026-3
りおなが街に戻ろうとした時だ。妙な鳴き声がした。
そちらを見ると、背丈の高い鳥が数羽、そのヒナ鳥らしい二回りほど小さな鳥を引き連れて移動しているのが見えた。
一瞬ダチョウか? とも思ったが親鳥には遠目でもわかる長い眉のような飾り羽が生えていた。
短い距離は走らず両足をそろえてぴょんぴょんと跳ねていた。
――うわ、でっか! 近くに比べるもんないけど、だいたい2,5mくらいか? はーー、ダチョウよりもでかいわ。さすがは異世界じゃのう。
あ、こっち見た。
向こうもりおなに気付いた様子で、丘の向こうに群れごと去って行った。
そのあと、街にもう五分ほどで着く、という所でやはり遠巻きに、赤土を派手に飛ばして地面を掘っている茶色い動物を見て、りおなはまた少し驚いた。
――イノシシじゃろか? いや、顔がだいぶ違う。
木の根をかじっている口を休め、辺りを見回している顔はTVで見たカピバラに近かったが歯の並びがだいぶ違った。
土を掘るためにか上下ともに前歯がキバのように前方に突き出ている。
身体の大きさは成長しきった豚と同じくらいだ。向こうと目があった時はさすがに引いた。
相手もりおなに気付き、双方数秒ほど身動きが取れなかったが異世界の謎動物は街から遠ざかるように去って行った。
「お帰りなさい、意外と早かったですね」
街の宿屋に戻りチーフに声をかけ、今しがたながクマとの話をそれとなく相談してみる。
チーフにとっては想定内の話らしくいつも通り落ち着いた様子で聞いていた。
「それでしたら、彼らに自由にさせるべきでしょうね。少なくとも我々に止める理由は無いどころか、協力は惜しみません」
「やっぱり?」
「もともと、カンパニーシステムは『大消失』以降拡大した荒れ地『ウエイストランド』を開拓するためですから。
それに彼らの行動理由はりおなさんに拠るところが大きいです」
「え、なんで?」
「Rudibliumに初めて来た時、最初に荒れ地、『ウエイストランド』をみてどう思いました?」
「……なんか、『さびしそう』じゃなあって」
「その思いが、りおなさんが創ったぬいぐるみたちに伝播して彼らの行動理由になっています。
それに、絵本の選択そのものが荒れ地を開拓するために、というのが大きいですから」
――それ見越してRudibliumに最初に来た時、りおなにあの光景を見せたんか? 何とはなしにか、それとも計算してか。
意識してやってんなら、チーフも策士っちゅうかなかなか悪いところがあるにゃーー。
「あーー、言われてみればそうじゃね。んでもあんだけの土地、街とか畑にするとしたらものすごい数のぬいぐるみがいるんじゃなかと?」
――りおなが心配するとこはそれじゃな。
チーフの話だと創るスピードはレベルアップしとるらしいけど、あんだけ広い荒れ地を拓くのにどんだけぬいぐるみ創ったらいいんじゃろか?
今の段階ではわからんにゃ。
大方のめどがつくくらいには相当創るんじゃろな。
「そこは、地道に増やしてもらうしか無いですね。
ただ、やはり数もそうですが問題は質ですね。『ウェアラブルジョブシステム』がRudibliumに広まればそこまで数にこだわることは無いです」
「無いですか」
――今この場ではっきり言われてまうとショックはでっかいんじゃろな。
じゃけんど、今のこの状況は何とももどかしーー。
こーゆーのを真綿で首を締める、っちゅうんじゃったな。まあいいや、話題変えよ。
「そーいや、遠くで見ただけじゃけど、外出た時、変な動物やら鳥やらおったけどあれってなんてやつ?」
「それは、鳥はダチョウやエミューのような背の高い感じ、動物の方は野牛やイノシシのような草食動物ですか?」
「そう、それ」
「その大きな鳥は『ホッパー・オストリック』、土を掘っていた動物は『ボアラット』ですね。日本語でいえば鳥は『イワトビダチョウ』、動物は『イノシシネズミ』といった感じですかね。どちらも草食性で比較的臆病な生き物です」
「あれはなんか、異世界テクノロジーかなんかの生き物? 地球にはおらん生き物じゃったけど」
――どっか地下施設の研究所でイワトビペンギンとダチョウを大きな深海調査船みたいな培養槽に放り込んで、魔改造してるんじゃなかろうか?
