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024-3

「うぁーー、なんか疲れたーーーー」


 りおなは酒場から宿屋の自室に戻り、ベッドに突っ伏して足をバタバタさせた。


「りおなさん、シャワーはどうしますか?」


 念のために、とチーフがりおなの部屋までついて来てくれた。


「うーん、今日はいいや、明日(あした)にする」


 宿屋に着いた時にりおなはチーフから説明を受けていたが、浴室は各階に、トイレは各部屋に常設してあった。

 トイレの水はメイドのぬいぐるみが常にタンクに補充しておいてくれるし、お風呂やシャワーは宿屋の主人に前もって頼んでおけば事前に沸かしておいてくれるらしい。

 ――風呂はともかくとして、ぬいぐるみたちってごはんは食べるけど、トイレ行く必要ないのに設置してあるわ。

 この世界のぬいぐるみ、スタフ族に必要なもんか?


 りおなは疑問に思ったが、チーフの説明によると宿屋を建てた大工のスタフ族が人間に強いあこがれを持っており、新築段階ですでに設置されていたらしい。


 今までは無用の長物だったが宿屋の主人やメイドからすればりおなが宿泊する限り別途料金がもらえる。

 それ以上に、バス、トイレを使ってもらえることが嬉しいようで、りおながバス、トイレを見に行ったときは新築のように掃除され磨かれていた。


「では、バーサーカーイシューから寝間着に着替えてください。そのまま眠ってなにかあったら大変です」


 一見するとただのネコの着ぐるみ寝間着にしか見えないバーサーカーイシューだがその能力は高い。

 魔法が使えなくなるのと引き換えに攻撃力や守備力が初期装備よりかなり高くなる。

 チーフの心配ももっともだった。


 りおなはバーサーカー装備のポケットからトランスフォンを取り出し画面を操作する。

 ピンクのボーダーのワンピースタイプのパジャマに瞬時に衣装が切り替わった。


「では私は部屋にいますから何かあったら呼んでください」


「まだ仕事―――? がんばってーー、おやすみーーー」


 ランプの明かりを消し毛布を体にかけナイトキャップを深くかぶる。

 酒場での一件があったせいか妙に眼が冴えている。


 ――そういや、街に出たときに急に『悪意』を感じたのは勘違いでもなんでもなかったっていう事かーー。

 あの天野とか言うぬいぐるみ、思い出したらまた腹立ってきた。

 

 あんにゃろめ、今度会ったら顔面ネコキック食らわしちゃる―――



 あれやこれや考え、寝返りを打つ。一旦冴えた頭はなかなか(しず)まってくれない。


 やけに外が静かだと思ったら、自動車や電車などの音が一切しない。静かすぎてなんだか耳鳴りがする。


 自分の部屋とは違う見慣れない天井を眺めていると、りおなの胸に急に不安が込み上げてきた。鼻の奥が急につんとしてくる。


 ――大丈夫、いつでも戻れるって言われてるけん―――


 考えれば考えるほど頭の中の反対意見が大きくなる。

 ――すぐに帰られるっいっても今じゃない、第一こちらに来ると決めたのはりおなじゃし。

 今頃、パパやママはどうしてるんだろう―――


 りおなのまぶたに熱いものがあふれ、唇が細かく震えだした。

 その時、ドアの外側で何か物音がした。


 りおなは慌てて袖で目を拭う。ドアノブの下あたりで何かぽふぽふと当たるような(かす)かな音がする。

 それがぬいぐるみのノックの音だと気付くのに少し時間がかかった。


「どうぞ、開いてるよ」


 りおなが声をかけるとドアが開く。エムクマとはりこグマが部屋に入ってきた。

 はりこグマはなんだかしょんぼりしている。

 りおなが尋ねるとエムクマが話し出した。


 あのね、はりこグマがさみしくてねむれないって。りおなといっしょにねたいって。


「え」


 いっしょにねてもいい?


