表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/170

027-1 訓 練 training

 この回でりおなとチーフが作中作童話について言及していますが、

指摘を受けたのは事実を基にしています。

 ご指摘いただいた、はくたく(超ぐったり@人間になろう)さんに感謝と敬意を表してここに記載します。ありがとうございました。

 ヴァイスフィギュアの頭部は猛牛、筋骨隆々としたその体躯は、神話でおなじみのミノタウロスのようだ。

身長は230cm程、鉄塊のような拳を握りしめ『悪意』そのものを相手に叩きつけるように目の前の相手に殴りかかる。


 一方の対戦相手は、極めて冷静にその拳の軌道を見極め、必要最小限の動きでかわす。

地球の先進国の軍隊で使われているような黒い軍服のような装備に身を包み、爪先や底の厚いブーツを履いている。


 その重厚そうな身体に似合わず、身軽に相手の攻撃を紙一重でかわし続ける。

 その頭部は、よく訓練された狩猟犬のような印象を見る者に与える。

 犬種はボクサー、極めて冷静な視線で相手の一挙一動を観察し、攻撃せずとも戦いの主導権を握っていた。


「ヴァイスフィギュアの『オックスヘッド』。やはり、試作品はこんなものか」


 やすやすとヴァイスフィギュアの攻撃をかわしていた相手、グランスタフの一員、五十嵐は感情をこめずにつぶやいた。

 左胸に装着されていたコンバットナイフを手に取る。


 撃ち込んできたヴァイスの手首を斬りつけた勢いそのままに『オックスヘッド』の懐に飛び込んだ。

 五十嵐も身長190cm程と相当に巨体だがヴァイスフィギュアよりは頭一つほど低い。

 ヴァイスフィギュアのがら空きになったのど元を、片手で握ったナイフでひと息に掻っ切る。

 ナイフを振り切った軌道にオレンジ色の光が一瞬だけ一筋きらめいた。


 咆哮を上げる間もなく、オックスヘッドは傷口から黒ずんだ霧のような粒子を上げ、膝から崩れ落ちる。

 前のめりに倒れ込んだ。そのまま、ピクリとも動かない。


「訓練、終わりだ。芹沢、開けてくれ」


 ナイフの切っ先を眺めながら五十嵐を淡々と宣言すると、五十嵐たちの四方を取り囲んでいた強化ガラスがせりあがる。

 その間五十嵐は何事も無かったかのようにストレッチをしていた。


「あんまりあっさり倒してくれるな、五十嵐。ヴァイスフィギュアの調整のためにやってるんだ。こちらのやる気をなくすような勝ち方はやめてくれ」


 白衣を着た芹沢が神妙な顔つきで、五十嵐に告げる。


「俺たちの実力がヴァイスフィギュアより下だったら、いざというとき統率できるはずがないだろう?」


 仏頂面で五十嵐が返す。感情を表に出さない視線は手に持ったナイフに向けられている。


「これがヴァイスフィギュアの機能を停止させられるH,F,V(超振動)ナイフか。今くらいの守備力のやつなら超振動に頼らなくても一振りで仕留められるな」


「超振動は非力なやつが非常用に使うか、装甲が硬いやつ向けだ。グランスタフ随一の腕力を持つお前とほかの連中と一緒にするな」


「まあな」

言葉少なく返事をして五十嵐はベストのポケットに入れてあった携帯電話を操作し、黒づくめの軍服から上下、ネクタイとも黒のスーツに変える。

 その様子を興奮したように震えながら見ていた、小柄なグランスタフの一人が五十嵐を讃え出した。


「すごいです! 五十嵐さん! 何度見ても感激です! あの巨大なヴァイスフィギュアをナイフ一本で戦闘不能にするなんて! 本当に感激です!」

 生えてもいない尻尾を懸命に振るように、五十嵐を褒めちぎる。


「……少しはしゃぎ過ぎだ、三浦。お前もグラン・スタフの一員なんだ。少しはその自覚を持て」

少しうっとうしそうに五十嵐は声をかける。三浦と呼ばれた方はしゅんとしてうなだれる。


 身長170cm程の身体に白衣を着た男性のような姿だ。

 だが一番の特徴は豆柴犬と同じ頭部を持っているという点だろう。その見た目のまま目上の者に対して忠実に従っていた。


「ま、そう言ってやるな五十嵐。こいつの真面目さや勤勉さは俺たちにとっても美徳だ。後輩の長所は褒めて伸ばそうぜ」


 芹沢の一言で、三浦の曇っていた表情が一気に晴れやかになる。


「このナイフだが、ヴァイスを斬った時に一瞬だけ光るようだが」


 三浦の事はさておいて、五十嵐が芹沢に問いかける。


「富樫が開発していた例の力、あれに似ているな」


「『ソーイングレイピア』だ。正確にいうなら開発というより、古い文献からシステムを発見して再構築した、になるかな。

 似ていると言ってもヴァイスに注入された悪意を外に放出させて行動不能に持ち込む、そこどまりだな。

 ソーイングレイピアは注入された悪意を解放し『心の光』に変換してヴァイスフィギュアをただの人形に戻す。実際には似ても似つかない代物だ」


「それにしても、ヴァイスを停止させる機能なんて開発する意味があるのか? まあ、俺としてはヴァイスと力試しができるのは助かるが」


「ヴァイスフィギュア対策じゃなく、ソーイングレイピアに対しての研究だ。一見遠回りにも見えるかもしれんが、結局はそれがヴァイスフィギュアの強化につながると思ってな」


「そうか、まあ、戦闘訓練が必要なら呼んでくれ。俺は本業に戻る」そう言うと五十嵐はその場を立ち去った。

 