出来上がる時の音は、電子レンジのあれじゃな。
あーー、そうじゃ。Rudiblium来る前、あれは満月の夜じゃったか。
変わった動物連れた女のひとと会ったにゃあ(巨乳じゃったけどりおなの方が若さで勝ってるけんね)。
あの動物らぁも異世界産みたいじゃったな。
「いえ、違います。それほど詳しく調査はしていませんが、両方ともイワトビペンギンとカピバラが偶然Rudibliumに迷い込み、今ある生態的地位に適応放散し収斂していったと見るのが最も自然でしょうね」
「今みたいな説明では全然わからん」
りおなが率直に苦情を言うと、チーフは噛み砕いて説明する。
「この世界Rudibliumでは地球より植物の生育が速かったり、動物の進化スピードが異様に速かったりします。
元々、あの生き物たちは地球にいた時は元の姿と同じだったのでしょうが、Rudibliumに来てたった数世代ですさまじいスピードで進化したというのが最も可能性が高いです。
ちなみに『適応放散』というのは一つの種族の祖先から多様な形質の子孫が現れることで、生態的地位は生き物がすみわけをする似たような環境。
収斂とは近しい生態的地位にいる生物が似たような姿に進化することです」
「それはわかったけんじょ、なんでペンギンやらカピバラがおもちゃの国に来んの? 動物園から脱走したとか?」
――相変わらず説明好きじゃな、このぬいぐるみは。
ボケたらどう返してくるんじゃろ。
質問に対して生真面目なぬいぐるみは細いあごに手を当てて考え込む。
「あるいは、そうかもしれません」
「うぉーーーーい」反射的に声が出た。
「経緯はともかく、これまではあの動物たちが『ノービスタウン』に近づくという事はあまりなかったのですが、『大消失』の影響で彼らも生息圏を大いに減らされています。
あまりやりたくはないですが、ある程度狩らないと街周辺まで荒れ地にされかねません」
「『狩る』っていうのは?」
――あれか? 身長くらいあるでっかい武器を振り回す感じか?
「『大消失』の影響で自給自足や遠征に支障が出てしまい、スタフ族の郊外での活動が厳しくなっています。早急に手を打たないと」
「それって、まさか」
答えは分かり切っているが一応確認してみる。
「開拓希望の住人を募り、りおなさんが創ったぬいぐるみたちと共に『ウエイストランド』を林や畑、牧場として拓いていきます。そうすれば、むやみにあの動物たちを狩って減らすことはありません」
「あ、そうなの?」
予想と若干違う答えが返ってきたので、りおなは少し肩透かしを食らう。それでもりおながぬいぐるみを創る前提に違いはないが。
「この街だけでなく様々な地域で募集をかければ、相当数集まるはずです。あとはりおなさんが随時、必要に応じてぬいぐるみを創ってくれれば開拓は捗るでしょうね」
「あーいう荒れ地って、開拓して畑にしたらそのぬいぐるみのものになんの?」
りおなはさらにチーフに対して質問を重ねる。
中学二年生のりおなに土地の所有権などに対する知識は皆無だが、土地所有者から買うなり、譲り渡してもらうのが流れではないのか?
「畑や果樹園などに関しては、開拓したものだけのものでなく、住人みんなのものというのがRudibliumの住人、特にスタフ族の共通認識です。
誰もが好きな時に好きな作物を作って収穫できます。
十分な農地があるうちはそれでもよかったのですが、いざ無くなると開墾しようという住人は全くと言っていいほどいないですね。
Rudiblium在住のスタフ族は基本的に善良ですが、あまり勤勉ではなく逆境にあまり強くありません」
りおなはチーフの話に納得する。
――元がぬいぐるみやおもちゃとかなら、んな意識改革とかして周りを変えようとかは思わんじゃろなあ。
「『スタフ族』、ぬいぐるみとかは、長い間なんも食べんでも平気なの?」
「我々も含めて、スタフ族やほかの種族たちが飲食するのはカロリー補充ではなく心を満たす行為になります。
スタフ族が口にした食べ物は『心の光』に変換され、スタフ族のエネルギー源となります。
長期間、何も食べずに過ごした場合は、緩慢に衰弱しやがて動かなくなります。そこは地球の動物と同じですね」
りおなは無言でうなづく。
――まあ、どれくらいのことができるかわからんけど、やれるだけはやるか(ほんとは遊びたいけど)。
「次は、どんなぬいぐるみ創ればいいっと?」
そんなりおなの言葉を待ち構えていたかのように、チーフは携帯電話を操作した。
テーブルの上に大量の絵本を出現させる。
冊数にして約100冊。平積みにした状態でも高さにして80cm位だ。
目が点になっているりおなに向かって、チーフが事もなげに言い放つ。
「今後の開拓に向きそうなキャラクターが載っている絵本を選んでおきました。ざっとでいいので目を通しておいてください」
チーフの言葉が終わるより先にりおなは一言「うぉーーーー!」と吠え、チーフが使っているベッドめがけてダイブした。
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――――場面は変わって、Rudiblium Capsa本社の地下に建設されたとある施設、強化ガラスで四方を区切られた闘技場のような場所で、ヴァイスフィギュアと何者かが激しく闘っていた。