 はりこグマはお腹の前でもじもじと腕を組みながらそう言う。

 りおなは今の今、自分が感じていた不安を忘れてしまっていた。


「うん、いいよ。エムクマも一緒に寝よう」


 はりこグマたちの申し出に応じりおなははりこグマを抱えてベッドの上に乗せた。

 エムクマもそれに続きベッドによじ登る。


 クマたちにも毛布を掛け、おなかをぽんぽんと軽くさすると、クマたちは程なく安らかな寝息を立てだした。

 普段は表情がほとんど変化しないクマたちだが、眠るときはやはり目を閉じるらしい。


 何の不安もないように眠るクマのぬいぐるみを見ていると、りおなのまぶたもだんだんと重くなってきた。改めてナイトキャップを深くかぶる。


 チーフに携帯電話で連絡し、ベッドをキングサイズに変えてもらう。そうして目を閉じるとりおなは誰に言うでもなくひとりつぶやく。


「―――今日ぐらいはいいじゃろ」


 そう言って目を閉じるとやがて深い眠りに落ちていった。




「―――『今夜ぐらいはいいでしょう』って? 富樫、お前はあいつに対して甘すぎるんだよ」


 部長が渋茶色の浴衣姿でウイスキーをあおりながらチーフに向かってくだを巻く。完全に絡み酒だ。


「そんなことないわ、彼女はRudibliumに来て間もないんだし、ホームシックにかかるのは当然なんだから、私たちがケアしないとりおなちゃんが参っちゃうわ」と課長がフォローに入る。


「それに、はりこグマがりおなさんと一緒に寝たいと言ったのは事実ですし、止める理由は私たちにはありませんよ」


 宿屋の一室でRudiblium極東支部の面々は宿屋の一室で二次会を始めていた。

 酒場の中での酒宴はひとまずお開きになったが、飲み足りないと管を巻く部長の一言でチーフと課長も仕方なく付き合う。


「しかし、広報部の天野って言ったかしら、あの子しきりに芹沢君の名前を出してたけど」


「おそらく彼の指示で我々、特にりおなさんがどんなものか偵察しに来たんでしょう。

 我々がこちらに戻っているのは筒抜けでしょうから、こちらも隠し立てする必要は何もないはずですが」


「でもカンパニーシステムの、特に、はりこグマの存在がヤツらに知られたら」課長は声をひそめる。


「そこは細心の注意を払うべきでしょうね。

 幸いに、というか当然といえば当然ですがはりこグマはりおなさんに懐いていますからエムクマと共にそれとなく近くにいさせるのが一番だと思います」


「やっぱり問題は社長、いや伊澤になるのかしら」


「はい、我々にとって一番の敵、そう認識して構わないでしょう。それ以上に警戒するべきは……」


「芹沢君ね、彼が味方になるか敵になるかで状況は……」


「何をごちゃごちゃとくっちゃべってる? ヴァイスフィギュアは倒す、ぬいぐるみは増やす、『ウエイストランド』は開拓して町や畑にする!

 以上だ! 何か文句あるか!」がなりながら部長はグラスの酒を一息(ひといき)に飲む。


「無いわ。もうお酒はやめにしましょう」課長が苦笑しながら部長のグラスをやんわりと取り上げる。部長はそのまま大の字になり寝てしまった。


「さあ、富樫君、私たちも休みましょうか。明日もやることがいっぱいあるからね」


「そうですね、りおなさんのスケジュールや予定を確認してから休みます」


「そう、程々にね、お休みなさい」課長はいびきをかいて爆睡している部長を抱えた。騒音対策で個室へ入れてしまうらしい。


 その様子を見届けたチーフはスーツを脱ぎ、ネクタイを少しだけ緩めてから水割りを一口だけ飲み、机の上のノートパソコンを開いた。


 彼にとっての依頼主、いや(あるじ)こと、りおなの負担を少しでも減らすため、チーフの夜はまだまだ長く易しいものでは済みそうには無かった。

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