「……ヴァイスフィギュアが量産されれば人間世界を侵略できるんですよね」三浦がおずおずと芹沢に尋ねる。


「ああ、伊澤、いや、社長の話ではそうなるな」


「……僕たちの創造主ともいえる存在を侵略するんですよね。そうすればこの世界、Rudibliumを『大消失』から救えるって……」


「社長にそう言われたのか」


「はい。……違うんですか?」


「今のところはそれでいいだろう。だが、三浦。お前は少し相手や周りを疑うことを覚えたほうがいい」


 手に持っていたクリップボードに留められていた紙に何か書きつけつつ、芹沢はそう話す。

 三浦は意味が解らず首をかしげる。


「あ、ミーティングに遅れるんでこれで失礼します」三浦は芹沢に一礼すると、地下研究施設を後にした。

 一人残った芹沢は、動かないヴァイスフィギュアを眺める。


「誰がどんな目的で、なんてのは問題じゃない。俺は俺が欲しいものを手に入れる、それだけだ」施設の照明を落とすと、あとには彼の靴音が高く響き渡った。



   ◆



「なんでもったら、ラーメンでもできんのー?」


「できるわよー、生麺、乾麺、インスタント。でもさすがに女の子にカップ麺は酷だから、それ以外なら何でもいいわ」


 異世界に来て二日目の夕方八時、りおなは自分の部屋の回転座椅子に腰かけていた。

 丸ちゃぶ台に大量に積まれている服飾の本や絵本、山積みののクロッキー帳に目を通しつつ、課長に尋ねる。

 服装は上下とも黒のスゥエット、髪は普段のツインテールではなく頭頂部をゴムで留めている。

およそ、異性を意識しているような身なりではない。

 それじゃあ、とりおなはコンビニでばら売りもされているインスタントの袋麺をリクエストする。


「もちろんあるわ。味は何がいい? しょう油? 塩? 味噌? トンコツ? 茹で加減はやわめ? かため?」


「えーとね、しょう油味で、茹で時間2分10秒くらい」


「わかったわ、トッピングは? なんでも乗せるわよ」


 りおなは課長を見つめたまま、必要以上に神妙な面持ちで答える。


「粗びきウインナーを3,4本、麺と一緒に茹でて。あとは別に刻みネギをゴマ油で焼いた焼きネギ、刻み白ゴマをぱらぱらと」


「了解。あと卵は? 生卵? 煮卵? レンたま?」


「あー、その『レンたま』って何?」


「耐熱皿にお水を張って生卵を割り入れて、ラップして、電子レンジで加熱した卵の事よ。

 黄身に一か所、菜箸なんかで刺しておかないと黄身が爆発しちゃう恐れがあるから、りおなちゃんが自分でやるときは注意してね」


「……じゃあ、その『レンたま』、半熟で」

 苦み走った表情を浮かべ、りおなは課長に返す。


 宿屋側に対して引き払う際に全部元に戻すという条件で、課長は宿屋の厨房に様々な調理家電を大型発電機と共に持ち込んでいた。

 それでなくても宿屋の厨房設備は、タンドリーチキン用の丸い窯に、ケバブ用の回転する鉄の串、ピザ用の石窯など本格的な物が様々設置されている。


