソルがテーブルによじ登りさらに食べ物をねだる。
その様子に少し苦笑しながら洋子は皿に大きな切り身とふやかしたバゲットを取り分け差し出すと猛然とした様子で食べだす、かなりの食欲だ。
ふと湖を眺めるとヒルンドの方は食事を終えたらしく背びれだけを浮かべながらゆっくりと泳いでいるのが遠巻きに見える。
「ヒルンドー、私たちもう寝るよー、おやすみー」