「じゃあ、できたらすぐ持ってくるわ、待っててね」


「お願いします」言いながらりおなはまた読みかけの絵本に再度とりかかる。


 ――この絵本は――なになに、

『お菓子職人テオブロマとライオンになったチョコレート』? 

 変わったタイトルじゃのう。

 作者は――――『エムクマとはりこグマ』と同じ人じゃな。


 内容は、えーと、腰が低くて優しい、バーバリアンライオンの『テオブロマ』は大の甘党……肉食系最強のライオンが甘党やったらいかんじゃろ。

 ああ、これ絵本じゃった。

 チョコレートが好き過ぎておかし屋を開いた――行動派じゃのう。

 んだけど見た目が怖いのんが災いして店が流行(はや)らずにいた、ある意味当然じゃな。

 んでもトラブルきっかけに街のみんなから好かれるようになって、お店も大繁盛するようになる、めでたしめでたし。


 チーフにバーバリアンライオンについて尋ねたら、19世紀アフリカ大陸北部に生息していた現行のライオンより身体の大きな種だったが、生息圏を人間に(おびや)かされて絶滅してしまった。


 ――チーフはこうも言っとったな。

 『ただし、バーバリアンライオンというのは、作者さんがある本を誤読して、誤解したまま書き込んでしまったもので、正しくは『バーバリーライオン』です。

 とある、幼少の頃から生き物の飼育好きが高じて、ビオトープ管理資格まで取った方から、『もしかしたら誤表記じゃないのか?』と指摘を受けたようです。

 ですが、『童話だし、誰も気づいてないからだいじょうぶだろう』という理由でそのまま『バーバリアンライオン』で通した、というのが後日談になります』


 なんじゃそのオチもなんもないふわっとしたエピソードは。

 作者がうっかりしてるってだけじゃろ。『出典の確かなソースを提示して下さい』じゃな。

 そんでもあれじゃ、あのぬいぐるみは何でも知ってるにゃあ。


 絵本を閉じてりおなは少しそわそわする。

 今日はトランスフォンの機能を使って部屋をリフォームし、畳敷きに壁は白い漆喰、家具は丸ちゃぶ台、桐のタンスに回転座椅子、照明は円形の蛍光灯と昭和に近い日本風にしてみた。


 ――どうせ、今日の明日帰れるわけでも無いし、それじゃったら異世界ライフを充実さすに越したことないし。


 とはいってもりおなが今やってることったら、服飾関係の本や絵本読むことじゃろ。

 そんでから荒れ地復興のためのぬいぐるみ創り、その前段階の準備、これ大事。

 それぞれの役割に見合ったぬいぐるみのデザイン、というのんはタテマエでクロッキー帳に落書きを描く。

 まあ、やってることは教室とか自分で机に向かってやっている事とあんまし代わり映えせんにゃあ。



 いやいや、こういう誰からも見られんとこに力を入れる、これこそが変身アイドルのホンカイじゃ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